福島事故前と事故後に北太平洋で捕獲された鮭の缶詰の放射能検査結果


米国の水産会社 Vital Choice Wild Seafood and Organics(ヴァイタル・チョイス・ワイルド・シーフード・アンド・オーガニックス)の鮭缶の放射能検査結果を報告する。(英語記事はこちら

注:
ベクレル(Becquerel, Bq)とは、放射能を表す単位である。1 Bqとは、一秒間に原子が1個崩壊することを意味する。
ピコキュリー(picocurie, pCi)は、放射能を表す単位で、 1 pCi = 0.037 Bq である。

ハイライト
  • 米国の水産会社に製造された鮭缶の放射能検査を行うというこのプロジェクトは、市民有志により発案された。福島事故前後(2009年、2011年、2012年、2014年)に太平洋で捕獲された鮭から製造された鮭缶で、セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90とトリチウムの検査が、日本の市民測定所により行われた。
  • 4検体すべてにおいて、非常に微量のセシウム137が検出されたが、このほとんどが、核実験由来のセシウム137だった。 
  • 2011年8月に製造された鮭缶から検出されたセシウム137は、他の3検体よりも約0.02 Bq/kg高かった。もしもセシウム134も同時に検出されていたら、この差異は福島事故由来と言えるだろう。
  • だが、セシウム134は不検出だった。福島事故由来のセシウム137とセシウム134の比率が1:1であることと、セシウム134の半減期が2年であることを踏まえると、もしもセシウム134が含まれていたとしても、検出限界値以下のために不検出となる。
  • 2011年産の鮭缶のセシウム137が他の3検体よりも高いのは、福島事故に関連している可能性はあるが、それを裏付けるデータはない。
  • ストロンチウム90とトリチウム(自由水と有機化合物のどちらも)は、不検出だった。
背景
この「プロジェクト」は、2015年夏に、ヴァイタル・チョイス社が行ったベニザケの2015年放射能検査結果の、異常に高いストロンチウム90値を検証することを希望した市民有志により、おのずと発足した。

ヴァイタル・チョイス社は、2011年3月に起こった東京電力福島第一原子力発電所事故以来、年に一度か二度、自社製品に用いられる魚介類の放射能検査を率先して行ってきた。2015年に実施されたストロンチウム90の検査では、6オンスの冷凍皮付き切り身6切れが、ベニザケの検体として、SGSという測定所に2014年12月11日に受理された。放射性セシウム検査には、同量の検体が、Eurofinsという別の測定所に送付された。

ヴァイタル・チョイス社から入手したSGSの報告書によると、ベニザケから、1.76 ± 0.863 pCi/g(65.12 ± 31.93 Bq/kg)と、予想外に高濃度のストロンチウム90が検出された。検出下限値は、1.45 pCi/g(53.65 Bq/kg)だった。

下記の理由を考慮すると、この、ストロンチウム90が「65.12 Bq/kg」という検査結果は、異常に高い。
  1. 日本政府が行った魚介類の検査でストロンチウム90の最高値が検出されたのは、2011年12月21日に福島沖で採集されたシロメバルで、1.2 Bq/kg(検出限界値約0.03 Bq/kg)だった。(水産庁のページからアクセスできる、「水産物の放射性物質の調査結果(ストロンチウム)」の項目10を参照。試料が採集された場所は、 「水産物の放射性物質の調査結果(地図 ストロンチウム)」の図1に、「10」と記されている。)
  2. 2012〜2013年に福島第一原子力発電所に隣接する港内で採集された魚を調査した2015年研究では、内臓を除く魚全体から検出されたストロンチウム90の最高値は、170 ± 1.2 Bq/kg(湿重量)だった。またこの研究でのセシウム134/137の数値は、ストロンチウム90の200〜330倍だった。
  3. 前述のとおり、ストロンチウムは一般的にセシウムよりずっと低レベルでしか見つかっておらず、これは、事故による放出量と一致している。たとえば、項目1で、日本政府により検査されたシロメバルのストロンチウム90が 1.2 Bq/kgだったと言及されたが、このシロメバルから検出されたセシウムは、970 Bq/kg(セシウム134が390 Bq/kg、セシウム137が580 Bq/kg)だった。ヴァイタル・チョイス社は、ベニザケのセシウム検査とストロンチウム検査に2セットの別々の検体(6オンスの皮付き切り身を6切れが1セット)を用いてはいるが、セシウム134とセシウム137のいずれも検出されなかった(検出限界値 1.0 Bq/kg)。ゆえに、ヴァイタル・チョイス社のベニザケからストロンチウム90が検出されるとは考えにくい。
  4. さらに、ここで言及した他の検査では、セシウム検査に筋肉、ストロンチウム検査に内臓を除いた魚全体を用いている一方で、ヴァイタル・チョイス社のベニザケの試料は、6オンスの皮付き切り身6切れであり、骨を除いた筋肉と皮のみだったことからも、ストロンチウム90が「65.12 Bq/kg」だという報告は、非常に疑わしい。(上記の「2015年研究」では、主に、内耳にある炭酸カルシウムの結晶である耳石が分析されたが、内臓を除いた魚全体での測定値も言及されている。)
  5. また、「65.12 ± 31.93 Bq/kg」という結果は、誤差範囲が31.93 Bq/kgとかなり大きく、検出限界値が、日本政府の検査で用いられている0.03 Bq/kgよりもはるかに高い53.65 Bq/kgであることからも、この検査の質は疑わしいと言える。

(ヴァイタル・チョイス社は、2015年検査結果報告の最下部で、ストロンチウム90の測定値が高かったのは、測定のエラーによるものだろう、と説明している。)


ヴァイタル・チョイス社の2015年放射能検査によるストロンチウム濃度の高数値がインターネットで話題になっていた頃、日本の市民測定所で再検査を行うという考えが出てきた。市民測定所では、事故後、市民の要求に応え、高性能の測定機器を入手し、検出限界値を可能な限り下げ、微量の放射性物質を検出すべく、工夫を重ねてきていた。まったく同じ試料を検査することはかなわないにしても、せめて、同じ2014年に捕獲された魚を検査することは可能のはずである。

実は、筆者は、事故前からヴァイタル・チョイス社の鮭缶を備蓄しており、2011年の福島事故のすぐ後に、2009年産の鮭缶(骨・皮入り)を複数箱購入したのだが、それを使えるのではないか、と思いついた。また偶然にも、福島事故が起こった2011年夏に製造された鮭缶(骨・皮入り)を、一箱持っている知り合いが近所にいた。さらに、ストロンチウムはカルシウムに似ているため、骨に蓄積するので、骨なしの切り身よりも、骨と皮入りの鮭缶でストロンチウム90検査を行う方が有意義である。(冷凍の切り身を日本まで冷凍配達するのは、個人で払うには高くつく、という問題もある。)そして、ストロンチウム測定と「同じ」試料でセシウムも測定すれば、福島事故前の鮭に含まれるセシウム137濃度のベースラインを得ることもできる。

ヴァイタル・チョイス社は、2014年産の鮭缶を提供することを、快く承諾してくれた。さらに、ヴァイタル・チョイス社の倉庫が、間違えて2012年産の鮭缶を送ってくれたおかげで、思いがけない「ボーナス」として、2012年産鮭缶も入手でき、事故前(2009年)と事故後(2011年、2012年、2014年)の鮭缶(骨と皮入り)が揃った。鮭が捕獲された日時、そして太平洋のどこで捕獲されたかという情報を得ることはできないが、缶コードにより、鮭缶がいつ製造されたのかは示されている。(鮭は捕獲された年に缶詰に加工される。)缶コード詳細とその説明は、こちらにまとめてある。

鮭缶は、米国郵便局の定額小包便で、いくつかに分けて日本に送付され、市民有志の協力により、セシウム測定のために東京の「新宿代々木市民測定所」に搬送された。セシウム測定後の試料は冷凍保管され、後日、ストロンチウムとトリチウム測定のため、福島県の「いわき放射能測定室 たらちね」にボランティアにより搬送された。検査費用は、測定所の厚意で無償か、あるいは個人負担された。

