福島県の甲状腺がん症例の臨床病理学的データ:2016年10月


*この記事の英語版はこちら
**他施設での手術症例数(スライド1)の訂正について、2018年9月30日に注釈を加筆した。

2016年9月26〜27日に福島市で、第5回福島国際専門家会議「福島における甲状腺課題の解決に向けて~チェルノブイリ30周年の教訓を福島原発事故5年に活かす」が開催された。(動画やパワーポイント資料はこちらで公開されている。)この会議の主催は日本財団、共催は福島県立医科大学、長崎大学と笹川記念保健協力財団、後援は福島県、日本医師会、日本看護協会、日本薬剤師会と広島大学だった。プログラムPDFは、こちらからダウンロードできる。2011年以降、2012年以外は毎年開催されているこの会議については、福島県立医科大学の放射線医学県民健康管理センター英語ページアーカイブが収録されている( 第1回 第2回 第3回第4回)。首相官邸災害対策ページの原子力災害専門家グループのセクションには、山下俊一氏による第2回第3回の日本語報告がある。

発表者の一部は、”福島はチェルノブイリとは違う” ことを強調し、これまでの福島県で見つかっている甲状腺がんが大規模スクリーニング検査を行った結果のスクリーニング効果であると主張し、がん検診による過剰診断のリスクを強調した。この会議では、福島県で行なわれている甲状腺検査についての何らかの声明が出されることになっていたので、もしや検査の縮小が提言されるのではないかと懸念されたが、最後のパネルディスカッションはまとまった意見に繋がらなかった。提言は後日発表されるということである。


福島県立医科大学の甲状腺外科医 鈴木眞一氏の発表は、甲状腺検査の結果についてであったが、冒頭に甲状腺検査の基本情報と1〜2巡目の結果が紹介された後にパワーポイントのスライドに映り始めたのは、2015年8月31日以来まったく公表されていない、手術症例の詳細だった。鈴木眞一氏は、県民健康調査検討委員会に初期から参加し、甲状腺検査結果を発表してきていたが、2015年春からは甲状腺検査関連の臨床に集中することになり、2015年5月18日の第19回県民健康調査検討委員会以降は、甲状腺検査の検査自体の責任者である大津留晶氏が検討委員会で結果発表を行っている。福島県立医科大学の基本スタンスは、細胞診、手術や経過観察などは甲状腺検査そのものから通常診療に移行するため、臨床情報は個人の医療情報となるので公表できないというものである。その一方では、学会や論文で一部の臨床情報を公表しており、検討委員会でも甲状腺検査評価部会でも問題となっていた。特に2014年には、2014年8月末の第52回日本癌治療学会学術集会や、2014年11月中旬の日本甲状腺学会学術集会で、それまで公表されていなかった臨床情報を発表していた(詳細は、この記事を参照のこと)。それ以降、2014年11月11日の第4回甲状腺検査評価部会と、2015年8月31日の第20回県民健康調査検討委員会の2度にわたり、「手術の適応症例について」という文書で臨床情報の一部を公表してきた。2014年の「手術の適応症例について」では、2014年6月30日時点での1巡目の手術例58例中54例について、そして、2015年の「手術の適応症例について」では、2015年3月31日時点での1巡目の手術例99例と2巡目の手術例5例の合計104例中96例について報告されている。


今回発表されたのは、2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で報告された、2016年3月31日時点での1巡目の手術例102例と2巡目の手術例30例の中から、1巡目の良性結節1例と他施設で手術が施行された6例(おそらく1巡目)を除く125例についての情報である。1巡目の95例と2巡目の30例が含まれていると思われる。


鈴木眞一氏の英語発表「福島原子力発電所事故後の小児期と思春期での甲状腺がん」は、以下の動画1:45:25頃から始まり、日本語の同時通訳が入っている。残念ながら、鈴木氏の発言はすべてが聞き取れず、また同時通訳でもすべてが捉えられていないため、ここでは書き起こしはせず、パワーポイントのスライドの一部のスクリーンショットを紹介し、その内容をできるだけ一般の人たちにもわかるように解説するに留めるので、ご了承願いたい。


2017年8月29日追記:
この数ヶ月ほど、福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センターの英語サイトの動画すべてがアクセスできない状態になっていたのだが、アワプラネットTVが英語動画に日本語字幕をつけたものが公開されたので、その動画を以下に埋め込んだ。



注:この発表の12日前の9月14日には、2016年6月30日時点での結果が公表されてはいたが、鈴木氏が用いたデータは、2016年3月31日時点のもの(1巡目結果2巡目結果)である。(1巡目結果は、2015年8月31日に確定版が出た後、2016年3月31日時点でのがん症例と手術症例をそれぞれ3例ずつ追加した追補版が出ており、今回鈴木氏が用いたのは、追補版データである。)

追記(2016年12月8日):公式サイトで英語音声の公式動画が公開されていた。パワーポイント資料のPDFはこちら。(この動画は、2017年8月現在、再生不能となっている。)


スライド1:福島県の甲状腺検査の2012年8月〜2016年3月の手術症例



この発表は、2012年8月から2016年3月に福島医大で手術を受けた125例についてである。この期間中の手術例132例中、126例は福島医大で施行され、1例が良性結節、125例が甲状腺がんと確定した。残りの6例は、他の医療機関で手術が実施された。(注:2015年8月の「手術の適応症例について」では、 「7例は他施設で実施された」となっているが、今回の発表ではこれが「6例」とされている。しかし鈴木氏は、この食い違いについて言及しなかった。)(注*:この「6例」は、実際には「7例」だったことが、2018年9月5日の第32回「県民健康調査」検討委員会で説明された。詳しくは、こちらを参照のこと。[2018年9月30日に加筆])


2016年3月31日時点では、1巡目では102例が手術を受け、1例が良性結節、101例が甲状腺がんと確定している。一方、2巡目では57例の悪性ないし悪性疑いのうち、30例が手術で甲状腺がんと確定している。他の医療機関で手術が実施された「6例」に2巡目の症例が含まれているかどうかは明らかでない。


スライド2:福島医大での甲状腺がん125症例の特徴




125症例中、44例が男性、81例が女性で、男女比は1:1.8だった。(註1)

事故当時年齢(被ばく時年齢)は、5〜18歳、平均年齢は14.8 ± 2.7歳だった。

二次検査時年齢は9〜23歳、平均年齢は17.8 ± 3.1だった。

腫瘍の位置は、121例(96.8%)で片側、4例(3.2%)で両側だった。片側の121例中、67例が右葉、53例が左葉、1例が峡部で見つかった。


註1:甲状腺がんは女性に多いことで知られており、男女比は年齢が上がるにつれて低下する傾向がある。2009年の米国研究では、症例の94.5%が年齢10歳以上で、男女比は1:4.3だった[1]。イングランドとウェールズでの1963〜1992年のがん登録データを分析した1995年論文では、5〜9歳の男女比が1:1.25、10〜14歳の男女比が1:3.1だった[2]。また男女比は、放射線被ばくにより大きくなることも知られている。チェルノブイリ事故後のベラルーシ、ウクライナとロシアでの被ばく群を、同じ地域での非被ばく群、そしてイングラントとウェールズおよび日本の非被ばく群と比較した2008年論文では、非被ばく群での男女比は、全体で1:4.2、10歳未満で1:2.4、10歳以上で1:5.2だったが、被ばく群での男女比は、全体で1:1.5、10歳未満で1:1.3、10歳以上で1:1.6だった[3]。


スライド3:125例の術前診断(その1)


このスライドでは、手術前の臨床分類が示されている。ここでは「Ex」が用いられているため、甲状腺癌取扱い規約による分類と思われるが、UICC(国際対がん連合)の分類とほぼ同じである。

文字の前についている"c"は"clinical(臨床的)"の略で、臨床分類を意味し、治療開始前に使われる。一方、"p"は"pathological(病理学的)"の略で、病理分類を意味し、手術や病理組織学的な情報に基づいている。このスライドは、「術前診断」についてなので、"c"が用いられている。

125のがん症例のエコー検査による腫瘍径の平均値は14.0 ± 8.5 mmで、最小が5 mm、最大が53 mmだった。(注:最大腫瘍径は1巡目で45.0 mm、2巡目で35.6 mmと報告されている。”53 mm”がどこから派生したのか不明である。)

腫瘍の場所とサイズ(cT)
101例(80.8%)がcT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  44例がcT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  57例がcT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
12例がcT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
12例がcT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

リンパ節転移(cN)

28例(22.4%)がcN1で、首のリンパ節に転移していた。
  5例がcN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  23例がcN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

遠隔転移(cM)

3例(2.4%)で遠隔転移(前回の報告によると、少なくとも2例は肺)が見つかった。これまで遠隔転移症例についての臨床的情報は公表されていないので、今回が初めてとなる。なお、この3例については、術前診断と術後診断の両方が記載されている。
1)男性、震災時16歳、診断時19歳 
  術前診断 cT3 cN1a cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移: 首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1a pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

2)男性、震災時16歳、診断時18歳
  術前診断 cT3 cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT2 pEX0 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下
    甲状腺外浸潤:なし
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり

3)女性、震災時10歳、診断時13歳

  術前診断 cT1b cN1b cM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり
  術後病理診断 pT3 pEX1 pN1b pM1
    腫瘍サイズ:甲状腺に限局し最大径>4 cm、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展
    甲状腺外浸潤:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまる
    リンパ節転移:首の「外側区域」のリンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
    遠隔転移:あり


*****
【参考情報】甲状腺癌取扱い規約でのTNM分類(PDFはこちらからダウンロード)
T分類:原発腫瘍について
T0:原発腫瘍を認めない
T1:甲状腺に限局し最大径が2 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 2 cm)
  T1a:甲状腺に限局し最大径が1 cm以下の腫瘍(最大径 ≤ 1 cm)
  T1b:甲状腺に限局し最大径が1 cmをこえ2 cm以下の腫瘍(1 cm < 最大径  2 cm)
T2:甲状腺に限局し最大径が2 cmをこえ4 cm以下の腫瘍(2 cm < 最大径 ≤ 4 cm)
T3:甲状腺に限局し最大径が4 cmをこえる腫瘍(4 cm < 最大径)、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展(胸骨甲状筋あるいは甲状腺周囲脂肪組織に進展)する腫瘍。(注:微少進展はEx1に相当する)
T4:大きさを問わず甲状腺の被膜をこえて上記以外の組織あるいは臓器にも進展する腫瘍。(注:Ex2に相当する)
  T4a:甲状腺の被膜を超えて上記以外の組織あるいは臓器にも進展するが、下記の進展を伴わないもの
  T4b:椎骨前筋群の筋膜、縦隔の大血管に浸潤するあるいは頸動脈を取り囲む腫瘍
TX:原発腫瘍の評価が不可能

N分類:所属リンパ節

N0:所属リンパ節転移なし
N1:所属リンパ節転移あり
  N1a:頚部中央区域リンパ節に転移あり
  N1b:一側、両側もしくは対側の頚部外側区域リンパ節あるいは上縦隔リンパ節に転移あり
NX:所属リンパ節転移の評価が不可能
注:I、II、IIIおよびIVを頚部中央区域リンパ節、Va、Vb、VI、VIIを頚部外側区域リンパ節と総称する。(所属リンパ節分類については、下記参照)

M分類:遠隔転移

M0:遠隔転移を認めない
M1:遠隔転移を認める
MX:遠隔転移の有無の評価が不可能

Ex分類:甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤

Ex0:浸潤が甲状腺被膜をこえないもの
Ex1:浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまるもの
Ex2:浸潤が甲状腺被膜をこえ、上記以外の組織あるいは臓器に明らかに波及しているもの
ExX:不明のもの
注:胸骨甲状筋、脂肪組織以外の臓器に癒着がみられるが、鋭的剥離が可能な場合にはEx1とみなす。

※甲状腺癌取扱い規約での所属リンパ節分類(甲状腺癌取扱い規約2005年9月【第6版】)

I   喉頭前:甲状軟骨、輪状軟骨前面のリンパ節。
II  気管前:甲状腺下縁から尾側方向に頚部から郭清し得る気管前のリンパ節。
III 気管傍:気管側面のリンパ節で、尾側は頚部から郭清し得る範囲、頭側は反回神経が喉頭に入るところまでとする。
IV 甲状腺周囲:甲状腺の前面および側面の甲状腺に接するリンパ節で、外側は中甲状腺静脈を結紮、切離した場合、甲状腺に付着するものをIVとする。
V  上内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より頭側のもの。これをさらに総頸動脈分岐部で上下に二分する。
  Va:総頸動脈分岐部より尾側のリンパ節。
  Vb:総頸動脈分岐部より頭側のリンパ節。
VI 下内深頸:内頸静脈に沿ったリンパ節で、輪状軟骨の下縁より尾側のもの。鎖骨上窩のリンパ節を含む。
VII 外深頸:胸鎖乳突起後縁と僧帽筋前縁と肩甲舌骨筋でつくる三角のリンパ節
VIII   顎下:顎下三角のリンパ節
IX  オトガイ下:オトガイ下三角のリンパ節
X   浅頸:胸骨舌骨筋および胸鎖乳突起の浅葉筋膜より表層のリンパ節
XI  上縦隔:頸部操作では摘出できない上縦隔リンパ節


*****

スライド4:125例の術前診断(その2)


このスライドはスライド3と似ているが、ここでは、44例の "cT1a cN0 cM0" と分類されたがん、つまり、腫瘍径が10 mm以下(スライドでは10 mm未満とされているが、T1aの定義では10 mm以下)で、かつ臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られないがんで、なぜ手術が実施されたかという理由が示されている。10 mm以下の甲状腺がんは「甲状腺微小がん」と呼ばれ、リンパ節転移や遠隔転移を伴わない場合はリスクが低いとされ、成人では手術をせずに経過観察する場合もある。だが、小児や思春期の若者では必ずしもリスクが低いというエビデンスがない。

この44例中、11例は手術をせずに経過観察することを勧められたが、本人または家族の希望により手術が施行された。残りの33例では、次のような状況(ひとつ以上当てはまる場合があると思われる)が疑われたために手術が実施された。
  20例:Ex1かEx2の甲状腺被膜外浸潤
    3例:N1a(首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移あり
  10例:反回神経への侵襲
    7例:気管への侵襲
    1例:バセドウ病
    1例:肺のすりガラス陰影(Ground-glass opacity、略してGGO)

スライド5:手術方式



11例(8.8%)で甲状腺全摘手術が行われ、切開創は4〜5 cmであった。114例(91.2%)では甲状腺の片葉切除が行われ、甲状腺の一部のみが摘出され、切開創は3 cmに留められた。

リンパ節郭清は全症例で実施された。中央区域は全症例で実施され、22例(17.6%)ではさらに外側区域でも実施された。リンパ節分類に関しては、スライド3の解説の最後の部分を参照のこと。

