2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)2:甲状腺疾患−−小児における甲状腺の状態、ウクライナの小児における甲状腺癌


2011年ウクライナ政府報告書
英文 https://docs.google.com/file/d/0B9SfbxMt2FYxZmdvWVNtMFkxXzQ/edit
原文 http://www.chnpp.gov.ua/images/pdf/25_chornobyl_ua.pdf

ウクライナ政府が、チェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
 ●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
 ●呼吸器系疾患
 ●消化器系疾患
 ●血液疾患

*****

2. 甲状腺疾患 
 ●小児における甲状腺の状態 
 ●ウクライナの小児における甲状腺癌

このセクションは、福島県での小児甲状腺癌発現のために興味が多いかもしれないので完訳した。

甲状腺疾患

 ●甲状腺疾患は、ウクライナでチェルノブイリの影響を受けた成人で一番く40−52%みられる疾患である。 放射線やヨウ素・セレン等の微量栄養素の欠乏などのマイナス要因の複雑な影響が、甲状腺疾患の罹患率増加に貢献したのである。
●ガンマ線による外部被ばくと放射性核種による内部被ばくの組み合わせによりホルモン生産細胞の刺激構造が損傷を受けるために、内分泌系の中枢と末梢組織両方におけるホルモン調整が様々な段階で破壊されるのである。

 ●これらの組織への放射線による損傷は、遺伝的体質が負の環境要因との相互作用を通して活性化される事によって現される。
 

チェルノブイリ事故後、内分泌系の中枢と末梢組織における病理生理学的変化は、段階を経て展開した。


 ●最初の反応は1986年8月まで続き、内分泌系細胞の部分的破壊のために、ホルモンの末梢血液中濃度が上昇した。

 ●1986年9月から1989年までの間、末梢ホルモンの代償的な生産過多が起こったが、内分泌軸の中枢からの反応はなかった。負のフィードバックによる制御機構は、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)とTSH(甲状腺刺激ホルモン)が合成されなかったために機能していなかった。

 ●次の1990年から1995年の期間には、甲状腺や他の内分泌器官の潜在性疾患の発展がみられた。

 ●1996年以降は、放射線に誘発された内分泌系疾患の臨床像は、内分泌系疾患の診断の増加、末梢内分泌組織の機能性の大きな減少と、ホルモン調整の中枢の障害に特徴付けられる。

 ●1992年から1996年の間には、チェルノブイリの影響を受けた人達では甲状腺疾患のリスクが9倍に、2型糖尿病のリスクが2.4倍に増えた。

 ●事故処理作業員における内分泌系疾患の年ごとの増加は、一般成人に比べて3倍から5倍であった。

 ●非癌系甲状腺疾患の増加は、ほとんどが慢性の自己免疫性甲状腺炎、結節性甲状腺腫と後天性甲状腺機能低下症によるものである。

 ●甲状腺疾患が一番激増したのは、1986年に20歳以下だった事故処理作業員においてであった。

 ●0.25から1Gyの全身外部被ばく量は、1986年から1987年の事故処理作業員と、30キロ圏内の立ち入り禁止区域からの避難者において、慢性甲状腺炎と後天性甲状腺機能低下症の重要なリスク要因であった。







 ●1997年から現在までの橋本病の有病率は、事故処理作業員におい増加し続けている反面、キエフ市の住民では一定のレベルを保っている




小児における甲状腺の状態

事故後の最初の1年間

影響を受けた小児における甲状腺被ばくに対する初期の反応は次のようであった。

 ●臨床所見なしの高サイロキシン血症

 ●短期の「ストレス性」高甲状腺刺激ホルモン血症の後、TSH(甲状腺刺激ホルモン)とT4(サイロキシン)の軸が普通になる。


事故後12ヶ月から18ヶ月後

 ●T4の値が正常化し、その後も正常数値内に留まった。

 ●高サイロキシン血症が続いた場合、TSHの平均値は正常数値内に留まった。

 ●甲状腺被ばく量が2Gy以上だった場合、血清サイロキシンの数値は被ばく量の増加に伴い顕著に増加し15Gy以上の被ばく量で最大に達した。


1986年から1991年

 ●ホルモンの変化によると4歳から16−17歳の子供において甲状腺疾患の変化の臨床像は見られなかった。  


1992年から1996年

 ●遊離サイロキシン(FT4)減少は0.8%のみにみられ、0.2%ではTSHが増加したが臨床所見はなかった。


 ●慢性甲状腺炎と甲状腺機能低下症はほとんど記録されなかったが、信頼できる増加は発症頻度には見られなかった。これは、成長期の体における回復と代償プロセスによって説明されるかもしれない。