結果

報告書そのものは、こちらからアクセスできる。
放射性物質ごとの検査結果の表は、こちらに、試料の詳細情報はこちらにまとめてある。

ストロンチウム90

ストロンチウム検査は、日本で唯一、ベータ放射線測定器を持つ市民測定所である、「いわき放射能測定所 たらちね」で実施された。測定には、液体シンチレーションカウンター(詳細はこのPDFを参照)が用いられた。液体シンチレーション法は、この英語文献で詳しく説明されている。「たらちね」の検出限界値の0.15〜0.17 Bq/kgは、ヴァイタル・チョイス社がもともと測定を依頼した「SGS」の検出限界値の53.65 Bq/kgよりはるかに低いが、どの検体からも、検出限界値を超えるストロンチウム90は検出されなかった。

ヴァイタル・チョイス社が受け取った報告書には、分析方法として、「ASTM D5811-95」と記載されていた。これは、ASTM規格で定められている、「水中のストロンチウム90の標準検査方法」である。この分析方法は、環境中の水の検体内で、0.037 Bq/L(1.0 pCi/L)以上のストロンチウム90を測定するために開発されたもので、ここで説明されているように、ベータ線比例計数管(β-GPC)を用いて行われる。β-GPCは、環境有害物質・特定疾病対策庁(Agency for Toxic Substances and Disease Registry 、略してATSDR)のウェブサイトの「ストロンチウムの毒性プロフィール」の第7章「分析方法」の表7−2に示されているように、飲料水中のストロンチウムの分析方法である。

ヴァイタル・チョイス社は、2013年11月にもストロンチウム90の検査を行っている。この2013年11月の検査は、Pace Analytical Services社により実施され、SGSによりレビューされたが、ここでも、分析方法は、「ASTM D5811-95」と示されている。この時に検査された3種の魚、ベニザケ、キングサーモンとビンナガマグロは、いずれもストロンチウム90が検出限界値(それぞれ、0.0513 pCi/g、0.0635 pCi/g、0.0456 pCi/g)未満だった。

これらの検出限界値は、分析方法で可能とされている、1.0 pCi/L(0.037 Bq/L)よりも二桁高いが、ベニザケでの検出限界値は、2013年の0.0513 pCi/g(1.898 Bq/kg)よりも、2015年の1.45 pCi/g(53.65 Bq/kg)の方が、さらに二桁高い。これほど大きな違いは、単位の変換ミスのような、なんらかのエラーによるとしか思えない。

トリチウム

トリチウム検査も、「いわき放射能測定室 たらちね」で行われた。トリチウム自由水、トリチウム組織結合水のいずれも、検出限界値以下だった。

セシウム134&セシウム137

セシウム測定は、新宿代々木市民測定所で行われた。(この結果は、減衰補正されていない。報告書の実物は、こちらから閲覧できる: 2009 2011 20122014

2009年鮭から検出された、0.084 Bq/kgのセシウム137は、福島原発事故前から環境中にバックグラウンド放射線として存在する、核実験由来の「レガシー」セシウム137である。2011年鮭缶から検出されたセシウム137は、2009年鮭缶より約25%高い0.108 Bq/kgで、それが2012年鮭缶では0.088 Bq/kgに、2014年鮭缶では0.080 Bq/kgと、福島原発事故前のレベルに下がっている。2011年鮭缶のセシウム137濃度、0.108 Bq/kgは、2009年鮭缶よりも0.024 Bq/kg 多いが、この、0.024 Bq/kgのセシウム137は、福島原発事故由来の可能性がある。

セシウム134は、4検体のいずれからも検出されなかった。半減期が2年であるため、核実験由来のセシウム134が2009年鮭缶に存在しないことはわかっている。2011年以降の鮭缶に存在し得るセシウム134は、2015年9月に検査が実施された頃には、検出限界値以下になってしまっている。

考察

ストロンチウム90も、トリチウム(自由水と組織結合水の両方)も、2011年鮭缶、2011年鮭缶、2012年鮭缶、2014年鮭缶の4検体のどれからも検出されなかった。

缶コードによると、2011年鮭缶が加工されたのは、2011年8月9日である。(缶コード詳細については、こちらを参照。)2011年鮭缶の缶コードには、「スキーナ川(Skeena River)」を示すシンボルが含まれているが、これは、この鮭の母川がスキーナ川であることを意味している。(2009年、2012年と2014年の鮭缶には同様の母川の指定がされておらず、なぜ、2011年鮭缶のみに指定されているのか不明である。)ヴァイタル・チョイス社は、次のように述べている。
「鮭のほとんどは、状況さえ許せば、母川に戻るので、すべての鮭は、母川である特定の川により区別することができる。なぜ、2011年鮭缶が特に「スキーナ川」と指定され、他の鮭缶に同様の指定がなかったのかは不明である。鮭は、河川系に繋がる海や湾の広域で、さまざまな漁法により捕獲されるものである。」
しかし、この鮭がスキーナ川で捕獲されたのか、スキーナ川付近の太平洋で捕獲されたのかについての情報はない。2011年に捕獲された鮭が、どのようにして、福島事故由来のセシウムに曝露したのかは、その鮭が、母川に戻るところだったのか、川を下ってきたのかによるが、これについて知る術もない。事故後最初の5年間の福島事故由来の放射性物質の海洋への放出と輸送をレビューした論文の情報によると、この2011年に捕獲された鮭は、海か川に落ちた大気中降下物に曝露した可能性が強い。

興味深いことに、2011年、2012年と2013年に、アラスカの川で捕獲された鮭の切り身の放射能検査が、カリフォルニア大学バークレー校の原子力工学部によって行われていた。この検査では、2011年に捕獲された鮭から福島事故由来のセシウム134とセシウム137が、微量だが検出されていた(結果報告はこちら)。曝露経路については、鮭が川で捕獲されたことと、そのタイミングから考慮し、次のように示唆されている。
「(前略)鮭がセシウムに曝露したのは、太平洋で過ごした間ではなく、(少量ながら)川の水に集積・濃縮した大気中降下物からだった可能性がある。」
新宿代々木測定所でのセシウム検査では、検体は、缶から出してそのまま、乾燥させずに測定され、測定結果は、湿重量で報告されている。カリフォルニア大学バークレー校の測定室の結果は、「分析に用いられた重量は、湿重量、または凍ったままの鮭の重量であり、オーブンで焼かれ、湿重量よりもかなり少なくなった、『乾重量』ではない。」と述べられている。2012年と2013年の鮭から検出された核実験由来のセシウム137濃度の0.14 Bq/kgが、実際に、測定時の乾重量から湿重量に換算されて報告されているものだとしたら、鮭缶で検出された0.080〜0.088 Bq/kgよりも高いことは興味深い。(乾重量から湿重量に換算されているのかをウェブサイトのコンタクトフォームから問い合わせたが、返事はなかった。)

FDA(米国食品医薬局)がアラスカ州で行っている魚介類の放射能検査(詳細はこちら)では、検査結果(2016年の結果はこちら)は湿重量で報告されているが、検出限界値が1 Bq/kgを超えているので、鮭缶の結果との比較にはならない。

鮭ではないが、2012年の太平洋クロマグロの研究では、福島事故後のセシウム濃度が示されてはいるが、ここでは、検査結果が乾重量で報告されているので、鮭缶の結果と直接比較することはできない。しかし、鮭缶から検出された核実験由来のセシウム137濃度の裏付けとなるデータには、下記のようなものがある。
1)日本政府の環境放射線データベースから、2000年以降の鮭の放射能検査を抜き出してまとめた集計データは、こちらからアクセスできる。2)東京大学と秋田放射能測定室「べぐれでねが」の共同研究では、「べぐれてねが」で乾燥・濃縮された試料の高精度の測定が、東京大学で行われる(共同研究の論文:英語日本語)。この共同研究では、2014年に北海道産の白鮭からセシウム134が検出された(報告はこちら)が、2015年の北海道産の白鮭からは検出されなかった(報告はこちら)。「べぐれてねが」ウェブサイトで公表されている検査結果は、乾重量から湿重量に換算してある。2015年の白鮭から検出されたセシウム137は、0.0727 Bq/kgだった。

結論

このプロジェクトで鮭缶から検出されたセシウム137は、ほとんどが核実験由来のもので、通常よりもはるかに低い検出限界値が用いられなければ、検出されなかったレベルである。ストロンチウム90もトリチウムも、検出限界値以下であった。2011年鮭缶から検出されたセシウム137は、他の3検体よりも少し高く、この差異は福島原子力発電所事故由来と言えるかもしれない。

この結果をどう考えるか?