日本ではがん取扱い規約により、リンパ節郭清がその範囲により”D分類”として分類されている。このD分類は日本独特のものではあるが、部分的には米国頭頸部学会と米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会により定義された選択的リンパ節郭清(selective neck dissection, SND)に相当するものもある[4 D分類は、最新の甲状腺取扱い規約第7版では第6版から多少変更されているが、以下の図に両方が記載されている(出典はこちら)。


これは、米国と日本の所属リンパ節分類との互換票である。(出典はこちら
D1はSND (VI)、D2aはSND (III, IV, VI)、D2bはSND (II-V, VI)、D3aはSND (III,IV, VI)に相当すると思われる。

スライド6:術後診断(その1)
このスライドでは、術後病理診断が示されている。



腫瘍の場所とサイズ(pT)

74例(59.2%)がpT1で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cm以下だった。
  43例がpT1aで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cm以下だった。
  31例がpT1bで、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が1 cmをこえ2 cm以下だった。
2例がpT2で、腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が2 cmをこえ4 cm以下だった。 
49例がpT3で、 腫瘍が甲状腺に限局し、最大径が4 cmをこえていた、もしくは大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展していた。

甲状腺外浸潤(pEx)

49例(39.2%)がpEx1で、浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまっていた。

リンパ節転移(pN)
97例(77.6%)がpN1で、首のリンパ節に転移していた。
  76例がpN1aで、首の「中央区域」内の、甲状腺付近のリンパ節に転移していた。 
  21例がpN1bで、甲状腺付近よりも遠くの、「外側区域」(腫瘍と同じ片側、両側、あるいは反対側)のリンパ節に転移していた。

以下に、術前診断(左)と術後病理診断(右)のスライドを隣同士に置いてみた。こうして比べると、術後の病理診断の結果、甲状腺に限局して腫瘍径が2 cm以下の腫瘍が減少し、甲状腺浸潤Ex1と首のリンパ節への転移が術前より多くなっているのがわかる。

49例がpEx1とされているが、これはpT3と同じ数であることから、この49例のpT3は、甲状腺に限局して40 mmこえというよりも、「大きさを問わず甲状腺の被膜外に微少進展」していると思われる。


リンパ節転移では、術前の5例のN1aが、リンパ節郭清後には76例にまで増えている。






スライド7:術後診断(その2)


このスライドでは、スライド4で解説した、腫瘍径が10 mm以下で臨床的にリンパ節転移や遠隔転移が見られない44例の "cT1a cN0 cM0" の術後病理診断が示されている。

経過観察を勧められたが手術を受けた11例のうち、2例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった。

残りの33例では、甲状腺被膜外浸潤、リンパ節転移、反回神経や気管への侵襲、バセドウ病や肺のすりガラス陰影が疑われたために手術が実施されたが、3例が "pT1a pN0 pEx0" とされ、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見つからなかった

合わせると、腫瘍径が10 mm以下だった44例のうち、手術により5例で腫瘍径が10 mm以下であることが確認され、その5例には、リンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も見られなかったことになる。この5例には手術が不必要だったといえるかもしれないが、しかしこれは手術を行ったからわかったことであり、手術前の状況では、この33例には手術が適応されるべきだった。

不思議なことに、2015年8月の報告書では、術後病理診断で「リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 pM0)は8例(8%)であった」と記述されている。今回、その8例が5例に減っていることになるが、鈴木氏からは何の説明もなかった。しかし、発表後の質疑応答時に再発例の数を聞かれた際、鈴木氏は実際の再発数には言及せず、「外国の方もいらっしゃるので、"few"とだけ申し上げます」と答えた。英文法的には、"few cases"は、”ほとんどなかった”という意味あいになり、"A few cases"というと、”2〜3例あった”という意味にとれる。再発例が出ているのは、「311甲状腺がん家族の会」の記者会見でも言及されている。鈴木氏が、"few"か"a few"のどちらを意味したのかは明らかではないにしても、数を聞かれた上での答えなので、"a few"の方だと思われる。すると、腫瘍径が10 mm以下でリンパ節転移も甲状腺被膜外浸潤も遠隔転移も見られない症例が「8例」から「5例」に減ったのは、もしかして「8例」のうち「3例」が再発したためかもしれないとも考えられる。

スライド8:甲状腺がん125例の病理組織型


このスライドでは、125例の甲状腺がんの病理組織型が示されている。121例が乳頭がん、3例が低分化がん、1例がその他の甲状腺がんだった。

121例 甲状腺乳頭がん
   110例 通常型乳頭がん
    4例 濾胞型乳頭がん(註2)
    3例 びまん性硬化型乳頭がん
    0例 充実型乳頭がん
    4例 モルラ型乳頭がん(註3)
3例  低分化がん
1例  その他の甲状腺がん

この発表データの元となっているのは2016年3月31日時点での結果であるが、その結果が報告された2016年6月6日の第23回県民健康調査検討委員会で発表された1巡目結果の追補版では、低分化がん3例のうち2例が乳頭がんと再分類されている。委員会では、この再分類は甲状腺癌取扱い規約の改訂によるものと説明されたが、改訂内容そのものについては触れられなかったので、乳頭がんに再分類された2例の亜型は不明である。(だが、以下のスクリーンショットの内容では、2014年の第47回甲状腺外科学会学術集会での、甲状腺癌取扱い規約の改訂における低分化がんの扱いについての発表では、低分化成分の割合による再分類と、低分化型乳頭がんの充実型乳頭がんとしての再分類の2通りの再分類に触れられている。福島での低分化がん2例の乳頭がんへの再分類がどちらに当てはまるのかわからない。)(このアブストラクトのPDFダウンロードリンクはこちら


また、”その他の甲状腺がん”については、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会において初めて、2巡目で手術確定した34例の甲状腺がんのうち、1例が「甲状腺癌取扱い規約で ”その他の甲状腺がん” に分類されている甲状腺がん」であることが明らかにされた。この発表データの元となる結果では、2巡目で手術確定された30例は乳頭がんであるとされているが、この30例中1例が ”その他の甲状腺がん” に再分類されたのか、第24回検討委員会で発表された新たな手術確定症例4例中1例が ”その他の甲状腺がん” に分類されたのかは明らかではない。

鈴木氏は、チェルノブイリでよく見られた充実型乳頭がんは福島では見られていないことを強調していた。福島県の小児甲状腺がんで充実型乳頭がんが見つかっていないことは、「福島はチェルノブイリとは違う」(つまり、福島の甲状腺がんは放射線影響とは考えにくい)という公式見解の裏付けのひとつとされている。しかし、充実性乳頭がんは放射線被ばくに限定されているわけではなく、チェルノブイリで充実性乳頭がんが多く見られたのは、初期の症例の年齢が低かったためかもしれない[5,6,7]。また、 この研究では、日本での小児甲状腺乳頭がんでは充実型がみられなかった[8]。 

参考:甲状腺乳頭癌の特殊型(2016)(PDFダウンロードリンク

註2:最近、被包型甲状腺乳頭がん濾胞亜型(EFVPTC = encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma)が、NIFTP(noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features)と呼ばれる良性腫瘍として再分類された[9]。福島県の甲状腺検査で診断されている甲状腺乳頭がん濾胞型にこの再分類が適用されるかどうかは、検討委員会で話題に出ていない。しかし、がん症例数に変更もないため、福島県の乳頭がん濾胞型4例はEFVPTCではないと思われる。 
註3:モルラ型は、家族性大腸ポリポーシスに関連していることが多く、この4例では、APC遺伝子検査が実施されているはずである。

スライド9:甲状腺乳頭がん 診断と治療のアルゴリズム



このスライドでは、日本癌治療学会によって作成された、甲状腺乳頭がんの診断と治療のアルゴリズムが示されている。日本癌治療学会サイトに掲載されている日本語版のスクリーンショットが以下である。


スライド10:チェルノブイリ事故後のベラルーシと福島事故後の福島での手術方式の比較



このスライドでは、ベラルーシと福島での手術方式が比較されている。ベラルーシでは甲状腺全摘が半数以上を占める一方、福島では片葉切除が圧倒的に多いのがわかる。

鈴木氏は、2015年の「手術の適応症例について」で、「甲状腺は全摘すればその後はホルモン剤の服用を続ける必要があるが、片側が残っていれば残りの臓器がこれまでの機能を補うため、ホルモン剤を飲む必要も無く手術前と変わらない生活を送ることが出来る。よって当院では、明らかなハイリスク症例以外は片葉切除を選択し、患者様のQOL維持に努めている」と述べている。


また、欧米での甲状腺がんの治療は、甲状腺全摘後に放射性ヨード内用療法による残存甲状腺の破壊(アブレーション)を行うのが主流である一方、日本では伝統的に、広範囲にわたる予防的リンパ節郭清を伴う、限定的な甲状腺摘出が実施されてきた。その理由として、放射線ヨード内用療法が日本の健康保険システムでは費用効果があると考えられておらず、実施機関も法律的制限により限られていることが挙げられている[10]。

スライド11:異なるグループにおける遺伝子変異プロファイル




このスライドでは、様々なグループにおける遺伝子変異プロファイルが示されている。一番右の、青線で囲まれた部分を見ると、福島の52例の甲状腺がんの63.2%がBRAF変異陽性である。スライド右下の緑のボックス内には、長崎大学の光武範吏氏らによる2015年論文 "BRAF V600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl"(邦題「福島の若年層の甲状腺がんではBRAF V600E変異が高頻度である:チェルノブイリとは異なる発がんプロファイル 」)[11]の情報が記されている。(Nature日本語サイトでのアブストラクト和訳はこちら) この光武論文では、福島の68例の甲状腺がんのうち、43例(63.2%)がBRAF V600E点変異陽性だったと示されている。また光武論文では、68例のうち7例(10.3%)でRET/PTC再配置(RET/PTC1が1例、RET/PTC3が6例)が、4例(5.9%)でETV6/NTRK3再配置が検出されている。(光武論文で遺伝子分析された甲状腺がん症例数は68例である上、TRK fusionは調査されなかったので、スライドの一番右の"Fukushima" 欄で、"n=52" とか、TRK fusionが8.8%と示されている理由は不明である。また、右から2つめの、"our data Ja adults"と記されている欄の日本の成人でのデータの出所も不明である。文献検索では、日本の成人の甲状腺乳頭がんにおけるBRAF変異の頻度は、28.8%[12]、38.2%[13]、38.4%[14]、 53%[15]、そして82.1%[16]と、かなりの幅が見られた。)

2014年日本甲状腺学会の口頭発表で、鈴木眞一氏は、福島で見つかっている甲状腺がんの遺伝子変化は、「通常成人型甲状腺乳頭がん同様の変化であり、今回の症例が福島における原発事故後の小児超音波検診で発見されたものであり、通常であれば成人で発見された可能性のある癌が、検診によって小児あるいは若年の段階で発見された可能性が強い」と述べている。また、光武論文では、遺伝子分析の結果が「おそらく、日本の若年層での散発性および潜在性甲状腺がん(ラテントがん)すべての遺伝子状態を反映している」と述べられている[11]。つまり、スクリーニングなしでは(成人になるまで)発見されなかったであろう散発性がんや潜在がんが、スクリーニングによって診断されているという公式見解が、これらの甲状腺がんの遺伝子プロファイルによって支持されるという主張である。


しかし文献検索では、遺伝子変異と、放射線被ばく、年齢やヨウ素摂取状況との関連性は一律ではない。チェルノブイリ後に頻繁に見られているRET/PTC再配列は、放射線誘発性と散発性の甲状腺がんどちらでも見つかっており17、低年齢層とヨウ素欠乏地域でよく見られているとも分析されている18]。BRAF点変異は、年齢が高くなるにつれて頻繁に見つかるとされてきたが、最近の研究では、小児甲状腺乳頭がんの36.8%(年齢中央値13.7[19]と63%(年齢中央値18.6歳)[20]でBRAF V600E変異が見つかっている。またBRAF点変異は、中国ではヨウ素の高摂取との関連が見つかっているが[21]、最新の論文では、ヨウ素に豊富な国とヨウ素欠乏国との間で甲状腺乳頭がんにおけるBRAF V600E頻度に違いがないことが示されている[16]。


スライド12:チェルノブイリ後のウクライナと原発事故後の福島での甲状腺がん患者の年齢分布




このスライドで示されている棒グラフは、2014年10月に『Thyroid』に掲載された、Tronkoらによるエディターへのレター内の、事故当時年齢0〜18歳の年齢ごとの甲状腺がん症例数の、潜伏期間中と潜伏期間後の2つのグラフを重ね合わせたものである(このレターの非公式全文和訳はこちらで、放射線医学県民健康管理センターの公式日本語概要はこちら)[21]。青色の棒グラフはチェルノブイリ事故後すぐの4年間である1986〜1989年のウクライナ、赤色の棒グラフは福島原発事故後すぐの3年間である2011〜2013年の福島での、どちらも潜伏期間とみなされている期間中の甲状腺がん症例数を示している。一方、オレンジ色の棒グラフは4年間の潜伏期間後の1990〜1993年の4年間の甲状腺がん症例数を示しており、青色と赤色の棒グラフで示されている潜伏期間前と比べると、全体的な増加だけではなく、事故当時0〜5歳での症例数が劇的に増えているのが一目瞭然である。ちなみに、ウクライナで甲状腺がんのスクリーニングか開始されたのは1990年であるが[22]、1986〜1989年の間に発見された甲状腺がんが、無症状で偶然発見されたのか有症状での受診により診断されたのかは定かではない。

レター内では、ウクライナの事故後最初の4年間(青色)と福島の事故後最初の3年間(赤色)の年齢分布が "strikingly similar"(驚くほど似ている)と言及されており、事実、よく似ている。だがレター内では、事故後最初の4年間は、”放射線影響が見られない潜伏期間”としながら、"if thyroid cancers in Fukushima were due to radiation, more cases in exposed preschool-age children would have been expected"「もしも福島での甲状腺がんが放射線によるものであるとすれば、被ばくした4−5歳の子どもでの症例がもっと予測されたはずである」と、非論理的な主張をしている。

このような非論理的な主張は、少し形式は違うが、事故後の異なる期間でのベラルーシと福島との比較として、『The Lancet Diabetes and Endocrinology』掲載のコレスポンデンス "Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl"(邦題「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」)でも繰り広げられている[23]。このコレスポンデンスの内容は、2016年9月14日の第24回県民健康調査検討委員会で資料8として高村昇委員により発表された。この発表に対する他の委員らの反応は、「5年以降に、そして10年目まで増えている。今まだ5年半だが、これからが問題で、しっかりした検査を続けていかなければいけない」(清水一雄委員)、「異なる年数や期間での比較はしてはいけない」(清水修二委員)、「これからその影響をしっかり見ていかないと最終的な判断ができないということは明らかなので、少なくともこれから5年、10年の検査は必要」(春日文子委員)というものだった。(詳細は、おしどりマコ氏の書き起こし記事を参照のこと)

まとめ
福島第一原子力発電所事故以降に福島県で見つかっている甲状腺がんはスクリーニング効果によるものだというのが、現時点での福島医大の公式見解である。つまり、大規模な集団スクリーニングの実施により、もっと後になるまで症状が現れなかったであろう散発性や潜在性のがんが多く見つかっている、ということである。しかし、手術症例に関するこれまでの限定的な発表と、今回の鈴木眞一氏の発表の臨床病理学的詳細によると、がんが甲状腺の外に広まり、リンパ節や肺に転移し、気管や反回神経に侵襲したりと、手術が実施された症例の大部分が手術適応だった、つまり、手術が必要だったことがわかる。結果的に過剰診断・過剰治療となった例はあるかもしれないが、個別のデータが開示されていない現状では判断できず、ほとんどの症例では手術が必要だったと思われるとしか言えない。実際、甲状腺検査の同意書の問診票で症状についてほとんど聞いてないことや、3 cmを超える腫瘍サイズなどを考えると、本当にすべての症例で無症状だったのか疑問であるが、二次検査の問診の内容が明らかでないので憶測にすぎない。

1巡目でも2巡目でも、福島県の甲状腺がんのほぼ半数が診断時に18歳以上であることを考えると、男女比の1:1.8は、低く思える。チェルノブイリでよく見られた組織型や遺伝子変化は福島では見られていないかもしれないが、これは、年齢、ヨウ素摂取状況や人種背景に関連しているという可能性もある。

今回のシンポジウムで、”福島はチェルノブイリとは違う” という発言が何度も繰り返された。実際のところ、福島とチェルノブイリは違う。延々とチェルノブイリと福島を比較することにより時期尚早に放射線影響を否定し続けるのではなく、透明性のある情報開示のもと、バイアスを持たない専門家らに福島のデータをありのままに解析してもらう時期なのではないだろうか?



