2015年10月8日に、岡山大学の津田敏秀教授が、日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見を行った。米国時間の2015年10月6日午後に、国際環境疫学会(International Society for Environmental Epidemiology)が発行する医学雑誌「Epidemiology(エピデミオロジー)」に福島県民健康調査・甲状腺検査1巡目の結果を疫学的に分析した論文がオンラインで先行発表されたので、その論文の内容を説明し、質疑応答を行った。下記に、記者会見告知の和訳、記者会見動画(日本語、英語通訳)、そして会場で英語版が配布された、記者会見の読み上げ原稿の日本語原文(津田氏の許可あり)を掲載する。会見では、実際の読み上げ原稿よりも詳細な説明がされており、スライドを見せながらのミニ・レクチャーも展開されたので、ぜひ、動画の視聴をお勧めする。なお、同内容の英文記事はこちらである。
FCCJウェブサイトの会見告知の和訳
福島第一原子力発電所のトリプル・メルトダウンから約5年が過ぎようとしている今、注目されているのは、放射線被ばくが周辺住民、特に子どもに及ぼし得る長期的な健康影響である。
福島県では、事故当時18 歳以下だったおよそ370,000 人の子どもたちを対象に、大規模の甲状腺超音波スクリーニング検査が行われている。
福島県での小児甲状腺がんの発見率が事故前の発症率よりはるかに高いにも関わらず、福島県の医療当局と日本政府は、その原因は福島事故ではないと主張している。
事故直後に何万人もの住民が避難したこと、そして、福島県で生産された牛乳や他の農産物の販売が禁止されたことがその理由として挙げられている。当局は、国際的に著名な専門家らの支持のもと、甲状腺がんの発症率の増加は、福島県の子どもたちの検査に用いられている超音波機器の精度が高いためであると主張している。
しかしこの主張への大きな反論として、岡山大学・環境疫学教授の津田敏秀氏は、福島で起きている小児甲状腺がんの過剰発生が単なるスクリーニング効果ではなく、放射線被ばくの結果であると述べている。
津田氏の論文は、国際環境疫学会が発行する医学雑誌「Epidemiology(エピデミオロジー)」に今月掲載される予定で、津田氏は10 月8 日に FCCJ で記者会見を行い、研究結果について説明し、質問に答えることになっている。
津田氏は、疫学と環境医学の専門家として、水俣病をはじめ、大阪西淀川大気汚染訴訟、じん肺患者における肺がん認定など、数々の健康や環境汚染の調査に尽力してきた。
会見動画
1.はじめに
2011 年3 月の東日本大震災後の福島第一原子力発電所事故を受けて、2011 年度10 月から事故当時18 歳以下だった福島県民全員を対象に、甲状腺スクリーニング検査が行われています。2011 年度から2013 年度にかけて1 巡目(先行検査)が終了し、現在、2014 年度から2015 年度にかけての2 巡目(本格検査)が行われています。これらの検査結果は、2013 年2 月以降、日本語と英語の両方で福島県のホームページ上に公表されています。しかし、発表データについて疫学的な分析が行われていないため、因果推論や公衆衛生学的・臨床的対策立案、将来予測および住民への情報公開を行うためには、極めて不十分な状態が続いています。
今回、岡山大学のグループは、疫学における標準的な手法を用いて、発表データを解析し、その結果を国際環境疫学会の学会誌であるEpidemiology に論文を投稿し受理されました。その論文がOPEN ACCESS として学術誌発行に先行してインターネット上で一般公開されましたのでご報告いたします。
お手元に、今日、掲載されました論文を配付してございますので、そちらをご覧ください。
論文名:"Thyroid Cancer Detection by Ultrasound among Residents Aged 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014"
