福島県の甲状腺検査についてのファクトシート  2017年9 月



福島県の甲状腺検査についてのファクトシート 2017年9 月
(初出:岩波書店『科学』2017年10月号) 転載禁止
*2018年7月24日訂正:「11. 放射線影響についての公式見解」の第12パラグラフ6行目の、「浜通りで25.7、中通りで19.6」を「中通りで25.7、浜通りで19.6」に訂正した。

このファクトシートは、福島県の甲状腺検査の現状をまとめたものである。甲状腺検査の開始から7年目に入ろうとしているが、かなりの量のデータや関連情報が蓄積されており、情報把握が容易ではなくなっている。特に、関係者により英語発信されている情報は、きちんと分析されていない2巡目の結果を1巡目の結果と合わせるなど、仮に被ばくの影響があったとしても見えなくなるような方法で、放射線影響の可能性を否定しているものが散見される。よって、実情を英語発信するために英語のファクトシートを作成したのだが、英語でしか入手できない公式情報・見解の一部が含まれていることもあり、現状把握のために日本語版のファクトシートも作成した。この日本語版は、英語版の和訳というよりも、説明を補うなど理解しやすいように加筆している。
(英語版PDFは、こちらで公開されている。英語版ロングバージョンは、こちらで公開されている。)

*なお、ブログ掲載にあたり、脚注(i〜xix)は、末尾の文献リストの下にまとめてある。

目次:
  1. はじめに
  2. 甲状腺検査の枠組み
  3. 甲状腺検査の結果
  4. 最新結果(2017年3月31日現在のデータより)
  5. データの透明性・公正性
  6. 外科的・病理的特徴
  7. 甲状腺がんの他のデータ
  8. 甲状腺がんの高有病率についての公式見解
  9. がん症例の前回検査の結果
  10. 性比について
  11. 放射線影響についての公式見解
  12. 最後に

ダウンロードはこちら↓から。


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1.はじめに
福島県は、2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故当時に18歳以下だった約36万人の県民を対象とする甲状腺検査を、同年10月9日に開始した。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故後、放射性ヨウ素への被ばくによる小児甲状腺がんの発症率が劇的に増加したため、県民健康検査[1]の一環として甲状腺検査が実施されることになったのである。甲状腺を放射性ヨウ素から守るためのヨウ素剤は、福島県民のほとんどに配布されなかった。県民健康調査は、国から福島県に出資(経産省の出資を環境省が交付)された基金でまかなわれており[2]、調査自体は福島県から福島県立医科大学(以下、福島医大)に委託されている[3]。

2.甲状腺検査の枠組み4
甲状腺検査は、20歳までは2年ごと、それ以降は5年ごとに実施され、一次検査と二次検査で構成されている。一次検査では甲状腺超音波検査を用いて、のう胞や結節の有無を調べる。ある程度の診断基準(B判定以上)を満たしているのう胞や結節は二次検査の対象となり、ドプラーやエラストグラフィのような詳細な超音波検査および、尿検査や血液検査を受ける。悪性が疑われる場合は、甲状腺細胞自体を調べるための穿刺吸引細胞診(FNAC)が実施される。FNACが陽性で悪性が疑われる場合は、外科手術か経過観察の対象となる。甲状腺がんの確定診断は、外科手術で摘出された甲状腺組織の病理診断が必要になる。よって、甲状腺検査の結果は、悪性ないし悪性疑いの症例数として報告される。(これまで、1例のみが手術後に良性結節と判明している。)

チェルノブイリの知見に基づいた放射線誘発性小児甲状腺がんの潜伏期が4年と仮定されているため、事故後最初の3年間に実施される検査1巡目は放射線の影響を受けていない前提で、福島県の小児におけるベースラインを確立することになると想定された[i]。本来、被ばくしていない小児で同様の規模と技術のもと行われた甲状腺がんスクリーニングを比較対象とすべきだが、それが存在しないからである。このベースラインの役割を強く印象付けるためか、1巡目の英語名称は、最初の「先行検査」から 「Preliminary Baseline Screening(予備的ベースラインスクリーニング)」と改名された。2巡目と3巡目はそれぞれ、日本語の「本格検査1回目」「本格検査2回目」と同じ意味の英語名称で呼ばれている。

