2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)6:チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響②−−心血管疾患、呼吸器系疾患、消化器系疾患、血液疾患


2011年ウクライナ政府報告書


ウクライナ政府がチェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態 立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向 2. 甲状腺疾患 小児における甲状腺の状態 ウクライナの小児における甲状腺癌 3. 汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査 ●確率的影響 ●非癌疾患 ●非癌死亡率 4. 被ばくによる初期と長期の影響  ●急性放射線症候群  ●放射線白内障とその他の眼疾患  ●免疫系への影響 5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響  ●神経精神的影響 6. ●心血管疾患  ●呼吸器系疾患  ●消化器系疾患  ●血液疾患




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6.チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響②
  ●心血管疾患
  ●呼吸器系疾患
  ●消化器系疾患
  ●血液疾患


心血管疾患

チェルノブイリ原子力発電所での、最大規模の原子力事故によって被害を受けた人達に最も影響を与えたのが心血管疾患であると言うのは、世界的に認識されている。主な研究分野のひとつは、放射線被ばく量と心血管疾患の病理発生、臨床所見、そして罹患率と死亡率との関係性である。心臓病学の科学的登録によると、18,669人の事故処理作業員においては、心血管疾患の中で高血圧症と冠動脈系心疾患が主要だった。高血圧症と冠動脈系心疾患は、入院理由の構成の中での割合が4倍に増加した(図3.83)。この中で最も数が多かったのは、1986年の事故処理作業員だった。



亡くなった事故処理作業員988人の病理解剖調査の分析によると、冠動脈系心疾患(CHD)を伴う本態性高血圧症(EHは、癌死総計よりも高い死亡率を示した(図3.84)。





呼吸器系疾患

ウクライナ医学アカデミーのウクライナ国立放射線医学研究所の外来放射線クリニック登録の、長期に渡る(1996年から2009年) 呼吸器科調査の結果、16,133人の1986−1987年の事故処理作業員では、呼吸器系疾患に著しい一定の増加がみられた。

1986−1987年の事故処理作業員7,665人は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を患い、被ばく量が250 mSvであったが、慢性閉塞性肺疾患および慢性気管支炎と放射線被ばくとの予測される相対リスクには、線量依存性があった(図3.85)。



事故処理作業員における慢性閉塞性肺疾患の経過は、Tリンパ球の再分配による気管支粘膜の炎症反応の欠如のために、気管支粘膜の進行的な変形が起こり、肺と気管支粘膜での線維性変化が迅速に発達し、増悪が減少し、気管支粘液の分泌障害が起こることに特徴付けられる事故処理作業員における慢性閉塞性肺疾患は多臓器疾患の一部分であり、本質的には、統合的なホメオスタシス(恒常性)システムにおける乱れによって起こる。

事故処理作業員の気管支内膜表皮における再生不良性変化、特に、細胞形成層の明らかな病理と細胞の表現型における変化は、このコホートにおける気管支内腫瘍の発達のリスクが高いことを示唆する。慢性閉塞性肺疾患では、EGFRとHER2の発現が正常パターンを示す一方、Ki-67の発現が増える傾向がみられ、Ctk陽性、Vim陽性とBER-EP4陽性の細胞のレベルが低い。肺癌では、Ki-67陽性とHER2陽性の上皮細胞の発現が増え、EGFR陽性、Ctk陽性、Vim陽性、BER-EP4陽性、CD25陽性とHLA-DR陽性の細胞の数が少ない。

消化器系疾患

消化器系疾患は、チェルノブイリ事故の被災者における非癌疾患の2〜3番目に位置する。チェルノブイリ事故処理作業員の罹患率、就業不能と死亡率のコホート研究では、健康状態の悪化が持続しているのが示されている。事故から24年後には、消化器系疾患は非癌疾患の分類の1位(31.1%)、障害指数では3位(10.3%)を占めた。 消化器系は、チェルノブイリ事故の場合、放射線と非放射線の要因による損傷の主な対象となる組織である。事故処理作業員の消化器系の追跡調査によると、胃と十二指腸のびらん性・潰瘍性の病変と肝臓疾患が最も多かった。