参考文献
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[2] Harach HR, Williams ED. Childhood thyroid cancer in England and Wales. British Journal of Cancer. 1995;72(3):777-783.
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[4] Robbins K, Clayman G, Levine PA, et al. Neck Dissection Classification Update: Revisions Proposed by the American Head and Neck Society and the American Academy of Otolaryngology–Head and Neck Surgery. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2002;128(7):751-758. doi:10.1001/archotol.128.7.751.
[5] Ory C, Ugolin N, Schlumberger M, Hofman P, Chevillard S. Discriminating Gene Expression Signature of Radiation-Induced Thyroid Tumors after Either External Exposure or Internal Contamination. Genes. 2012;3(1):19-34. doi:10.3390/genes3010019.
[6] Tronko MD, Bogdanova TI, Komissarenko IV, Epstein OV, Oliynyk V, Kovalenko A, Likhtarev IA, Kairo I, Peters SB, and LiVolsi VA. Thyroid carcinoma in children and adolescents in Ukraine after the Chernobyl nuclear accident. Cancer. 1999;86:149–156. doi:10.1002/(SICI)1097-0142(19990701)86:1<149::AID-CNCR21>3.0.CO;2-A.
[7] LiVolsi, VA, et al. The Chernobyl Thyroid Cancer Experience: Pathology. Clinical Oncology. 23(4):261-267.
[8] Williams ED, Abrosimov A, Bogdanova T, et al. Morphologic Characteristics of Chernobyl-Related Childhood Papillary Thyroid Carcinomas Are Independent of Radiation Exposure but Vary with Iodine Intake. Thyroid. 2008;18(8):847-852. doi:10.1089/thy.2008.0039.
[9] Nikiforov YE, Seethala RR, Tallini G, et al. Nomenclature Revision for Encapsulated Follicular Variant of Papillary Thyroid Carcinoma: A Paradigm Shift to Reduce Overtreatment of Indolent Tumors. JAMA Oncol. 2016;2(8):1023-1029. doi:10.1001/jamaoncol.2016.0386.
[10] Ito Y. and Miyauchi A. Thyroidectomy and Lymph Node Dissection in Papillary Thyroid Carcinoma. Journal of Thyroid Research. 2011; Article ID 634170, 6 pages. doi:10.4061/2011/634170.
[11] Mitsutake N, Fukushima T, Matsuse M, et al. BRAFV600E mutation is highly prevalent in thyroid carcinomas in the young population in Fukushima: a different oncogenic profile from Chernobyl. Scientific Reports. 2015;5:16976. doi:10.1038/srep16976.
[12] Namba H, Nakashima M, Hayashi T, Hayashida N, Maeda S, Rogounovitch TI, Ohtsuru A, Saenko VA, Kanematsu T, and Yamashita S. Clinical Implication of Hot Spot BRAF Mutation, V599E, in Papillary Thyroid Cancers. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2003;88(9):4393-4397. 
[13] Nasirden A, Saito T, Fukumura Y, et al. Virchows Arch (2016). doi:10.1007/s00428-016-2027-5.
[14] Ito Y, Yoshida H, Maruo R, et al. BRAF Mutation in Papillary Thyroid Carcinoma in a Japanese Population: Its Lack of Correlation with High-Risk Clinicopathological Features and Disease-Free Survival of Patients. Endocrine Journal. 2009;5(1):89-97. 
[15] Fukushima T, Suzuki S, Mashiko M, et al. BRAF mutations in papillary carcinomas of the thyroid. Oncogene. 2003;22:6455–6457. doi:10.1038/sj.onc.1206739.
[16] Vuong HG, Kondo T, Oishi N, et al. Genetic alterations of differentiated thyroid carcinoma in iodine‐rich and iodine‐deficient countries. Cancer Medicine. 2016;5(8):1883-1889. doi:10.1002/cam4.781.
[17] Nikiforov YE, Rowland JM, Bove KE, Monforte-Munoz H, and Fagin JA. Distinct Pattern of ret Oncogene Rearrangements in Morphological Variants of Radiation-induced and Sporadic Thyroid Papillary Carcinomas in Children. Cancer Res. May 1997;57(9):1690-1694.
[18] Leeman-Neill RJ, Brenner AV, Little MP, Bogdanova TI, Hatch M, Zurnadzy LY, Mabuchi K, Tronko MD, and Nikiforov YE. RET/PTC and PAX8/PPARγ chromosomal rearrangements in post-Chernobyl thyroid cancer and their association with iodine-131 radiation dose and other characteristics. Cancer. 2013;119:1792–1799. doi:10.1002/cncr.27893.
[19] Givens DJ, Buchmann LO, Agarwal AM, Grimmer JF, and Hunt JP. BRAF V600E does not predict aggressive features of pediatric papillary thyroid carcinoma. The Laryngoscope. 2014;124:E389–E393. doi: 10.1002/lary.24668.
[20] Henke LE, Perkins SM, Pfeifer JD, Ma C, Chen Y, DeWees T, and Grigsby PW. BRAF V600E mutational status in pediatric thyroid cancer. Pediatr Blood Cancer. 2014;61:1168–1172. doi:10.1002/pbc.24935.
[21] Guan H, Ji M, Bao R, et al. Association of High Iodine Intake with the T1799A BRAF Mutation in Papillary Thyroid Cancer. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2009;94(5):1612-1617. doi:10.1210/jc.2008-2390.
[22] International Advisory Committee. The International Chernobyl Project. Assessment of radiological consequences and evaluation of protective measures. 
Technical Report. Vienna: International Atomic Energy Agency; 1991.
[23] Takamura N, Orita M, Saenko V, Yamashita S, Nagataki S, and Demidchik Y. Radiation and risk of thyroid cancer: Fukushima and Chernobyl. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2016;4(8):647. doi:10.1016/S2213-8587(16)30112-7.

メモ:2016年9月14日発表の甲状腺検査結果の数字の整理


2016年9月14日に開催された第24回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。データは2016年6月30日時点のものである。1巡目結果は、前回の2016年6月6日開催の第23回県民健康調査検討委員会で公表された追補版に掲載されているデータであるが、前回のメモから変化はない。2巡目結果は、まだ二次検査の進捗率が66.6%であり、確定版ではない。2016年5月1日から開始された3巡目結果によると、まだ一次検査受診者の結果で確定しているものはない。また、2巡目で悪性ないし悪性疑いとされた59人の先行検査結果についても、簡単にまとめた。

先行検査(1巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人
手術症例      102人(前回から変化なし)(良性結節 1人と、甲状腺がん 101人:乳頭がん100人、低分化がん1人)
手術待ち       14人

本格検査(2巡目)
悪性ないし悪性疑い 59(前回から2人増)
手術症例      34人(前回から4人増)(甲状腺がん 34人:乳頭がん 33人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち      25人

合計
悪性ないし悪性疑い 175人(良性結節を除くと174人
手術症例      136人(良性結節 1人と、甲状腺がん 135:乳頭がん 133人、低分化がん 1人、その他の甲状腺がん**1人)
手術待ち        39人

(**「その他の甲状腺がん」とは、2015年11月に出版された甲状腺癌取り扱い規約第7版内で、「その他の甲状腺がん」と分類されている甲状腺がんのひとつであり、福島県立医科大学の大津留氏の検討委員会中の発言によると、低分化がんでも未分化がんでもなく、分化がんではあり、放射線の影響が考えられるタイプの甲状腺がんではない、とのこと。)

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された59人の先行検査結果
A1判定:28人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:26人(結節 7人、のう胞 19人)
B判定: 5人(先行検査では最低2人が細胞診をしている)

和訳と考察 長崎大学&ベラルーシ研究発表「放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ」


The Lancet: Diabetes and Endocrinology (「ランセット:糖尿病と内分泌学」)2016年8月号に、長崎大学(高村昇、折田真紀子、ウラジミール・サエンコ、山下俊一、長瀧重信)とベラルーシ(ユーリ・デミチク)の共同研究が、コレスポンデンスとして掲載された。これは、2016年8月4日に福島民報に掲載された記事で言及されている論文だと思われる。以下は非公式和訳である。



放射線と甲状腺がんリスク:福島とチェルノブイリ

ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所事故から30年、そして福島第一原子力発電所での危機から5年が過ぎた。チェルノブイリ災害後、ベラルーシ、ロシアとウクライナにおいて、事故時に放出された放射性ヨウ素に被ばくした小児と思春期の青年らの間で甲状腺がんのかなりの増加が報告された。このチェルノブイリでの経験に基づいて、福島県民健康調査の枠組み内で甲状腺超音波検査が行われている。この検査は福島事故当時18歳未満(原文ママ:実際には事故当時18歳「以下」)だった住民すべて(およそ36万人)が対象である。2011年10月から2014年3月に実施されたスクリーニングの1巡目では、受診者 300,476人中113人が、甲状腺悪性腫瘍確定または疑いとされた。

福島事故後の甲状腺がんの発見は、現代的で精度の高い超音波技術によるスクリーニングの影響かもしれない。この問題を調査するために、福島での放射線被ばくと甲状腺がんの間の因果関係は、特にチェルノブイリからの既存の証拠に対して注意深く評価されるべきである。

チェルノブイリでは、被ばくした小児の甲状腺被ばく線量平均値は、ベラルーシで 560 mSv[SD 1180]、ウクライナで 770 mSv[260]と推計された。一方、事故後に福島の1000人以上の 0〜14歳の小児の 99%で報告された甲状腺被ばく線量は、15 mSv未満だった。これらの低いレベルでは、福島での被ばく線量が、被ばくの可能性から 4年以内に検出可能な甲状腺がんの過剰例を起こした可能性は低い。

もうひとつの考慮すべき重要点は、2つの事故後の患者の年齢である。ベラルーシでは、事故前に設置されたがん登録によると、事故後最初の4年間(1986〜1989年)に被ばく時に0〜15歳だった患者で25例の甲状腺がんの手術例が報告された。この数字は、1990〜1994年に 431例、1995〜1999年に 766例、そして 2000〜2003年には 808 例に増えた。特に、1990年以降、事故当時 0〜5歳だった小児での甲状腺がん発症率が大きく増加し、この年齢グループは放射線の影響に特に脆弱であると示唆された。チェルノブイリ後の甲状腺がん手術例は、年齢が低いグループで最も多かったが、これは事故後 4〜10年経ってからのことであった。これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性がある(図)。

福島での連続したスクリーニングは継続されるべきであり、患者の年齢分布はチェルノブイリでの原型的な放射線誘発性パターンと定期的に比較されるべきである。


図:(A)ベラルーシで事故当時0〜15歳だった患者での甲状腺がん手術症例数 
  (B)福島で事故当時0〜18歳だった患者での甲状腺がんの診断症例数 

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福島民報記事のテキスト


「小児甲状腺がん増加考えにくい」 長崎大高村教授ら

 長崎大の原爆後障害医療研究所の高村昇教授(48)らの研究チームは、本県とチェルノブイリの甲状腺がんの発症パターンの相違を初めてデータで裏付ける研究論文をまとめ、3日までに英国の医学専門誌に発表した。高村教授は、研究結果に基づき、「福島県内ではチェルノブイリのような放射線被ばくによる小児甲状腺がんの増加は考えにくい」と結論付けた。

 研究チームは、昭和61(1986)年に発生したチェルノブイリ原発事故後の甲状腺がん発症が、事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加したことを、ベラルーシの大規模な統計データを分析して明らかにした。一方、本県では東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていないとして「発症状況が大きく異なる」との見方を示した。

 研究チームは、チェルノブイリ原発事故の影響を最も受けたとされるベラルーシで事故前から国全体で実施されていた「がん登録」を活用。がんと診断された症例を国家レベルで登録するシステムで、毎年各種がんがどの程度診断されたかを把握できるため、登録内容を分析した。

 この結果、チェルノブイリ原発事故発生から4年間で、事故当時にゼロ~5歳だった世代で甲状腺がんと診断されたのは4例(ゼロ~15歳では15例)だった。事故後5年~8年では228例(同431例)、事故後9年~13年では440例(同766例)、事故後14年~17年では382例(同808例)と、幼児期での発症拡大が確認された。

 平成23(2011)年の福島第一原発事故後、県内で行われた県民健康調査の甲状腺検査の先行検査では悪性か悪性の疑いと診断された116人はいずれも事故当時、6歳以上の子どもだった。

*****

考察

チェルノブイリ事故後の甲状腺がん発症率が「事故当時ゼロ~5歳だった世代で事故4年後以降に顕著に増加」したことを、「東京電力福島第一原発事故の発生当時ゼロ~5歳の世代では先行検査の段階では発症が確認されていない」ことと比較するのは、事故後の異なる時期(チェルノブイリの事故4年後以降 vs. 福島の事故後最初の4年)での比較であり、意味がない。それにも関わらず、福島での甲状腺がんに関連する論文などでは、一貫してその比較がなされている。