1999年から2003年


 ●チェルノブイリ事故によって影響を受けた小児においては、甲状腺機能低下症、慢性甲状腺炎や甲状腺中毒症などの発病率には、さほど変化がなかった。


 ●このため、チェルノブイリ事故の影響としての甲状腺疾患を持ちながらも、ヨウ素欠乏の環境下である汚染地域に居住し続ける小児の治療と回復の原理となるであろうと思われる、潜在的な甲状腺不全をさがための研究が行われた。


2004年から2006年


 ●事故後の最初のヨウ素放出で被ばくをした事故処理作業員に生まれた子供達に、視床下部ー脳下垂体軸の中枢調節の障害がみつかった。


 ●これは、検査を受けた35.5%においてみられ、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)のチャレンジによるTSHの過剰分泌によって証明された。(訳者注TRH投与後すぐに、脳下垂体前葉に蓄えられていたTSHが放出される。) これは、神経内分泌系の構造の生理学的な劣勢のために、甲状腺疾患が発現するという間接的証明なのかもしれない。


 ●細胞培養で見られる細胞遺伝学的な遅延性の影響によると、被ばくした両親の子供への染色体の不安定性の伝達は、子供において視床下部ー脳下垂体ー甲状腺軸の潜在的機能不全を持つ甲状腺疾患を促進する可能性がある。


ウクライナの小児における甲状腺癌

高リスクグループ(事故当時に0-18歳だった人達)における甲状腺癌の発症の有意な増加は、今日やっと証明されている。


 ●これは、チェルノブイリ事故の主な健康被害の結果である。

 ●重篤な量の放射性ヨウ素に被ばくをした小児は、現在成人層に入っている。

 ●事故当時に4歳以下だった人では、甲状腺癌のその後の増加は、甲状腺被ばく量に依存した。

 ●事故当時18歳以下だった人で、被ばく量が高くなるにつれて甲状腺癌の罹患率が増加したというのは、ウクライナ・米国の甲状腺プロジェクトによるスクリーニングと研究の過程で観察された。

 ●事故前に生まれた小児においては、事故後に生まれた小児の15倍の疾病率がある。

 ●これは「チェルノブイリ後の子供」における甲状腺癌に放射線が関連していることの確認となる。

ウクライナのチェルノブイリ後の期間(1986-2008)において、  
 
 ●1968年から1986年に生まれた人事故当時に0歳から18歳のうち、6,049 人が形態的に確認された(訳者注:文章の流れから、細胞診などでという意味だと思われる)「甲状腺癌」の診断で手術を受けた。
 ●4,480 人(74.1%)が014歳(図 3.41)で 、1,569人(25.9 %)が1518歳(図3.42)だった。

 ●女性と男性の比率は事故当時の年齢に従って高くなり、014歳では3.9:1、1518歳では5.1:1だった。 
 ●発症率は1990年から2008年にかけて徐々に大きくなった。
 ●チェルノブイリ事故当時に0−14歳だった子供達での甲状腺癌の新しい症例数は、2009年では463件(2008年と同じ)だった。事故当時に15−18歳だった子供達での2009年の症例数は129件で、同じく2008年と変わらなかった。


 ●相対指数、すなわち10万人対の罹患率は、事故当時に0−14歳だった子供達と15−18歳だった子供達において、1990年から2008年にかけて着実に増加していた。
 ●2009年には、0−14歳での発症率は4.13、そして15−18歳での罹患率は4.87で、2008年の罹患率を超えなかった。(図3.41、3.42)すなわち、2008−2009年期に、放射線のリスクを受けたグループにおいての甲状腺癌の発症ピークが達成された可能性があり、2010年には徐々に発症が減ることが予測される。