(PDFリンク)http://journals.lww.com/epidem/Abstract/publishahead/Thyroid_Cancer_Detection_by_Ultrasound_Among.99115.aspx#
著者:岡山大学大学院環境生命科学研究科・津田敏秀、同医歯薬学総合研究科・鈴木越治、時信亜希子、岡山理科大学総合情報学部・山本英二
発行誌:「Epidemiology 第26 巻」2016 年3 月発行
発行元:Wolters Kluwer Health, Inc. (http://www.epidem.com) 国際環境疫学会 ISEE
【概要】
背景:2011 年3 月の東日本大震災の後、放射性物質が福島第一原子力発電所から放出され、その結果として曝露した住民に甲状腺がんの過剰発生が起こるかどうかの関心が高まっていた。
方法:放射性物質の放出後、福島県は、18 歳以下の全県民を対象に、超音波エコーを用いた甲状腺スクリーニング検査を実施した。第1 巡目のスクリーニングは、2014 年12 月31 日までに298,577 名が受診し、第2 巡目のスクリーニングも2014 年4 月に始まった。我々は、日本全体の年間発生率と福島県内の比較対照地域の発生率を用いた比較により、この福島県による第1 巡目と第2 巡目の2014 年12 月31 日時点までの結果を分析した。
結果:最も高い発生率比 (IRR) を示したのは、日本全国の年間発生率と比較して潜伏期間を4 年とした時に、福島県中通りの中部(福島市の南方、郡山市の北方に位置する市町村)で、50 倍(95%信頼区間:25 倍-90 倍)であった。スクリーニングの受診者に占める甲状腺がんの有病割合は100 万人あたり605人(95%信頼区間:302 人-1,082 人)であり、福島県内の比較対照地域との比較で得られる有病オッズ比 (POR) は、2.6 倍(95%信頼区間:0.99-7.0)であった。2 巡目のスクリーニングでは、まだ診断が確定していない残りの受診者には全て甲状腺がんが検出されないという仮定の下で、すでに12 倍(95%信頼区間:5.1-23)という発生率比が観察されている。
結論:福島県における小児および青少年においては、甲状腺がんの過剰発生が超音波診断によりすでに検出されている。
2.論文掲載の意義とスクリーニング効果と過剰診断説の問題
この分析により、福島県内では、事故後 3 年目以内に数十倍のオーダーで事故当時18 歳以下であった県民において甲状腺がんが多発しており、それはスクリーニング効果や過剰 診断などの放射線被ばく以外の原因で説明するのは不可能であることが分かりました。これまでの議論から拝察しますと、スクリーニング効果というのは「後にがんとして臨床的に診断されるいわば『本当のがん』がスクリーニングにより2-3 年早く見つかること」で、過剰診断というのは、「一生がんとして臨床的に診断されることのないがん細胞の塊、いわば『偽りのがん』がスクリーニングによりがんとして検出されてしまうこと」のようです。多くの議論はこの2 者が区別されずに単に「スクリーニング効果」として主に後者を
意識されて呼ばれているようです。
私たちの分析によると、2013 年2 月末に発表されたWHO 報告書「東日本大震災後の原子力事故後の健康リスクアセスメント」に示された事故後15年間における甲状腺がんのリスク上昇予測のペースを、2014 年末時点で、すでに大幅に上回っていることも分かります。また、チェルノブイリ事故後の翌年の1987 年には甲状腺がんの多発傾向がすでに観察されていましたが、超音波検査によるスクリーニング検査を行うことにより、事故1 年以内でもがんの多発を検出できることが分かりました。
以下では、なぜスクリーニング効果と過剰診断による甲状腺がんの過剰検出の説明が成り立たないのかについて説明いたします。
