下記の論文が興味深かったので、妙訳した。
Measurements of Fission Products from the Fukushima Daiichi Incident in San Francisco
Bay Area Air Filters, Automobile Filters, Rainwater, and Food
「サンフランシスコ・ベイエリアのエアフィルター、車のフィルター、雨水と食品における、福島第一事故由来の核反応生成物の測定」
アブストラクト
カリフォルニア州バークレー市のローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の低バックグラウンド施設(LBF)では、様々な環境用媒体において、福島原発事故由来のフォールアウト放射性核種が分析された。大気と雨水のモニタリングは、2011年3月の津波が起こってすぐに始まったが、ここでは2012年末までの結果が報告されている。観察されたフォールアウト核種には、ヨウ素131、ヨウ素132、テルル132、セシウム134、セシウム136とセシウム137が含まれていた。環境エアフィルター、車のフィルター、そして雨水における放射性核種が測定された。さらに、雨水でストロンチウム90の分析もされたので、それもここで発表した。最後に、魚のセシウム134とセシウム137に関するメディアの懸念が継続しているために行われた、2013年9月の一連の食品測定が含まれている。LBNLでのチェルノブイリ事故由来のフォールアウトの同様の測定は過去に公表されていないが、ここで、フクシマ事故との比較のために発表されている。発表された測定すべては、比較のベースとして、環境内の自然放射線核種も含んでいる。
概要
ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の低バックグラウンド施設(LBF)では、1980年初期以来、大気サンプルフィルターからベリリウム7や鉛210などの自然放射性核種のようなガンマ線放出核種の検出を行って来ている。フクシマ事故後、LBFの近辺支局の環境大気フィルターおよびオロヴィル市の雨水からのフォールアウト核種の検出のための詳細な調査が始められた。また、LBFで既にモニタリングが続けられていた車のエアフィルターでの、フォールアウト核種モニタリングのパイロットプログラムが発足した。2011年春にサンフランシスコ・ベイエリアで採取された雨水の分析でストロンチウム90を探す試みもなされた。共著者の2人は、1986年のチェルノブイリ事故後にカリフォルニアで同様の測定を行っており、その結果は過去には公式発表されていないが、フクシマ事故との比較としてここで発表されている。最後に、2013年にフクシマで海に放出された汚染水の報告やこの近辺での懸念のため、ベイエリアの諸店舗から購入された魚や他の食品の測定が2013年に行われた。
1.大気サンプリング
2011年3月14日に、LBNL LBFの外に、0.3 μmのエアロゾル粒子を捕獲できる直径10.16 cmのHEPAフィルター付きエアサンプラーが設置され、稼働された。このエアサンプラーは現在も引き続き稼働されている。この論文には2012年末までの結果が要約されている。フィルター交換後1時間以内にラドン娘核種の定量化のために短時間の測定が何度か行われ、その後、核反応生成物の最初の到着から予期される大変小さなピークを検出する可能性を高めるために、終夜測定が続けられた。フィルターは最初は24時間ごとに交換され、その後、2日から一週間、そして一ヶ月ごとと、徐々に交換のタイミングが延長された。
3月15−16日に収集されたフィルターの終夜の測定は、ヨウ素131から放出されるガンマ線で最も強力である 364 keVにおいてとても小さなピークを検出したが、他の核反応生成物を伴っていなかったので、プルームの到着を公式にする証拠になり得なかった。3月16−17日のフィルターからは、テルル132とヨウ素131の両方が検出された。3月17−18日のフィルターからはヨウ素131(14.3 ± 0.1 mBq/m3)とテルル132(20.9 ± 0.1 mBq/m3)の最大値が検出された。3月23−24日のフィルターから検出されたヨウ素131(12.5 ± 0.1 mBq/m3)とテルル132(1.44 ± 0.03 mBq/m3)は二番目の最大値だった。(図1)
