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和訳と考察 長崎大学&ベラルーシ研究発表「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」


The Lancet: Diabetes and Endocrinology (「ランセット:糖尿病と内分泌学」)2016年8月号に、長崎大学(高村昇、折田真紀子、ウラジミール・サエンコ、山下俊一、長瀧重信)とベラルーシ(ユーリ・デミチク)の共同研究が、コレスポンデンスとして掲載された。これは、2016年8月4日に福島民報に掲載された記事で言及されている論文だと思われる。以下は非公式和訳である。



放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ

ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所事故から30年、そして福島第一原子力発電所での危機から5年が過ぎた。チェルノブイリ災害後、ベラルーシ、ロシアとウクライナにおいて、事故時に放出された放射性ヨウ素に被ばくした小児と思春期の青年らの間で甲状腺がんのかなりの増加が報告された。このチェルノブイリでの経験に基づいて、福島県民健康調査の枠組み内で甲状腺超音波検査が行われている。この検査は福島事故当時18歳未満(原文ママ:実際には事故当時18歳「以下」)だった住民すべて(およそ36万人)が対象である。2011年10月から2014年3月に実施されたスクリーニングの1巡目では、受診者 300,476人中113人が、甲状腺悪性腫瘍確定または疑いとされた。

福島事故後の甲状腺がんの発見は、現代的で精度の高い超音波技術によるスクリーニングの影響かもしれない。この問題を調査するために、福島での放射線被ばくと甲状腺がんの間の因果関係は、特にチェルノブイリからの既存の証拠に対して注意深く評価されるべきである。

チェルノブイリでは、被ばくした小児の甲状腺被ばく線量平均値は、ベラルーシで 560 mSv[SD 1180]、ウクライナで 770 mSv[260]と推計された。一方、事故後に福島の1000人以上の 0〜14歳の小児の 99%で報告された甲状腺被ばく線量は、15 mSv未満だった。これらの低いレベルでは、福島での被ばく線量が、被ばくの可能性から 4年以内に検出可能な甲状腺がんの過剰例を起こした可能性は低い。

もうひとつの考慮すべき重要点は、2つの事故後の患者の年齢である。ベラルーシでは、事故前に設置されたがん登録によると、事故後最初の4年間(1986〜1989年)に被ばく時に0〜15歳だった患者で25例の甲状腺がんの手術例が報告された。この数字は、1990〜1994年に 431例、1995〜1999年に 766例、そして 2000〜2003年には 808 例に増えた。特に、1990年以降、事故当時 0〜5歳だった小児での甲状腺がん発症率が大きく増加し、この年齢グループは放射線の影響に特に脆弱であると示唆された。チェルノブイリ後の甲状腺がん手術例は、年齢が低いグループで最も多かったが、これは事故後 4〜10年経ってからのことであった。これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性がある(図)。

福島での連続したスクリーニングは継続されるべきであり、患者の年齢分布はチェルノブイリでの原型的な放射線誘発性パターンと定期的に比較されるべきである。


図:(A)ベラルーシで事故当時0〜15歳だった患者での甲状腺がん手術症例数 
  (B)福島で事故当時0〜18歳だった患者での甲状腺がんの診断症例数 

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福島民報記事のテキスト


「小児甲状腺がん増加考えにくい」 長崎大高村教授ら

 長崎大の原爆後障害医療研究所の高村昇教授(48)らの研究チームは、本県とチェルノブイリの甲状腺がんの発症パターンの相違を初めてデータで裏付ける研究論文をまとめ、3日までに英国の医学専門誌に発表した。高村教授は、研究結果に基づき、「福島県内ではチェルノブイリのような放射線被ばくによる小児甲状腺がんの増加は考えにくい」と結論付けた。

 研究チームは、昭和61(1986)年に発生したチェルノブイリ原発事故後の甲状腺がん発症が、事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加したことを、ベラルーシの大規模な統計データを分析して明らかにした。一方、本県では東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていないとして「発症状況が大きく異なる」との見方を示した。

 研究チームは、チェルノブイリ原発事故の影響を最も受けたとされるベラルーシで事故前から国全体で実施されていた「がん登録」を活用。がんと診断された症例を国家レベルで登録するシステムで、毎年各種がんがどの程度診断されたかを把握できるため、登録内容を分析した。

 この結果、チェルノブイリ原発事故発生から4年間で、事故当時にゼロ~5歳だった世代で甲状腺がんと診断されたのは4例(ゼロ~15歳では15例)だった。事故後5年~8年では228例(同431例)、事故後9年~13年では440例(同766例)、事故後14年~17年では382例(同808例)と、幼児期での発症拡大が確認された。

 平成23(2011)年の福島第一原発事故後、県内で行われた県民健康調査の甲状腺検査の先行検査では悪性か悪性の疑いと診断された116人はいずれも事故当時、6歳以上の子どもだった。

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考察

チェルノブイリ事故後の甲状腺がん発症率が「事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加」したことを、「東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていない」ことと比較するのは、事故後の異なる時期(チェルノブイリの事故4年後以降 vs. 福島の事故後最初の4年)での比較であり、意味がない。それにも関わらず、福島での甲状腺がんに関連する論文などでは、一貫してその比較がなされている。

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米国甲状腺学会の学会誌 Thyroid に掲載された、先行検査結果についての論文(関連ツイートまとめはこちら