甲状腺検査の1巡目[5]は、福島県の市町村を空間放射線量の降順に平成23年度、24年度と25年度の3グループに分け、2011年10月9日から2014年3月31日の間に実施される予定だった。しかし、受診率を上げるため、2巡目開始後も1巡目未受診者を受け入れ、2巡目の1年目と並行し、2015年4月30日まで続行された[ii]。これにより、受診率は1.5%増えて最終的に81.7%となった。

2巡目検査 [
6]は、1巡目完了直後のはずだった2014年4月に開始され、2012年4月2日から2013年4月1日生まれの県民も対象となった。(これは、事故当時胎内で被ばくした人たちの検査のためだが、学校検査の際にクラス全員が対象となるように設定された。) 2巡目の一次検査の受診率は71.0%、進捗率は100.0%と、実質完了しているが、二次検査が受診率82.3%、進捗率95.4%と、まだ続行中である。


3巡目検査[7]は、2016年5月1日に開始され、2017年度末の2018年3月末まで続く予定である。2017年3月31日時点で、336616人(節目健診受診者[iii]が除外されているため、1〜2巡目より約45000人少ない)の対象者中、120596人が一次検査を受診しており、受診率は35.8%である。二次検査は2016年10月1日に開始され、これまでの受診率は48.0%、進捗率は67.8%である。
福島県の甲状腺検査特有の判定基準であるA1、A2、B、Cは、「甲状腺検査専門委員会診断基準等検討部会[iv]」(以下、診断基準検討部会)により、下記のように設定された。
  • A1:結節やのう胞が認められない
  • A2:5.0 mm以下の結節や 20.0 mm以下ののう胞[v] 
  • B:5.1 mm以上の結節や、20.1 mm以上ののう胞
  • C:甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要する
A1判定とA2判定は、2年後の次回検査を受診し、B判定とC判定は、二次検査の対象となる。直ちに二次検査を要するC判定は、これまでに1例しか出ていない。

3.甲状腺検査の結果
甲状腺検査結果は、年4回開催される福島県民健康調査検討委員会で報告され、福島県ウェブサイト(https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/kenkocyosa-kentoiinkai.html)に掲載される。報告書の英訳は、約3週間遅れで、福島医大の放射線医学県民健康センターの国際協力部門のウェブサイトに掲載される[8]。現時点での英語での最も詳細な情報は、2016年9月26〜7日に福島市で開催された甲状腺課題に関する国際専門家会議 「福島における甲状腺課題の解決に向けて~チェルノブイリ30周年の教訓を福島原発事故5年に活かす~」の発表内容が収録された英語書籍「Thyroid Cancer and Nuclear Accidents(邦題仮訳:甲状腺がんと核事故)」の第14 ・15章に要約されている[9, 10]。
最初のがん症例が報告されたのは、事故からちょうど1年半後の2012年9月11日だった[11]。2巡目で初めてがん症例(4例)が報告されたのは2014年12月25日だった[12]。2巡目は、二次検査がまだ続行しているため、現時点(2017年8月)では最終報告はまだ出ていないが、2017年6月5日に公表された最新データ[13]では、悪性ないし悪性疑いが71例、うち手術で悪性と確定されたのが49例となっている。3巡目検査での悪性ないし悪性疑いは、今の所4例で、うち2例が手術で悪性と確定されている[14]。

4.最新結果(2017年3月31日現在のデータより)
表1に、2017年6月5日に報告された最新結果をまとめた[15]。

表1 (2017年3月31日現在のデータより) *手術後に良性結節と診断された1例を含む。


5.データの透明性・公正性
二次検査後に経過観察、穿刺吸引細胞診や手術が必要とされることになった症例は、県民健康調査の予算で行われる甲状腺検査から、通常の保険診療に移行する。保険診療移行後のデータのほとんどは、「原則として公表が許されない診療情報」であるという名目で、検討委員会や福島県民と共有されていない。(しかし、彼らの学会発表や医学雑誌でのこれらの臨床情報の論文発表は許され行われている。)

最近のことであるが、福島医大が、がん症例の詳細どころではなく、がん症例数すべてさえも、検討委員会に報告していないことがわかった。これは、2017年3月に、事故当時4歳だった男児でのがん症例が公式報告に含まれていないことが発見されたことにより明らかになった[16]。福島医大は、経過観察中に診断されたがん症例についての情報を集める義務も制度もない、と述べている[vi]。現在、1巡目を受診後、約1250例が経過観察に移行しており、経過観察中に診断された甲状腺がんが何例存在するのか不明である。