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米国甲状腺学会の学会誌 Thyroid に掲載された、先行検査結果についての論文(関連ツイートまとめはこちら

米国臨床腫瘍学会年次総会のウェブサイトに掲載された山下俊一氏の論考(関連ツイートまとめはこちら
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2014年10月にThyroid誌に投稿されたエディターへのレターでは、ウクライナと福島での事故後最初の4年間の甲状腺がん症例の年齢分布が「似ている」とされている。ウクライナでは、チェルノブイリ事故後4年目の1990年以降に、事故当時5歳以下だった人たちでの甲状腺がん症例数が急増した。このレターでは、福島県での甲状腺がんが放射線影響であったなら、事故後最初の4年間で、事故当時4〜5歳だった人たちで甲状腺がん症例が見られたはずである、とされている。(レターの和訳はこちら

海外の専門家らの中には、事故後の異なる時期よりもさらに大雑把な、チェルノブイリでの時期不特定の期間の小児甲状腺がん症例と福島事故後最初の3年間の甲状腺がん症例の年齢別発生頻度を同じグラフに重ね、福島で事故後最初の3年間に事故当時5歳以下の症例が見られないから放射線影響ではないだろう、と結論づけている人たちもいる。

なぜこのような非論理的な比較が容認されるのか、不思議である。

そもそも、チェルノブイリの知見に基づいて、放射線誘発性甲状腺がんの潜伏期間は4〜5年であるとされている。この前提では、事故後最初の4年では、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんは見つからないことになる。

事故後最初の4年間で事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが発症していないから、福島県の小児甲状腺がんは放射線影響でない、と主張するのは矛盾している。その主張が有効であるためには、実際の潜伏期間がもっと短いことを認めるか、あるいは、潜在がんが放射線被ばくにより急速に成長したかもしれないような症例も放射線影響であるとみなさざるを得なくなる。そうすると、事故後最初の4年間が潜伏期間であるから放射線影響の甲状腺がんは見つからないだろうという前提で「ベースライン」とされている先行検査がベースラインであること自体も、無効になる。大体、有害物質への曝露を受けた集団をベースラインとすることは科学的に妥当なのか?という問題もある。他にデータがないから、やむを得ずベースラインとして扱うというのならまだ理解の余地がある。だが、鈴木眞一氏らは、あちこち(英語圏のみ?)で、先行検査を「ゴールド・スタンダード」とまで呼んでいる。

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2015年の国際甲状腺学会での鈴木眞一氏と長瀧重信氏の講演に基づく記事
(関連ツイート https://twitter.com/YuriHiranuma/status/657042965320208384



2016年2月末に、日本内分泌学会の英語学術誌『Endocrine Journal』に掲載された、甲状腺検査の先行検査の1年目の平成23年度(2011年度)対象市町村のみの結果についての論文「福島での甲状腺超音波検査のプロトコールと先行検査の暫定結果[速報]」(注:先行検査の結果は2015年8月に最終版が出ているのに、その後に「速報」を出すのも不思議である。)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26924746
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県民健康調査の甲状腺検査は、現時点で2巡目が終了してはいるが、2016年6月6日に発表された最新結果では、まだ、いわき市を含む平成27年度対象市町村での2次検査の受診率が40%ほどである。この最新結果では、いわき市の事故当時5歳の男性が甲状腺がん疑いの診断を受けている。いわき市の2次検査対象者数は322人で、平成27年度対象市町村の2次検査対象者の約4割を占める。322人中、実際に2次検査を受診したのは105人で、結果が確定しているのは74人と、4分の1の結果しか出ていない。いわき市は避難区域外であり、福島第一原発からの放射能プルームが通過した際に防護せずに被ばくした可能性のある人が多い。甲状腺被ばく線量の直接測定である「1080人調査」で、被ばく線量が最大とされたのは、いわき市の子どもだった。

事故後の異なる時期の甲状腺がん症例の年齢分布の比較により放射線影響を否定するのではなく、チェルノブイリで事故当時5歳以下での甲状腺がん症例が増え始めたのと同時期、つまり福島での甲状腺検査の2巡目以降での年齢分布を比較するのが科学的ではないだろうか?

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追記(2016年8月8日)

上記の図であるが、右の福島の甲状腺がん症例数を示したグラフの縦軸のスケールは、ベラルーシのグラフの甲状腺がん手術症例数を示したスケールの5分の1(20、40、60、80、100、120の代わりに、正しくは 4、8、12、16、20、24)であるべきなのに、ベラルーシと同じになっている。コレスポンデンスには査読がないのかもしれないが、編集者は気づかなかったのだろうか?

また、ベラルーシのデータが年齢15歳までである一方、福島のデータは、2015年8月31日に開催された第20回県民健康調査検討委員会で発表された先行検査結果概要確定版の図4が元となっており、事故当時年齢18歳までが入っている。ランセットのコレスポンデンス内では、”これらのチェルノブイリでの観察に基づくと、福島事故後に、年齢が低いグループでなく、年齢が高いグループで多くの甲状腺がん症例が発見されたことは、スクリーニング効果である可能性” とされている。そもそも年齢グループの範囲が異なる2集団を比較することからして論理性に欠けているが、チェルノブイリでの15歳までの観察に基づいて、福島での「年齢が高いグループ」(原文では「グループ」が複数の記述であるので、後述に引用されている図の福島データのグラフで突出した年齢グループに含まれている16〜18歳グループも視覚的に含まれると思われる)についての結論を出すことの論理性も疑問である。こちらも編集段階をすり抜けたのだろうか?

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追記その2(2016年8月8日)

ランセットオンライン版に、8月3日に図の訂正版が掲載されていた。(下記参照)



追記その3(2016年10月7日)

下記の発表内では、「ゴールド・スタンダード」が言及されていないことを確認したので、実際に言及してある『Endocrine Journal』掲載論文の情報(上記参照)と差し替えた。しかし、下記の発表は、山下俊一氏が臨床腫瘍学専門家らに福島での甲状腺がんの実態を「正しく」理解してもらうことを目的に書かれていることを踏まえると、懸念されるものである。


2015年3月5〜8日にサンディエゴで開催された、内分泌学会の年次集会での山下俊一氏の発表「福島原子力発電所事故後の福島甲状腺超音波検査の3年間の結果と将来の展望」


メモ:2016年6月6日発表の甲状腺検査結果の数字の整理および関連情報


2016年6月6日に開催された第23回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。データは2016年3月31日時点のものである。また、本格検査で悪性ないし悪性疑いとされた57人の先行検査結果についても、簡単にまとめた。

今回、先行検査結果の追補版(平成27年度)が出され、2015年8月の確定版以降の追加データが公表された。(悪性ないし悪性疑いは、前回のメモですでに追加データが反映されている。)先行検査の二次検査受診者2128人中、結果が確定していない人が42人いるが、追加結果はまた追補版で報告されるらしい。二次検査未受診者168人に関しては、そのうち60人が本格検査で二次検査を受診しているとのこと。追補版では、確定版で低分化がんと確定診断された3人中、平成23年度と平成24年度からそれぞれ1人ずつが、乳頭がんと再診断されている。これは、2015年11月に出版された「甲状腺癌取扱い規約 第7版」での低分化がん診断基準の変化によるものであると説明された。第7版の変更内容の概論は、2016年5月末に開催された第35回日本乳腺甲状腺超音波医学会学術集会の予稿集で閲覧できる。

本格検査(資料はこちら)では初めて、事故当時5歳男性が悪性ないし悪性疑いとされた。この症例の詳細は公表されなかったが、細胞診結果と市町村別二次検査実施状況から、いわき市の男児と思われる。平成27年度実施対象市町村の受診者の4割を占めるいわき市の二次検査は、対象者322人の105人しか受診しておらず、そのうち74人で結果が確定している。つまり、二次検査対象者の4分の1でしか結果がわかっていない。(ちなみに、2011年3月末に行われた小児甲状腺被ばく調査「1080人調査」で甲状腺被ばく線量が最大だったのは、いわき市の137人(0〜14歳)の1人だった。この調査の経緯を記録した資料はこちら。)

検討委員会はこれまで、福島県で事故当時5歳以下の症例がないことを、放射線影響でないという理由のひとつとして挙げてきた。しかし、検討委員会の前委員長の山下俊一氏と甲状腺検査の臨床部門責任者の鈴木眞一氏が共著者に名を連ね、2014年10月に米国甲状腺学会の学術誌”Thyroid”に投稿されたエディターへのレター(和訳はこちら)では、ウクライナで事故当時5歳以下での甲状腺がんが増え始めたのは、事故後4年以降であるとされている。(ゆえに、福島原発事故後の最初の3年間で事故当時5歳以下の症例が見られなかったことは、必ずしも放射線影響でないという論拠となるわけではない。)今回、事故後4年目の本格検査で事故当時5歳男性が甲状腺がんの疑いがあるとされたことを受け、検討委員会の星北斗座長や高村昇委員は記者会見で、「チェルノブイリでは0〜5歳の年齢層でがんが多発した。福島ではまだ1人。すぐに放射線の影響が出たとなるわけではない」と発言した。(発言内容は、朝日新聞記事より引用。)



先行検査(一巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人
手術症例      102人(前回の口頭発表から1人増)(良性結節 1人と、甲状腺がん 101人:乳頭がん100人、低分化がん1人)
手術待ち       14人

本格検査(二巡目)
悪性ないし悪性疑い 57(前回から6人増)
手術症例      30人(前回から14人増)(甲状腺がん 30人:乳頭がん 30人)
手術待ち      27人

合計
悪性ないし悪性疑い 173人(良性結節を除くと172人で、この数字がよく報道されている)
手術症例      132人(良性結節 1人と、甲状腺がん 131:乳頭がん 130人、低分化がん 1人)
手術待ち        41人

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された57人の先行検査結果
A1判定:28人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:25人(前回の22人中、結節 7人、のう胞 15人。今回の3人が結節かのう胞かは不明)
B判定: 4人(先行検査では2人が細胞診をしている)

メモ:2016年2月15日発表の甲状腺検査結果の数字の整理


2016年2月15日に開催された第22回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字をメモ的に整理した。数字は、2015年12月31日時点のものである。また、本格検査で悪性ないし悪性疑いとされた51人の先行検査結果についても、簡単にまとめた。

先行検査は前回で確定版となっているので、今回は検査結果の紙面報告なし。次回の検討委員会で追補版を出すとのこと。本格検査の資料はこちら

先行検査(一巡目)
悪性ないし悪性疑い 116人(前回から1人増)
手術症例      101人(前回から変化なし)(良性結節 1人と、甲状腺がん 100人:乳頭がん97人、低分化がん3人)
手術待ち       15人

本格検査(二巡目)
悪性ないし悪性疑い 51(前回から12人増)
手術症例      16人(前回から1人増)(甲状腺がん 16人:乳頭がん 16人)
手術待ち      35人

合計
悪性ないし悪性疑い 167人(良性結節を除くと166人で、この数字がよく報道されている)
手術症例      117人(良性結節 1人と、甲状腺がん 116人:乳頭がん 113人、低分化がん 3人)
手術待ち        50人

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された51人の先行検査結果
A1判定:25人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:22人(結節 7人、のう胞 15人)
B判定: 4人(先行検査では2人が細胞診をしている)




メモ:2015年11月30日発表の甲状腺検査結果の数字の整理


2015年11月30日に開催された第21回県民健康調査検討委員会で発表された、甲状腺検査結果の数字が混乱して分かりにくいので、メモ的に整理した。数字は、2015年9月30日時点のものである。また、清水一雄氏が確認を取られていた、本格検査で悪性ないし悪性疑いとされた39人の先行検査結果についても、簡単にまとめた。

先行検査は前回で確定版となっているので、今回は検査結果の紙面報告なし。本格検査の資料はこちら

先行検査(一巡目)
悪性ないし悪性疑い 114人(前回から1人増)
手術症例      101人(前回から2人増)(良性結節 1人と、甲状腺がん 100人:乳頭がん97人、低分化がん3人)
手術待ち       13人

本格検査(二巡目)
悪性ないし悪性疑い 39人(前回から14人増)
手術症例      15人(前回から9人増)(甲状腺がん 15人:乳頭がん 15人)
手術待ち      24人

合計
悪性ないし悪性疑い 153人(良性結節を除くと152人で、この数字がよく報道されている)
手術症例      116人(良性結節 1人と、甲状腺がん 115人:乳頭がん 112人、低分化がん 3人)
手術待ち        37人

***

本格検査で悪性ないし悪性疑いと診断された39人の先行検査結果
A1判定:19人(エコー検査で何も見つからなかった)
A2判定:18人(結節 5人、のう胞 13人)
B判定: 2人(先行検査では細胞診をしていない)

A1判定だった19人と、A2判定でのう胞が見つかった13人の合計32人では、先行検査以降、先行検査で見つかっていなかった(あるいは、見落とされた)病変が発生し、がんとして見つかったと思われる。これは、甲状腺外科医の清水一雄氏が大津留晶氏に確認を取られていた。動画の25分12秒くらいから、一部大雑把に書き起こした。



清水一雄氏:被災前に発生した甲状腺がんなのか被災後なのかを判別する唯一のデータかもしれないが、A1の19人とA2の18人は、エコーで何も見つからなかった所から発生したのか、それとも元々あったのを見逃したのか?

大津留氏:B判定の2人に関しては、solidな(充実性の)結節があって、(先行検査との)間に時間があるので100%そうとは言えないかもしれないけど、位置的にもそこから出たのだろうと推測している。A1は所見がないので、何もなかった所から発生したと思われる。

清水一雄氏:1mm、2mmの小さなものを見逃した可能性は?

大津留氏:良性・悪性含めて、のう胞は1mm位からはっきりわかるが、結節は5mm前後からになり、結節の中には10mmにならないとわからないものもあり、それは腫瘍のでき方にもよる。前回、今のエコーで見えなかったからゼロだったとは、なかなか言いにくいと思う。

清水一雄氏:ということは、A1は、明らかに本当に見えない所から発生したのか、あるいは(??)ものがあったのか、どちらかということですか?

