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2016年10月14日金曜日

福島県の甲状腺がん症例の臨床病理学的データ:2016年10月

*この記事の英語版はこちら

2016年9月26〜27日に福島市で、第5回福島国際専門家会議「福島における甲状腺課題の解決に向けて~チェルノブイリ30周年の教訓を福島原発事故5年に活かす」が開催された。(動画やパワーポイント資料はこちらで公開されている。)この会議の主催は日本財団、共催は福島県立医科大学、長崎大学と笹川記念保健協力財団、後援は福島県、日本医師会、日本看護協会、日本薬剤師会と広島大学だった。プログラムPDFは、こちらからダウンロードできる。2011年以降、2012年以外は毎年開催されているこの会議については、福島県立医科大学の放射線医学県民健康管理センター英語ページアーカイブが収録されている( 第1回 第2回 第3回第4回)。首相官邸災害対策ページの原子力災害専門家グループのセクションには、山下俊一氏による第2回第3回の日本語報告がある。

発表者の一部は、”福島はチェルノブイリとは違う” ことを強調し、これまでの福島県で見つかっている甲状腺がんが大規模スクリーニング検査を行った結果のスクリーニング効果であると主張し、がん検診による過剰診断のリスクを強調した。この会議では、福島県で行なわれている甲状腺検査についての何らかの声明が出されることになっていたので、もしや検査の縮小が提言されるのではないかと懸念されたが、最後のパネルディスカッションはまとまった意見に繋がらなかった。提言は後日発表されるということである。


福島県立医科大学の甲状腺外科医 鈴木眞一氏の発表は、甲状腺検査の結果についてであったが、冒頭に甲状腺検査の基本情報と1〜2巡目の結果が紹介された後にパワーポイントのスライドに映り始めたのは、2015年8月31日以来まったく公表されていない、手術症例の詳細だった。鈴木眞一氏は、県民健康調査検討委員会に初期から参加し、甲状腺検査結果を発表してきていたが、2015年春からは甲状腺検査関連の臨床に集中することになり、2015年5月18日の第19回県民健康調査検討委員会以降は、甲状腺検査の検査自体の責任者である大津留晶氏が検討委員会で結果発表を行っている。福島県立医科大学の基本スタンスは、細胞診、手術や経過観察などは甲状腺検査そのものから通常診療に移行するため、臨床情報は個人の医療情報となるので公表できないというものである。その一方では、学会や論文で一部の臨床情報を公表しており、検討委員会でも甲状腺検査評価部会でも問題となっていた。特に2014年には、2014年8月末の第52回日本癌治療学会学術集会や、2014年11月中旬の日本甲状腺学会学術集会で、それまで公表されていなかった臨床情報を発表していた(詳細は、この記事を参照のこと)。それ以降、2014年11月11日の第4回甲状腺検査評価部会と、2015年8月31日の第20回県民健康調査検討委員会の2度にわたり、「手術の適応症例について」という文書で臨床情報の一部を公表してきた。2014年の「手術の適応症例について」では、2014年6月30日時点での1巡目の手術例58例中54例について、そして、2015年の「手術の適応症例について」では、2015年3月31日時点での1巡目の手術例99例と2巡目の手術例5例の合計104例中96例について報告されている。


今回発表されたのは、2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で報告された、2016年3月31日時点での1巡目の手術例102例と2巡目の手術例30例の中から、1巡目の良性結節1例と他施設で手術が施行された6例(おそらく1巡目)を除く125例についての情報である。1巡目の95例と2巡目の30例が含まれていると思われる。


鈴木眞一氏の英語発表「福島原子力発電所事故後の小児期と思春期での甲状腺がん」は、以下の動画1:45:25頃から始まり、日本語の同時通訳が入っている。残念ながら、鈴木氏の発言はすべてが聞き取れず、また同時通訳でもすべてが捉えられていないため、ここでは書き起こしはせず、パワーポイントのスライドの一部のスクリーンショットを紹介し、その内容をできるだけ一般の人たちにもわかるように解説するに留めるので、ご了承願いたい。





注:この発表の12日前の9月14日には、2016年6月30日時点での結果が公表されてはいたが、鈴木氏が用いたデータは、2016年3月31日時点のもの(1巡目結果2巡目結果)である。(1巡目結果は、2015年8月31日に確定版が出た後、2016年3月31日時点でのがん症例と手術症例をそれぞれ3例ずつ追加した追補版が出ており、今回鈴木氏が用いたのは、追補版データである。)