まず、最初に断っておくが、「食べるべきか、食べないべきか」というアドバイスをするのが、この記事の目的ではない。その決断を下すにあたり、役立つかもしれない情報を、下記に提供したいと思う。食品の放射能検査結果についての事実をいくつか学ぶことにより、放射能測定結果の数値を客観的にとらえること、さらに、詳細な情報を得た上で、食べるかどうかという個人的な決断を下すことができるのではないだろうか。

1. 今回の鮭缶の放射能検査で、ごく微量のセシウム137が検出されたのは、次のような理由であることに留意すべきである。
a) 実際に検査が行われたということ。b) その検査が、ごく微量のセシウム137を検出できるほど精度が高かったということ。
2. 多くの食品には、自然由来と人工由来両方の、バックグラウンド放射性物質が含まれている。


米国FDAが行っている、トータル・ダイエット・スタディには、放射性物質の分析も含まれており、セシウム137とストロンチウム90が市場に流通している食品に含まれていることがわかっている。しかし、調査報告書(最新のは2006〜2014年)を見ると、3つの食品(食品番号74、320と376)以外は「ゼロ」と表示されているので、ほとんどの食品にはセシウム137が含まれていないじゃないか、と思ってしまうかもしれない。だが、よく見ると、ひとつの食品について検査される複数(ほとんどの食品で10〜12)の検体のすべてで、セシウム137が「報告限界値」の5 Bq/kg 未満の場合のみ、「ゼロ」と報告されているにすぎない。もしも、ひとつの食品について検査される複数の検体のひとつからでも、5 Bq/kgを超えるセシウム137が検出された場合は、平均値、標準偏差と最大値が示されている。(ちなみに、食品番号74のレーズンブランシリアルでは最大値が10.8 Bq/kg、食品番号320のかぼちゃのベビーフードでは最大値が93.3 Bq/kg、食品番号376のサラダドレッシングでは、最大値が40.5 Bq/kgである。)

ゆえに、この「ゼロ」は、正確には、「<5 Bq/kg」と表示されるべきである。また、放射能測定値の報告では、検出限界値(この調査でのセシウム137の検出限界値は、おそらく1.0 Bq/kgであると思われる)を明記し、「ゼロ」ではなく、「ND」("not detected" 不検出)と記す方が、より正確である。

この調査では、ストロンチウム90に関しては、「報告限界値」が0.1 Bq/kgであるが、報告書(このPDFの22〜29ページ)を見ると、かなりの食品から微量のストロンチウム90が検出されているのがわかる。

3. 魚介類の放射能検査では、検査された特定の個体に含まれている放射性物質しか測定できない。近くで捕獲された他の個体でも似たような傾向が見られるかもしれないが、海のどこを泳いで何を食べてきたかにより、取り込んだ放射性物質の量が異なる可能性がある。

4. もうひとつ重要なことは、放射性物質の量がどのように説明され、何と比較されるかということである。

大気、飲料水や食品に含まれる放射性物質への曝露の結果の被ばく線量は、頻繁に、「CTスキャンやレントゲン何回分」や、「飛行機でのフライト何時間分」という比較をされているが、これは紛らわしい。CTスキャンはレントゲンは、X線による「外部被ばく」、飛行機でのフライトは、宇宙線による「外部被ばく」であり、どちらも、曝露の時間は限定されている。その一方で、呼吸や飲食により放射性物質を取り込む「内部被ばく」は、放射性物質が体内にとどまっている間、ずっと持続し続ける。さらに、体内に取り込まれた放射性核種には、特定の臓器に蓄積し、影響を与えるものがあるため、外部被ばくと内部被ばくを被ばく線量のみで比較することは、適切ではない。

また、飲料水や食品に含まれる放射性物質の濃度は、(米国では)FDAによって決められた基準値(介入レベル)である、「DIL(Derived Interventional Level)」と比較されることが多い。DILとは、ここで説明されているように、「輸入食品および国産食品の放射性物質濃度のガイダンスレベル」である。セシウム134とセシウム137を合わせたセシウム合算のDILは 1200 Bq/kg 、ストロンチウム90の DIL は、160 Bq/kg である。(DILがどのように算出されたかについては、ここに詳しく説明してある。)なお、福島原発事故以来、米国内外の2つのグループが、食品中のセシウム基準値の引き下げを提案している。米国のとある連携グループは、セシウム合算のDILを1200 Bq/kg から 5 Bq/kgに引き下げることを推奨しており、また別の2つの国際組織は合同で、EU(欧州連合)のベビーフードの基準値を370 Bq/kgから8 Bq/kgに、その他の食物の基準値を600 Bq/kgから16 Bq/kg に、引き下げることを推奨している(これについては後述を参照のこと)。

DILは、PAG(防護対策指針)に基づいているが、PAGは、FDAウェブサイトで、「PAGとは、防護対策を用いて個人への被ばく線量を制限すべきであるとみなされる、放射線被ばく線量のレベルである」と説明されている。1998年に、年間実効線量 5 mSv が PAGとして採用されたが、この線量とは、実質、放射線被ばく由来のがん死が1万人につき2人増えることを受容するものである。(このトピックに関するFDA文書はかなり複雑であるが、2011年4月14日付けのForbes記事で、もう少しわかりやすく説明してある。)

現在のセシウム134&137のDILである1200 Bq/kgは、1986年に設定された「LOC」と呼ばれる「懸念レベル」の370 Bq/kg が、1998年に更新されたものである。介入レベルが370 Bq/kgから1200 Ba/kgに引き上げられた理由は、LOCは、食物が100%汚染されていることを仮定していた一方、DILは、汚染が30%であると仮定しているからである。だが、DILもLOCも、PAGが5 mSvであるという点では、実質同じである。つまり、年間実効線量の5 mSvに達するには、食物の汚染度が低い(DILでは30%)場合は、高い場合(LOCでは100%)よりも、多くの汚染食品を食べれる、というわけである。

ここで言及しておくと、セシウムの1200 Bq/kgというDILは、EUの輸入食品に対する基準値の600 Bq/kgの2倍である。また、日本の放射性セシウムの現基準値の100 Bq/kgは、年間1mSvを最大許容線量として算出されているが、DILはその10倍である。さらに、福島原発事故直後に、年間5 mSvを最大許容線量として日本政府が暫定規制値と設定した500 Bq/kgの、2倍以上である。(日本の食品における放射能規制値については、このPDFを参照のこと。日本の現基準値である100 Bq/kgは、流通食品の50%が汚染されているという仮定に基づいている。)

前述したが、2つのグループ、米国の「Beyond Nuclear」とその連携グループ、および、国際組織「フードウォッチ」と「IPPNW(核戦争防止国際医師会議)ドイツ支部」が、食品中に許容されている放射性セシウムの量を引き下げることを、次のように推奨している。
a)米国のDILの1200 Bq/kgを、5 Bq/kgに引き下げ(Beyond Nuclearとその連携グループ)b)EUの輸入食品の基準値をベビーフードと乳製品で370 Bq/kgから8 Bq/kg、その他の食物で600 Bq/kgから16 Bq/kgに引き下げ(フードウォッチとIPPNWドイツ支部)
Beyond Nuclearとその連携グループの、セシウム134と137合わせて5 Bq/kgに引き下げるという推奨は、ベラルーシの病理学医、ユーリ・バンダジェフスキー氏による、セシウム137の健康影響についての研究に基づいている。

フードウォッチとIPPNWドイツ支部による推奨は、ドイツ放射線防護協会による研究に基づいており、原発の平常運転時に、放射性物質が大気中と水中に放出される場合の一般市民への放射線暴露の制限値とされる年間最高0.3ミリシーベルトが元となっている。以下、フードウォッチとIPPNWドイツ支部の報告書(英語PDF日本語PDF)から、重要なポイントを抜粋する。
「食品中の放射性核種に関して公的に規定された制限値は、市民を健康障害から保護するものだ。ただ有害化学物質の場合と異なって、それ以下の放射能であれば害がないというしきい線量がない。そのため、「危険ではない」とか「害がない」、「心配ない」といえるような微量の放射線量もない。上限値や制限値を規定するとは、規制作成者が規制作成者にとって容認できると見られる病人数と死者数をその値によって規定するということだ。(中略) 
この目的を達成するため、要求する制限値を算出するに当たり、最大年間実効線量として0.3ミリシーベルトを採用した。ドイツの放射線防護法はこの値を、原発の平常運転時に放射性物質が大気中と水中に放出される場合の放射線暴露の制限値としている。(中略) 
これまでのEUの放射性セシウムの制限値は乳幼児用食品で8 Bq/kgに、その他のすべての食品で16 Bq/kgに引き下げなければならない。」