図2:長期大気サンプリングの結果(2011年3月11日ー2012年末)
2.車のエアフィルター
2002年から、LBFは、国土安全保障への適用も視野に入れた放射性核種検出のパイロットプログラムとして、地元のバークレー警察署のパトカーのエアフィルターの分析を定期的に行ってきた。車のエアフィルターは、HEPAフィルターの3分の1の効率しか持たないが、それでも信頼性のある大気測定ができる。しかし、車のフィルターの使用は、もっと重要である定性分析を可能にする。決まったパトロール経路を走る公用車を使うことにより、実質すべての市のスクリーニングができる、低コストかつ既に配置済みのフィルター・ネットワークが存在することになる。
LBFでは、バークレー警察署から車のフィルターを2−3週間ごとに得ている。定期メンテナンス時にエアフィルターが交換され、オドメターの数値が記録される。LBFのパイロットプログラムでは、まず、車のメンテナンスショップで、ヨウ化ナトリウム検知器を用いたスクリーニングが行われ、グロスカウントが記録される。バックグラウンド以上のグロスカウントが検知されたフィルターは優先的に分析される。この調査では、フクシマ由来の放射性核種を含むフィルターでさえ、バックグラウンド以上の測定値が見られなかった。LBFに到着後のフィルターは、高純度ゲルマニウム検出器で核種分析される。LBNL LBFのオロヴィル支局での同様のプログラムと共に、1,500以上の車のエアフィルターが分析された。フクシマ事故前には、フィルターから検出された唯一の人工放射性核種は非常に微量のセシウム137であり、これは、20世紀半ばの大気圏内核実験の名残であるセシウム137が、地表の土壌粒子の再浮遊により捕獲されたものだった。
サンフランシスコ・ベイエリアでのフォールアウトは、大気中の他の自然放射性核種と同等であるが、図3(2011年4月7日測定の車のエアフィルターのガンマ線スペクトラム)で分かるように、いくつかのガンマ線のピークは、車のフィルターで非常に簡単に同定できた。
表A.3:図1と図3で表示されている放射性核種のガンマ線エネルギー、ソース、半減期
図4には、2011年3月の最初の放射能放出から2012年12月までのセシウム134、セシウム137、ヨウ素131とテルル132のカウント数が示されており、自然放射性核種の同時期のカウント数は図A.9に示されている。
図4
図A.9
車のフィルターのカウント数は実際の放射能の大気濃度に換算できるが、すべてのフィルターについての走行距離の情報が得られなかったので、ここでは定性分析を示す程度の意図で公表されている。図2のHEPAフィルターのデータと比較することにより、感度の目安が分かる。2011年3月11日から100日目頃に、図2でのHEPAフィルターのセシウム134とセシウム137の濃度は10 μBq/m3まで下がったが、図4で分かるように、車のフィルターでのセシウム134とセシウム137は、バックグラウンド以上の測定可能なカウント数を示した。また、図4では、2012年9月初めに分析されたフィルターにヨウ素131が再現するが、これはおそらく地元での医療行為の結果と思われる。このパイロットプログラムでは、ごく微量の放射線を検知できることが示された。市の中心部の高い建物に固定されたモニタリングポストだと、線源からの距離と希釈のため、そこまで微量な放出を検知しないかもしれない。しかし、この場合には、パトカーが、医療行為の一部として使われていたヨウ素131が放出されている病院の近くを走ったと思われる。ただ、ヨウ素131を含む短命核種は、定期メンテナンスの前に崩潰してしまうかもしれないので、車のフィルターでは検出が困難かもしれないということを心に留めておかなければいけない。
3.雨水測定
カリフォルニア州オロヴィル市でフクシマ事故後に雨水が採取された。図5にはベイエリア(イーストベイ)と、そこから120マイル(192 km)離れたオロヴィルでの雨水測定の結果が示されている。これによると、この2ヶ所での雨水の放射能濃度は驚くほど似ている。これは、北カリフォルニアでの数時間の間の降水には、放射能が均一して含まれていたことを示唆する。