まず、私たちの分析によると、多発している甲状腺がんの罹患率は、事故前の割合に比べ20-50 倍と推定されます。これは従来報告されている放射線被ばく以外の要因による甲状腺がんの多発状況と 比べ、1 桁多いものです。一般的に、スクリーニング効果と一般に呼ばれる効果は、甲状腺がんを含めすべてのがんにおいて、スクリーニングを実施しない場合のデータと比較した場合、せいぜい数倍規模のものです。桁が違う多発を、他の要因で全て説明することは全く不可能です。
次に、このような大規模な検診、特に先行検査と呼ばれる曝露影響があまりないであろうと想定されている集団のスクリーニング検査とその追跡検査は、世界で前例がないと言われていますが、チェルノブイリ周辺では、事故後に受胎し誕生した小児・青少年や比較的低曝露であった地域の小児・青少年に超音波エコーを用いた甲状腺スクリーニング検査が行われ、その結果が論文として報告されています。合計で47,203 人がスクリーニング検査されていますが、がんは一人も見つかっていません。福島県のスクリーニング検査とは年齢層がやや異なるものの、5mm の結節を検出する性能において、今の超音波エコーと当時の超音波エコーに違いがあるといったことでは、この結果は全く説明できません。
さらに、福島県内でばらついているがんの検出割合(有病割合)もまた、スクリーニング効果や過剰診断では説明できません。また、2 巡目のスクリーニングの検査の結果が出始めていますが、大きな過小評価が起こる条件で分析をしても、すでに20 倍近くの多発が認められています。2015 年8 月31 日に発表されたデータを地域・地区別に分析しますと、すでに1 巡目の多発を上回り始めている地域・地区があることも分かります。スクリーニング効果や過剰診断の影響は1 巡目でほとんど刈り取られている(harvest 効果)はずですので、この点からも、事故による放射線被ばくによる影響が、すでに福島県内で出ていることが言えると思います。
なお過剰診断に加え、過剰治療という主張も聞かれますが、福島県立医大で行われた甲状腺がんの手術後データを見ますと、手術が早すぎた、あるいは過剰な手術が行われているという証拠は経過観察という選択肢がありながら、患者もしくはそのご家族が自主的に手術を決断された3 例以外には今のところ特には見当たらず、むしろ手術されたがんの進行の早さがうかがえます。福島県立医科大学の鈴木眞一教授が2015 年8 月31 日に発表された、「手術の適応症例」という文書の一部を引用します。
「外科手術を施行した104 例中97 名が福島医大甲状腺内分泌外科で、7 例は他施設で実施された。また、97 例中1例は術後良性結節と判明したため甲状腺癌96 例につき検討した。病理結果は93 例が乳頭癌、3 例が低分化癌であった。(中略)術後病理診断では、軽度甲状腺外浸潤のあった14 例を除いた腫瘍径10 ㎜以下は28 例(29%)であった。リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 M0)は8 例(8%)であった。全症例96 例のうち軽度甲状腺外浸潤pEX1 は38 例(39%)に認め、リンパ節転移は72 例(74%)が陽性であった」
3.国際的な疫学者の見方、反応
WHO の健康リスクアセスメントをはじめ、事故後の専門家の見方は、甲状腺がんが福島県内で増加するであろうという予測が大勢を占めていました。従いまして、今回の結果に対しては、大きな異論はありませんでした。著者らは、2013 年にバーゼルで、2014 年にシアトルで、そして2015 年にサンパウロにおける国際環境疫学会の総会で、すでに分析結果を随時発表してきました。これに対する反応は、関心は大いに持たれたものの、高すぎるという反応以外には、違和感なく受け入れられてきました。これらの反応を見て私たちは、スクリーニング効果や過剰診療での説明がなされている日本国内と大きなギャップを感じています。
4.公衆衛生の専門家として
これまで、放射線防護対策らしい対策は、福島県内では避難以外にほとんど語られてきませんでした。従いまして、この結果を受けて提言する事項はたくさんあります。事故後5 年以降に起こると予想される甲状腺がんの本格的多発やその他の予想される事態に備えることを否定する理由は何もありません。今こそ行政は、被曝影響かどうかについての因果関係を論じるより、メディア対応も含め、対策の策定と実行を急ぐべきであると思います。