謝辞

ヴァイタル・チョイス社とBR氏には、鮭缶の提供について、新宿代々木市民測定所といわき放射能市民測定室「たらちね」には、測定の提供について、そして最後に、NK氏とAT氏には、鮭缶の日本到着後の搬送について、深くお礼を申し上げる。

メモ:2017年2月20日発表の甲状腺検査結果の数字の整理


2017年2月20日に開催された第26回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。データは2016年12月31日時点のものである。

1巡目結果は、2016年6月6日開催の第23回県民健康調査検討委員会で公表された追補版に掲載されているデータである。それ以降の追加情報は公開されていないため、2016年9月14日のメモから変わっていない。

2巡目結果は、二次検査の受診率が79.5%、結果確定率が95.0%ではあるが、まだ89人の結果が未確定だけでなく、二次検査も進行中ということで、今回も確定版は出なかった。(なお、2巡目未受診の25歳節目検診対象者の受診結果も2巡目に計上されるため、今後も受診者数が増加する見込みだという。)

2巡目で悪性ないし悪性疑いとされた69人の先行検査(1巡目)結果についても、簡単にまとめた。

2016年5月1日から開始されている3巡目結果では、一次検査受診率が25.9%で、483人の二次検査対象者のうち、143人が二次検査を受診し、うち64人で結果が確定している。1人が細胞診を受診したが、「悪性ないし悪性疑い」ではなかった。

先行検査(1巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人
手術症例      102人(前回から変化なし)(良性結節 1人と、甲状腺がん 101人:乳頭がん100人、低分化がん1人)
経過観察中      14人

本格検査(2巡目)
悪性ないし悪性疑い 69(前回から1人増)
手術症例      44人(前回から変化なし)(甲状腺がん 44人:乳頭がん 43人、その他の甲状腺がん**1人)
経過観察中     24人

本格検査(3巡目)
悪性ないし悪性疑い 0人
手術症例      0人
経過観察中     0人

合計
悪性ないし悪性疑い 185人(良性結節を除くと184人
手術症例      146人(良性結節 1人と、甲状腺がん 145:乳頭がん 143人、低分化がん 1人、その他の甲状腺がん**1人)
経過観察中       39人

(**「その他の甲状腺がん」とは、2015年11月に出版された甲状腺癌取り扱い規約第7版内で、「その他の甲状腺がん」と分類されている甲状腺がんのひとつであり、福島県立医科大学の大津留氏の検討委員会中の発言によると、低分化がんでも未分化がんでもなく、分化がんではあり、放射線の影響が考えられるタイプの甲状腺がんではない、とのこと。)

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された69人の先行検査結果
A1判定:32人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:31人(結節 7人、のう胞 24人)
B判定: 5人(すべて結節、とのこと。先行検査では最低2人が細胞診をしている)
先行検査未受診:1人

メモ:2016年12月27日発表の甲状腺検査結果の数字の整理


2016年12月27日に開催された第25回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。データは2016年9月30日時点のものである。

1巡目結果は、2016年6月6日開催の第23回県民健康調査検討委員会で公表された追補版に掲載されているデータである。それ以降の追加情報は公開されていないため、前回のメモから変わっていない。

2巡目結果は、二次検査の受診率が75.8%、結果確定率が92.2%ではあるが、まだ132人の結果が未確定だけでなく、二次検査受診自体も続行中らしいため、確定版が出るのには時間がかかりそうである。(なお、2巡目未受診の25歳節目検診対象者の受診結果も2巡目に計上されるため、今後も受診者数が増加する見込みだという。)

2巡目で悪性ないし悪性疑いとされた68人の先行検査(1巡目)結果についても、簡単にまとめた。

2016年5月1日から開始された3巡目結果では、受診率が14.7%の中、211人の二次検査対象者が出ているが、二次検査が2016年10月開始のため、結果は報告されていない。

先行検査(1巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人
手術症例      102人(前回から変化なし)(良性結節 1人と、甲状腺がん 101人:乳頭がん100人、低分化がん1人)
手術待ち       14人

本格検査(2巡目)
悪性ないし悪性疑い 68(前回から9人増)
手術症例      44人(前回から10人増)(甲状腺がん 44人:乳頭がん 43人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち      24人

合計
悪性ないし悪性疑い 184人(良性結節を除くと183人
手術症例      146人(良性結節 1人と、甲状腺がん 145:乳頭がん 143人、低分化がん 1人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち        38人

(**「その他の甲状腺がん」とは、2015年11月に出版された甲状腺癌取り扱い規約第7版内で、「その他の甲状腺がん」と分類されている甲状腺がんのひとつであり、福島県立医科大学の大津留氏の検討委員会中の発言によると、低分化がんでも未分化がんでもなく、分化がんではあり、放射線の影響が考えられるタイプの甲状腺がんではない、とのこと。)

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本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された68人の先行検査結果
A1判定:31人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:31人(結節 7人、のう胞 24人)
B判定: 5人(すべて結節、とのこと。先行検査では最低2人が細胞診をしている)
先行検査未受診:1人

『ランセット: 糖尿病と内分泌学』掲載の高村レターへの反論レターの和訳


『The Lancet: Diabetes and Endocrinology』12月号に、8月号に掲載された高村らのレター "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl" への反論レター  "Misrepresented risk of thyroid cancer in Fukushima" が、著者らのリプライと共に掲載された。著作権の関係で、掲載された文章の和訳を公表することはできないが、校正前のレターの和訳の公表は問題ないとエディターから了承を得た。以下は、校正前の原文とその和訳であるが、字数制限下で書かれた原文の意味をわかりやすくするために、和訳では足りない部分を補うか意訳している部分があるので了承願いたい。なお、ランセットではすべての投稿がランセット独自のスタイルに校正されることになっていると説明されたが、あくまでも読者にわかりやすくするための校正であり、実質、内容に変化はなかった。また、このレターの内容は、岩波書店『科学』11月号に寄稿した「チェルノブイリと福島のデータの誤解を招く比較」で、より詳細に説明されている。

*高村らのレター "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl" は、2016年9月14日に開催された第24回福島県「県民健康調査」検討委員会で資料8「福島とチェルノブイリにおける甲状腺がんの発症パターンの相違についてとして提出されている。

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福島の甲状腺がんリスクが不正確に伝えられている

2011年の核惨事後の福島県での放射線被ばくと甲状腺がんの因果関係は、論争の的となっているトピックである。高村ら(1)は、福島県で見つかっている甲状腺がん症例が「スクリーニング効果」に起因するとし、時期尚早に、そして紛らわしい方法で放射線影響を否定している。


高村らは、ベラルーシの0〜15歳のデータから、1986年のチェルノブイリ事故から4年後の1990年に、事故当時0〜5歳だった子どもたちで甲状腺がんの発症率が増加し始めた、としている。チェルノブイリ事故から4〜10年後に甲状腺がん手術数が最も多かったのは、年齢が低いグループだった。2011年10月〜2014年3月に実施された1巡目検査で見つかった113例の甲状腺がんのほとんどが年齢が高いグループで見つかっているために、この113例は「スクリーニング効果」である可能性が高い、と著者らは結論づけた。しかし、より論理的な結論が示唆するのは、事故から4〜10年後の福島でベラルーシと同様の傾向が見られるかもしれない、ということである。事故後の異なる期間(ベラルーシでは事故から3〜4年後、福島では事故直後の3〜4年間)や、異なる年齢グループ(ベラルーシでは0〜15歳、福島では0〜18歳)を比較することは、妥当ではない。

高村らは、福島での甲状腺被ばく線量が低いため、「(事故後)4年以内に検出可能な甲状腺がんの過剰発生が(この低い線量で)起こったとは考えにくい」と主張している。その一方、津田らは、福島県の甲状腺がんデータの疫学的分析を行い、(事故後)4年以内に甲状腺がんの過剰発生が検出されたと結論づけている(2)。高村らはまた、甲状腺被ばく線量測定のサンプルサイズの小ささ(1080人vsコホート全体の36万人)や、測定時のバックグラウンド放射線レベルの高さなどが不確かさや過小評価につながるという、甲状腺被ばく線量実測値(3)の問題点を無視している。この(チェルノブイリの線量より低い)被ばく線量実測値を強調することにより、行動パターンや飲食の個人差による、より高い被ばく線量が見落とされるかもしれない。なによりも、がん症例の甲状腺被ばく線量は把握されていないし、(被ばくによる)影響は直線的である。最近の証拠では低線量でがんリスクが増加することが示されており(4,5)、さらに、明らかなしきい値線量というものはないのである。たとえ、この(1巡目終了時の)時点で福島の集団において統計的に検出可能な過剰発生がないとしても、福島原発事故によるがんリスクがまったくないことにはならない。


校正前の投稿原文
Misrepresented risk of thyroid cancer in Fukushima

Causal relation between radiation exposure and thyroid cancer in Fukushima after the 2011 nuclear disaster is a controversial topic. Takamura et al. [1] prematurely and misleadingly dismiss the radiation effect in attributing thyroid cancer cases detected in Fukushima to “an effect of screening”.