臨床疫学登録データによると、事故後の事故処理作業員における胃と十二指腸のびらん性・潰瘍性疾患は、1993年から1994年の期間の119.1‰(パーミル)から2007年から2009年の期間の133.1‰に増加した。この増加は、公式統計の68.3‰から96.6‰への増加よりも大きかった(図3.86)。




「ケースコントロール」疫学調査によると、びらん性・潰瘍性疾患のリスクは、吸収線量が25 cGy(訳者注:0.25 Gyまたは250 mGy)以上の幅広い年齢層(20〜59歳)での事故処理作業員で高かった(オッズ比=4.67、信頼区間2.84−7.71)。


電離性放射線とチェルノブイリ事故による他のマイナス要因は、どの年齢の事故処理作業員においても、胃粘膜の全構成要素の成り立ちに影響を与える。
こういった変化は、非定型の臨床経過を持つ病理発生を誘発し、次のような特徴がある。  ●自律神経無力症候群の優勢  ●ヘリコバクターピロリ菌との関連  ●分泌と自律神経の調整の変化  ●併発症との合併
コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)とガストリンのベースライン濃度は、25 cGy(250 mGy)以上の吸収線量と直接的な関係にあった。これは、胃・十二指腸エリアの局部的自己制御の損傷とそれに伴うガストリンメカニズムによる酸形成の優勢を意味する。
事故後の晩発期(2004−2009年)には、胃と十二指腸のびらん性・潰瘍性疾患を持つ事故処理作業員において、顕著な萎縮変化が胃にみられ、低酸性や無酸性の状態の割合を高くしていた。
 ●ガストリンと胃液酸度の低下は、25 cGy(250 mGy)位から、線量が増すにつれて増加した。
 ●ガストリンと胃液酸度の最低値は、50.0−99.9 cGy(500−999 mGy)の被ばく線量でみられた。
 ●人格には、不安増加、精神的および感情的ストレスの存在と、不安解消の神経心理学的メカニズムの欠如などの変化が見られた。
慢性肝炎と肝硬変の診断症例は、事故後20年目を過ぎてから顕著に増加している。1992年から2009年の間には、臨床疫学登録の慢性肝炎患者2,881人のうち、70人に肝硬変がみつかった。慢性びまん性肝疾患の分類で最も多かったのは、非アルコール性脂肪性肝疾患(50.0%)と非アルコール性脂肪性肝炎(36.6%)だった。肝機能の変化は、放射線被ばく量が多かった事故処理作業員の間で、より顕著だった。吸収放射線量と血清中のγグルタミン酸転移酵素(GTTP)(r=0.6, p<0.02)、アラニンアミノ基転移酵素(ALT)(r=0.39, p<0.02)と血糖値(r=0.5, p<0.03)の活性値には直接的相関性がみられた(図3.87)。




事故処理作業員の被ばく線量に基づいた肝機能の分析結果の生物化学的パラメーターによると、5 cGy(50 mSv)以下の吸収線量と比べて、吸収線量が50 cGy(500 mSv)以上の事故処理作業員において、 アスパラギン酸アミノ基転移酵素(AST)(p<0.001)とアラニンアミノ基転移酵素(ALT)の著しい増加とビリルビン(p<0.05)とβリポたんぱく(p<0.001)の減少がみられた。
非アルコール性脂肪性肝炎は普通は良性の経過が持続可能であると認識されているが、事故処理作業員においては進行性の臨床経過がみられる。事故処理作業員における脂肪性肝炎の長期かつ開存性のある臨床像は、肝線維症とその最終ステージである肝硬変へ病変する可能性の増加に繋がる。

このような消化器系疾患の病理発生の特徴を考慮した上で、チェルノブイリ事故処理作業員における消化器系疾患の治療法が確立された。


血液学的影響

事故処理作業員の造血系の追跡調査の結果から次のようなことがわかった(図3.88)

事故後初期の時期(1986年から1990年)
 ●25%  白血球減少症(末梢血内での白血球数の減少)
 ●12%  白血球増加症
 ●9.5% 赤血球とヘモグロビンの増加
 ●9%       血小板増加症
 ●14.5%  リンパ球増加症
 ●10.5%  単球増加症

