テルル132の甲状腺被ばく線量への寄与について


2013年1月に発表された下記の英語論文「福島第一原子力発電所の避難区域に置き去りにされた 牛における人工放射性核種の分布」内で、テルル132についての興味深い記述があった。

Distribution of Artificial Radionuclides in Abandoned Cattle in the Evacuation Zone of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
英文 
ウシの体内での放射性セシウムの分布 〜 福島県東部に生息する『のら牛』の場合 〜
和文 

英文の抜粋和訳 

該当箇所引用
”After the FNPP accident, a large amount of 132Te was released into the environment. At first a higher activity concentration of 132Te than 129mTe was detected in the soil of the evacuation zone [7]. The deposition of 129mTe in the kidney suggests that radioactive 132Te also accumulated in the kidney shortly after the FNPP accident. The half-life of 132Te is 3.2 days and its decay product is radioactive 132I, which is thyroid tropic. A previous study reported that radioactive tellurium that is orally administered to cows concentrates in the thyroid more than in most other tissues [19]. These results suggest that we need to pay more attention to 132Te as well as 131I in assessing health risk to the thyroid.”

該当箇所和訳
「原発事故後、大量のテルル132が大気に放出された。最初はテルル129mよりも多くのテルル132が避難区域の土壌で見つかった。テルル129mが腎臓に蓄積されると言う事は、福島原発事故直後に、テルル132もまた腎臓に蓄積した事を示唆する。テルル132の半減期は3.2日で甲状腺に向性を持つ放射性ヨウ素132(半減期2.3時間)に崩壊する。別の研究では、牛に経口投与された放射性テルルが、どの組織よりも甲状腺に多く蓄積したと報告されている。これらの結果は、ヨウ素131と同じくテルル132も甲状腺への健康被害リスクの評価で考慮されるべきだと言う事を示唆する。」

CTBT高崎観測所のデータを見ると、確かにテルル132の放出量もヨウ素132の放出量もかなりのものだった。



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上記の論文で言及されている「別の研究」を検索してみたが、見つかったのは牛での研究ではなく羊での研究だった。このアブストラクト内でも「乳牛」での研究が言及されているが、見つからなかった。

METABOLISM OF Te132-I132 IN LACTATING SHEEP
泌乳羊におけるTe132-I132の代謝(英語アブストラクトのみ)
(米国エネルギー省科学事務所のデータベースの1963年論文 )

アブストラクト和訳
「泌乳羊に、少量のTe131-I131を含むTe132-I132が一回経口投与された。羊乳における濃度が、経口摂取後最初の4日間に測定された。どの24時間単位においても、羊乳に分泌されたのは、投与されたTe132の0.2%以下だった。乳牛の場合だと、摂取後最初の6日間で投与量の0.5%が分泌されたと報告されている。羊乳における最高濃度は、投与後24〜36時間後に見られ、その後はTe132濃度は、約1日の半減期により減少した。血漿濃度は、どの調査期間でも、羊乳の濃度と大体同じだった。羊乳の搾乳時には、I132の濃度が高かったが、崩壊度が早い(半減期2.2時間)ために、搾乳後24時間での濃度はTe132の量に依存した。羊乳内のI131とTe132の比率は、投与後1日で120から??(訳者注:原文で文章の一部が欠損している模様)と様々だった。Te132投与後の48時間、72時間と96時間に安楽死させた雌羊で、主要組織におけるTe132が検査された。48時間での最大濃度は、甲状腺、腎臓と肝臓で見つかり、それぞれ、1グラムにつき、投与量の0.006%、0.0014%、0.004%だった。これらの結果および乳牛での研究から、Te132-I132は、泌乳動物が草を食べる牧草地での汚染が起こったとしても、人間にとって大きな危険を及ぼさないようであると言える。」