Takamura et al. observe from the Belarussian data for ages 0-15 years that starting in 1990, four years after the 1986 Chernobyl accident, the incidence of thyroid cancer had increased in children who were 0-5 years at the time of the accident. The highest number of thyroid cancer surgeries was in younger age groups 4-10 years after Chernobyl. The authors conclude that 113 thyroid cancer cases in Fukushima, detected mostly in older age groups in the first screening cycle from October 2011 to March 2014, are likely due to “an effect of screening.” A more logical conclusion suggests a similar trend in Fukushima in 4-10 years after the accident. It is not valid to compare two different post-accident periods—after (Belarus) and during (Fukushima) the first 3-4 years, or different age ranges (0-15 in Belarus vs. 0-18 in Fukushima). 

While Takamura et al. declare that Fukushima’s low thyroid dose levels are “unlikely to have caused a detectable excess in thyroid cancer within 4 years,” Tsuda et al. concluded in their epidemiological analysis of the cancer data that an excess of thyroid cancer was detected within 4 years [2]. Takamura et al. disregard the shortcomings of the thyroid dose measurements [3], including a small sample size (1,080 vs. 360,000 children in the full cohort) and high background radiation levels leading to uncertainties and underestimation. Focus on these doses might overlook potentially higher doses due to individual variation in exposure from behavior patterns and intake of food and water. Critically, the thyroid exposure doses of the cancer cases are unknown and the effect is likely to be linear. More recent evidence points toward increased cancer risks at low doses [4,5], with no apparent dose threshold. Even if a statistically detectable excess were absent at this timepoint for the Fukushima population, it does not mean the absence of cancer risk from the event. 

福島県の甲状腺がん症例の臨床病理学的データ:2016年10月


*この記事の英語版はこちら
**他施設での手術症例数(スライド1)の訂正について、2018年9月30日に注釈を加筆した。

2016年9月26〜27日に福島市で、第5回福島国際専門家会議「福島における甲状腺課題の解決に向けて~チェルノブイリ30周年の教訓を福島原発事故5年に活かす」が開催された。(動画やパワーポイント資料はこちらで公開されている。)この会議の主催は日本財団、共催は福島県立医科大学、長崎大学と笹川記念保健協力財団、後援は福島県、日本医師会、日本看護協会、日本薬剤師会と広島大学だった。プログラムPDFは、こちらからダウンロードできる。2011年以降、2012年以外は毎年開催されているこの会議については、福島県立医科大学の放射線医学県民健康管理センター英語ページアーカイブが収録されている( 第1回 第2回 第3回第4回)。首相官邸災害対策ページの原子力災害専門家グループのセクションには、山下俊一氏による第2回第3回の日本語報告がある。

発表者の一部は、”福島はチェルノブイリとは違う” ことを強調し、これまでの福島県で見つかっている甲状腺がんが大規模スクリーニング検査を行った結果のスクリーニング効果であると主張し、がん検診による過剰診断のリスクを強調した。この会議では、福島県で行なわれている甲状腺検査についての何らかの声明が出されることになっていたので、もしや検査の縮小が提言されるのではないかと懸念されたが、最後のパネルディスカッションはまとまった意見に繋がらなかった。提言は後日発表されるということである。


福島県立医科大学の甲状腺外科医 鈴木眞一氏の発表は、甲状腺検査の結果についてであったが、冒頭に甲状腺検査の基本情報と1〜2巡目の結果が紹介された後にパワーポイントのスライドに映り始めたのは、2015年8月31日以来まったく公表されていない、手術症例の詳細だった。鈴木眞一氏は、県民健康調査検討委員会に初期から参加し、甲状腺検査結果を発表してきていたが、2015年春からは甲状腺検査関連の臨床に集中することになり、2015年5月18日の第19回県民健康調査検討委員会以降は、甲状腺検査の検査自体の責任者である大津留晶氏が検討委員会で結果発表を行っている。福島県立医科大学の基本スタンスは、細胞診、手術や経過観察などは甲状腺検査そのものから通常診療に移行するため、臨床情報は個人の医療情報となるので公表できないというものである。その一方では、学会や論文で一部の臨床情報を公表しており、検討委員会でも甲状腺検査評価部会でも問題となっていた。特に2014年には、2014年8月末の第52回日本癌治療学会学術集会や、2014年11月中旬の日本甲状腺学会学術集会で、それまで公表されていなかった臨床情報を発表していた(詳細は、この記事を参照のこと)。それ以降、2014年11月11日の第4回甲状腺検査評価部会と、2015年8月31日の第20回県民健康調査検討委員会の2度にわたり、「手術の適応症例について」という文書で臨床情報の一部を公表してきた。2014年の「手術の適応症例について」では、2014年6月30日時点での1巡目の手術例58例中54例について、そして、2015年の「手術の適応症例について」では、2015年3月31日時点での1巡目の手術例99例と2巡目の手術例5例の合計104例中96例について報告されている。


今回発表されたのは、2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で報告された、2016年3月31日時点での1巡目の手術例102例と2巡目の手術例30例の中から、1巡目の良性結節1例と他施設で手術が施行された6例(おそらく1巡目)を除く125例についての情報である。1巡目の95例と2巡目の30例が含まれていると思われる。


鈴木眞一氏の英語発表「福島原子力発電所事故後の小児期と思春期での甲状腺がん」は、以下の動画1:45:25頃から始まり、日本語の同時通訳が入っている。残念ながら、鈴木氏の発言はすべてが聞き取れず、また同時通訳でもすべてが捉えられていないため、ここでは書き起こしはせず、パワーポイントのスライドの一部のスクリーンショットを紹介し、その内容をできるだけ一般の人たちにもわかるように解説するに留めるので、ご了承願いたい。


2017年8月29日追記:
この数ヶ月ほど、福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センターの英語サイトの動画すべてがアクセスできない状態になっていたのだが、アワプラネットTVが英語動画に日本語字幕をつけたものが公開されたので、その動画を以下に埋め込んだ。



注:この発表の12日前の9月14日には、2016年6月30日時点での結果が公表されてはいたが、鈴木氏が用いたデータは、2016年3月31日時点のもの(1巡目結果2巡目結果)である。(1巡目結果は、2015年8月31日に確定版が出た後、2016年3月31日時点でのがん症例と手術症例をそれぞれ3例ずつ追加した追補版が出ており、今回鈴木氏が用いたのは、追補版データである。)

追記(2016年12月8日):公式サイトで英語音声の公式動画が公開されていた。パワーポイント資料のPDFはこちら。(この動画は、2017年8月現在、再生不能となっている。)


スライド1:福島県の甲状腺検査の2012年8月〜2016年3月の手術症例



この発表は、2012年8月から2016年3月に福島医大で手術を受けた125例についてである。この期間中の手術例132例中、126例は福島医大で施行され、1例が良性結節、125例が甲状腺がんと確定した。残りの6例は、他の医療機関で手術が実施された。(注:2015年8月の「手術の適応症例について」では、 「7例は他施設で実施された」となっているが、今回の発表ではこれが「6例」とされている。しかし鈴木氏は、この食い違いについて言及しなかった。)(注*:この「6例」は、実際には「7例」だったことが、2018年9月5日の第32回「県民健康調査」検討委員会で説明された。詳しくは、こちらを参照のこと。[2018年9月30日に加筆])


