2014年2月7日(金)13時30分から、第14回福島県「県民健康管理調査」検討委員会が開催される。今回、2013年11月12日に開催された第13回福島県「県民健康管理調査」検討委員会の記者会見での福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座教授 鈴木眞一氏の発言のひとつについての疑問点が解決されることになるのだろうか?
ツイッター上でのまとめサイト1と2の情報に基づいて、下記にその疑問点を説明する。
まず、第13回検討委員会の翌日、朝日新聞デジタル版に下記の記事が掲載された。(以下転載)
子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定
2013年11月13日06時33分
【野瀬輝彦、大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故の発生当時に18歳以下だった子どもの甲状腺検査で、福島県は12日、検査を受けた約22・6万人のうち、計59人で甲状腺がんやその疑いありと診断されたと発表した。8月時点より、検査人数は約3・3万人、患者は疑いも含め15人増えた。これまでのがん統計より発生率は高いが、検査の性質が異なることなどから県は「被曝(ひばく)の影響とは考えられない」としている。
県は来春から、住民の不安にこたえるため、事故当時、胎児だった約2万5千人の甲状腺検査も始める。
新たに甲状腺がんと診断されたのは8人、疑いありとされたのは7人。累計では、がんは26人、疑いが33人。がんや疑いありとされた計58人(1人の良性腫瘍〈しゅよう〉除く)の事故当時の年齢は6~18歳で平均は16・8歳。
甲状腺がんはこれまでで10万人あたり12人に見つかった計算になる。宮城県など4県のがん統計では2007年、15~19歳で甲状腺がんが見つかったのは10万人あたり1・7人で、それよりかなり多い。ただし、健康な子ども全員が対象の福島の検査の結果と、一般的に小児は目立つ症状がないと診断されないがんの統計では単純比較できない。
ただ、チェルノブイリでは、原発事故から4~5年たって甲状腺がんが発生しており、複数の専門医は「被曝から3年以内に発生する可能性は低い」と分析している。県は被曝の影響とは考えにくい根拠として、患者の年齢分布が、乳幼児に多かったチェルノブイリと違って通常の小児甲状腺がんと同じで、最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっていることなどを挙げている。(転載終わり)
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物議を醸し出しているのは下記の文章である
「県は被曝の影響とは考えにくい根拠として、(中略)最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっていることなどを挙げている。」
これは検討委員会後の記者会見での鈴木眞一氏の発言(26分10秒より)に基づいている。議事録には収録されていない。
“今あのチェルノブイリで、放射線の影響が無い子供たちの、超音波のスクリーニングをした中でも、だいたいあの、たしか4,5…ちょっと今数字正確には忘れましたけど、4,5千名に1名と大きな乖離は無いというような値を得ていますので、最近そういう発表が論文でありましたので、ロシアの方から” (みーゆさんの2013年11月17日のツイートより)
福島医大によると、「最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査」というのは、このIvanovらによる有料論文のようである。
”Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (estimation of radiation risks, 1991–2008 follow-up period)”
「チェルノブイリ事故後のロシアにおける甲状腺がんの放射線疫学研究(放射線リスク推定、追跡期間1991−2008年)」
アブストラクト和訳:
この研究は、チェルノブイリ事故の影響で最も汚染がひどかったブリャンスク、カルーガ、オリョールとトゥーラ州の住民における甲状腺がん罹患率の分析である。追跡期間は1991年から2008年で、コホートサイズは309,130人である。この追跡期間中、978人に甲状腺がんが見つかった。1グレイあたりの過剰相対リスク(ERR/Gy)は、事故当時の子どもとティーンエイジャー(0〜17歳)で統計的に有意であった(ERR/Gy=3.22; 95%信頼区間1.56、5.81)。男児におけるERR/Gyは6.54で、女児の’2.24よりも高かった。被ばく後の時間的経過に伴う、統計学的に有意なERR/Gyの減少は、10年につき0.37倍であり、コホート全体と男児でそれぞれ見られたが、女児では見られなかった。被ばく時に18歳以上だった人達では、甲状腺がんの放射線リスクは見られなかった。
(この論文の引用和訳についてはこの記事の巻末を参照のこと)
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”子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定◆朝日 http://t.co/cdpJawQ5Al 初めて見たけど、11月13日の記事とのこと。 この記事に出てくる数字がおかしい
おかしいのは 「最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっている」 の部分。この記述の元ネタは2012年の Ivanov らの論文 https://t.co/HUHwPjguTf との噂。この論文には、こんなことは書いてない。
この論文に書いてあるのは「子どもの検査」ではなく、「“チェルノブイリ事故時に” 0-17 歳の子どもだった人の検査」。調査期間は 1991-2008 年。2008 年というのは事故の 22 年後なので、0-17 歳の子どもだった人たちは既に 22-39 歳になっている。
もう、すっかり大人である。「4千~5千人に1人」という大きい値が出ているのは、このため。