追記(2016年12月8日):公式サイトで英語音声の公式動画が公開されていた。パワーポイント資料のPDFはこちら


スライド1:福島県の甲状腺検査の2012年8月〜2016年3月の手術症例



この発表は、2012年8月から2016年3月に福島医大で手術を受けた125例についてである。この期間中の手術例132例中、126例は福島医大で施行され、1例が良性結節、125例が甲状腺がんと確定した。残りの6例は、他の医療機関で手術が実施された。(注:2015年8月の「手術の適応症例について」では、 「7例は他施設で実施された」となっているが、今回の発表ではこれが「6例」とされている。しかし鈴木氏は、この食い違いについて言及しなかった。)


2016年3月31日時点では、1巡目では102例が手術を受け、1例が良性結節、101例が甲状腺がんと確定している。一方、2巡目では57例の悪性ないし悪性疑いのうち、30例が手術で甲状腺がんと確定している。他の医療機関で手術が実施された「6例」に2巡目の症例が含まれているかどうかは明らかでない。


スライド2:福島医大での甲状腺がん125症例の特徴




125症例中、44例が男性、81例が女性で、男女比は1:1.8だった。(註1)

事故当時年齢(被ばく時年齢)は、5〜18歳、平均年齢は14.8 ± 2.7歳だった。

二次検査時年齢は9〜23歳、平均年齢は17.8 ± 3.1だった。

腫瘍の位置は、121例(96.8%)で片側、4例(3.2%)で両側だった。片側の121例中、67例が右葉、53例が左葉、1例が峡部で見つかった。


註1:甲状腺がんは女性に多いことで知られており、男女比は年齢が上がるにつれて低下する傾向がある。2009年の米国研究では、症例の94.5%が年齢10歳以上で、男女比は1:4.3だった[1]。イングランドとウェールズでの1963〜1992年のがん登録データを分析した1995年論文では、5〜9歳の男女比が1:1.25、10〜14歳の男女比が1:3.1だった[2]。また男女比は、放射線被ばくにより大きくなることも知られている。チェルノブイリ事故後のベラルーシ、ウクライナとロシアでの被ばく群を、同じ地域での非被ばく群、そしてイングラントとウェールズおよび日本の非被ばく群と比較した2008年論文では、非被ばく群での男女比は、全体で1:4.2、10歳未満で1:2.4、10歳以上で1:5.2だったが、被ばく群での男女比は、全体で1:1.5、10歳未満で1:1.3、10歳以上で1:1.6だった[3]。


スライド3:125例の術前診断(その1)


このスライドでは、手術前の臨床分類が示されている。ここでは「Ex」が用いられているため、甲状腺癌取扱い規約による分類と思われるが、UICC(国際対がん連合)の分類とほぼ同じである。

文字の前についている"c"は"clinical(臨床的)"の略で、臨床分類を意味し、治療開始前に使われる。一方、"p"は"pathological(病理学的)"の略で、病理分類を意味し、手術や病理組織学的な情報に基づいている。このスライドは、「術前診断」についてなので、"c"が用いられている。

125のがん症例のエコー検査による腫瘍径の平均値は14.0 ± 8.5 mmで、最小が5 mm、最大が53 mmだった。(注:最大腫瘍径は1巡目で45.0 mm、2巡目で35.6 mmと報告されている。”53 mm”がどこから派生したのか不明である。)

腫瘍の場所とサイズ(cT)
101例(80.8%)がcT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  44例がcT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  57例がcT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
12例がcT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
12例がcT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

リンパ節転移(cN)

28例(22.4%)がcN1で、首のリンパ節に転移していた。
  5例がcN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  23例がcN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

遠隔転移(cM)

3例(2.4%)で遠隔転移(前回の報告によると、少なくとも2例は肺)が見つかった。これまで遠隔転移症例についての臨床的情報は公表されていないので、今回が初めてとなる。なお、この3例については、術前診断と術後診断の両方が記載されている。
1)男性、震災時16歳、診断時19歳 
  術前診断 cT3 cN1a cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移: 首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1a pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

2)男性、震災時16歳、診断時18歳
  術前診断 cT3 cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT2 pEX0 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下
    甲状腺外浸潤:なし
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