2016年3月31日時点では、1巡目では102例が手術を受け、1例が良性結節、101例が甲状腺がんと確定している。一方、2巡目では57例の悪性ないし悪性疑いのうち、30例が手術で甲状腺がんと確定している。他の医療機関で手術が実施された「6例」に2巡目の症例が含まれているかどうかは明らかでない。


スライド2:福島医大での甲状腺がん125症例の特徴




125症例中、44例が男性、81例が女性で、男女比は1:1.8だった。(註1)

事故当時年齢(被ばく時年齢)は、5〜18歳、平均年齢は14.8 ± 2.7歳だった。

二次検査時年齢は9〜23歳、平均年齢は17.8 ± 3.1だった。

腫瘍の位置は、121例(96.8%)で片側、4例(3.2%)で両側だった。片側の121例中、67例が右葉、53例が左葉、1例が峡部で見つかった。


註1:甲状腺がんは女性に多いことで知られており、男女比は年齢が上がるにつれて低下する傾向がある。2009年の米国研究では、症例の94.5%が年齢10歳以上で、男女比は1:4.3だった[1]。イングランドとウェールズでの1963〜1992年のがん登録データを分析した1995年論文では、5〜9歳の男女比が1:1.25、10〜14歳の男女比が1:3.1だった[2]。また男女比は、放射線被ばくにより大きくなることも知られている。チェルノブイリ事故後のベラルーシ、ウクライナとロシアでの被ばく群を、同じ地域での非被ばく群、そしてイングラントとウェールズおよび日本の非被ばく群と比較した2008年論文では、非被ばく群での男女比は、全体で1:4.2、10歳未満で1:2.4、10歳以上で1:5.2だったが、被ばく群での男女比は、全体で1:1.5、10歳未満で1:1.3、10歳以上で1:1.6だった[3]。


スライド3:125例の術前診断(その1)


このスライドでは、手術前の臨床分類が示されている。ここでは「Ex」が用いられているため、甲状腺癌取扱い規約による分類と思われるが、UICC(国際対がん連合)の分類とほぼ同じである。

文字の前についている"c"は"clinical(臨床的)"の略で、臨床分類を意味し、治療開始前に使われる。一方、"p"は"pathological(病理学的)"の略で、病理分類を意味し、手術や病理組織学的な情報に基づいている。このスライドは、「術前診断」についてなので、"c"が用いられている。

125のがん症例のエコー検査による腫瘍径の平均値は14.0 ± 8.5 mmで、最小が5 mm、最大が53 mmだった。(注:最大腫瘍径は1巡目で45.0 mm、2巡目で35.6 mmと報告されている。”53 mm”がどこから派生したのか不明である。)

腫瘍の場所とサイズ(cT)
101例(80.8%)がcT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  44例がcT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  57例がcT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
12例がcT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
12例がcT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

リンパ節転移(cN)

28例(22.4%)がcN1で、首のリンパ節に転移していた。
  5例がcN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  23例がcN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

遠隔転移(cM)

3例(2.4%)で遠隔転移(前回の報告によると、少なくとも2例は肺)が見つかった。これまで遠隔転移症例についての臨床的情報は公表されていないので、今回が初めてとなる。なお、この3例については、術前診断と術後診断の両方が記載されている。
1)男性、震災時16歳、診断時19歳 
  術前診断 cT3 cN1a cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移: 首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1a pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

2)男性、震災時16歳、診断時18歳
  術前診断 cT3 cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT2 pEX0 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下
    甲状腺外浸潤:なし
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

3)女性、震災時10歳、診断時13歳

  術前診断 cT1b cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり


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【参考情報】甲状腺癌取扱い規約でのTNM分類(PDFはこちらからダウンロード)
T分類:原発腫瘍について
T0:原発腫瘍を認めない
T1:甲状腺に限局し最大径が2 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 2 cm)
  T1a:甲状腺に限局し最大径が1 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 1 cm)
  T1b:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下の腫瘍(1 cm < 最大径  2 cm)
T2:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下の腫瘍(2 cm < 最大径 ≤ 4 cm)
T3:甲状腺に限局し最大径が4 cmをこえる腫瘍(4 cm < 最大径)、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展(胸骨甲状筋あるいは甲状腺周囲脂肪組織に進展)する腫瘍。(注:微少進展はEx1に相当する)
T4:大きさを問わず甲状腺の被膜をこえて上記以外の組織あるいは臓器にも進展する腫瘍。(注:Ex2に相当する)
  T4a:甲状腺の被膜を超えて上記以外の組織あるいは臓器にも進展するが、下記の進展を伴わないもの
  T4b:椎骨前筋群の筋膜、縦隔の大血管に浸潤するあるいは頸動脈を取り囲む腫瘍
TX:原発腫瘍の評価が不可能

N分類:所属リンパ節

N0:所属リンパ節転移なし
N1:所属リンパ節転移あり
  N1a:頚部中央区域リンパ節に転移あり
  N1b:一側、両側もしくは対側の頚部外側区域リンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
NX:所属リンパ節転移の評価が不可能
注:I、II、IIIおよびIVを頚部中央区域リンパ節、Va、Vb、VI、VIIを頚部外側区域リンパ節と総称する。(所属リンパ節分類については、下記参照)

M分類:遠隔転移

M0:遠隔転移を認めない
M1:遠隔転移を認める
MX:遠隔転移の有無の評価が不可能

Ex分類:甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤

Ex0:浸潤が甲状腺被膜をこえないもの
Ex1:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまるもの
Ex2:浸潤が甲状腺被膜をこえ、上記以外の組織あるいは臓器に明らかに波及しているもの
ExX:不明のもの
注:胸骨甲状筋、脂肪組織以外の臓器に癒着がみられるが、鋭的剥離が可能な場合にはEx1とみなす。

※甲状腺癌取扱い規約での所属リンパ節分類(甲状腺癌取扱い規約2005年9月【第6版】)

I   喉頭前:甲状軟骨、輪状軟骨前面のリンパ節。
II  気管前:甲状腺下縁から尾側方向に頚部から郭清し得る気管前のリンパ節。
III 気管傍:気管側面のリンパ節で、尾側は頚部から郭清し得る範囲、頭側は反回神経が喉頭に入るところまでとする。
IV 甲状腺周囲:甲状腺の前面および側面の甲状腺に接するリンパ節で、外側は中甲状腺静脈を結紮、切離した場合、甲状腺に付着するものをIVとする。
V  上内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より頭側のもの。これをさらに総頸動脈分岐部で上下に二分する。
  Va:総頸動脈分岐部より尾側のリンパ節。
  Vb:総頸動脈分岐部より頭側のリンパ節。
VI 下内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より尾側のもの。鎖骨上窩のリンパ節を含む。
VII 外深頸:胸鎖乳突起後縁と僧帽筋前縁と肩甲舌骨筋でつくる三角のリンパ節
VIII   顎下:顎下三角のリンパ節
IX  オトガイ下:オトガイ下三角のリンパ節
X   浅頸:胸骨舌骨筋および胸鎖乳突起の浅葉筋膜より表層のリンパ節
XI  上縦隔:頸部操作では摘出できない上縦隔リンパ節


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スライド4:125例の術前診断(その2)


このスライドはスライド3と似ているが、ここでは、44例の "cT1a cN0 cM0" と分類されたがん、つまり、腫瘍径が10 mm以下(スライドでは10 mm未満とされているが、T1aの定義では10 mm以下)で、かつ臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られないがんで、なぜ手術が実施されたかという理由が示されている。10 mm以下の甲状腺がんは「甲状腺微小がん」と呼ばれ、リンパ節転移や遠隔転移を伴わない場合はリスクが低いとされ、成人では手術をせずに経過観察する場合もある。だが、小児や思春期の若者では必ずしもリスクが低いというエビデンスがない。

この44例中、11例は手術をせずに経過観察することを勧められたが、本人または家族の希望により手術が施行された。残りの33例では、次のような状況(ひとつ以上当てはまる場合があると思われる)が疑われたために手術が実施された。
  20例:Ex1かEx2の甲状腺被膜外浸潤
    3例:N1a(首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
  10例:反回神経への侵襲
    7例:気管への侵襲
    1例:バセドウ病
    1例:肺のすりガラス陰影(Ground-glass opacity、略してGGO)

スライド5:手術方式



11例(8.8%)で甲状腺全摘手術が行われ、切開創は4〜5 cmであった。114例(91.2%)では甲状腺の片葉切除が行われ、甲状腺の一部のみが摘出され、切開創は3 cmに留められた。