大津留氏:A1に関しては、前回は通常のエコーの検査では見えにくいという状況だったと思う。Bは(注:A2の言い間違えと思われる)、のう胞が多いんですけど、結節が5名くらいで、場所が後から考えて似たような場所、というのが2名です。(注:これはBの2名と混同してると思われる。)結節はこの年齢ではたくさんあるんですが、そのような状況です。




  

岡山大学チーム原著論文に対する指摘・批判への、津田敏秀氏による回答集その2


以下は、岡山大学チームによる『Epidemiology』誌掲載の原著論文「Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014 」(日本語タイトル:2011年から2014年の間に福島県の18歳以下の県民から超音波エコーにより検出された甲状腺がん)に関して、津田氏に寄せられた批判や意見と、それに対する津田氏の回答集その2である。回答集その1はこちらである。文中にもあるように、この論文に対する回答集は、今回の回答集その2をもって終了となる。なお掲載にあたっては、津田氏の許可を得ている。

論文へのリンクはこちら
この回答集のPDFは、以下に埋め込んであるが、こちらからダウンロード可能。
論文発表時の記者会見関連記事はこちら






2015年10月30日                          津田 敏秀

 前回、下記のような回答を出させていただいた理由は、私どもが論文を出した弊害が明らかに出てきたからです。

「岡山大学チーム原著論文に対する医師らの指摘・批判への、津田敏秀氏による回答集」
http://fukushimavoice2.blogspot.com/2015/10/blog-post_19.html

 私や共著者以外の関係のない方々に、その方々には答えようのない批判や文句までを言う方たちが続出してきたようなのです。しかし、私どもへの文句を言われた関係のない方々が、「そんなことは津田ら著者に直接連絡してくれ」とお願いしても、私ども著者に連絡するのではなく、再度、関係のない方々に連絡するそうなのです。
 ちなみに、ブログ以外に前回の回答集の中に入れさせていただいたのは、そのような方々とは別で、何らかの回答をした方が良いと思われるある程度学術的な指摘をしてくださった先生方のみです。ご覧になればお分かりのように、単なる文句ではなく、それなりの指摘や批判です。
 そのような指摘に関しましては、このような回答形式で明示をさせていただくと、ある程度の質があれば蓄積して回答する私どもの姿勢だけでも示せます(ただ前回お願いしましたように『Epidemiology』に Letters として投稿していただく方が私の英語の勉強にもなり業績にもなります)。また、そもそも迷惑を被っておられる方々が、「津田に直接連絡してくれ」という以外に、「ここをとりあえず読んでね」と本回答集を紹介していただけるだけで迷惑連絡に対応したことになりますので、ずっとその負担を軽減していただけることが期待できます。なお、ブログやその他でご指摘をくださった先生方には心より感謝致します。なお、この件に関する回答は、この2回目で、一応、当分終了したことにさせていただきます。意外に手間がかかって、他の仕事をする時間が失われてしまったからです。また蓄積してきましたらまとめてお答えすることもあるかもしれません。
 上記のような迷惑連絡に加えて、例えば、抗インフルエンザ薬であるタミフル服用の影響において私が何か根拠もなく間違ったことを言ったかのように、私には聞こえない場所で主張されておられるかたがいるようです。私の著作でも触れたこともありますが、実はすでにこの件では、英文誌論文が私も共著者として2つ出ております。この件もまた、陰で根拠も挙げずに主張されるのではなく、これらの査読付き雑誌に Letter を出して、根拠と共にご指摘いただければ幸いです。タミフルを製造したロシュ社からも Letter を頂戴致しました。さすが国際的な一流製薬会社だけあり、対応がしっかりしていると思いました。

Yorifuji T, Tsuda T, Kashima S, Suzuki E, Doi H.: Implications for future adverse effect studies of neuraminidase inhibitors (Rapid response to Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults: systematic review and meta-analysis by Jefferson et al. BMJ 2009; 339: b5106). BMJ (published online at 17 December 2009).
Yorifuji T, Suzuki E, and Tsuda T: Oseltamivir and abnormal behaviors: True or not? Epidemiology 2009; 20: 619-621. 

 しかし不思議です。私どもへ直接質問を寄せる人はほとんど皆無です。メディアを除けば、せいぜい3-4件、英語の質問もあるので苦労しましたが。それなのに、岡山に住んでおられるのでもない、私や共著者とは縁もゆかりもない方々が、私と同意見かもしれないというだけで、いろいろと質問攻めというか苦情のはけ口になっているという被害に遭っておられるようなのです。この現象を日本の陰口文化が満開だというふうにネガティブな現象として見る向きもありますが、岡山大学には、このような現象を Twitter や Google 検索などのネット上で捉えて日本の今後のリスクコミュニケーションに役立てていこうとする若い研究者たちがいます。彼らは、前回の回答が公開された翌日の研究会で、早速、研究計画を議論しあっていました。私も、リスクコミュニケーションに役立つ論文を少なくとも1つは思い付いておりまして、データを記録しようと思っております。今回のように、リスクコミュニケーションが成り立たないと、公衆衛生はどうしようもないわけですから。
 今回、前回の回答へのコメントを神戸大学の岩田健太郎先生が公開されましたので、それにまず答えさせていただき、その後で、その他のご意見にお答えします。岩田先生ありがとうございます。http://georgebest1969.typepad.jp/blog/2015/10/津田先生からコメントいただきました.html

1. 先のブログについて津田先生からコメントをいただいたと聞きました。良いことだと思います。日本には議論の文化がなく、一方的に演説するのみ、というパターンが多かったですから。日本の学術誌の中にはレターすら存在しない、受け付けてくれないレベルのものまであるのですから、いまだに。
津田先生(ら)が当ブログをお読みになっていただいているようなので、こちらでのコメントにします。他の方のご意見についてはぼくはノーコメントです。

回答:私は定期的には拝読しておりません。これからは機会を見て定期的に拝見するようにいたします。今回は、お知らせを受けて拝見致しました。ただ、私へのご指摘でしたら、本人にも知らせていただきたいです。初回だけでもお願いしたいところです。そうでないと議論も始まりませんので。連絡先は論文に載っています。

2. はい、これはぼくの論考の一番弱いところで、20-50という数字の大きさそのものを克服できる前例を知りません。なにしろ一般的にスクリーニングがもめている領域、乳がんとか前立腺がんとかでは両者の違いは「微妙」であり、故にもめているのですから。しかし、甲状腺がんスクリーニングがそのようにもめている領域「ですらない」ために、このようなプラクティスが「スクリーニングをしない群」との違いを検討するデータが、他のがんに比べて少ないのは当然だと思います。

回答:多くはないですが、回答では3研究を示しております。それでも計 47,000人あまりの対象者数では不足ですか?つまり、チェルノブイリ周辺で行われた非曝露群、もしくは曝露が比較的少ない群での甲状腺スクリーニング検査では、甲状腺がんが1例も見つかっていません。「ぼくの論考の一番弱いところ」と言われていますが、そうではなく、これでは岩田先生は示されたエビデンスをご覧にならずに、結果としてエビデンスに反する論考をされているに過ぎないわけです。

3. しかし、文献21の比較対照がスクリーニングをしない incidence であり、福島のそれが全例調査であるスクリーニング (prevalence) である以上、そこにスクリーニングのバイアスがない、と考えるのもまた無理筋だとは思います。あ、ぼくは疫学業界の人間ではないのでどのへんが一般的でどのへんが一般的でない業界用語なのかは存じませんが、いずれにしても  screening biasというタームそのものは存在します。また、言及されている韓国の「15 倍」という数字を考えても、なぜ 15 ならよくて、20-50 ならダメなのか、そのへんの線引の根拠は分かりません。

回答:上記の 3 事例は甲状腺エコーを使った事例であり、prevalence です。当然、スクリーニング効果が入っているはずなのに、一人も見つかっていません。韓国の 15 倍よりも、ずっと状況が似た、直接比較できるデータです。韓国の 15 倍は、スクリーニング効果以外の要因は考察されていませんので、それがあれば、倍率は下がります。また韓国のこの論文では、手術例の 4 分の 1 が 5mm以下の腫瘍径だったと記載されています。しかし、福島県のスクリーニングの対象者では、そのような腫瘍径では手術されません。そもそも、韓国のデータはがん検診を受けるような大人のデータであり、福島のデータとは全く重なり合いません。
ちなみに「なぜ 15 ならよくて、20-50 ならダメなのか」というご質問に関しては簡単です。もちろん年齢層がまったく異なる韓国のデータと福島のデータを直接比較はできないのですが、もし直接比較できるとすれば、15 より 20-50 が大きな数だからです。不等式で書けば、1<15<20、1<15<50です。その違いは、引き算もしくは割り算で求めることができます。なぜ岩田先生がお分かりにならないのか私には分かりません。統計的推論(推測統計学)をしなさいということでしょうか?それなら信頼区間を与えて、確率分布の重なりがあるかどうか見れば良いだけです。今日では薬剤等を扱う以上、岩田先生もよくご存じのはずです。もし韓国のデータ観察数が大きいのならば、信頼区間ではなく、点推定値だけでも良いと思います。
 線引きが「分かりません」とのことですが、これは線引きがあるとしてもそれをはるかに超えるので、Sufficient evidence であり、査読者ら結論には Sufficient と判断したのでacceptしてもらえたわけです。それに対して Sufficient evidence ではないという主張の根拠は、まだ示されていません。これだけ根拠がはっきりしているのに分からないのであれば、岩田先生は、臨床現場で治療効果等の何らかの因果判断はしておられないのでしょうか。そして、今回も岩田先生からは根拠は示されませんでした。

4. 超音波に限らず画像検査は「ある」と思ってさがすのと、ルーチンで検査をするのでは探し方、見つけ方が異なるようにも思いますが、僕自身は甲状腺の超音波の素人なのでどのくらいの差がつくのかは分かりません。ただ、福島では調べる者も調べられる者も一所懸命になって探索したであろうことは想像します。・・・・・・、あと、僕の感覚でいうと80年代の超音波と21世紀の超音波は「全く別物」と思いますが、これは個人の「感じ方の違い」なので、なかなか難しいですね。
https://www.hitachi-aloka.co.jp/images/library/technology12.pdf 

回答:どうか「なかなか難しい」と諦めずに、5.1mmの結節を検出できるかどうかで考えてみてください。たとえ超音波エコー装置が「全く別物」でも、福島だけが「一生懸命」でも(チェルノブイリの非曝露群を調べた先生方も「一生懸命」だったと思いますが)、それでこれだけ増えるかどうかです。これなら、どなたでも簡単に判断できます。
また、実際に 3 事例の調査当時の中古甲状腺超音波機器が残っていれば、データを集めてもらっても良いです。科学は難しいと諦めずに実際にやってみることが肝要です。それが仮説になり論文になります。もしかしたら現在のエコーは、径 5mm前後の結節の 1mmの違いを鮮明に見極めるというような理由で、逆に数が減るかもしれません。いずれにしても、桁違いに大幅に増えると予測するという人はいないでしょう。それにしても、カラーが付いたり羊水に浮かぶ胎児が立体像で捉えられたりするようになりましたが、臓器の中の腫瘤影を見る分には、1980 年代終わり頃に私がエコーをしていた頃の鮮明度とさほど明瞭にはなっていないと思います。手術で開いて対象臓器を直接見るわけではないですからね。5.1mmあたりの解像度にあくまでもこだわって検証なさりたい方は、1980年代後半のエコーと並べて、当時の保存写真ではなく、動画を見る必要があります。1980年代後半、デジカメさえほとんど存在していない世の中で、動画を残すシステムのあったところはほとんど無かったと記憶しておりますので、そのような検証を厳密にするためには、今に残る1980年代後半のエコー機を動かして動画を撮る必要があると思います。日立メディコ、東芝メディカルシステムズやGEヘルスケア・ジャパンなどのメーカーさんなら当時のエコー機を保存されているかもしれません。

5. EBM 的という用語はぼくが知るかぎり EBM における一般的な用語ではないと思いますが、absence of evidence is not the evidence of absence と言われるように、ぼくのバイアスの懸念は「バイアスがない」という反論ではなく、「これがバイアスであると示すに足る前例がない」という反論になっています。水掛け論ですね。もう一度確認すると、
20-50 倍という数字にバイアスが入っている可能性は(inferenceとしては)高い。
ただし、20-50 を全てバイアスとして片付けるには前例(エビデンス)に乏しい。
といったところでしょうか。もちろん、ぼくらはサイエンスを議論しているのでお役人ではないのですから、「前例がないから間違っている」と結論づけてはいけないのは言うまでもありません。EBM 至上主義(evidence biased medicine) もまた問題ってことで、結局「なんとか」至上主義は全て非科学的な態度ってことですね。

回答:繰り返しますが、「前例」エビデンスは、チェルノブイリの 3事例、47,000人余りの観察データでは不足ですか?もちろん私どもの研究で用いたデータでもバイアスは入っていると思いますよ。バイアス(誤差)の入っていない科学的研究などあり得ないと思います。考察でも limitation としてくどくどと書いています。すでに Sufficient evidence である今回のような場合にはあまり言及しても意味がないですけれども、特に過小評価が結構はっきりしています。バイアスの程度も考慮して、20-50倍には、真の効果が残っているのかどうかを考えてみてください。いまだに、バイアスを考慮しても真の効果が残っていないというエビデンスは今のところないのです。
ちなみに岩田先生の、「EBM 至上主義 (evidence biased medicine) もまた問題ってことで、結局『なんとか』至上主義は全て非科学的な態度ってことですね」という文章は、日本語に直して要約しますと「『科学的根拠に基づいた医学』至上主義は、全て非科学的な態度ってことですね」という文章になり、文章内で矛盾が生じています。EBM という略語を使った私にも非はありますが、「サイエンスを議論している」ときには、このような論理矛盾は誤解を招きます。今一度、検討し直してしてみてください。

6. たしかに統計的有意差「だけ」で議論するのは危険です。ご指摘の Rothman のなかでも、Hill emphasized that causal inferences cannot be based on a set of rules, condemned emphasis on statistical significance testing, and recognized the importance of many other factors in decision making. とあります。ピーチ、ピーチ(p value)とそれだけで決めつけんな、てことですね。
で、The significance test refers only to the superpopulation, not the observed groups. To say that the difference is not statistically significant means only that one cannot reject the null hypothesis that the superpopulation groups are the same; it does not imply that two observed groups are the same. とも書いています。Rothman では統計的有意差だけが問題ではない、とは述べていますが、「統計的有意差が問題ではない」とか「大きな問題ではない」とは書いていないです。統計的有意差がないために、地域差の帰無仮説は否定できない(少なくとも統計学的には)ことは意味します。有意差がないことと影響がないことは同義ではありませんが、有意差がないから、影響があるとも結論付けられないのは当然です。そもそも、「キモ」の external comparison では統計的有意差を根拠(の一つ)にされているわけですから、ここで統計解析を過小評価するのはダブルスタンダードということになります。