3)女性、震災時10歳、診断時13歳

  術前診断 cT1b cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり


*****
【参考情報】甲状腺癌取扱い規約でのTNM分類(PDFはこちらからダウンロード)
T分類:原発腫瘍について
T0:原発腫瘍を認めない
T1:甲状腺に限局し最大径が2 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 2 cm)
  T1a:甲状腺に限局し最大径が1 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 1 cm)
  T1b:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下の腫瘍(1 cm < 最大径  2 cm)
T2:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下の腫瘍(2 cm < 最大径 ≤ 4 cm)
T3:甲状腺に限局し最大径が4 cmをこえる腫瘍(4 cm < 最大径)、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展(胸骨甲状筋あるいは甲状腺周囲脂肪組織に進展)する腫瘍。(注:微少進展はEx1に相当する)
T4:大きさを問わず甲状腺の被膜をこえて上記以外の組織あるいは臓器にも進展する腫瘍。(注:Ex2に相当する)
  T4a:甲状腺の被膜を超えて上記以外の組織あるいは臓器にも進展するが、下記の進展を伴わないもの
  T4b:椎骨前筋群の筋膜、縦隔の大血管に浸潤するあるいは頸動脈を取り囲む腫瘍
TX:原発腫瘍の評価が不可能

N分類:所属リンパ節

N0:所属リンパ節転移なし
N1:所属リンパ節転移あり
  N1a:頚部中央区域リンパ節に転移あり
  N1b:一側、両側もしくは対側の頚部外側区域リンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
NX:所属リンパ節転移の評価が不可能
注:I、II、IIIおよびIVを頚部中央区域リンパ節、Va、Vb、VI、VIIを頚部外側区域リンパ節と総称する。(所属リンパ節分類については、下記参照)

M分類:遠隔転移

M0:遠隔転移を認めない
M1:遠隔転移を認める
MX:遠隔転移の有無の評価が不可能

Ex分類:甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤

Ex0:浸潤が甲状腺被膜をこえないもの
Ex1:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまるもの
Ex2:浸潤が甲状腺被膜をこえ、上記以外の組織あるいは臓器に明らかに波及しているもの
ExX:不明のもの
注:胸骨甲状筋、脂肪組織以外の臓器に癒着がみられるが、鋭的剥離が可能な場合にはEx1とみなす。

※甲状腺癌取扱い規約での所属リンパ節分類(甲状腺癌取扱い規約2005年9月【第6版】)

I   喉頭前:甲状軟骨、輪状軟骨前面のリンパ節。
II  気管前:甲状腺下縁から尾側方向に頚部から郭清し得る気管前のリンパ節。
III 気管傍:気管側面のリンパ節で、尾側は頚部から郭清し得る範囲、頭側は反回神経が喉頭に入るところまでとする。
IV 甲状腺周囲:甲状腺の前面および側面の甲状腺に接するリンパ節で、外側は中甲状腺静脈を結紮、切離した場合、甲状腺に付着するものをIVとする。
V  上内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より頭側のもの。これをさらに総頸動脈分岐部で上下に二分する。
  Va:総頸動脈分岐部より尾側のリンパ節。
  Vb:総頸動脈分岐部より頭側のリンパ節。
VI 下内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より尾側のもの。鎖骨上窩のリンパ節を含む。
VII 外深頸:胸鎖乳突起後縁と僧帽筋前縁と肩甲舌骨筋でつくる三角のリンパ節
VIII   顎下:顎下三角のリンパ節
IX  オトガイ下:オトガイ下三角のリンパ節
X   浅頸:胸骨舌骨筋および胸鎖乳突起の浅葉筋膜より表層のリンパ節
XI  上縦隔:頸部操作では摘出できない上縦隔リンパ節


*****

スライド4:125例の術前診断(その2)


このスライドはスライド3と似ているが、ここでは、44例の "cT1a cN0 cM0" と分類されたがん、つまり、腫瘍径が10 mm以下(スライドでは10 mm未満とされているが、T1aの定義では10 mm以下)で、かつ臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られないがんで、なぜ手術が実施されたかという理由が示されている。10 mm以下の甲状腺がんは「甲状腺微小がん」と呼ばれ、リンパ節転移や遠隔転移を伴わない場合はリスクが低いとされ、成人では手術をせずに経過観察する場合もある。だが、小児や思春期の若者では必ずしもリスクが低いというエビデンスがない。