考察
「泌乳動物が草を食べる牧草地での汚染が起こったとしても、人間にとって大きな危険を及ぼさないようである」というのは、牛乳や羊乳に放射性テルルの汚染があったとしても、それを飲む人間には大きな危険がないだろう、という意味だと思うが、本当にそうだろうか。この1963年の研究が行なわれた場所は米国ワシントン州リッチランド市で、ハンフォード核施設がある街。そして研究機関は、ゼネラル・エレクトリック社。ハンフォードでは、様々な「実験」が行なわれた。少なくともこの研究では、テルル132が羊の体内では甲状腺に最も多く分布されたのが分かる。

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下記の論文「子供時代におけるI131への被ばく後の甲状腺癌のリスク」は、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌についての論文で、山下俊一氏が「改ざん」したグラフが知られている。(参考:山下俊一は、なぜグラフを改ざんしたのか? http://fukushimavoice2.blogspot.com/2013/06/blog-post_3.html

Risk of Thyroid Cancer After Exposure to 131 I in Childhood
http://jnci.oxfordjournals.org/content/97/10/724.full.pdf

この論文内で用いられた推計被ばく線量についての論文に興味深い記述があったので、アブストラクトと該当部分を和訳した。

Reconstruction of Radiation Doses in a Case-control Study of Thyroid Cancer Following the Chernobyl Accident
チェルノブイリ事故後の甲状腺癌のケースコントロール調査における、放射線被ばく線量再構築
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2885044/pdf/nihms-172848.pdf

アブストラクト和訳
チェルノブイリ事故のフォールアウトに子供時代およびティーンエイジャー時代に被ばくした人達においての、甲状腺癌の集団ベースのケースコントロール調査が、ベラルーシとロシアの汚染区域で行なわれた。調査対象者それぞれにつき、個人の甲状腺被ばく線量は、次のような被ばく経路に基づいて再構築された。
(1)吸入と飲食によるI131の取り込み
(2)吸入と飲食による短期寿命核種の放射性ヨウ素(I132、I133、I135)と放射性テ
ルル(Te131m、Te132)の取り込み
(3)地面に沈着した放射性物質による外部被ばく
(4)Cs134とCs137の飲食による摂取

特定の年齢グループの集団の平均被ばく線量および個人被ばく線量の再構築に使われたモデルが、一連の相互比較により確証された。全要因に起因する、調査対象者の平均甲状腺被ばく線量は、ベラルーシとロシアでそれぞれ0.37と0.034Gyと推計された。調査対象者の中での最大個人甲状腺被ばく線量は、ベラルーシで10.2Gy、ロシアで5.3Gyだった。I131の取り込みが、主な甲状腺被ばく経路だった。短期寿命核種の放射性ヨウ素と放射性テルルによる推計被ばく線量は、0.53Gyが最大だった。再構築された個人甲状腺被ばく線量では、外部被ばく線量は0.1Gy以下、セシウムの飲食による取り込みによる内部被ばく線量は0.05Gy以下だった。再構築された個人甲状腺被ばく線量の、幾何標準偏差に特徴づけられた不確かさは、1.7から4.0で、平均は2.2だった。

短期寿命核種の放射性ヨウ素(I132、I133、I135)と短期寿命核種の放射性テルル(Te131m、Te132)由来の甲状腺被ばく線量再構築
原子炉は、半減期が1時間から1日の短期寿命核種の放射性ヨウ素を多く生成する。環境内および人体での動態はI131と同じである。また、放射性ヨウ素の親核種である放射性テルルも考慮されるべきである。これらのうち、5つの短期寿命核種の放射性ヨウ素と放射性テルル(I132、I133、I135、Te131m、Te132)だけが、集団の甲状腺被ばく線量に実質的に寄与し得る。