事故後5−10年の時期(1991-2000)
 ●19.7%  白血球減少症
 ●24%     白血球増加症
 ●7.6%    血小板減少症
 ●2.4%    血小板増加症
 ●15%   汎血球減少症

2009年
白血球減少症、血小板減少症と貧血の数は安定しており、リンパ球増加症がやや増えていた。



          (訳者注:各疾患の3本の棒グラフは下記の時期を意味する。
            ●左の棒グラフは事故後初期の時期−−1986年から1990年
            ●真ん中の棒グラフは事故後5年後から10年後
            ●右の棒グラフは2009年)

研究期間全体を通して、量的指標が比較的正常化しても、質的な損傷が造血細胞内の核と細胞質の不規則さとして見られたが、これは低分葉好中球、顆粒球とリンパ球の細胞質の空洞化、細胞質突出と中毒性顆粒などであった(図3.89)。



巨核球では、「老化した」細胞の増加、血小板の巨大化、多型性顆粒がみられ、中には、血小板凝集がみられるものもあり、大小様々な大きさの集団もあった。(図3.90−3.91)。





結論として、放射線被ばくだけでなく、チェルノブイリ事故に関連した複合要因全体が国民の健康に影響を与えたため、その影響を打ち消すための付加的な健康対策が必要となる。

 



2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)5:チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響① 神経精神的影響


2011年ウクライナ政府報告書
英文 https://docs.google.com/file/d/0B9SfbxMt2FYxZmdvWVNtMFkxXzQ/edit
原文 http://www.chnpp.gov.ua/images/pdf/25_chornobyl_ua.pdf

ウクライナ政府が、チェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
●呼吸器系疾患
●消化器系疾患
●血液疾患




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5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響①


神経精神的影響


チェルノブイリ事故の長期の神経精神的結果は世界で認識されてはいるが、原因はまだ確定されていない。図3.75には、最近明らかになった、ごく微量の線量の被ばくによる中枢神経への影響の病理発生に関する多くの新しいデータが図式的に描写されている。これらは、成人脳の海馬における神経形成の抑制、遺伝子発現プロファイルの変化、神経炎症反応、神経シグナルの異常、神経細胞のアポトーシス、二次病巣による細胞死と損傷、その他を含む。これらの障害は、以前から良く知られている”グリア細胞−血管結合”と共に、脳の放射線感受性の機序の説明になる。(訳者注:”血管−グリア細胞結合”とは、実質、”血管脳関門”を意味する。)




現在分かっている、放射線の脳への影響の線量依存性は表3.39にまとめられている。




チェルノブイリ事故による胎内被ばく後にみられた認知障害と神経生理学的障害は、次のような被ばく線量で起こった。

 ●妊娠8週目以降:胎児−20 mSv以上、胎児の甲状腺−300 mSv以上

 ●妊娠16−25週目:胎児−10 mSv以上、胎児の甲状腺−200 mSv以上


子供時代の放射線被ばくは、成人期での認知低下と、もっと後の時期での統合失調症を含む精神疾患と関連づけられており、これは被ばく線量に依存する。子供時代の脳への被ばく線量が0.1−1.3 Gyだった場合には、放射線による脳損傷が晩発期にみられた。胎内被ばくを受けたり、生後1年間の間に被ばくした小児においては、様々な神経精神的疾患のリスクが増加するため、積極的なモニタリングが必要である。

成人における放射線による中枢神経への影響は、0.15 Svから0.25 Sv以上の線量で見られた。
 ●0.3 Sv以上では、線量に依存した、神経精神学的、神経生理学的、神経心理学的、および神経画像的な偏差がみられた。
 ●1.0 Sv以上では、神経生理学的および神経画像的なマーカーがみられた。
放射線被ばく後の脳損傷は、主に優勢大脳半球(訳者注:右利きの人なら左大脳半球)の前頭葉−側頭葉部に局所化され、白質と灰白質の両方に影響を及ぼしていた。

0.3-1.0 Sv以上の放射線被ばくの後に中枢神経で損傷を受けたのは、次のような構造や機能であった。
 ●前頭葉と側頭葉の萎縮
 ●特に優勢大脳半球における、大脳皮質下の構造と伝達経路の変化