このような状況で書かれた福島医大の論文[17, 18]は、不完全な公式データが用いられており、科学的公正性が欠如していると言えよう。

6.外科的・病理的特徴
上記で述べた理由のため、がん症例の外科的および病理的詳細は、ごく限定された情報しか公表されていない。福島医大で手術が施行された125例の、不完全ながらも最も詳細かつ最新の外科的・病理的情報は、前述の英語書籍「甲状腺がんと核事故」に収録されている。(その元となった鈴木眞一氏の発表スライド[19]は、放射線医学県民健康管理センターの英語サイトからダウンロード可能であり、また、筆者のブログでスライドの詳細な解説をしている[20]。)

125例中、121例(96.8%)は甲状腺の片側、4例(3.2%)で両側に腫瘍が見つかった。手術方式は、114例(91.2%)で甲状腺葉切除、11例(8.8%)で甲状腺全摘出だった[vii]。全手術症例で中央区域のリンパ節郭清が行われ、24例では外側区域でも行われた。反回神経の損傷を防ぐため、全手術症例で術中神経モニタリングシステム(IONM)が用いられた。
副甲状腺機能低下症、反回神経の永久的麻痺や術後出血のような手術の合併症は見られなかった。IONMシステムの使用にもかかわらず、持続性の反回神経麻痺が1例で見られた。
組織病理学的診断では、121例(96.8%)が乳頭がん(PTC)、3例が低分化がん、1例が甲状腺癌取扱い規約で「その他」とされる甲状腺がんだった。乳頭がん121例の亜型は、通常型110例、濾胞型4例、びまん性硬化型3例、家族性大腸腺腫症の一部分型とされている篩型・モルラ型4例だった。充実型乳頭がんの有無は、福島とチェルノブイリが「違う」理由のひとつとして挙げられているためか、鈴木氏の発表では、充実型が見られなかったことが言及されている。

しかし、低分化がん3例中2例(平成23年度と24年度から各1例)は乳頭がんと再分類されており[5]、その亜型は公式には特定されていない。(2018年2月8日追記:2018年1月26日に開催された第9回「県民健康調査」検討委員会「甲状腺検査評価部会」にて、低分化がんから乳頭がんと再分類された2例は充実型乳頭がんであることが口頭発表された。)甲状腺検査で見つかった甲状腺がんも含む、福島医大で治療を受けた小児甲状腺がん症例について最近出た鈴木らの論文[21]には、次のように述べられている。「以前に第6版甲状腺癌取扱い規約では低分化癌と判断されていたものが7版では充実型亜型として再評価されている。本邦の小児例でも珍しくないとされているが,福島での手術例では現時点では極めて少ない。」

表2:術前(臨床的)および術後(病理的)のTNM分類[viii] 
(T=腫瘍サイズ, N=リンパ節転移, Ex=甲状腺外進展, M=遠隔転移)
(症例数は鈴木眞一氏の発表スライドによる数字のママ)
術後のTNM分類によると(表2)、125例の約60%で腫瘍径が20 mm以下(pT1aとpT1b)、78%でリンパ節転移が認められ(pN1aとpN1b)、39%でがん細胞が甲状腺の外に広がっていた(pEx1)[ix]。術前に微小がん(cT1a cN0 M0)と診断された44例中33例が、甲状腺外進展(20例)、リンパ節転移(1例)、反回神経侵襲(10例)、気管侵襲(7例)、バセドウ病(1例)や肺のすりガラス陰影(1例)などの手術適応症例だった[10]。33例中3例のみがpT1a pN0 pEx0であり、残りの30例での手術は適切と考えられた。非手術的経過観察を勧められたにも関わらず手術を希望した11例では、2例のみがpT1a pN0 pEx0だった。肺への遠隔転移(M1)が認められた3例の詳細は、1)事故当時16歳男性(cT3 cN1a, pT3 pN1a)、2)事故当時16歳男性(cT3 cN1b, pT2pN1b)、3)事故当時10歳女性(cT1 cN1b, pT3pEX1pN1b)だった。

7.甲状腺がんの他のデータ
無症状の集団におけるスクリーニングから得られた有病率を、臨床的に診断された発生率と直接比較するのは不適切であるとされている。参考として、2012年全国罹患率推計[22]から年齢0〜19歳での甲状腺がん発生率を計算したところ、男女合わせて100万人につき4.6人、男性では100万人につき1.4人、女性では100万人につき7.9人だった[xi]