 ● 甲状腺癌の増加は、ある程度は、コホートの年齢が1986年から2008年の間に徐々に高くなってきていることで説明することができる。しかし、汚染が最もひどかった北部6地域(注:グラフの黒棒)と他の地域(注:グラフの白棒)での甲状腺癌の罹患率の差を比較すると、明らかに差があるだけでなく、2006年から2008年にはそれまでの時期と比べて増大していた。(図3.41、3.42)これは、甲状腺癌の発症に、事故後の時の経過に伴う加齢ではなく、放射線が要因として関連していることを示す。
  
 ●事故後に生まれた成人においては、最初の甲状腺癌の症例は2006年に報告された。(図3.43)

 ●2006年から2009年の間には、事故当時に子供だった人達の2,223人に甲状腺癌が見つかったのと比べて、事故後に生まれた成人の91人に甲状腺癌が見つかった。

 ●1986年から2009年の間に登録された甲状腺癌の症例数合計は6,448だった。
   ○6,049人が事故前に生まれた。
   ○399人が事故後に生まれた。
 ●事故前に生まれた子供達の2009年、ウクライナ全体と最も汚染がひどい地域での甲状腺癌の発生率と罹患率は、2008年のレベルにとどまった。



 ●事故当時に18歳以下だった人達の甲状腺癌で、1990年から2008年の間に手術を受けたケースの92.2%は乳頭癌であった。 

 ●事故後の時間の経過と共に、被ばく者の年齢が増したが、乳頭癌の形態的特徴も大きく変化した。乳頭癌充実亜型(訳者注:充実亜型は侵攻性が比較的強い)の割合は、1990−1995年期の24.4%から2006−2009年期の5.7%(p<0.01)と徐々に減った。乳頭癌乳頭亜型の割合は、1990−1995年期の12.0%から2006−2009年期には34.0%、乳頭癌混合亜型の割合は、1990−1995年期の25.5%から2006−2009年期には43.8%となった。

 ●潜伏期間が長くなるにつれ、乳頭癌混合亜型の構成部分の組み合わせにも変化があった。充実亜型・濾胞亜型で構成されている乳頭癌の割合はかなり減り(1990−1995年期の72.7%から2006−2009年期の25.4%、p<0.01)、乳頭亜型・濾胞亜型で構成されている乳頭癌の割合が増えた(1990−1995年期の10.9%から2006−2009年期の43.8%、p<0.01)。 
  
乳頭癌の浸潤性の分析によると、年齢と時間という2つの因子に影響されていることがわかった。 
 ●年齢の影響としては、甲状腺外への浸潤と領域転移および遠隔転移の頻度は、常に、事故当時の4−14歳の子供よりも19−40歳だった成人でかなり低かった。
 ●時間の影響としては、4−40歳の患者全体を合わせたら、潜伏期間(事故から手術時までの期間)が長くなるにつれて上記のパラメータが減ったことがわかった。特に興味深いのは、遠隔転移の患者の割合が減ったというデータであり、1990−1995年期の23.0%から2006−2009年期には1.8%に減っている(p,0.001)。
 ●さらに、被包性腫瘍の割合は1990−1995年期の7.4%から2006−2008年期には29.4%に増え(p<0.001)、10mm以下の微小癌も1990−1995年期の4.1%から2006−2009年期には29.4%に増えた(p<0.001)。


まとめ

 ●事故当時に0−14歳、もしくは15−18歳だった子供達の10万人対の甲状腺癌の罹患率は、2006−2008年期に最大となり、2009年には安定した。

 ●一方、汚染が最大だった地域と最小だった地域での罹患率のかなりの差(0−14歳で2.5倍、15−18歳で1.9倍)は、チェルノブイリ事故から24年後のウクライナで、高リスクの人達においての甲状腺癌の発症率に、放射線が要因として影響を与え続けていることの証明となる。


 ●チェルノブイリ事故後から時を経て、手術時での患者の年齢が高くなるにつれ、主な甲状腺癌である乳頭癌では、かなりの形態上の変化が見られた。すなわち、甲状腺外への浸潤や領域転移や遠隔転移の発現の著しい減少によってわかるように、甲状腺癌の侵攻性は減少したのである。


 ●事故後に生まれた小児においての甲状腺癌の発症がゆるやかで遅いということは、チェルノブイリ事故による放射線被ばくを受けた0−14歳と15−18歳の甲状腺癌が放射線によって影響されていることを支持する証明となる。











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