回答:私どもは「『キモ』の External comparison では統計的有意差を根拠(の一つ)になど」していませんよ。『Epidemiology』では「統計的有意差」を書くことを避けるように言っていますので、有意差などあるもないも含めて一言も論文中には書いてないはずです。それなのに多くの皆さんが、論文中には触れていない紙一重で単に統計的有意差がないことに(無料ソフト EpiInfo の普通のオッズ比で95%信頼区間の下限が 0.9931、MLEオッズ比(Mid-P)で 0.9885 です)注目されてしまうのですから、皆さんのこのこだわりには興味津々です。これがもし、95%信頼区間の下限が 0.9885 ではなく 1.0114 なら有意差があり、それゆえに地域差があったと大騒ぎされるのでしょうか?このわずかの変化がどの程度の症例や対象者数の変化によって生じるかは、ご自分で検証されると良いと思います。ここで少しだけ有意差があったところでご意見を変えられる方はほとんど皆無でしょうから、実際にはそんなに有意差にこだわっている人は誰もいらっしゃらないはずです。懐疑的な方々の今の雰囲気は、エビデンスもなく単に対策を取らない別の理由を探されるだけですから。普段の生活では有意差検定などせずに平気で因果判断をされている皆さんが、この件においてだけ因果判断したくない理由を一生懸命探しておられるのです。それは、去年より0.1センチ身長が伸びただの縮んだだのと大騒ぎするのにも似て、それなりにほほえましい光景です。ところが実際は昨年より髪型が変わっていただけだったりしましてね。これは、大学入試ではありませんので、合格圏か否かを議論しても意味がありません。ましてや付け足しであり、かつ2番目に低い有病割合の地区を基準にした Internal comparison の結果にすぎないのです。
 そもそも、有意差判断は推定された確率分布の裾野の部分の問題です。確率分布の最も高い部分でもなければ、確率の大部分を把握する範囲を示すものでもありません。多くの皆さんの態度は、確率分布の山の裾野にばかり注目して、確率の一番高いところの値や確率分布の大部分を把握する範囲を見ないようにしている態度と同じ様なものです。登山口で行ったり来たりして、どこからが山なのかを思案し、山を見たり登ったりしようとしない、いわば「登山食わず嫌い」とでもいうような方の態度にすら見えます。それに両側 5 %有意など、研究者が恣意的に決めた切れ目に過ぎず、慣習に過ぎません。有害物質の健康影響の研究では、片側 5 %を選ぶ研究者が多いですが、本件での片側 5 %の有意差検定では Internal Comparison ではいくつかの有意差が出てきます。本件では、データが全部示されているのですから、ご自分で有意差検定をしてみてください。私はそのことを知っていても論文中には書かず、その一方、ご自分で検定をして  Internal comparisonで有意差があることに気づかれた方は、あまりいらっしゃらないようです。

7. Rothman は科学論において非常に(ぼくの)肝に落ちる議論をなさっていてとても勉強になります。特に(津田先生もよくやっている)「実験医学の優位性とか科学性に対する鋭い批判」は、そのとおりだと思います。他方、ヒューム以来の「科学的証明」に関する懐疑論とも誠実に取っ組み合っており、科学における「証明」というのがいかに不可能に近いか(疫学を含め)、impossibility of scientific proof、も誠実に言及しているはずです。我々にできることは、実験医学含め、「証明」というより degree of certainty に対する「近接」なのでしょう。

回答:不可能性は疫学に限らず、あらゆる科学において、突き詰めれば厳密な証明は不可能なんです。なにせそもそも自然現象が相手なわけですから。しかし証明不可能性が若干でもありながら、それでも、証明に基づいてビルは建ち、電車は走って、薬を飲んで、発がん物質をできるだけ避けて、皆さん科学の成果を享受されています。不可能性があるからといって何もせずに立ち止まっているのではなく、確率が高い方を採用することで、皆さんは平気で科学を享受しておられます。そして、その degree of certainty が確率です。データを示しておりますので、どうぞ degree of certainty をご自分で計算してみてください。これが偶然や見かけの多発である確率は、様々な条件を感度分析で割り当てたとしても天文学的数字の逆数であることがお分かりいただけると思います。それでも現在、本件においてすでに得られている、天文学的数字の逆数の方に賭けられますか?そんな人はいないと思います。

8. あと、ぼくがオープンにしなかったメールの文章も(なぜか)流れています。そこで操作変数(IV) について言及がありますが、ITT に見られる null towards null を根拠に IV の妥当性を主張されています。しかし、それは操作変数(地域)が曝露の代替として用いられる妥当性が高い場合には、という条件付きだと思います。両者に関連性が小さければ、もしくは他の影響が充分に大きければ、別の要因(地域以外の)曝露が結果に影響を与える可能性も十分にあります。また、ぼくが散見するところ、この点はメディアにコメントした他の疫学者のクリティークの根拠になっていると思います。もっとも、internal comparison においては地域差がでなかったので、この議論はあまりこだわらなくてもよいのかもしれません。

回答:岩田先生のご質問も入っていましたか。私や共著者以外の方に、論文に関する指摘をしていただいても、あまり意味はないことは冒頭にも記しました。特にこの件は単なる論文というよりも、現在進行形の問題として公共性と緊急性のある問題ですので、ブログで実名を添えておられる先生以外の様々な先生のご意見も、個人を特定できない形で、答えさせていただいております。ご容赦いただければ幸いです。責任は私にあります。
 話題にしていただいた IV ですが、図として前回の回答の後記に示しました DAG を再度添えさせていただきますので、再度ご検討いただければ幸いです。岩田先生のように「両者に関連性が小さければ、もしくは他の影響が充分に大きければ、別の要因(地域以外の)曝露が結果に影響を与える可能性も十分にあります。」というふうに考えられる方はほとんどいらっしゃらないと思います。下記の DAG を、今一度ご覧ください。



 この場合、Z と X や Z と W の関連が、成り立たない「可能性も十分ある」と考えられる方はいらっしゃらないでしょう。そして、U(何らかの要因、岩田先生の言われる [地域以外の] 別の要因)が W や Z に影響を与えていない場合(独立である場合)、Z もしくは Wは IV として成り立ちます。このような便利さが、IV が幅広く利用される理由でもあります。万一、独立でない可能性があるような要因を思いつかれたのであれば、具体的にご指摘ください。

9. 以上、「疫学入門の必須項目もご存じない」者からのコメントでした。

回答:岩田健太郎先生が疫学入門をご存じないとは思いません。ただ、IV に関するご意見などを拝見すると、妖怪ウォッチのウィスパーのような若干知ったかぶりをされる先生、もしくはお忙しくてじっくりと文章を読まない、いささか慌てんぼの先生だなとは感じました。ウィスパーや慌てんぼは、ほほえましいですが、知ったかぶりや過度な忙しさは、対話から情報を引き出すためには少々邪魔だと思います。

おわりに
 岩田先生からは今回もエビデンスを示していただけずにご指摘いただきましたが、やはり論理的な指摘か、定量的なエビデンスを示して議論していただきたいです。
 しかし、対話は考え方を深めますので、このようなご指摘はありがたいです。たぶん岩田先生は、私から回答を引き出すために、わざとこのようなご指摘をされているのだと思いますが。ちなみに、岩田先生以外のネット上でのご指摘は、今のところ私どもの論文の内容に対する批判は見つかっていません。そしてもちろん、感情の爆発だけというような指摘にはお答えしようがありません。


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 さて、岡山大学での私の因果判断に関する講義では、サリドマイド事件など国内外の過去のアウトブレイク事例のエビデンス(背景説明以外はたいがい 2×2 表1つ)を示しながら、次のような質問を大学院生の方々にいたします。
 「因果判断と対策実行は表裏一体で、切っても切り離せません。あなた方は厚生労働省の担当課長です。この 2×2 表を見て、現時点で因果関係があるとして対策実行に向かいますか、それとも現時点で因果関係がないとして対策を先延ばし、もしくは対策をしないようにしますか?答えてください。なお、因果関係が分からないという回答はなしですよ。現時点で因果関係がないと判断する場合と同じ現象(すなわち対策をしない現象)として表れるからです。少なくとも、今のエビデンスではなぜ不十分か、どんなエビデンスを集めて、その情報収集にどれぐらいの時間がかかり、その間にどれだけ被害や損失が拡がり、その結果がどうだったらどう判断するのかが付言されていない限りは、なしです。」
 ちなみに、私の友人や家族は皆認識しておりますが、私自身は決断することが苦手で優柔不断な人間です。したがって判断やら決断やらにはあまり向いておらず、いつも判断遅れで泣いております。
 そして岩田先生は、そして読者の皆さんは、現時点で、このエビデンスで、この質問にどのようにお答えになりますか?因果判断ができない理由や対策を取らなくてもよいのではという理由は、私の方がたくさん思いついたと思います。しかし、そのような理由を支持する根拠が今回は見つからなかったのです。数字とその数字が出てきた背景から、臨場感を交えて自分で考えて判断できないと、疫学入門を突破できているとは言えないと思います。
 人生における私的な場面では、「嫌いだから嫌い」、「判断したくないから判断したくない」と理屈なしに突っぱねるのも可能ですし、精神衛生的には一時的には良いことでもありますので、私はむしろ一時回避の手段として、理屈ぬきの拒否を勧めています。しかし、公衆衛生の現場では、逃げを打つにも理由が必要なのです。そして因果判断の一時回避をしても被害が拡がる場合があるのです。被害拡大リスクへの想像力がないのであれば、公衆衛生判断(つまり非判断)は、大きな迷惑をばらまき、恨みを買って行政の不信を招くことにつながります。これまでの日本での、食中毒事件、公害事件、感染症事件、薬害事件、職業病事件と同様に。ちなみに、有名な脚気による日露戦争での傷病者などの事例も同様です。

 さて、拙著『医学的根拠とは何か』(岩波新書)では、19 世紀から 20 世紀前半にかけて、ヨーロッパ各地で繰り広げられた3つ巴の医学論争を紹介致しました。「直感派」(医学は患者を直接診察してきた医師によるアートであるとして、職人芸としての医学を強調する派)、「メカニズム派」(動物や細胞モデルを用いて、実験室こそ医学的真実を見つける場所であるとした実験医学派)、「数量化派」(人のデータの数量化分析をする医師や研究者で、後の生物統計学者や疫学者がそれに相当し、今日では EBM とも呼ばれる派)が、医学的根拠に関して論争を繰り返してきました。今回、福島県での甲状腺がんで展開されている議論は、見方を変えれば、この3つ巴の医学論争が21世紀の日本で繰り返されていると見ることができます。医学的根拠(エビデンス)も示さずに主張をされる先生方や、あるいは過去の医学的判断がどのようなエビデンスで行われたのかも調べようともせず今回のような明瞭なエビデンスを無視してあくまでも「分からない」と因果判断を先送りにされたいご様子の岩田先生などは、さしずめ「直感派」ではないかと思います。また、この段になってもなお、この甲状腺がんの件で被ばく量からのみの推論に固執され、あまりにも不明瞭な被ばく量から議論をされている先生方は「メカニズム派」とも言えるでしょうか。ちなみに3つ巴の医学論争のいずれが、今日の医学的根拠になっているかは、私どもの岩波新書をお読みになった方々は、もうご存じだと思います。

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その他の指摘(10)



10. 第1巡目のエコー検査は、2011年10月から、2014年3月まで行われました。ここで発見された甲状腺癌は検診で発見されたものであり、検診期間に広がりがあるものの、ある一時点の有病率に相当します。そこで、平均潜伏期間(エコー検査上の診断と臨床的診断との間の latent period )で割り、日本の既知の年間発生率と比較されました。一方、第2巡目のエコー検査データは2014年4月から2015年3月頃までの結果の途中経過であり、『Epidemiology』論文中に記載したものより新しい資料を用いて、津田先生は科学2015年7月号に投稿されています。この科学7月号の論文では、先行検査からの期間を3年間とし比較したと記載されています。一方、『Epidemiology』では latent duration ないし latency という用語を使用しておられます。第2巡目で発見される新規甲状腺癌の指標には、時間の単位が含まれ発生率に相当すると私は考えます。科学7月号を読んだ時は、3年間に新規に発生した甲状腺癌を年の単位に直すために3で割ったのだと読みました。しかし、『Epidemiology』の論文では潜伏期という用語を用いているため、第1巡目と同じように、有病率から潜伏期間を用いて発生率に変換したように読めます。このため2つの異なる潜伏期が論文中で提示されることになってしまいました。小生の率直な意見を述べさせて頂くと、第2巡目の新規甲状腺癌は発生率を直接示すものであると明記した方が誤解されないのではないでしょうか。第1巡目の中間点 2013 年 0.5 月と第 2 巡目の中間点 2014 年 10 月との差は、1 年 9.5 ヶ月であり、この間に 15 例の新規甲状腺癌が発生し、エコー検診日が均等に割り振りされていると仮定して概算すると、IRR は 13.7 よりさらに高い 23 になると考えました。



回答:外部比較をする際の、第 1 巡目の時間の長さと、第 2 巡目の時間の長さとは、どのような名前を付けるかどうかはともかくも、ご指摘の通り両者は区別するべきだと思いました。そしてご指摘の通り、第 2 巡目の検診データは、有病割合に時間を与えて発生率を推定したよりむしろ、検診時期や手術時期等の詳細な情報が得られることにより発生率を直接的に推定しうるデータだと思われます。また、第 2 巡目の発生率比を推定するために、概算として与えた 3 年間という時間の長さは、ご指摘の通り、実際の状況を考えますとやや長すぎるかもしれません。手術決断時期等の情報が欲しいところですが、今のところやや短い 2 年間前後が妥当にも思えます。今後より詳しい情報公開がなされた場合には、しっかりと考察してまいりたいと思います。ただ、時間を長めに取れば null value の検証(多発しているかどうかの検証)には控えめな判断に基づくことになるのですが、あまり長めの時間を与えてしまいますと、発生率比をそれだけ過小評価することになりますので、できるだけ正確な発生率比を推定するという目的からは逸脱し過小評価しすぎる可能性が大きくなります。



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最初の回答集へのコメントより(11〜14)

内藤雅義弁護士からのコメント(11〜13)

11. 私自身、医療事件で、甲状腺の事件(穿刺吸引細胞診をしないままエコーのみで切除してしまい、甲状腺機能低下になった事件)を担当したこともあり、ご承知のことと思いますが、多数の微小潜在癌があることが認められました。リンク先の報告にあるように武部らの論文が掲載され、エコー後の穿刺吸引細胞診)による診断と、癌登録を基礎とする罹患率との間に大きな差があることは、広く認識されるようになりました。
また、その他微小癌については、5年10年後もそのままおおきくならないものもが圧倒的とされます。そして、アメリカのNCCNのガイドラインでは、超音波で10mm以下の結節については、そもそもFNAを実施しない、そして、15mm以下は、超音波で悪性が疑われるときみとされています。そして、甲状腺癌については、手術をすると、10mm以下でもかなりの率で転移がされているという報告がされています。そうすると、そもそも4年の先生の定義される甲状腺癌の潜伏期間は、少なくとも甲状腺癌の潜伏期間のこれまで集積されたデータと合わない、従って、外部比較をもってスクリーニング効果を否定できないと思いますが、如何でしょうか。