術後に良性結節と判明した1例を除き、FNACで悪性疑いとされた症例すべてが悪性と確定されると仮定すると、1巡目データから得られる甲状腺がんの有病率は、事故当時0〜18歳だった男女合わせて100万人につき386人(受診者300473人中116人)となる。

青森、山梨と長崎県の3〜18歳の子ども4365人で行われた甲状腺超音波検査(いわゆる「3県調査」)を、福島医大や政府は、対照調査と位置付けている[xii]。この3県調査では、福島県の甲状腺検査と同様の割合でのう胞や結節[23]、そして甲状腺がんが1例[24]見つかった。(2018年2月8日追記:3県調査の日本語での報告書は、のう胞や結節を見つけた最初の検査の速報はこちら、報告書PDFはこちら、甲状腺がんが1例見つかった追跡調査の速報はこちら、報告書PDFはこちら。)しかし、年齢や性別がマッチされていないことと、調査集団のサイズが小さいために誤差の範囲が大きくなることから、3県調査は対照調査として不適切だとされている[25]。3県調査では4365人から甲状腺がんが1例診断されたが、95%信頼区間が100万人につき6〜1276人と、統計的推定の幅が大きいため、100万人につき229人という点推計値は、あまり意味のないものとなってしまう[26]。

岡山大学の津田敏秀教授らのグループは、近代疫学に基づいた標準的な疫学手法が用い、福島県のほとんどで罹患率比が全国罹患率より高くなっており、また有病率に地域差があることを示した[27]。この論文には7通の反論がされており[28,29,30,31,32,33,34]、著者らはそれらの反論に反論している[35]。

国立がん研究所の研究では、甲状腺がん有病率の観察数と予測数の比率は30.8にもなると示されたが、この増加は過剰診断に起因するものとされた[
36]。


8.甲状腺がんの高有病率についての公式見解
福島医大によると、福島県で診断された甲状腺がんの高有病率は過剰発生ではなく、無症状の人たちに高精度の超音波機器を用いたスクリーニングを行った結果の過剰検出、すなわち、スクリーニング効果、ということである。福島医大関係者は、2013年2月頃から早くも「スクリーニング効果」という表現を使い始めており、福島での甲状腺がん症例は、ずっと将来まで何の症状も起こさないであろう、おとなしい「潜在がん」が診断されている、すなわち、過剰診断である、と提唱している。

国立がん研究所の津金昌一郎氏と片野田耕太氏は、2014年11月に県民健康調査検討委員会の甲状腺検査評価部会に提出した文書[xiii]で、2010 年時点の福島県の 18 歳以下の甲状腺がん有病者数を推計し、1巡目と比較した[37]。2014年8月時点での悪性ないし悪性疑いの104人は、事故前年の約61倍だと試算し、「スクリーニング効果だけで解釈することは困難」であり、なんらかの要因にもとづく過剰発生、あるいは過剰診断に起因すると述べている。

スクリーニング効果や過剰診断、またはその両方を提唱している研究者らは、がん症例の臨床的特徴を考慮していないと思われる。鈴木眞一氏は、がん症例の多さをスクリーニング効果としながらも、手術の妥当性を支持するためか、過剰診断を主張してはいない。スクリーニング効果の前提は、スクリーニングなしではもっと後になるまでがんが発見されないことだが、腫瘍径10mm以下の微小がんでさえもアグレッシブな特徴を持つという事実は、これらのがんがスクリーニング効果であるという主張を弱めている。

9.がん症例の前回検査の結果
2巡目検査で悪性疑いと診断された71人の1巡目での結果は、33人がA1判定、32人がA2判定(結節7人、のう胞など25人)、5人がB判定、1人が1巡目を未受診だった。58人(A1判定の33人とA2判定で結節以外だった25人)で、悪性になりえる病変が1巡目で見られなかったということは、1)診断漏れ、2)1巡目から2〜3年の間にがん病変が急速に成長、という2つの可能性を意味する。2番目の可能性は、小児甲状腺がんの潜伏期間が4年であるということと矛盾している。