この44例中、11例は手術をせずに経過観察することを勧められたが、本人または家族の希望により手術が施行された。残りの33例では、次のような状況(ひとつ以上当てはまる場合があると思われる)が疑われたために手術が実施された。
  20例:Ex1かEx2の甲状腺被膜外浸潤
    3例:N1a(首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
  10例:反回神経への侵襲
    7例:気管への侵襲
    1例:バセドウ病
    1例:肺のすりガラス陰影(Ground-glass opacity、略してGGO)

スライド5:手術方式



11例(8.8%)で甲状腺全摘手術が行われ、切開創は4〜5 cmであった。114例(91.2%)では甲状腺の片葉切除が行われ、甲状腺の一部のみが摘出され、切開創は3 cmに留められた。

リンパ節郭清は全症例で実施された。中央区域は全症例で実施され、22例(17.6%)ではさらに外側区域でも実施された。リンパ節分類に関しては、スライド3の解説の最後の部分を参照のこと。

日本ではがん取扱い規約により、リンパ節郭清がその範囲により”D分類”として分類されている。このD分類は日本独特のものではあるが、部分的には米国頭頸部学会と米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会により定義された選択的リンパ節郭清(selective neck dissection, SND)に相当するものもある[4 D分類は、最新の甲状腺取扱い規約第7版では第6版から多少変更されているが、以下の図に両方が記載されている(出典はこちら)。


これは、米国と日本の所属リンパ節分類との互換票である。(出典はこちら
D1はSND (VI)、D2aはSND (III, IV, VI)、D2bはSND (II-V, VI)、D3aはSND (III,IV, VI)に相当すると思われる。

スライド6:術後診断(その1)
このスライドでは、術後病理診断が示されている。



腫瘍の場所とサイズ(pT)

74例(59.2%)がpT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  43例がpT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  31例がpT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
2例がpT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
49例がpT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

甲状腺外浸潤(pEx)

49例(39.2%)がpEx1で、浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまっていた。

リンパ節転移(pN)
97例(77.6%)がpN1で、首のリンパ節に転移していた。
  76例がpN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  21例がpN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

以下に、術前診断(左)と術後病理診断(右)のスライドを隣同士に置いてみた。こうして比べると、術後の病理診断の結果、甲状腺に限局して腫瘍径が2 cm以下の腫瘍が減少し、甲状腺浸潤Ex1と首のリンパ節への転移が術前より多くなっているのがわかる。

49例がpEx1とされているが、これはpT3と同じ数であることから、この49例のpT3は、甲状腺に限局して40 mmこえというよりも、「大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展」していると思われる。


リンパ節転移では、術前の5例のN1aが、リンパ節郭清後には76例にまで増えている。






スライド7:術後診断(その2)


このスライドでは、スライド4で解説した、腫瘍径が10 mm以下で臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られない44例の "cT1a cN0 cM0" の術後病理診断が示されている。

経過観察を勧められたが手術を受けた11例のうち、2例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった。

残りの33例では、甲状腺被膜外浸潤、リンパ節転移、反回神経や気管への侵襲、バセドウ病や肺のすりガラス陰影が疑われたために手術が実施されたが、3例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった

合わせると、腫瘍径が10 mm以下だった44例のうち、手術により5例で腫瘍径が10 mm以下であることが確認され、その5例には、リンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見られなかったことになる。この5例には手術が不必要だったといえるかもしれないが、しかしこれは手術を行ったからわかったことであり、手術前の状況では、この33例には手術が適応されるべきだった。

不思議なことに、2015年8月の報告書では、術後病理診断で「リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 pM0)は8例(8%)であった」と記述されている。今回、その8例が5例に減っていることになるが、鈴木氏からは何の説明もなかった。しかし、発表後の質疑応答時に再発例の数を聞かれた際、鈴木氏は実際の再発数には言及せず、「外国の方もいらっしゃるので、"few"とだけ申し上げます」と答えた。英文法的には、"few cases"は、”ほとんどなかった”という意味あいになり、"A few cases"というと、”2〜3例あった”という意味にとれる。再発例が出ているのは、「311甲状腺がん家族の会」の記者会見でも言及されている。鈴木氏が、"few"か"a few"のどちらを意味したのかは明らかではないにしても、数を聞かれた上での答えなので、"a few"の方だと思われる。すると、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も遠隔転移も見られない症例が「8例」から「5例」に減ったのは、もしかして「8例」のうち「3例」が再発したためかもしれないとも考えられる。