成人期における放射線被ばくは、次のようなことのリスク要因となる。
 ●神経変性の疾病素質としての慢性疲労症候群
 ●認知欠損やその他の神経精神疾患
 ●中枢神経の老化の促進
 ●新タイプの統合失調症

公式登録内の精神障害に関する情報は実際の10分の1ほどに過小評価されているが、この理由は、調査が消極的であるのと、精神障害を持つ患者が受診を躊躇するためである。ごく最近に公表された、国際的な精神学的問診(Comosite International Diagnostic Interview、WHO-CIDI)を用い、エビデンスに基づいて実行された事故処理作業員の精神的疫学調査では、「健康な事故処理作業員の効果」(精神的に健康な人達が事故処理作業員として選択された)により、事故処理作業員の不安症とアルコール過剰摂取の事故前の罹患率は、対照群よりもはるかに小さかった(表3.40)。(訳者注:事故処理作業員には、元々、精神的に健康な人達が選ばれていたということ。)



事故後に、事故処理作業員におけるうつ病(18.0%、対照群13.1%)と自殺願望(9.2%、対照群4.1%)の罹患率が著しく増加したことが発見された。しかし、この傾向は、アルコール乱用と間欠性爆発性障害では見られなかった。問診が実施された前年には、事故処理作業員でのうつ病(14.9%、対照群7.1%)、PTSD心的外傷後ストレス障害(4.1%、対照群1.0%)と頭痛(69.2%、対照群12.4%)の罹患率が増加した(図3.76、3.77)

注:1986年当時の年齢に補正した結果、事故処理作業員と対照群で違いがみられたのは、不安症(調整オッズ比0.3、95%信頼区間0.1−0.9 p=0.03)とアルコール乱用(調整オッズ比0.6、95%信頼区間0.1−0.9 p=0.03)のみだった。




うつ病とPTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹患した事故処理作業員は、対照群で同じ疾患を持つ患者よりも、仕事を休む日数が多かった。事故の影響の度合いは、身体的症状とPTSD心的外傷後ストレス障害)の重度と関連していた。この結果から、事故処理作業員におけるチェルノブイリ事故による精神衛生への長期的悪影響が明らかになった。

ウクライナ国立放射線医学研究所の臨床疫学登録のデータの分析によると、放射線リスクが0.25−0.5 Sv以上の事故処理作業員では、精神障害(器質性、うつ病など)と脳血管疾患の頻度が増加していた。

「自律神経血管失調症」という診断名が、放射線被ばくの影響を受けているという「兆候」として過剰に使われていたと言う間違った認識が広まっているが、それとは対照的に、この診断名はチェルノブイリ事故後初期数年の間に、臨床疫学登録システムに登録していた事故処理作業員の4分の1ほどで使われただけだった。図3.78でみられるように、自律神経血管失調症の症例数は事故後の年月を経てかなり減少し、現在では臨床疫学登録システムに登録している事故処理作業員5%ほどでみられるにすぎない。



事故後徐々に、事故処理作業員においての脳血管疾患(特に慢性脳虚血)、脳動脈硬化症、そして程度は少ないが、高血圧性脳障害の罹患率が顕著に増加した。

臨床疫学登録に登録されている事故処理作業員と立入禁止区域からの避難者のコホートからの、ランダムなサンプルにおいての精神衛生の現在(2008−2010年)の評価では、チェルノブイリ事故による長期的な精神学的影響が確認された。事故処理作業員と避難者においては、一般的な精神障害と行動障害、血管性認知症、アルコール使用による精神障害と行動障害、気分変調症とPTSD(心的外傷後ストレス障害)が、より多く見られた。事故処理作業員においては、器質的うつ病性障害、器質的不安障害、器質的感情的不安定(無力)症と器質的人格障害が増加した。

チェルノブイリ事故による神経精神学的影響には、放射線および非放射線(特にストレス)の事故由来の複合要因および社会的変化と従来のリスク要因など、病因に多様性がみられる。また一方では、1986−1987年の事故処理作業員においては、被ばく線量に関係した増加が、脳血管疾患、特に脳動脈硬化症と高血圧性脳症にみられた(図3.79)。