関係者の説明は、このどちらでもない。甲状腺検査の責任者である大津留晶氏によると、1巡目の超音波画像を確認したところ、診断漏れではなかった。(この主張は、独立検証されていない。)大津留氏は、がんが急速に成長した可能性を否定しており、これらのがんは、「新たな発症」ではなく、「新たな検出」であると主張している。第26回検討委員会の議事録に収録されている大津留氏の説明は、「超音波検査では非常に検出されやすい小さな結節が一部にありますけれども、境界が曖昧であったり、結節の密度が低くて正常組織と交わり合っていたり、正常の組織と性状が近いような結節などの場合は超音波で検出しづらいという特徴があります。」 というものである[38]。つまり、「結節はそこにあったのだが、超音波で見えなかっただけ」だというのだ。大津留氏はまた、以前は検出されなかった結節が、超音波で検出できる大きさになった時に、突然結節ができたように見えることはある、と述べている。(この主張は、1巡目でA1もしくはA2の判定を受け、2巡目以降の健診を受診しないという選択をした人たちの中でも、「新たに検出」されたがんが同様の割合で存在している可能性を示唆している。しかしそのような例があったとしても、公式なカウントには含まれない。)大津留氏は、超音波で検出された後の結節は、急激に大きくなっているわけではないのが一般的だ、とも述べている。

10.性比について
甲状腺がんの性比は、年齢が低い時は1:1に近づくが、加齢と共に女性の比率が高くなり[39,40]、放射線被ばくの影響下では男性の比率が高くなることが知られている[41]。性比は、1巡目で女:男=1.97:1、2巡目で女:男=1.22:1だったが、いずれも有症状での性比の最新値である女:男=7.9:1[42]よりかなり低い。なぜか、平成27年度対象市町村では、常に男性の方が女性より多く甲状腺がんと診断されており、現時点での性比は女:男=1:1.38だが、これについて何の調査も分析も行われていない。

2017年2月の第26回検討委員会で大津留氏は、がん登録データでも思春期前後までは性比は1:1に近く、剖検データでは成人でも1:1か男性がやや多いと説明し、「検診を行うと一般的には男女比が小さくなるというふうに科学的には予想されております。」と結論づけた[38]。

大津留氏の「科学的」な説明は、説得力に欠けている。2000〜2012年のがん登録データから計算すると、思春期前後の性比(女:男)は1:1よりも2:1 か3:1に近い(表3)。剖検データをスクリーニングに当てはめることの妥当性は非常に疑わしく、スクリーニングが積極的に行われた結果、甲状腺がんの発症率が増加した韓国では、スクリーングによって男女比が高くなっているという証拠は見られない[43]。

表3:2000〜12年の地域がん登録データの甲状腺がん罹患率全国推計値[22]に基づいた性比


11.放射線影響についての公式見解
福島医大の見解は、前述の『甲状腺がんと核事故』からの引用文に要約されている[9]。

「甲状腺がんの高有病率と放射線被ばくの関係は、事故後あまり年数が経っていないこと、被ばく線量が非常に低いこと、甲状腺がん患者の年齢分布と地理的分布、ドライバー変異のパターン、そして病理学的特徴などのいくつかの観点から、非常に考えにくいと思われる。これは、過去5年間の結果は、スクリーニング効果による過剰診断であることを示唆している。」

この記述は整合性に欠け、矛盾している。たとえば、「過去5年間の結果」というのは、1巡目と2巡目の結果を合わせてしまっており、1巡目がベースラインであるという独自の設定と相いれない。また、年齢分布の違いというのは、1)事故後の異なる期間(福島では事故後すぐの3年間、チェルノブイリでは事故から3〜4年後)[44,45]、あるいは、2)福島での事故後すぐの3年間とチェルノブイリ事故後の年数不特定の期間での比較[46]という、不適切な比較に起因している。実際、事故後の同時期での比較[47]では、福島とウクライナでの甲状腺がん症例の年齢分布が「驚くほど似ている」のである。これらの不適切な比較は、また、事故後最初の4〜5年が潜伏期間である、つまり、非常に年齢が低い人たちでがんが成長するには時間が足りない、という関係者の主張と相反している。(2018年2月8日追記:文献44は、2016年9月14日に開催された第24回「県民健康調査」検討委員会で資料8「福島とチェルノブイリにおける甲状腺がんの発症パターンの相違について」として提出されている。文献45は文献44に対する反論で、その和訳はこちらに掲載されている。)
 