スライド8:甲状腺がん125例の病理組織型


このスライドでは、125例の甲状腺がんの病理組織型が示されている。121例が乳頭がん、3例が低分化がん、1例がその他の甲状腺がんだった。

121例 甲状腺乳頭がん
   110例 通常型乳頭がん
    4例 濾胞型乳頭がん(註2)
    3例 びまん性硬化型乳頭がん
    0例 充実型乳頭がん
    4例 モルラ型乳頭がん(註3)
3例  低分化がん
1例  その他の甲状腺がん

この発表データの元となっているのは2016年3月31日時点での結果であるが、その結果が報告された2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で発表された1巡目結果の追補版では、低分化がん3例のうち2例が乳頭がんと再分類されている。委員会では、この再分類は甲状腺癌取扱い規約の改訂によるものと説明されたが、改訂内容そのものについては触れられなかったので、乳頭がんに再分類された2例の亜型は不明である。(だが、以下のスクリーンショットの内容では、2014年の第47回甲状腺外科学会学術集会での、甲状腺癌取扱い規約の改訂における低分化がんの扱いについての発表では、低分化成分の割合による再分類と、低分化型乳頭がんの充実型乳頭がんとしての再分類の2通りの再分類に触れられている。福島での低分化がん2例の乳頭がんへの再分類がどちらに当てはまるのかわからない。)(このアブストラクトのPDFダウンロードリンクはこちら


また、”その他の甲状腺がん”については、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会において初めて、2巡目で手術確定した34例の甲状腺がんのうち、1例が「甲状腺癌取扱い規約で ”その他の甲状腺がん” に分類されている甲状腺がん」であることが明らかにされた。この発表データの元となる結果では、2巡目で手術確定された30例は乳頭がんであるとされているが、この30例中1例が ”その他の甲状腺がん” に再分類されたのか、第24回検討委員会で発表された新たな手術確定症例4例中1例が ”その他の甲状腺がん” に分類されたのかは明らかではない。

鈴木氏は、チェルノブイリでよく見られた充実型乳頭がんは福島では見られていないことを強調していた。福島県の小児甲状腺がんで充実型乳頭がんが見つかっていないことは、「福島はチェルノブイリとは違う」(つまり、福島の甲状腺がんは放射線影響とは考えにくい)という公式見解の裏付けのひとつとされている。しかし、充実性乳頭がんは放射線被ばくに限定されているわけではなく、チェルノブイリで充実性乳頭がんが多く見られたのは、初期の症例の年齢が低かったためかもしれない[5,6,7]。また、 この研究では、日本での小児甲状腺乳頭がんでは充実型がみられなかった[8]。 

参考:甲状腺乳頭癌の特殊型(2016)(PDFダウンロードリンク

註2:最近、被包型甲状腺乳頭がん濾胞亜型(EFVPTC = encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma)が、NIFTP(noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features)と呼ばれる良性腫瘍として再分類された[9]。福島県の甲状腺検査で診断されている甲状腺乳頭がん濾胞型にこの再分類が適用されるかどうかは、検討委員会で話題に出ていない。しかし、がん症例数に変更もないため、福島県の乳頭がん濾胞型4例はEFVPTCではないと思われる。 
註3:モルラ型は、家族性大腸ポリポーシスに関連していることが多く、この4例では、APC遺伝子検査が実施されているはずである。

スライド9:甲状腺乳頭がん 診断と治療のアルゴリズム



このスライドでは、日本癌治療学会によって作成された、甲状腺乳頭がんの診断と治療のアルゴリズムが示されている。日本癌治療学会サイトに掲載されている日本語版のスクリーンショットが以下である。


スライド10:チェルノブイリ事故後のベラルーシと福島事故後の福島での手術方式の比較



このスライドでは、ベラルーシと福島での手術方式が比較されている。ベラルーシでは甲状腺全摘が半数以上を占める一方、福島では片葉切除が圧倒的に多いのがわかる。

鈴木氏は、2015年の「手術の適応症例について」で、「甲状腺は全摘すればその後はホルモン剤の服用を続ける必要があるが、片側が残っていれば残りの臓器がこれまでの機能を補うため、ホルモン剤を飲む必要も無く手術前と変わらない生活を送ることが出来る。よって当院では、明らかなハイリスク症例以外は片葉切除を選択し、患者様のQOL維持に努めている」と述べている。