米国臨床腫瘍学会年次総会のウェブサイトに掲載された山下俊一氏の論考(関連ツイートまとめはこちら
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2014年10月にThyroid誌に投稿されたエディターへのレターでは、ウクライナと福島での事故後最初の4年間の甲状腺がん症例の年齢分布が「似ている」とされている。ウクライナでは、チェルノブイリ事故後4年目の1990年以降に、事故当時5歳以下だった人たちでの甲状腺がん症例数が急増した。このレターでは、福島県での甲状腺がんが放射線影響であったなら、事故後最初の4年間で、事故当時4〜5歳だった人たちで甲状腺がん症例が見られたはずである、とされている。(レターの和訳はこちら

海外の専門家らの中には、事故後の異なる時期よりもさらに大雑把な、チェルノブイリでの時期不特定の期間の小児甲状腺がん症例と福島事故後最初の3年間の甲状腺がん症例の年齢別発生頻度を同じグラフに重ね、福島で事故後最初の3年間に事故当時5歳以下の症例が見られないから放射線影響ではないだろう、と結論づけている人たちもいる。

なぜこのような非論理的な比較が容認されるのか、不思議である。

そもそも、チェルノブイリの知見に基づいて、放射線誘発性甲状腺がんの潜伏期間は4〜5年であるとされている。この前提では、事故後最初の4年では、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんは見つからないことになる。

事故後最初の4年間で事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが発症していないから、福島県の小児甲状腺がんは放射線影響でない、と主張するのは矛盾している。その主張が有効であるためには、実際の潜伏期間がもっと短いことを認めるか、あるいは、潜在がんが放射線被ばくにより急速に成長したかもしれないような症例も放射線影響であるとみなさざるを得なくなる。そうすると、事故後最初の4年間が潜伏期間であるから放射線影響の甲状腺がんは見つからないだろうという前提で「ベースライン」とされている先行検査がベースラインであること自体も、無効になる。大体、有害物質への曝露を受けた集団をベースラインとすることは科学的に妥当なのか?という問題もある。他にデータがないから、やむを得ずベースラインとして扱うというのならまだ理解の余地がある。だが、鈴木眞一氏らは、あちこち(英語圏のみ?)で、先行検査を「ゴールド・スタンダード」とまで呼んでいる。

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2015年の国際甲状腺学会での鈴木眞一氏と長瀧重信氏の講演に基づく記事
(関連ツイート https://twitter.com/YuriHiranuma/status/657042965320208384



2016年2月末に、日本内分泌学会の英語学術誌『Endocrine Journal』に掲載された、甲状腺検査の先行検査の1年目の平成23年度(2011年度)対象市町村のみの結果についての論文「福島での甲状腺超音波検査のプロトコールと先行検査の暫定結果[速報]」(注:先行検査の結果は2015年8月に最終版が出ているのに、その後に「速報」を出すのも不思議である。)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26924746
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県民健康調査の甲状腺検査は、現時点で2巡目が終了してはいるが、2016年6月6日に発表された最新結果では、まだ、いわき市を含む平成27年度対象市町村での2次検査の受診率が40%ほどである。この最新結果では、いわき市の事故当時5歳の男性が甲状腺がん疑いの診断を受けている。いわき市の2次検査対象者数は322人で、平成27年度対象市町村の2次検査対象者の約4割を占める。322人中、実際に2次検査を受診したのは105人で、結果が確定しているのは74人と、4分の1の結果しか出ていない。いわき市は避難区域外であり、福島第一原発からの放射能プルームが通過した際に防護せずに被ばくした可能性のある人が多い。甲状腺被ばく線量の直接測定である「1080人調査」で、被ばく線量が最大とされたのは、いわき市の子どもだった。

事故後の異なる時期の甲状腺がん症例の年齢分布の比較により放射線影響を否定するのではなく、チェルノブイリで事故当時5歳以下での甲状腺がん症例が増え始めたのと同時期、つまり福島での甲状腺検査の2巡目以降での年齢分布を比較するのが科学的ではないだろうか?

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追記(2016年8月8日)

上記の図であるが、右の福島の甲状腺がん症例数を示したグラフの縦軸のスケールは、ベラルーシのグラフの甲状腺がん手術症例数を示したスケールの5分の1(20、40、60、80、100、120の代わりに、正しくは 4、8、12、16、20、24)であるべきなのに、ベラルーシと同じになっている。コレスポンデンスには査読がないのかもしれないが、編集者は気づかなかったのだろうか?

また、ベラルーシのデータが年齢15歳までである一方、福島のデータは、2015年8月31日に開催された第20回県民健康調査検討委員会で発表された先行検査結果概要確定版の図4が元となっており、事故当時年齢18歳までが入っている。ランセットのコレスポンデンス内では、”これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性” とされている。そもそも年齢グループの範囲が異なる2集団を比較することからして論理性に欠けているが、チェルノブイリでの15歳までの観察に基づいて、福島での「年齢が高いグループ」(原文では「グループ」が複数の記述であるので、後述に引用されている図の福島データのグラフで突出した年齢グループに含まれている16〜18歳グループも視覚的に含まれると思われる)についての結論を出すことの論理性も疑問である。こちらも編集段階をすり抜けたのだろうか?

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追記その2(2016年8月8日)

ランセットオンライン版に、8月3日に図の訂正版が掲載されていた。(下記参照)



追記その3(2016年10月7日)

下記の発表内では、「ゴールド・スタンダード」が言及されていないことを確認したので、実際に言及してある『Endocrine Journal』掲載論文の情報(上記参照)と差し替えた。しかし、下記の発表は、山下俊一氏が臨床腫瘍学専門家らに福島での甲状腺がんの実態を「正しく」理解してもらうことを目的に書かれていることを踏まえると、懸念されるものである。


2015年3月5〜8日にサンディエゴで開催された、内分泌学会の年次集会での山下俊一氏の発表「福島原子力発電所事故後の福島甲状腺超音波検査の3年間の結果と将来の展望」


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