回答:内藤先生が「多数の微小潜在癌がある」根拠として示された論文を拝読しますと、剖検例や成人における観察のようです。それともこの論文の中には、未成年における観察が含まれているのでしょうか。私どもの論文や本回答等でお示ししてきましたように、これまでの報告では、甲状腺微小潜在癌の系統的な報告(すなわち症例報告ではなく発生率や有病割合が推定された報告)では、少なくとも  5mm程度以上や臨床的に検出されるものに関しましては、未成年においては非常に珍しいというものばかりです。eAppendixで引用しました Demidchik らの論文(2007)ではたくさんの論文が示されています。それらは決して「多数」という言葉で表現できるような頻度ではありません。
 私どもは、鈴木眞一教授などの福島県立医科大学グループから発表される症例報告を、つぶさに拝見することを続けてまいりました。さらに、県民健康調査の報告書やガイドライン等も参照させていただきました。その結果、問題とされるような過剰診断はほとんどありえないのではと判断いたしております。その詳細は、鈴木先生など福島県立医大の先生方から説明していただく方が良いと思いますので、ここでは省略させていただきます。そして私どもの論文とその eAppendix、岩波の月刊誌『科学』等で発表して参りましたように、外部比較、内部比較、チェルノブイリ等の先行論文・報告書等の内容から、スクリーニング効果だけではこの著しい多発をほとんど説明できないと結論づけております。
 しかし、医療事件の担当をされたご経験のある弁護士先生が、福島県立医科大学グループが手術不必要な微小がんを摘出している、すなわち医療事件の恐れがあると、もしご判断されるのであれば、私どもは、内藤先生をはじめ、法曹界や医学界の先生方を中心とした第三者グループが福島県立医大を外部調査されることをお止めすることができません。内藤先生にとってはお手数かも知れませんが、どうか、公正な外部調査が行われ、速やかに報告書が開示されることを期待致します。福島県立医大の先生方もまた、そのような、あらぬ「疑い」をかけられ福島県民の不信を被るより、報告書により「無実」が示される方を望まれると思います。

12. また、福島これまでのデータとチェルノブイリのデータとの最大の相違は、年齢が高いという点です。癌登録の罹患率等は、診断に行かないと出ない、むしろ、思春期に微小癌が現れるという説もあり(これもデータで出ないので分かりませんが)、先生の記者会見におけるチェルノブイリ指摘論文だけ(原著には記載がないようですが)で明らかに違うとは言えないと思います。いずれにしろ、成人でエコーから穿刺吸引細胞診という診断手順と罹患率との間には、かなりの差が出ており、18歳未満でも同じことが起こっているのではないかという気がしています。

回答:下記にまとめてお示ししますが、年齢に関しましては、事故後という点で福島県の 2011 年から 2014 年に相当するチェルノブイリ(ベラルーシ)の 1986 年から 1989 年のがん症例の年齢層は高く(Heidenreich 1999)、福島県の年齢層と酷似しています。また、ベラルーシ・ゴメリ州に限りましてもやはり酷似しています(山下 2000)。どうかデータをご確認下さい。先生のご見解は、「データで出ないので分かりませんが」であり、データ(科学的エビデンス)がないどころか、データに反するご見解ばかりです。外国特派員協会での記者発表で指摘させていただきました論文は、私どもの原著論文の eAppendix の eTable 1  (http://links.lww.com/EDE/A968)に示しております。原著論文と同様に、先行発表致しておりますので、ご参照下さい。お気持ちはお察し申し上げますが、科学的データに基づいて報告せねばならない私ども研究者としては、内藤先生がおっしゃるように「気がしています」というふうには論じることができないのです。

13. 危険をあおることが、家族崩壊を導くことは、ハンセン病訴訟で感じたことです。そして、家族崩壊が、様々な身体疾患を引き臆すデータもアメリカの疫学研究であると理解しています。これらについて、先生がどのようにお考えか、率直にお聞きしたいと思います。
日本でも、隈病院や有明のがんセンターなどでは、10mm以下は待つのが基本のようです。むしろ、福島では、本来必要もない手術を受けさせられているかもしれない(しかし、放射線をあびたのでやむを得ず、手術をしている)可能性はかなり高いと思っています。

回答:私どもは、決して危険を煽ってはいません。そんなことは公衆衛生関係者としてするべきではありません。そもそも根拠もなく危険を煽るような公衆衛生従事者などはいないでしょう。本来は、家庭崩壊などの重大な混乱が生じないように、できるだけ正確なリスクコミュニケーションと被災地の住民の方々への援助が必要であると思います。今回の件では、「100 mSv以下の被ばくでは被ばくによるがんが出ない、出たとしても検出不可能でわからない」という言い方に代表されますように、日本では海外とは異なる医学的に全く誤った情報に基づいてリスクコミュニケーションが行われていて不安をあおっているともいえます。私どもの論文も、リスクコミュニケーション再建の第一歩の一環としてご理解いただければ幸いです。特に本件のような甲状腺がんの問題では、明瞭な科学的な根拠があるのです。そして私どもは、実際に観察されているデータとその分析結果をお示しして、その妥当な考察を述べているだけです。これらは査読者を含め多数の内外の専門家によってチェックされています。
 この甲状腺がんの著しい多発は、2013 年 2 月 13 日発表のデータによりすでに予測できました。その後およそ 3 ヶ月毎に発表されるデータの分析結果は、その予測を裏付ける形でたどりました。信頼区間は狭まり、時に上方へと修正されていきました。これらの結果は、月刊『科学』に日本語で発表してきました。加えまして、1 年ごとに国際環境疫学会ISEEの総会において英文で発表し、世界の専門家からの批判も仰いできました。彼らの反応は、「重要な発表なので早く論文にして発表しなさい」というようなものです。共著者のみならず、多くの研究者のご意見を参考にして慎重にも慎重な対応をしてきて私どもが論文発表に至ったものです。これだけの時間的に長くそして慎重な検討を元に発表された多発を示す論文を、他にご存じでしたらご教示いただければ幸いです。そしてその結果は、過去の様々な疾患の多発の中でも際だって高い相対危険度を示し、原発事故との関連を示し、先行したチェルノブイリ周辺でのデータによって支持されるものでした。最初の 10 症例の発表から約 2 年半、日本語世界、英語世界でこれだけやり取りさせていただいても、定量的反論が出てこないのは、Sufficient evidence であると判断せざるを得ません。フィールド疫学からすると、十分過ぎます。3 度の国際学会発表等も含め、2 年半もやりとりをすることなど通常はあり得ないからです。
 このような結果を知り、そして慎重な検討も経ながら、「危険を煽る」というような理由で私どもが発表を控えたりすれば、この分野の研究者としての役割を果たさないだけでなく、「危険を知りながら隠蔽した」というような、公衆衛生関係者としては致命的な非難すら受けかねないと思います。この点は、必ずご理解を賜りますようお願い申し上げます。また加えまして、がんの患者さんが生じ、その手術のタイミングが遅れてしまうことによりそのご家族やご本人に増えるご負担もまた、想像していただければと存じます。
 内藤先生からのように、リスクを伝えることが不安をあおると言われてしまいますと、例えば、非常に厳しい警告を出して住民の避難までも勧告する天気予報などは、注意報・警報・あるいはそれ以上の厳しい情報を出すことは出来なくなります。天気予報にそのような危険を知らせることが許されるのは、科学的根拠に基づいているからです。私どもの論文発表等を通じた情報も、天気予報ほどの速報性には欠けるものの、そのような科学的根拠に基づいたものとしてご理解賜れば幸いです。

匿名の方、および parasite2006 さんのコメント

14. やはり結局,分母が違っていた,ということではないかと思うのですが。
こちらを津田先生にご紹介いただき,コメントを貰っていただけないでしょうか。(匿名氏)
あわせてこちらも。(parasite2006さん)

回答:このご質問の「分母が違っていた」という部分は、以下の 2 つの意味・解釈のうちのどちらを匿名氏が質問されたいのか分かりませんでした。1 つ目は、有病割合 P と発生率 I とが違うよというふうに質問がなされたという解釈です。これは、まさしく分母が(分母も)違いますが、あまりにも初歩的でしかも前回の回答でもお話したことですので、これはないだろう思っています。P≒I×D で、分母が「単位:なし」の有病割合 P と分母が「単位:時間分の1」の発生割合Iとが、違わないように揃えてあります。ご確認ください。
 もう 1 つの解釈としては、検診の1順目は、潜在がんが多く含まれるのを拾い出した有病割合 P なので、いくら上記のように P≒I×D で単位を補正していても、潜在がんを拾い出していない全国発生率 I と比較するのは違うのじゃないかというふうに質問を捉えることができるということです。これは分母の違いというよりも、拾い出しの方法の違いとか分子(潜在がんを含むか否か)の違いのほうが正確でしょうね。そして実は、この潜在がんという概念が、潜在しないがんも含めて、平均有病期間として D の中に入っているのです。潜在がんの割合が大きければ大きいほど D は大きくなります。ですから、P≒I×D の中に、潜在がんの話も入っているわけです。そして D をいくら大きくしても(100 年より大きくしても)、中通りの中地区では統計的有意差をもって多発しています。D の単位は時間で、I の単位は(1/時間)です。
 これまでも何度も述べさせていいただいてきたのですが、上記の点は、P≒I×D の式を用いて D を様々な値を与えて感度分析を行うことにより、補正できます。疫学理論をご存じない方にご理解いただくのに時間がかかると思いますが、平均有病期間 D の逆数は、病気が様々な理由で病気でなくなる速度(直るとかも含む)となります(単位 dimension が一致することから分かります)。従いまして、平均有病期間を数値として式の中に入れるということは、潜在がんの割合を式の中に入れているのと同じになります。違うのを放置しているのではなく、理論上合わせているのです。概念の世界で演繹ができる科学の特徴でもありますね。どうしても分母が同じようなもの(というよりむしろ拾い出しの方法の違いとか分子の違いがなさそうなもの)、すなわち超音波エコーによる未成年の検診結果でしたら、すでにお示ししましたようにチェルノブイリでの非曝露もしくは比較的低曝露の方たちを対象とした 47,000 名あまりのデータがあります。これではご不満でしょうか?これ以外のデータが必要でしたらご用意ください。
 URL でお示しいただいている 3 県調査(以下、「Hayashida 研究」というふうにも書いております)に関しましては、私どもの論文の Introduction においてレビューさせていただき引用文献も、表記の論文のうち論文執筆に間に合いました PLOS ONE の方をお示しして説明いたしております。また、この 3 県調査の結果は eTable 1 (http://links.lww.com/EDE/A968) にも載せております。しかしこの 3 県調査は、観察数が 4,365 人と、小児甲状腺がんの頻度を論じるにはあまりにも少なく、分散が大きすぎます。従いまして、この調査が与える情報は極めて少ないと言えます。このようなことは、科学研究者ならば誰もが知っておりますので、特に誰も問題にもしていないのは、観察数が 4,365 人 1 例であり、その有病割合の点推定値と区間推定値(100 万人あたり 229 人で 95%信頼区間は 100 万人あたり 6 人から 1,276 人です。これは D = 4 年の時ではもう年間 100 万人 3 人という発生率を十分に含んでしまいます)を私どもが示すだけで十分だからです。もちろん、専門誌の中で特にコメントを要するようなものではありません。
 分散が大きければ、推定する確率分布の幅がこのように拡がって誤差が大きくなるという知識は、今日では大学入試の出題範囲であり、従ってこれは高校数学の範囲内と言えます。またこのご質問やこの URL を示されているのは、人のデータで比較的珍しい事象を扱う際の基本分布であるポアソン分布もご存じないようなご質問です。ポアソン分布に従う事象が、どのように現実に現れて私たちがそれを認識するのかも、ご存じないようです。なお、この種の初歩的な統計的推論はご自分でなさっていただければ幸いです。私どもが皆さんに手取り足取りお教えするわけには行きませんので。
 なお、ご指摘になった http://thebreakthrough.org/index.php/issues/nuclear/nopetheres-no-thyroid-cancer-epidemic-in-fukushima の記事もまた、その後半に甲状腺がん 1 例を検出した Hayashida 研究を理由に、私どもの論文がそれに触れていないことや懐疑的な考え方を延々と書かれていますが、これもまた、どなたか専門家に尋ねられたのかどうかは分かりませんが、読んでいて気の毒なぐらいです。Hayashida 論文の内容が悪いといっているのではありません。Hayashida 論文は、4,365 人の子供たちの甲状腺をエコーで検診したら、福島県外の 3 県でも 1 例の甲状腺がんが発見されたということを示しているわけで、これ自体、他の症例報告でもあるように、ポアソン分布に従う現象としては不思議なことでもなんでもありません。これまで私は、英語圏の方は日本人より統計学をずっとよくご存じだと思っておりましたが、この記事のような見方も少し修正しなければならないのかとすら思っております。
 この匿名さんのような完全な第三者と思われる方は、「分母が違う、従って同じ分母を用意しなさい」と言い放つだけで、ただ分母が完全にそろったデータを待っておられるという態度でも許されるかもしれません。そして、そのような分母が完全にそろうようなことは、あり得ないということなどご存じではないからこそ、そのような冷やかしとも言える態度もまたおできになるのだと思います。しかし、一度きりの人生を生きる対象者にとっては(対象者だけでなく、実は誰もがそうなのですが)、そんなことは言っておれないのです。そのような非現実的で個人が思いついたお作法に従う必要はなく、テキストに示された科学的な推論に基づいて、因果関係を定量的に知りたいのです。問題となる因果関係がどうなのかを、科学的な方法に基づいて、できるだけ正確に知りたいわけです。この点においては、当然、健康問題に警告を発するのが仕事の 1 つである公衆衛生従事者も同じことになります。

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海外の研究者らによる指摘(14〜17)

14. 先行検査の最新データの表8によると、悪性ないし悪性疑いの割合は、2011 年度が 0.03%、2012 年度が 0.04%、2013 年度が 0.04%と安定しており、Jacob らが予測した有病割合とそんなに変わらない。