リンパ節郭清は全症例で実施された。中央区域は全症例で実施され、22例(17.6%)ではさらに外側区域でも実施された。リンパ節分類に関しては、スライド3の解説の最後の部分を参照のこと。

日本ではがん取扱い規約により、リンパ節郭清がその範囲により”D分類”として分類されている。このD分類は日本独特のものではあるが、部分的には米国頭頸部学会と米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会により定義された選択的リンパ節郭清(selective neck dissection, SND)に相当するものもある[4 D分類は、最新の甲状腺取扱い規約第7版では第6版から多少変更されているが、以下の図に両方が記載されている(出典はこちら)。


これは、米国と日本の所属リンパ節分類との互換票である。(出典はこちら
D1はSND (VI)、D2aはSND (III, IV, VI)、D2bはSND (II-V, VI)、D3aはSND (III,IV, VI)に相当すると思われる。

スライド6:術後診断(その1)
このスライドでは、術後病理診断が示されている。



腫瘍の場所とサイズ(pT)

74例(59.2%)がpT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  43例がpT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  31例がpT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
2例がpT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
49例がpT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

甲状腺外浸潤(pEx)

49例(39.2%)がpEx1で、浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまっていた。

リンパ節転移(pN)
97例(77.6%)がpN1で、首のリンパ節に転移していた。
  76例がpN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  21例がpN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

以下に、術前診断(左)と術後病理診断(右)のスライドを隣同士に置いてみた。こうして比べると、術後の病理診断の結果、甲状腺に限局して腫瘍径が2 cm以下の腫瘍が減少し、甲状腺浸潤Ex1と首のリンパ節への転移が術前より多くなっているのがわかる。

49例がpEx1とされているが、これはpT3と同じ数であることから、この49例のpT3は、甲状腺に限局して40 mmこえというよりも、「大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展」していると思われる。


リンパ節転移では、術前の5例のN1aが、リンパ節郭清後には76例にまで増えている。






スライド7:術後診断(その2)


このスライドでは、スライド4で解説した、腫瘍径が10 mm以下で臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られない44例の "cT1a cN0 cM0" の術後病理診断が示されている。

経過観察を勧められたが手術を受けた11例のうち、2例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった。

残りの33例では、甲状腺被膜外浸潤、リンパ節転移、反回神経や気管への侵襲、バセドウ病や肺のすりガラス陰影が疑われたために手術が実施されたが、3例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった

合わせると、腫瘍径が10 mm以下だった44例のうち、手術により5例で腫瘍径が10 mm以下であることが確認され、その5例には、リンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見られなかったことになる。この5例には手術が不必要だったといえるかもしれないが、しかしこれは手術を行ったからわかったことであり、手術前の状況では、この33例には手術が適応されるべきだった。

不思議なことに、2015年8月の報告書では、術後病理診断で「リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 pM0)は8例(8%)であった」と記述されている。今回、その8例が5例に減っていることになるが、鈴木氏からは何の説明もなかった。しかし、発表後の質疑応答時に再発例の数を聞かれた際、鈴木氏は実際の再発数には言及せず、「外国の方もいらっしゃるので、"few"とだけ申し上げます」と答えた。英文法的には、"few cases"は、”ほとんどなかった”という意味あいになり、"A few cases"というと、”2〜3例あった”という意味にとれる。再発例が出ているのは、「311甲状腺がん家族の会」の記者会見でも言及されている。鈴木氏が、"few"か"a few"のどちらを意味したのかは明らかではないにしても、数を聞かれた上での答えなので、"a few"の方だと思われる。すると、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も遠隔転移も見られない症例が「8例」から「5例」に減ったのは、もしかして「8例」のうち「3例」が再発したためかもしれないとも考えられる。

スライド8:甲状腺がん125例の病理組織型


このスライドでは、125例の甲状腺がんの病理組織型が示されている。121例が乳頭がん、3例が低分化がん、1例がその他の甲状腺がんだった。

121例 甲状腺乳頭がん
   110例 通常型乳頭がん
    4例 濾胞型乳頭がん(註2)
    3例 びまん性硬化型乳頭がん
    0例 充実型乳頭がん
    4例 モルラ型乳頭がん(註3)
3例  低分化がん
1例  その他の甲状腺がん

この発表データの元となっているのは2016年3月31日時点での結果であるが、その結果が報告された2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で発表された1巡目結果の追補版では、低分化がん3例のうち2例が乳頭がんと再分類されている。委員会では、この再分類は甲状腺癌取扱い規約の改訂によるものと説明されたが、改訂内容そのものについては触れられなかったので、乳頭がんに再分類された2例の亜型は不明である。(だが、以下のスクリーンショットの内容では、2014年の第47回甲状腺外科学会学術集会での、甲状腺癌取扱い規約の改訂における低分化がんの扱いについての発表では、低分化成分の割合による再分類と、低分化型乳頭がんの充実型乳頭がんとしての再分類の2通りの再分類に触れられている。福島での低分化がん2例の乳頭がんへの再分類がどちらに当てはまるのかわからない。)(このアブストラクトのPDFダウンロードリンクはこちら


また、”その他の甲状腺がん”については、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会において初めて、2巡目で手術確定した34例の甲状腺がんのうち、1例が「甲状腺癌取扱い規約で ”その他の甲状腺がん” に分類されている甲状腺がん」であることが明らかにされた。この発表データの元となる結果では、2巡目で手術確定された30例は乳頭がんであるとされているが、この30例中1例が ”その他の甲状腺がん” に再分類されたのか、第24回検討委員会で発表された新たな手術確定症例4例中1例が ”その他の甲状腺がん” に分類されたのかは明らかではない。

鈴木氏は、チェルノブイリでよく見られた充実型乳頭がんは福島では見られていないことを強調していた。福島県の小児甲状腺がんで充実型乳頭がんが見つかっていないことは、「福島はチェルノブイリとは違う」(つまり、福島の甲状腺がんは放射線影響とは考えにくい)という公式見解の裏付けのひとつとされている。しかし、充実性乳頭がんは放射線被ばくに限定されているわけではなく、チェルノブイリで充実性乳頭がんが多く見られたのは、初期の症例の年齢が低かったためかもしれない[5,6,7]。また、 この研究では、日本での小児甲状腺乳頭がんでは充実型がみられなかった[8]。 

参考:甲状腺乳頭癌の特殊型(2016)(PDFダウンロードリンク

註2:最近、被包型甲状腺乳頭がん濾胞亜型(EFVPTC = encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma)が、NIFTP(noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features)と呼ばれる良性腫瘍として再分類された[9]。福島県の甲状腺検査で診断されている甲状腺乳頭がん濾胞型にこの再分類が適用されるかどうかは、検討委員会で話題に出ていない。しかし、がん症例数に変更もないため、福島県の乳頭がん濾胞型4例はEFVPTCではないと思われる。 
註3:モルラ型は、家族性大腸ポリポーシスに関連していることが多く、この4例では、APC遺伝子検査が実施されているはずである。

スライド9:甲状腺乳頭がん 診断と治療のアルゴリズム



このスライドでは、日本癌治療学会によって作成された、甲状腺乳頭がんの診断と治療のアルゴリズムが示されている。日本癌治療学会サイトに掲載されている日本語版のスクリーンショットが以下である。


スライド10:チェルノブイリ事故後のベラルーシと福島事故後の福島での手術方式の比較



このスライドでは、ベラルーシと福島での手術方式が比較されている。ベラルーシでは甲状腺全摘が半数以上を占める一方、福島では片葉切除が圧倒的に多いのがわかる。

鈴木氏は、2015年の「手術の適応症例について」で、「甲状腺は全摘すればその後はホルモン剤の服用を続ける必要があるが、片側が残っていれば残りの臓器がこれまでの機能を補うため、ホルモン剤を飲む必要も無く手術前と変わらない生活を送ることが出来る。よって当院では、明らかなハイリスク症例以外は片葉切除を選択し、患者様のQOL維持に努めている」と述べている。


また、欧米での甲状腺がんの治療は、甲状腺全摘後に放射性ヨード内用療法による残存甲状腺の破壊(アブレーション)を行うのが主流である一方、日本では伝統的に、広範囲にわたる予防的リンパ節郭清を伴う、限定的な甲状腺摘出が実施されてきた。その理由として、放射線ヨード内用療法が日本の健康保険システムでは費用効果があると考えられておらず、実施機関も法律的制限により限られていることが挙げられている[10]。