確認のため、論文に示される数値から年間の罹患率を大雑把に求めてみる。
論文の Table 2 より、最低線量区間 0-0.05 Gyでの両性の症例数は49、人年は 288218。これより、平均の年間罹患率は大雑把に 5900人に1人程度。同じことを Table 5 の女性の数値を使って行うと、平均の年間罹患率は 3700人に1人程度。 以上。”
論文のTable 2(表2)の和訳はこのようである。
表5の和訳はこれである。
私は、この発言は間違いなんじゃないかと思ってる。 → 朝日新聞「子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定」の数値がおかしい http://t.co/uXmr3Gz07F
これの件で鈴木眞一さんと朝日新聞にメールを送信 → “朝日新聞「子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定」の数値がおかしい”
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しかし、みーゆさんの質問メールに対して、鈴木眞一氏からの答えはなかった。
さらに、2013年12月21日に福島県白河市で開催された第3回「放射線の健康影響に関する専門家意見交換会 "甲状腺"を考える」においても、鈴木氏はこの論文に言及している。 (46分くらいより)
鈴木氏には、ぜひ、このIvanov研究論文を引用する妥当性について説明して頂くか、もしくは別の論文を提示して頂きたい。
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Ivanovらによる「チェルノブイリ事故後のロシアにおける甲状腺がんの放射線疫学研究(放射線リスク推定、追跡期間1991−2008年)」引用和訳
ロシア保健・社会開発省の国立医学放射線研究センターでの研究。 1991年から始まったチェルノブイリ登録のロシア部門はロシア国立医学・線量登録(RNMDR)で、RNMDRデータベースには、現在、689,000人の医学的および線量データが含まれる。このうち190,000人は緊急作業員で、433,000人は、ロシアで汚染された4州(ブリャンスク、カルーガ、オリョールとトゥーラ州)の住民である。
この研究では、RNMDRコホートデータを使い、1991年1月1日から2008年12月31日の追跡期間中の甲状腺がん誘発の放射線リスクが推定された。 1991−2008年期間の309,130人のコホートで993人に甲状腺がんが見つかった。このうち247人は小児で、746人は成人だった。
臨床的に診断されたのは、子どもとティーンエイジャーの8.5%と成人の10.5%のみだった。残りは細胞診断(小児の89%、成人の79%)、もしくはアイソトープ法、エコー検査か他の診断方法で見つかった。
図1では、小児の甲状腺がん患者の分布関数に、線量が高い方へのシフトが見られ、放射線リスクが存在することを示している。図2の成人の分布関数はその反対で、おそらく成人では放射線リスクがないことを意味する。
RNMDRで登録された247人の小児甲状腺がんのうち、61人は男児で186人は女児だった。追跡期間全体での平均放射線リスクは、リスクモデル1と2(被ばく後の経過時間により平均されたリスクモデル)ではERR/Gy=3.22(95%信頼区間1.56; 5.81)
リスクモデル4(被ばく後の経過時間を過剰相対リスクの交絡因子としたリスクモデル)の被ばく後15年目の中央推定値はERR/Gy=3.58(95%信頼区間1.61;5.57)だった。
表1では、小児におけるERR/Gyの被ばく後経過時間への依存性が統計学的に有意(p=0.006)であるのが示されており、被ばく後5年後から15年後の間にERRが0.37倍に減少したことがわかる。
男児と女児が別々に分析された場合(表3)でも、ERRの被ばく後経過時間への依存性は統計学的に有意(p=0.04)であった。
図4と5では、男児と女児における甲状腺がんと、健康なコホートの累積分布関数が示されているが、健康なコホートと甲状腺がん患者の放射線被ばく量の差異は、男児のみで見つかった。
表3から、甲状腺がんの男児の平均被ばく線量は250mGyで、健康なコホートの178mGyよりもかなり大きい事が分かる。女児での平均被ばく線量は、甲状腺がんの患者で218mGyと、健康なコホートの196mGyより高かった。
表3によると、リスクモデル1と2では、ERR/Gyは男児6.54、女児2.24、リスクモデル4では、男児6.70、女児2.68と、どちらでも男児が女児の約3倍だった。また、リスクモデル3による相対リスクは、甲状腺被ばく線量が250mGy以上だと統計的に有意になった。
甲状腺がん発症率のベースラインモデリング、特に時間依存性は、明らかに、幼少期の放射性ヨウ素被ばく後の放射線リスクの数量的推定において重要な役割を果たし得る。チェルノブイリ事故で汚染された地域でのエコー検査と症例数報告の増加は、スクリーニング効果と甲状腺がんの初期診断に繋がった。
ウクライナとベラルーシの高線量汚染地域の子どもとティーンエイジャーにおける甲状腺がんのベースライン発症率は、汚染がひどくない地域の4倍近くになった。
この研究では、ロシアの一般統計と比べるとさらに高いベースライン発症率が見られ、成人では約4倍、小児では約8倍だった(表1のSIR、標準化罹患比)。ロシアにおける甲状腺がんのベースライン発症率は将来の疫学研究でさらに調査されるべきである。
引用和訳で言及されなかった図表
表2 チェルノブイリ事故当時の小児(0−17歳)の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3)
表4 チェルノブイリ事故当時に0−17歳だった男性の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3)
表5 チェルノブイリ事故当時に0−17歳だった女性の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3)
図6&7 線量区分による甲状腺がん発症率相対リスク、図6が男児、図7が女児
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