図5:イーストベイ(中が空白の印)とオロヴィル(中が塗りつぶされている印)での雨水検体の放射性核種の比較。赤の下向き三角はセシウム134、緑の上向き三角はセシウム137、黒い丸はヨウ素131で、青い四角はテルル132。
4.ストロンチウム90
サンフランシスコ湾東部で2011年3月16−26日に採取された雨水の検体には、人工放射性核種のヨウ素131、ヨウ素132、テルル132、セシウム134、セシウム136とセシウム137が含まれていた。最大の放射能濃度は、3月24日採取のサンプル内の、16 Bq/Lのヨウ素131だった。この雨水の検体が、2012年夏にストロンチウム90検知のために再分析されたが、ストロンチウム90は検出されなかった。(注:原文には方法が詳しく説明してある。)
5.土と砂の検体
表A.4には、二組の敷地内の土壌検体の検査結果が示されている。最初の一組は1998年の検体で、建物90と建物72の傍の、1940年半ばに大気圏内核実験が始まる前から手が付けられていない地表から採取されたもので、二組目は、建物90の傍の、同じく手を付けられてない地表と、建物72の駐車場の脇の、1970年代後半に改装が行われた時に露出した地表の検体である。
表A.4
1998年の検体からセシウム134が検出されないことから、セシウム137は20世紀半ばの大気圏内核実験由来だと分かる。この調査で発表した大気モニタリングの結果から、この検体採取地にはほぼ同量のセシウム134とセシウム137が沈着したことが示されるので、2011年4月の検体から検出されたセシウム134によって、フクシマ事故由来のセシウム137を推計することができる。
敷地内のアスファルト道路の傍には、普段から年に2回、道路表面から剥がれた粒子が堆積する場所から検体が採取されるが、表A.5にはここから採取された堆積物の測定結果が示されている。雨水が道路から流れて来る場所なのでここの堆積物の放射能濃度はしばしば上昇することがある。採取された1−2kgの堆積物は、空気乾燥後にふるいにかけられ、16分の1インチのメッシュスクリーンを通ったものだけが検体として分析される。このように最終的に分析されるのは、大体、採取された分量の8割である。
表A.5
6.2013年10月の食品測定
2013年の間も福島原発から放射能が漏れているため、様々な食品検体の分析が行われた。メディア報道の多くが海への汚染水放出が継続されていることに関連していたため、特に魚に重点が置かれた。
2013年9月に、サンフランシスコ・ベイエリア付近の色んな店舗から、太平洋で獲れた魚やその他の食品が購入された。魚やヨーグルトのように水分がかなり多い食品は、最初に焼いて全体的な重量を減らし、扱いやすいようにしたが、水分を含んだ重量が記録され、分析で使用された。結果は表A.6に示されている。
表A.6
太平洋の魚のほとんどにセシウム137が含まれており、最大値はフィリピン産マグロの0.24Bq/kgだった。フクシマ由来核種の存在を示すセシウム134が検出された検体はなかった。ゆえに、検出されたセシウム137は、核実験などの過去の活動に由来する。また、すべての検体に、もっと高いレベルの自然放射性核種のK40が含まれていることに注目するべきである。セシウムとKが周期表で同列であり、色んな体組織や鉱物への親和性が似ているため、セシウム137とK40の比較は役に立つ。例えば、フィリピン産マグロには、セシウム137の放射能の400倍以上である、105 Bq/kgのK40が含まれていた。このような比較は、セシウム137の公衆への危険性の比較を評価する際に、バックグラウンド放射線量と直接比較できるので便利である。表A.6の最後の項目は、2011年4月に採取された、フクシマフォールアウト由来のセシウム134とセシウム137を吸収した雑草である。この雑草は、放射能が草の内部まで入り込んでいるのか、それとも表面汚染なのかを決めるために、加熱され、念入りに洗浄された。その結果、放射能は雑草の中に吸収されているのが分かった。この雑草は、2013年10月に、比較対象である表A.6の他の食品と一緒に再分析された。そして、2013年11月には、図6に示されているように、フィリピン産まぐろと共に低バックグラウンド法を用いて再分析された。結果は表2に示されている。