チェルノブイリ原子力発電所の近くのプリピャチ市は、被ばくした集団においての短期寿命核種が生体内で測定された唯一の集落である(Balonov他 2003)。被ばくが吸入のみで、原子炉の爆発後の1日半以内に避難した前だけに限られたので、短期寿命核種の甲状腺被ばく線量への寄与は、この集団の中で、事故後最初の1日半に甲状腺への取り込みを防ぐヨウ化カリウムを摂取しなかった人達では30%だった(Balonov他 2003)。プリピャチとの類推により、チェルノブイリ原子力発電所の30km圏内から事故後間もなく避難し、吸入のみによって被ばくした人達における甲状腺被ばく線量全体への短期寿命核種の寄与も、同様だと思われる。ロシアの集落の住民の甲状腺被ばく線量への短期寿命核種の寄与は小さいと推計される。放射能汚染が同様のベラルーシの集落からの証拠に基づいて、被ばく経路が吸入のみだった人達では最大で10%だと推計された(Gavrilin他 2004)。短期寿命核種である放射性ヨウ素と放射性テルルの被ばく線量全体への寄与が小さくても、甲状腺癌誘発における短期寿命核種の影響がI131より大きい可能性があるという疑いがあるために、その寄与を推計するのは重要である(NCRP 1985)。

チェルノブイリ原子力発電所から居住集落への距離、そして事故後当初の日々の放射能雲のパターンが、短期寿命核種の放射性ヨウ素と放射性テルルからの甲状腺被ばく線量の評価に使われた。地域を放射性ヨウ素フォールアウトの動態によりグループ分けするのには、Gavrilin他(2004)は、I131フォールアウトの毎日の測定値(Makhonko他 1996)、Cs137土壌沈着濃度、そして降水情報を用いた。ロシア国土の短期寿命核種の推計被ばく線量による分類も、同様のアプローチが取られた。

短期寿命核種の取り込みによる甲状腺内部被ばく線量とI131の取り込みによる甲状腺内部被ばく線量の比率が、被ばく経路(例:吸入、牛乳と葉野菜の摂取)それぞれにつき、年齢依存性と地域に基づいて推計された。表3に、事故後最初の2週間の間に行動を変えなかった調査対象者における比率が示されている。居住地や食生活を変えたり、事故後間もなく安定ヨウ素剤を摂取した調査対象者においては、個人インタビューからの情報が甲状腺被ばく線量再構築に考慮された。



表4は、様々な被ばくルートによって再構築された、調査対象者の甲状腺被ばく線量を表す。ベラルーシとロシアの調査対象者の間では甲状腺被ばく線量に大きな差があった。ベラルーシでの平均被ばく線量の0.37Gyは、ロシアの平均被ばく線量の0.034Gyの10倍以上だった。ロシアでは被ばく線量の96%が、ベラルーシの平均推定被ばく線量である0.37Gy以下だった。再構築された甲状腺被ばく線量の最大値は、ベラルーシの調査対象者で10.2Gy、ロシアの調査対象者で5.3Gyだった。甲状腺被ばくの主な被ばくルートは、牛乳の摂取によるI131の取り込みだった。しかし、ベラルーシの調査対象者の一部では、葉野菜の摂取が4.9Gyもの甲状腺被ばく線量に寄与した。短期寿命核種のヨウ素とテルル同位体による推計被ばく線量は、最大が0.53Gyであり、ベラルーシでの平均被ばく線量は1.7mGyと、ロシアでの平均被ばく線量である0.14mGyのほぼ10倍だった。外部被ばくによる個人甲状腺被ばく線量推計値は0.1Gy以下で、セシウムの摂取による内部被ばくによる推計値は0.05Gy以下だった。長期寿命核種による被ばく線量は、ベラルーシではロシアでの2倍だった。