1986−1987年の事故処理作業員では、線量に依存しためまいと前庭障害を含む、他の神経精神学的疾患の増加も立証された。

ウクライナ国立登録によると、1986−1987年の事故処理作業員では、神経系と感覚器官の疾患、自律神経血管失調症、本態性高血圧症と脳血管疾患の線量と関連した増加もまた見られた(図3.80)。




ウクライナ国立登録と臨床疫学登録のデータにより、1986−1987年の事故処理作業員における神経精神疾患の1 Gyにおける過剰相対リスク(ERR)が確証された(図3.81)。



 
アルコール中毒症候群は、1986−1987年の事故処理作業員の26.8%(対照群15.6%、p<0.001)が罹患しており、17.2%はアルコールを乱用している。すなわち、アルコール使用による精神障害と行動障害は、事故処理作業員の44%で見られたという事である。チェルノブイリ事故の複合要因への曝露と、事故処理作業員が既に罹患している精神障害から二次的に起こるアルコール依存症候群の発現との結び付きがはっきりとしたと言える。

胎内被ばくを受けた子供では、神経系疾患と精神障害が対照群より多く見つかった。
 ●言語性IQの低下と知能の不調和の頻度増加のため、全体的なIQが被ばくをしていない子供と比較して低下した。
 ●この不調和が25点を超えた場合では、胎児の被ばく量と相関関係があった。
 ●避難した母親達とキエフ在住の母親達の間では、言語性IQには違いがみられなかった。
 ●しかし、避難した母親達は、キエフ在住の母親達と比べてかなり多くのストレスを経験し、下記の障害や症状がより多くみられた。
   ○うつ病性障害
   ○PTSD心的外傷後ストレス障害
   ○身体表現性障害
   ○不安症
   ○不眠症
   ○社会的機能障害

チェルノブイリ事故により環境に放出された放射性ヨウ素への胎内被ばく量が比較的少量であっても、中枢神経発達に最も重要な時期である妊娠8−15週目においてのみならず、妊娠後期の子宮内の胎児の甲状腺被ばく量が最も高い時期においても、脳損傷が起こり得る(図3.82)。




信頼できる個人被ばく線量データに基づいた、綿密な神経精神学的研究によると、胎内被ばく後の脳損傷は、優勢大脳半球(ほとんどの人にとっては左大脳半球)にみられた。

胎内被ばくを受けた人達では、重篤な精神遅滞は過剰にみられなかったが、下記の事象が頻繁にみられた。母親における精神衛生障害、ストレス、そして胎内被ばくが、従来のリスク要因と合わせてこれらの影響に貢献した。  ●神経精神学的障害  ●脳の左大脳半球の破壊を示す神経学的兆候  ●総合および言語性のIQ低下  ●言語性IQの低下による知性の発達の不調和  ●脳波(EEG)パターンの乱れ    ○脳の生物電気学的活動のδ波(デルタ波)と β波(ベータ波)の左前頭葉-側頭葉付近への過剰な側方化とθ波(シータ波)とα波(アルファ波)の減少  ●半球間での視覚情報処理の逆転

チェルノブイリ事故の主な神経精神学的教訓は、NATO(北大西洋条約機構)平和と安全保障のための科学のフレームワークで次のように定義されている。
 ●否定的な心理的影響(放射線に対しての不安とパニック反応)と心理身体的障害
 ●「パニックによる疾患への逃走」、就業不能と社会的無活動、そして移住における社会心理学的および放射能関連問題による”迫害」
 ●「放射線被ばく後のPTSD」の次のような特徴:将来に関する心気的固執(発癌の可能性、子供の先天性異常やその他に関する不安)
 ●発達しつつある脳への影響、成人における長期的な精神衛生の妨害
 ●放射線の中枢神経への影響の可能性
 ●自殺

220人の手術症例とこれまで報告されてきた臨床データについて

   2024年11月12日に開催された 第53回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会)および3日後に開催された 第23回「県民健康調査」検討委員会「甲状腺検査評価部会」 (以下、評価部会)で、 220例の手術症例 について報告された。これは、同情報が 論文 として20...