図6
表2
この雑草は、フクシマフォールアウトのプロキシとして使われ、セシウム134/セシウム137の比率が、我々の食品検体から検出されたセシウム137と比較された。その結果、もしもセシウム137が実際にフクシマ由来であったなら、検出下限値以上のセシウム134も簡単に検出されたであろうと確認された。ゆえに、今回検出されたのは、フクシマ以前の過去のセシウム137のみだと分かった。米国食品医薬品局(FDA)の食品での派生介入レベル(Derived Intervention Level, DIL)は、現在、セシウム134とセシウム137合算で1,200 Bq/kgである。測定された食品全部におけるセシウムはその千分の一以上少なかったので公衆への懸念はない。そして、自然ガンマ線核種、特にK40よりずっと少なかった。他にフクシマ由来核種を魚から検出した研究(これとこれ)ではさらに、マグロに含まれているセシウム134とセシウム137の最大値を摂取することによる被ばく線量が、ポロニウム210からの被ばく線量と比べて絶対的にわずかであることを示した。
7.チェルノブイリとの比較
7.1 チェルノブイリの大気モニタリング
1986年のチェルノブイリ事故後に、LBFでは同様の大気モニタリングが行われた。その結果は図7に示されている。フクシマ由来核種に加え、ルテニウム103(半減期39.26日)の放出が長期にわたって起こった。このモニタリング結果によると、ベイエリアでの最大値は、1986年5月5日に起こり、テルル132が16.6 ± 0.1 mBq/m3、ヨウ素131が95.6 ± 0.5 mBq/m3、セシウム134が23.4 ± 0.3 mBq/m3、セシウム137が41.8 ± 0.4 mBq/m3、ルテニウム103が25.3 ± 0.5 mBq/m3だった。
図7
チェルノブイリ事故とフクシマ事故由来のフォールアウト核種の最大値を比較すると、カリフォルニア州サンフランシスコ市のベイエリアで測定されたチェルノブイリのフォールアウトがフクシマフォールアウトの10倍以上だというのが簡単に分かる。
7.2 チェルノブイリの食品モニタリング
1980年代後半には様々な輸入食品と国産の食品の測定が行われた。この研究は過去に公表されていないが、ここで要約する。チェルノブイリのフォールアウト核種が食品から検出されているという報告が続いたので、サンフランシスコ市ベイエリアで入手できる輸入食品が約50品目測定された。21の欧州諸国からの検体と、米国からの4検体が含まれていた。結果は表A.7に示されている。
多くの食品ではバックグラウンド以上の放射能は検出されなかったが、検出された場合、セシウム134とセシウム137が唯一の残存核反応生成物だった。この2核種の由来を検証するために、セシウム137/セシウム134比率によって放出時期が推定された。1987年10月の段階で、セシウムが検出された食品のうち、1品目を除いたすべての食品でセシウム137/セシウム134比率は2.95 ± 0.30だった。チェルノブイリ事故当日の1986年4月25日に補正したら、この比率は1.88 ± 0.19となり、図7の事故直後のフォールアウトの比率の1.90±0.08と整合した。食品から検出されたセシウムは、75 pCi/g(2,800 Bq/kg)から軽減されたその当時の最大許容限度である10 pCi/g (370 Bq/kg)より少なかった。これらの測定値の食品を1日2 kg摂取した場合の被ばく線量が推定されたが、両核種の生物学的半減期が70日であることを考慮し、平衡状態でのセシウム134は0.5 μCi/g(20,000,000 Bq/kg)、セシウム137は1.5 μCi/g(56,000,000 Bq/kg)となり、当時の非原子力作業員の基準であった、2.0 μCi/g(74,000,000 Bq/kg)のセシウム134と3.0 μCi/g(110,000,000 Bq/kg)のセシウム137よりもずっと少なかった。