表5は、様々な被ばく経路の、甲状腺被ばく線量全体への寄与を示す。表5から分かるように、牛乳の摂取によるI131の取り込みが主な甲状腺被ばく経路で、甲状腺被ばく線量全体への寄与の平均は、ベラルーシで90%、ロシアで74%だった。ロシアでの寄与が小さいのは、ロシアでの牛乳摂取量がベラルーシと比較して少ない(平均値は一日にロシアは370mL対ベラルーシは470mL)のと、ロシアの調査対象者で葉野菜の摂取量がベラルーシよりも多かった(一日にロシアは20グラム対ベラルーシは0グラム)からで説明がつくかもしれない。牛乳摂取量の違いは、ベラルーシの調査対象者の約70%が事故当時に5歳以下で、牛乳と乳製品が食生活の主な部分を占めていたということに関連している。それと比べると、ロシアの調査対象者で事故当時に5歳以下だったのは30%だけだった。さらに、ロシアではもっと後の時期まで家畜が放牧されなかった。調査対象者全員では、I131の取り込み以外の被ばく経路による甲状腺被ばく線量全体への寄与の平均は、短期寿命核種の放射性ヨウ素と放射性テルルの取り込みからは0.5%、外部被ばくからは1.1%、セシウム同位体の摂取からは0.5%だった。




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上記の論文内で言及されているBalonov他 2003年の論文はこれ。

Contributions of short-lived radioiodines to thyroid doses received by evacuees from the Chernobyl area estimated using early in vivo activity meaurements
初期の生体内測定値を用いて推定された、チェルノブイリ地域からの避難者が受けた甲状腺被ばく量への短期寿命核種の寄与
(2003年英語論文アブストラクト)

アブストラクト和訳
チェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発の1日半後にプリチャピから避難した65人において、1986年4月30日からロシアのサンクトペテルブルグで、 一連の生体内ガンマスペクトル測定が行なわれた。この歴史的なスペクトルとインタビューが最近処理され、結果が甲状腺被ばく線量推計に使われた。甲状腺におけるI131と肺におけるTe132の量は簡単に求められた。甲状腺におけるI132とI133の量を推定するために、洗練されたスペクトル処 理方法が開発された。甲状腺の測定データによると、プリチャピ住民が吸入したI133/I131の平均比率は、(事故当時で)2.0だった。I133の吸入による甲状腺被ばく線量とI131の吸入による甲状腺被ばく線量の平均比率は0.3で、チェルノブイリ事故の展開に基づいた線量推計の正確さを 確証することになる。甲状腺におけるI132の量と肺におけるTe132の平均比率は、人体での測定データから0.2と評価されたが、これは、これらの放射性核種の代謝の特性とほどほどに一致している。肺に蓄積したTe132から由来したI132による甲状腺被ばく線量とI131による甲状腺被ばく量の平均比率は、ヨウ化カリウム剤を摂取しなかったプリチャピ住民では0.13 ± 0.02で、摂取した住民では0.9 ± 0.1だった。故に、プリチャピ住民の全甲状腺被ばく線量への短期寿命核種による寄与は、安定ヨウ素剤で防御しなかった住民では平均して30%で、4月26−27日にヨウ化カリウムを摂取した住民では約50%であり、これは、甲状腺の健康影響の評価において考慮されるべきである。

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これもちょっと興味深かった。(アブストラクトのみ)
Development of dose-equivalent rate given to the thyroid gland after instantaneous inhalation of tellurium-132 
http://journals.lww.com/health-physics/Abstract/1966/10000/Evolution_Du_Debit_D_Equivalent_De_Dose_Delivree_A.2.aspx

1966年のフランス語論文の英語アブストラクト和訳 
吸入されたTe132から由来して甲状腺に到達するI132の線量は、1μCi(37,000Bq)のTe132につき、吸入後13時間で、毎時4x10のマイナス5乗レム(0.4μSv/h)の最大値に達する。(甲状腺におけるI132の)蓄積量は、1μCi(37,000Bq)のTe132につき0.25レム(2.5mSv)に達し、その半分は最初の60時間で蓄積する。

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福島原発事故によるテルル132の甲状腺被ばく線量への寄与は、何なのだろうか?

1 件のコメント:

  1. これはとても重要なことのように思います。短期寿命核種がほとんど話題にならない福島事故、日本には放射線被ばくの専門家が皆無なようだ。

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