回答:前回の回答では、地域割りのご説明を致しました。そこでは、まず年度毎の地域(areas)割りをすることにより福島県内が 3 つに分割できることになります。この3地域割りを採用すべきだというご主張も、このご指摘の中に入っているようです。さて疫学では、できるだけ地域間の発生率や有病割合の違いを描出するために、地域割りをできるだけ細かくすることに越したことはありません。大雑把に分割していては、地域毎の疾患発生・検出の特徴を打ち消し合ってしまうからです。例えば、本件でいえば、市町村毎に有病割合を推定し、それを発生率に転換して発生率比を推定したり(外部比較)、有病割合から有病オッズ比を推定したり(内部比較)をする方が、3 つに大雑把に分割して推定するより、市町村毎に、よりたくさんの情報が得られます。しかしこれでは、人口の少ない町村においては、観察数が少なくなり、結果として分散が大きくなりすぎて、検証のために得られる情報が少なくなりすぎます。例えば、観察対象者数が 4,365 人と比較的少ない 3 県調査の結果なども、その典型例ですね。そこで、本件では、ある程度の人口規模を確保するために、市町村単位よりもう少し大規模な地区(districts)に分割しました。福島県の場合、3 つの比較的大きな人口を擁する市(福島市・郡山市・いわき市)がありますので、この 3 市を独立させますと(福島市だけはそれより以北の桑折町と国見町を含めました。この 2 町を独立させるには人口が少なすぎるからです)、論文のような福島県内の9地区への分割へと、だいたいどなたでも行き着くことができます。
 また、前回の回答でも触れましたように、福島県内では 2011 年 10 月ごろから超音波エコーを用いた甲状腺検診はスタートしました。2011 年度は避難地域も含む福島第一原子力発電所から最も近い地域の 18 歳以下の住民が検査対象となり、この年度末の 2012 年 3 月 31 日までに終了致しました。この対象者の方々は、事故から最大で1年程度以内で検診を受けられたことになります。2012 年度の検診は、2013 年 3 月 31 日までに終了しましたが、通常は中通りと呼ばれる福島第一原子力発電所から 50-80 km程度離れてはいるものの、やや空間線量率が高い地域の住民が対象となりました。この対象者の方々は、事故から最大で2年程度以内で検診を受けられたことになります。2013 年度の検診は、これまでの残りの地域の住民が検診を受けられ、2014 年 3 月 31 日までに終了しました。WHO (2012)は、この地域のほとんどを Least Contaminated Area と呼び、福島県内では比較的汚染が少なかった地域として分類しています。この地域の対象者の方々は、事故から最大で 3 年程度以内で検診を受けられたことになります。
 この検診を受けた時期を考慮しますと、論文で検証したい仮説、すなわち事故と甲状腺がんの発生との因果関係を検証する上で、5.1mmまで結節が成長する時間は、それぞれ、1 年、2 年、3 年と置くべきとなります。論文では、穿刺吸引細胞診で検出可能となり細胞診でがんと判断可能になる大きさに甲状腺がんが成長する時期から、手術もしくは臨床診断で甲状腺がんが発見されるであろう時期(下の図で③から④)まで、を latent duration として一律に 4 年を割り当てています。


図: 曝露によって生じたがんの成長における時系列;induction period、latent period、あるいは本研究での「latent duration」、 empirical induction timeの説明.
参照:Rothman KJ: Induction and latent period. Am J Epidemiol 1981;114:253-259.など

Induction period: ①から②.
本研究での「Latent duration」: ③から④.(注:論文では、「スクリーニングや細胞診でがんが検出可能になった時点」という曖昧な書き方でしたが、甲状腺がんが 5.1mm以上になる時点と書いた方が明確だったのではないかと今では考えています)
Latent period: ②から④.
甲状腺がんがエコー検診で検出できる期間:③から④.
Empirical induction time (induction period + latent period): ①から④(スクリーニングで検出されてしまった場合は①から③が Empirical induction time として認識).

  しかし、上に示したような検診時期を考慮に入れますと、一律 4 年の割り当てはやや大まかすぎます。少なくとも、検査年度で分けた3つの地域では、それぞれに時間的に傾斜を付ける方が、量-反応関係を見るという意味では、妥当と思われます。今、その傾斜を、2011 年度、2012 年度、2013 年度、でそれぞれ、1 年、2 年、3 年という割り当て方と、2 年、3 年、4 年という割り当て方をして、1 年ごとの傾斜をつけます。その結果を下記の表に示しました。そうしますと、推定された発生率比の値は決して福島県内での各地域相互において一定ではなく、量-反応関係すらはっきりと見えてきます。ちなみに Internal comparison もまた、症例数から分散を推定し、External comparison と同様に信頼区間が構築可能です。アメリカ疾病管理予防センターは、大人の甲状腺がんで 2.5 年、子どものがんでは 1 年を、最小潜伏期間として示していますので、検診による前倒しにより 1 年以内に甲状腺がんを検出しても、それほど驚くようなことではないでしょう。

(注:コメント14で言及されているJacob らの論文に関しては、末尾の「回答付記」を参照して下さい。2015年10月31日加筆)

15. 多発の発現には見えない。それに、放射線影響であるなら、なぜ、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが見つかっていないのか?

回答:これまで説明してきましたように、福島県内での超音波エコーを用いた甲状腺検診で得られた甲状腺がんの検出割合は、はっきりとした多発を示しています。ところで、事故当時の年齢を見ますと、原子力発電所の事故から 4 年以内(チェルノブイリ原発事故では 1989 年まで)では、ベラルーシ・ゴメリ州のデータで、事故当時 5 歳以下は、1987 年から 1989 年まで(福島原発事故では 2012 年から 2014 年が相当)の甲状腺がん症例12例中 2 人(2 人とも 1989 年の症例で、事故当時 1 歳と 5 歳)だけです(山下 2000)。後で引用します Heidenreich らの論文(1999)の TABLE 2 のベラルーシ全体のデータでは、1987-1989 年の発症者数計 32 人中 4 人(1987 年 1 歳と 3 歳、1989 年 1 歳と 5 歳)です。福島県での事故当時の最低年齢は 6 歳ですので、分母と確率分布を考えますと十分に誤差の範囲内で説明できます。チェルノブイリにおいて、事故当時 5 歳以下で甲状腺がん症例が数多く見つかり出して目立ちだすのは 1990 年以降です。「放射線影響であるなら、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが数多く見つかっているべき」という、根拠のないこのような誤った思い込みは、小児の甲状腺がんは事故後 4 年目以降に増加し始めるという誤った思い込みから生じています。さらに、福島県内では事故が起きたその年から、超音波エコーを用いた甲状腺検診が始まっていますので、事故後 4 年目以降に超音波エコーを用いた甲状腺検診が一部で始まったチェルノブイリ周辺とは異なり、甲状腺がんの発見が時間的に前倒しになっていることも考慮する必要があります。

参考文献
山下俊一 (2000):チェルノブイリ原発事故後の健康問題.In: 被爆体験を踏まえた我が国の役割-唯一の原子爆弾被災医科大学からの国際被ばく者医療協力-.平成12(2000)年2月29日、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/bunka5/siryo5/siryo42.htm 

16. この論文の著者らは、ホルミシス論者と同様に、教科書を書き換えようとしているだけだ。甲状腺がんの潜伏期間が1年以下で、5歳以下の子どもが放射線に対して一番強い耐性を持つ、と言わんばかりだ。

回答:科学研究者は、常に教科書の書き換えを狙って研究をし、論文を書きます。研究成果を出しそれに基づいた主張を全くしないホルミシス論者とは全く異なります。そして、教科書の大きな書き換えの必要性が根拠を持って示された論文ほど、高い評価を受けて、評判の良い医学雑誌に掲載されます。ちなみに、本件では超音波検診を受けていますので発見が前倒しになり、臨床発見や手術までの甲状腺がんの潜伏期間は、いずれの症例も1年を上回っている可能性は大きいです。また、「5歳以下の子どもが放射線に対して一番強い耐性を持つ」とは、チェルノブイリのデータでも、今回のデータでも読み取れないと思います。

17. 一番簡単な説明は、スクリーニングバイアスが起きているということであり、放射線影響は見られておらず、教科書を書き換える必要もない、と言うことだ。

回答:いわゆるスクリーニングによるバイアスは、起きているかもしれませんが、せいぜい全体の症例の中のわずかであることが、チェルノブイリのデータからも福島のデータからも見て取れます。スクリーニングバイアスだけで説明するのは、あまりにも無理があり、検証できる定量的根拠も全くありません。放射線影響は 2014 年末までに福島でのデータではっきりと見られています。今回の私どもの論文による教科書の書き換えは、せいぜいチェルノブイリのデータの裏付け程度ですので、必要はないと思います。


謝辞:
 最後に、様々なご指摘やご質問を賜りました皆様に感謝申し上げます。とりわけ、前回の回答集と今回の2回目の回答集を、ご自分のサイトで公開することに関しまして、ご快諾賜りました平沼百合先生に、心から感謝いたします。平沼先生には、私の雑な原稿の不備な点の指摘や誤字脱字のチェックなど、お手数のかかる作業もしていただきました。ありがとうございました。

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回答付記:Jacob らの論文 (2014) の内容について

 Jacobら (2014) のスクリーニング効果による甲状腺がん症例数の推定は、非汚染地区では超音波エコーによる甲状腺の検診で、13,127 人中 11.2 人(95%CI: 3.2人-22.5 人)の甲状腺がんが発見されるであろうという前提で書かれています。この値は、Tronkoらの論文 (2006) から得られています。さて、この11.2人という数字(検出割合で言うと、13,127 人中 11.2 人:100 万人中 853 人、95%信頼区間は 100 万人中 244 人- 1714 人)は、現時点において福島県内で観察されている超音波スクリーニングによる甲状腺がんの検出割合のいずれよりも高い数値です(私どもの論文の Table 2 の「Prevalence of Thyroid Cancer Cases per 106  (95% CI)」の項と見比べてみてください)。
 さて、この前提として用いられた高い数字はどのようにして得られたものか、引用元になった Tronko らの論文 (2006) を見てみました。Tronko らの論文は、ウクライナの最も重度に汚染された地域において、1998 年から 2000 年の間に、超音波エコーによる甲状腺検診を初めて受けた 13,127 人を分析対象としています。ここで、高濃度汚染地域の住民での甲状腺がん多発のデータからどうやって非汚染地区の甲状腺がん症例の人数を求めたかといいますと、対象者個々人の推定被ばく量を横軸に、甲状腺がんが見つかったかどうかを縦軸に位置づけて、ロジットモデルという曲線で線引きする方法(ロジスティック回帰分析とも言ったりします)を用いて、(小学校の頃は定規を当てて直線を引いたのですが)線をまず引きます。そして、この線を被ばく量ゼロまで延長して甲状腺がんが見つかる確率を推定したのです。推定値なので、人数に小数点下 1 桁まで数字が付いていて、しかも 95%信頼区間が付いています。従って、この数字が実際に非汚染地域の人数を数え上げた数字ではないことが分かります。ここで注意しておきたいのは、福島県の検診対象者と同じ事故時 18 歳以下のデータから線引きの延長で推定された数字とはいえ、事故から 12 年から 14 年後の非曝露者での甲状腺がん予測数を得ているわけです。
 しかし、このような方法で被ばく量ゼロの地域での予測数を求めるようなことは、絶対にするなとは言わないものの、通常はあまりしません。ましてや、このような方法で求められた被ばく量ゼロの地域での予測数を、曝露開始後の時期が全く異なり年齢も異なってきている集団にそのまま適用するような Jacob らのしたような方法を論文で実行する人はまずいらっしゃらないでしょう。今回のような失敗につながる可能性があることぐらいは、データを扱う研究者達は知っているからです。Jacob らは、数理モデルの意味を、おそらくほとんど理解されていないと思います。もちろん、数理モデルを少しでも知る人は、こんなことはしませんし、見抜くのも簡単です。ましてや、チェルノブイリでの被ばく量がほとんどない集団や地域での観察情報がある場合には、そちらの情報より重視されることなど、決してありません。しかもこれらのデータの中には、胎児となる前の母親の事故による被ばくは、出生後の発がんには影響を与えないというよく知られるチェルノブイリの知見の根拠となった論文もあります。
 一応、回帰モデルで被ばく量だけが補正されている単純なものとはいえ、チェルノブイリ事故から 12-14 年後にウクライナの高濃度地域で、Jacob らドイツの先生方によって得られたこんな数字を直接適用されたら、事故後 3 年後(Jacob らの論文が発表された 2014 年)の福島県の方たちにとってはちょっと気の毒です。前回の回答で表にしてお見せした、チェルノブイリ周辺での非曝露者もしくは比較的低線量地域での甲状腺検診において、計約 47,000 人から 1 人も甲状腺がんが見つからなかったということを示す 3 つの論文(Ito ら 1995、Shibata ら 2001、Demidchik ら 2007)は、Jacob らの論文 (2014) では 1 つも参考文献として挙げられていません。
 さらに、Jacob ら (2014) は、チェルノブイリ原子力発電所の事故後3年間は甲状腺がんの過剰発生がみられなかったことを Heidenreich ら (1999) の論文を根拠にして、福島県で論文の時点までに検診で発見された 44 例の甲状腺がん症例を、放射線とは関連しているとは仮定できないとしています。しかし、元になった Heidereich ら (1999) の論文を読んでも、曝露から(事故から)3年後までを最小潜伏期間とするという記述があるものの、なぜ 3 年以内の症例が事故によるものでないと言えるのかという理由は書いてありません。そして Heidereich ら (1999) の論文の Table 2 の年次別・年齢別のベラルーシにおける事故時 18 歳以下の甲状腺がん症例の発症数は、1987 年以降は  1986年に比べて毎年はっきりとした増加が見られるのです(もちろん統計的に有意です)。
 Jacob らの論文 (2014) は、結構難しげな数式(モデルと呼ばれます)がいくつも並んでいますので、何となく高尚に思えて信頼してしまう一方、熟読する気分にはなれなくなります。従って、中身をきちんと読まれた方は少ないでしょう。Jacob らの論文は実に大雑把なモデルに過ぎませんが、たとえいくら精密なモデルを構築して電子計算機で計算しても、Jacob らの論文のように前提が間違っていれば、その結果も間違っており、役に立ちません。従って、そのような間違った前提から得られた予測数と福島での値とを比較して「変わらない」と結論したところで、何の意味も無いわけです。Jacob らの論文は他にも指摘すべき点がありますが、このような単純な前提の間違いは、英語さえ分かれば誰にでも結構簡単に見つけられます。Jacob らは疫学研究者でいらっしゃらなさそうですが、前提がまちがっていることにも気づいておられないかのような論文です。モデルに頼る研究の落とし穴かもしれません。

参考文献
 Jacob P, Kaiser JC, and Ulanovsky A: Ultrasonography survey and thyroid cancer in the Fukushima Prefecture. Radiat Environ Biophys 2014; 53:391–401.
 Tronko MD, Howe GR, Bogdanova TI, Bouville AC, Epstein OV, Brill AB, Likhtarev IA, Fink DJ, Markov VV, Greenbaum E, Olijnyk VA, Masnyk IJ, Shpak VM, McConnell RJ, Tereshchenko VP, Robbins J, Zvinchuk OV, Zablotska LB, Hatch M, Luchyanov NK, Ron E, Thomas TL, Voilleque PG, and Beebe GW: A cohort study of thyroid cancer and other thyroid disease after the Chernobyl accident: Thyroid cancer in Ukraine detected during first screening. JNCI 2006; 98: 897-903.
 Heidenreich WF, Kenigsberg J, Jacob P, Buglova E, Goulko G, Paretzke HG, Demidchik EP, Golovneva A: Time trend of thyroid cancer incidence in Belarus after the Chernobyl accident. Rad Res 1999; 151: 617-625.










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