また、欧米での甲状腺がんの治療は、甲状腺全摘後に放射性ヨード内用療法による残存甲状腺の破壊(アブレーション)を行うのが主流である一方、日本では伝統的に、広範囲にわたる予防的リンパ節郭清を伴う、限定的な甲状腺摘出が実施されてきた。その理由として、放射線ヨード内用療法が日本の健康保険システムでは費用効果があると考えられておらず、実施機関も法律的制限により限られていることが挙げられている[10]。

スライド11:異なるグループにおける遺伝子変異プロファイル




このスライドでは、様々なグループにおける遺伝子変異プロファイルが示されている。一番右の、青線で囲まれた部分を見ると、福島の52例の甲状腺がんの63.2%がBRAF変異陽性である。スライド右下の緑のボックス内には、長崎大学の光武範吏氏らによる2015年論文 "BRAF V600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl"(邦題「福島の若年層の甲状腺がんではBRAF V600E変異が高頻度である:チェルノブイリとは異なる発がんプロファイル 」)[11]の情報が記されている。(Nature日本語サイトでのアブストラクト和訳はこちら) この光武論文では、福島の68例の甲状腺がんのうち、43例(63.2%)がBRAF V600E点変異陽性だったと示されている。また光武論文では、68例のうち7例(10.3%)でRET/PTC再配置(RET/PTC1が1例、RET/PTC3が6例)が、4例(5.9%)でETV6/NTRK3再配置が検出されている。(光武論文で遺伝子分析された甲状腺がん症例数は68例である上、TRK fusionは調査されなかったので、スライドの一番右の"Fukushima" 欄で、"n=52" とか、TRK fusionが8.8%と示されている理由は不明である。また、右から2つめの、"our data Ja adults"と記されている欄の日本の成人でのデータの出所も不明である。文献検索では、日本の成人の甲状腺乳頭がんにおけるBRAF変異の頻度は、28.8%[12]、38.2%[13]、38.4%[14]、 53%[15]、そして82.1%[16]と、かなりの幅が見られた。)

2014年日本甲状腺学会の口頭発表で、鈴木眞一氏は、福島で見つかっている甲状腺がんの遺伝子変化は、「通常成人型甲状腺乳頭がん同様の変化であり、今回の症例が福島における原発事故後の小児超音波検診で発見されたものであり、通常であれば成人で発見された可能性のある癌が、検診によって小児あるいは若年の段階で発見された可能性が強い」と述べている。また、光武論文では、遺伝子分析の結果が「おそらく、日本の若年層での散発性および潜在性甲状腺がん(ラテントがん)すべての遺伝子状態を反映している」と述べられている[11]。つまり、スクリーニングなしでは(成人になるまで)発見されなかったであろう散発性がんや潜在がんが、スクリーニングによって診断されているという公式見解が、これらの甲状腺がんの遺伝子プロファイルによって支持されるという主張である。


しかし文献検索では、遺伝子変異と、放射線被ばく、年齢やヨウ素摂取状況との関連性は一律ではない。チェルノブイリ後に頻繁に見られているRET/PTC再配列は、放射線誘発性と散発性の甲状腺がんどちらでも見つかっており17、低年齢層とヨウ素欠乏地域でよく見られているとも分析されている18]。BRAF点変異は、年齢が高くなるにつれて頻繁に見つかるとされてきたが、最近の研究では、小児甲状腺乳頭がんの36.8%(年齢中央値13.7[19]と63%(年齢中央値18.6歳)[20]でBRAF V600E変異が見つかっている。またBRAF点変異は、中国ではヨウ素の高摂取との関連が見つかっているが[21]、最新の論文では、ヨウ素に豊富な国とヨウ素欠乏国との間で甲状腺乳頭がんにおけるBRAF V600E頻度に違いがないことが示されている[16]。