具体的にはまず、4 年目以降の多発の可能性に備え、医療資源の点検と装備を充実させるべきでしょう。甲状腺がん手術痕が残らないとされる医用ロボット(ダ・ヴィンチ da Vinci)は福島県立医大にも配置されているようですから、現在健康保険が効かないとはいっても、使用を検討すべきでしょう。
次に、甲状腺がん症例把握の拡大と充実を図るべきでしょう。その把握の範囲の拡大は、事故当時19 歳以上だった福島県民や、福島県外の住民へも行われなければなりません。
さらに、超音波エコーを用いたスクリーニング検査のみに頼る現在の症例把握の方法は、年を経ると共に受診者が減少していくことが予想できますので、被ばく者手帳の配備やがん登録の充実などを、医師会の協力も得て行っていくべきでしょう。
また、WHO の健康リスクアセスメントが多発を予測する白血病・乳がん・その他の固形がんなどの甲状腺以外のがんの症例把握や調査を準備開始すべきでしょう。白血病などの血液系の悪性新生物はすでに最小潜伏期間が過ぎています。また、がん以外の疾患への調査と対策の立案も必要だと思います。
もちろん、チェルノブイリの甲状腺がん等の発症データの詳細な分析は更に資料を集める必要があるでしょう。また、WHO 予測を上回る甲状腺がんの過剰発生が見られていますので、放射性ヨウ素等の被ばく量の再検討もしていかねばなりません。
当然、現在、空間線量率20 mSv/年以下の地域に進められている帰還計画は、当分延期すべきです。「100 mSv 以下の被ばくでは被ばくによるがんは発生しない、あるいは発生したとしても分からない」という科学的に間違った言い方に基づいて帰還計画が進められているのであれば、なおさら計画は停止し見直されねばなりません。
空間線量率はまだままだ高い状態です。今まで、ほとんど論じられてきませんでしたが、年齢別に分けたもう少しきめの細かい対策立案が早急に求められます。つまり、妊婦、乳児、幼児、小児、青年、妊娠可能性のある女性の順で、一時避難計画も含む、いっそうの放射線防護対策の立案と実行が望まれます。
提言の終わりとして、これまで福島県内では、「原発事故によるがんの多発はない」あるいは「多発があったとしても分からない」というような説明の仕方が一貫してなされてきました。このような言い方は、次の2 つの条件が両方成立することによって成り立ちます。すなわち、①100 mSv 以下の被ばくでは被ばくによるがんが(過剰)発生しない、②福島県内においては100 mSv を超える被ばくはなく100 mSv を遙かに下回る被ばくしかなかった、の2 つの条件です。これが福島県内における、現実的でコストのかからない放射線防護対策が話し合われることを、ほとんど妨げてきました。
しかし①の条件は、そもそも科学的に誤っており、今日内外の専門家はもう誰もこのようなことを言わなくなっています。そして②の条件は、2013 年のWHO の健康リスクアセスメントの推計の基礎となった2012 年のWHO の線量推計値では、原発の20 km 圏外の住民においても甲状腺等価線量は100 mSv を超えています。そして今回の分析では、WHO の健康リスクアセスメントの15 年甲状腺がんリスクを大きく上回ると思われる結果が示されました。
しかし、まだ原発事故から4 年半しか経っていないのです。放射線による甲状腺がんの発生に関する平均潜伏期間やチェルノブイリでの甲状腺がんの過剰発生の年次推移のデータを見ても、これから甲状腺がんは、これまでの10-20 倍規模で毎年発生する可能性が大きいのです。このような状況の中で、これまでの行政の説明を早く修正しないと、さらに行政への信頼は失われ、その結果、現実への対応や対策に支障を来しかねません。私どもの研究が、今後のことを考えて、行政のアナウンスや対策立案を見直すきっかけになるのではないかと考えています。このままでは、ますます不安や不信、風評被害を増幅するだけになると思います。