スライド11:異なるグループにおける遺伝子変異プロファイル




このスライドでは、様々なグループにおける遺伝子変異プロファイルが示されている。一番右の、青線で囲まれた部分を見ると、福島の52例の甲状腺がんの63.2%がBRAF変異陽性である。スライド右下の緑のボックス内には、長崎大学の光武範吏氏らによる2015年論文 "BRAF V600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl"(邦題「福島の若年層の甲状腺がんではBRAF V600E変異が高頻度である:チェルノブイリとは異なる発がんプロファイル 」)[11]の情報が記されている。(Nature日本語サイトでのアブストラクト和訳はこちら) この光武論文では、福島の68例の甲状腺がんのうち、43例(63.2%)がBRAF V600E点変異陽性だったと示されている。また光武論文では、68例のうち7例(10.3%)でRET/PTC再配置(RET/PTC1が1例、RET/PTC3が6例)が、4例(5.9%)でETV6/NTRK3再配置が検出されている。(光武論文で遺伝子分析された甲状腺がん症例数は68例である上、TRK fusionは調査されなかったので、スライドの一番右の"Fukushima" 欄で、"n=52" とか、TRK fusionが8.8%と示されている理由は不明である。また、右から2つめの、"our data Ja adults"と記されている欄の日本の成人でのデータの出所も不明である。文献検索では、日本の成人の甲状腺乳頭がんにおけるBRAF変異の頻度は、28.8%[12]、38.2%[13]、38.4%[14]、 53%[15]、そして82.1%[16]と、かなりの幅が見られた。)

2014年日本甲状腺学会の口頭発表で、鈴木眞一氏は、福島で見つかっている甲状腺がんの遺伝子変化は、「通常成人型甲状腺乳頭がん同様の変化であり、今回の症例が福島における原発事故後の小児超音波検診で発見されたものであり、通常であれば成人で発見された可能性のある癌が、検診によって小児あるいは若年の段階で発見された可能性が強い」と述べている。また、光武論文では、遺伝子分析の結果が「おそらく、日本の若年層での散発性および潜在性甲状腺がん(ラテントがん)すべての遺伝子状態を反映している」と述べられている[11]。つまり、スクリーニングなしでは(成人になるまで)発見されなかったであろう散発性がんや潜在がんが、スクリーニングによって診断されているという公式見解が、これらの甲状腺がんの遺伝子プロファイルによって支持されるという主張である。


しかし文献検索では、遺伝子変異と、放射線被ばく、年齢やヨウ素摂取状況との関連性は一律ではない。チェルノブイリ後に頻繁に見られているRET/PTC再配列は、放射線誘発性と散発性の甲状腺がんどちらでも見つかっており17、低年齢層とヨウ素欠乏地域でよく見られているとも分析されている18]。BRAF点変異は、年齢が高くなるにつれて頻繁に見つかるとされてきたが、最近の研究では、小児甲状腺乳頭がんの36.8%(年齢中央値13.7[19]と63%(年齢中央値18.6歳)[20]でBRAF V600E変異が見つかっている。またBRAF点変異は、中国ではヨウ素の高摂取との関連が見つかっているが[21]、最新の論文では、ヨウ素に豊富な国とヨウ素欠乏国との間で甲状腺乳頭がんにおけるBRAF V600E頻度に違いがないことが示されている[16]。


スライド12:チェルノブイリ後のウクライナと原発事故後の福島での甲状腺がん患者の年齢分布




このスライドで示されている棒グラフは、2014年10月に『Thyroid』に掲載された、Tronkoらによるエディターへのレター内の、事故当時年齢0〜18歳の年齢ごとの甲状腺がん症例数の、潜伏期間中と潜伏期間後の2つのグラフを重ね合わせたものである(このレターの非公式全文和訳はこちらで、放射線医学県民健康管理センターの公式日本語概要はこちら)[21]。青色の棒グラフはチェルノブイリ事故後すぐの4年間である1986〜1989年のウクライナ、赤色の棒グラフは福島原発事故後すぐの3年間である2011〜2013年の福島での、どちらも潜伏期間とみなされている期間中の甲状腺がん症例数を示している。一方、オレンジ色の棒グラフは4年間の潜伏期間後の1990〜1993年の4年間の甲状腺がん症例数を示しており、青色と赤色の棒グラフで示されている潜伏期間前と比べると、全体的な増加だけではなく、事故当時0〜5歳での症例数が劇的に増えているのが一目瞭然である。ちなみに、ウクライナで甲状腺がんのスクリーニングか開始されたのは1990年であるが[22]、1986〜1989年の間に発見された甲状腺がんが、無症状で偶然発見されたのか有症状での受診により診断されたのかは定かではない。

レター内では、ウクライナの事故後最初の4年間(青色)と福島の事故後最初の3年間(赤色)の年齢分布が "strikingly similar"(驚くほど似ている)と言及されており、事実、よく似ている。だがレター内では、事故後最初の4年間は、”放射線影響が見られない潜伏期間”としながら、"if thyroid cancers in Fukushima were due to radiation, more cases in exposed preschool-age children would have been expected"「もしも福島での甲状腺がんが放射線によるものであるとすれば、被ばくした4−5歳の子どもでの症例がもっと予測されたはずである」と、非論理的な主張をしている。

このような非論理的な主張は、少し形式は違うが、事故後の異なる期間でのベラルーシと福島との比較として、『The Lancet Diabetes and Endocrinology』掲載のコレスポンデンス "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl"(邦題「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」)でも繰り広げられている[23]。このコレスポンデンスの内容は、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会で資料8として高村昇委員により発表された。この発表に対する他の委員らの反応は、「5年以降に、そして10年目まで増えている。今まだ5年半だが、これからが問題で、しっかりした検査を続けていかなければいけない」(清水一雄委員)、「異なる年数や期間での比較はしてはいけない」(清水修二委員)、「これからその影響をしっかり見ていかないと最終的な判断ができないということは明らかなので、少なくともこれから5年、10年の検査は必要」(春日文子委員)というものだった。(詳細は、おしどりマコ氏の書き起こし記事を参照のこと)

まとめ
福島第一原子力発電所事故以降に福島県で見つかっている甲状腺がんはスクリーニング効果によるものだというのが、現時点での福島医大の公式見解である。つまり、大規模な集団スクリーニングの実施により、もっと後になるまで症状が現れなかったであろう散発性や潜在性のがんが多く見つかっている、ということである。しかし、手術症例に関するこれまでの限定的な発表と、今回の鈴木眞一氏の発表の臨床病理学的詳細によると、がんが甲状腺の外に広まり、リンパ節や肺に転移し、気管や反回神経に侵襲したりと、手術が実施された症例の大部分が手術適応だった、つまり、手術が必要だったことがわかる。結果的に過剰診断・過剰治療となった例はあるかもしれないが、個別のデータが開示されていない現状では判断できず、ほとんどの症例では手術が必要だったと思われるとしか言えない。実際、甲状腺検査の同意書の問診票で症状についてほとんど聞いてないことや、3 cmを超える腫瘍サイズなどを考えると、本当にすべての症例で無症状だったのか疑問であるが、二次検査の問診の内容が明らかでないので憶測にすぎない。

1巡目でも2巡目でも、福島県の甲状腺がんのほぼ半数が診断時に18歳以上であることを考えると、男女比の1:1.8は、低く思える。チェルノブイリでよく見られた組織型や遺伝子変化は福島では見られていないかもしれないが、これは、年齢、ヨウ素摂取状況や人種背景に関連しているという可能性もある。

今回のシンポジウムで、”福島はチェルノブイリとは違う” という発言が何度も繰り返された。実際のところ、福島とチェルノブイリは違う。延々とチェルノブイリと福島を比較することにより時期尚早に放射線影響を否定し続けるのではなく、透明性のある情報開示のもと、バイアスを持たない専門家らに福島のデータをありのままに解析してもらう時期なのではないだろうか?



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220人の手術症例とこれまで報告されてきた臨床データについて

   2024年11月12日に開催された 第53回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会)および3日後に開催された 第23回「県民健康調査」検討委員会「甲状腺検査評価部会」 (以下、評価部会)で、 220例の手術症例 について報告された。これは、同情報が 論文 として20...