スライド12:チェルノブイリ後のウクライナと原発事故後の福島での甲状腺がん患者の年齢分布




このスライドで示されている棒グラフは、2014年10月に『Thyroid』に掲載された、Tronkoらによるエディターへのレター内の、事故当時年齢0〜18歳の年齢ごとの甲状腺がん症例数の、潜伏期間中と潜伏期間後の2つのグラフを重ね合わせたものである(このレターの非公式全文和訳はこちらで、放射線医学県民健康管理センターの公式日本語概要はこちら)[21]。青色の棒グラフはチェルノブイリ事故後すぐの4年間である1986〜1989年のウクライナ、赤色の棒グラフは福島原発事故後すぐの3年間である2011〜2013年の福島での、どちらも潜伏期間とみなされている期間中の甲状腺がん症例数を示している。一方、オレンジ色の棒グラフは4年間の潜伏期間後の1990〜1993年の4年間の甲状腺がん症例数を示しており、青色と赤色の棒グラフで示されている潜伏期間前と比べると、全体的な増加だけではなく、事故当時0〜5歳での症例数が劇的に増えているのが一目瞭然である。ちなみに、ウクライナで甲状腺がんのスクリーニングか開始されたのは1990年であるが[22]、1986〜1989年の間に発見された甲状腺がんが、無症状で偶然発見されたのか有症状での受診により診断されたのかは定かではない。

レター内では、ウクライナの事故後最初の4年間(青色)と福島の事故後最初の3年間(赤色)の年齢分布が "strikingly similar"(驚くほど似ている)と言及されており、事実、よく似ている。だがレター内では、事故後最初の4年間は、”放射線影響が見られない潜伏期間”としながら、"if thyroid cancers in Fukushima were due to radiation, more cases in exposed preschool-age children would have been expected"「もしも福島での甲状腺がんが放射線によるものであるとすれば、被ばくした4−5歳の子どもでの症例がもっと予測されたはずである」と、非論理的な主張をしている。

このような非論理的な主張は、少し形式は違うが、事故後の異なる期間でのベラルーシと福島との比較として、『The Lancet Diabetes and Endocrinology』掲載のコレスポンデンス "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl"(邦題「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」)でも繰り広げられている[23]。このコレスポンデンスの内容は、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会で資料8として高村昇委員により発表された。この発表に対する他の委員らの反応は、「5年以降に、そして10年目まで増えている。今まだ5年半だが、これからが問題で、しっかりした検査を続けていかなければいけない」(清水一雄委員)、「異なる年数や期間での比較はしてはいけない」(清水修二委員)、「これからその影響をしっかり見ていかないと最終的な判断ができないということは明らかなので、少なくともこれから5年、10年の検査は必要」(春日文子委員)というものだった。(詳細は、おしどりマコ氏の書き起こし記事を参照のこと)

まとめ
福島第一原子力発電所事故以降に福島県で見つかっている甲状腺がんはスクリーニング効果によるものだというのが、現時点での福島医大の公式見解である。つまり、大規模な集団スクリーニングの実施により、もっと後になるまで症状が現れなかったであろう散発性や潜在性のがんが多く見つかっている、ということである。しかし、手術症例に関するこれまでの限定的な発表と、今回の鈴木眞一氏の発表の臨床病理学的詳細によると、がんが甲状腺の外に広まり、リンパ節や肺に転移し、気管や反回神経に侵襲したりと、手術が実施された症例の大部分が手術適応だった、つまり、手術が必要だったことがわかる。結果的に過剰診断・過剰治療となった例はあるかもしれないが、個別のデータが開示されていない現状では判断できず、ほとんどの症例では手術が必要だったと思われるとしか言えない。実際、甲状腺検査の同意書の問診票で症状についてほとんど聞いてないことや、3 cmを超える腫瘍サイズなどを考えると、本当にすべての症例で無症状だったのか疑問であるが、二次検査の問診の内容が明らかでないので憶測にすぎない。

1巡目でも2巡目でも、福島県の甲状腺がんのほぼ半数が診断時に18歳以上であることを考えると、男女比の1:1.8は、低く思える。チェルノブイリでよく見られた組織型や遺伝子変化は福島では見られていないかもしれないが、これは、年齢、ヨウ素摂取状況や人種背景に関連しているという可能性もある。

今回のシンポジウムで、”福島はチェルノブイリとは違う” という発言が何度も繰り返された。実際のところ、福島とチェルノブイリは違う。延々とチェルノブイリと福島を比較することにより時期尚早に放射線影響を否定し続けるのではなく、透明性のある情報開示のもと、バイアスを持たない専門家らに福島のデータをありのままに解析してもらう時期なのではないだろうか?



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