放射線発がんの通常の考えでは、放射線誘発性のDNA損傷が突然変異につながることに焦点が当てられており、「放射線誘発性」がんは、放射線で「イニシエート」されたがんに限定されている。しかし放射線は、がんの発達をイニシエートもプロモート(促進)もすることができる、「完全発がん物質」である[48,49]。放射線誘発性のDNA損傷は、ゲノム不安定性をもたらしたり、複数の発がん段階に関連する可能性を持つ様々な経路を活性化するため、イニシエーションとプロモーション、そしてプログレッション(進行)を区別するのは、現実的には困難なのである[48]。

実際、電離放射線は、国際がん研究機関(IARC)により定義された発がん物質の重要な10特性のうち、1)遺伝毒性がある、2)DNA修復を変える、あるいはゲノム不安定性を生じる、3)酸化ストレスを誘導する、という少なくとも3つの特性を持っている[50]。酸化ストレスは活性酸素種(ROS)を生じるが、ROSは細胞外および細胞内でバイスタンダー効果をもたらすことが知られている[51]。ゆえに定義上では、放射線の発がん特性に、遺伝的および非標的効果が含まれることになる[xiv]。酸化ストレスの誘導は、細胞損傷につながり微小環境に影響を与える。システム生物学の視点からは、放射線の非標的効果は、微小環境への影響を通してがんの発達を促進するという極めて重要な状況を生み出していると提唱されている[52,53]。

ワールドトレードセンターヘルスプログラムで用いられている米疾病予防管理センター(CDC)の政策文書「Minimum Latency & Types or Categories of Cancer(最小潜伏期間とがんの種類やカテゴリー)」は、リンパ増殖性と造血器がんを除くすべての小児がんの最小潜伏期間を1年、成人の甲状腺がんの最小潜伏期間を2年半と定めている[54]。

以上のことから、福島の甲状腺がん症例のすべてではないにしても、何例かでは、放射線被ばくにより、既存の前がん細胞ががん細胞に促進された結果だと考えても矛盾せず、広い意味での放射線影響と言える。したがって、1巡目が放射線影響が見られないベースラインであるという考えは無効となる。

福島での総放射線被ばく線量はチェルノブイリよりも低い可能性がある一方、ほとんどの県民が実際にどれほど被ばくしたのかは分かっておらず、推定被ばく線量は色んなレベルで過小評価されている。食品規制がただちに行われたという公式見解[55]に反し、食品の放射能検査と出荷規制[56,57]が実際に行われたのは、事故直後ではなく、その数日後だった[15]。避難や屋内退避が迅速に行われたという公式見解は、避難区域からの避難のタイミングと方向を考慮していない[58,59]。また、1080人での実測値(いわゆる「1080人調査」)[60]は、複数の要因のため、過小評価されている可能性が高い。1080人調査は、1)精度の低いサーベイメーターを用い、2)放射性ヨウ素131の半減期が過ぎてから、3)バックグラウンド放射線値が高い状態で行われ、4)そのバックグラウンド値を測定値から差し引く際に、空間線量ではなく、個々の肩で衣服の上から測定された放射線量を用いることで、過剰に差し引いた可能性がある[61]。測定値が高かった人たちの精度が高い甲状腺モニターによる追跡調査は、「本人家族及び地域社会に多大な不安・言われなき差別を与えるおそれ」のため、行われなかった[62[xvi]。そもそも、1080人でのデータというのは、事故当時18歳以下だった県民約36万人のわずか0.3%にしかすぎず、代表値とは言い難い。さらに、ヨウ素132、テルル132やヨウ素133のような短命核種からの寄与が考慮されていない[59]。加えて、100 mSv以下ではがんの増加は見られないという公式見解[63]を覆すかのように、それより下では放射線の影響がないという、放射線のしきい値は存在しないこと、また100 mSvよりもはるかに低い線量でもがんが検出可能であることを支持する報告が相次いでいる[64,65,66,67,68,69,70]。

日本では食事を介したヨウ素摂取量が多いため、放射線ヨウ素の吸収、そして甲状腺がんのリスクが低くなると考えられているが、実際の尿中ヨウ素レベルから、子どもの16.6%が軽度から中度のヨウ素欠乏症であることがわかっている[71]。ヨウ素欠乏リスクは、6歳未満と12〜18歳という、そのほとんどが非給食群である年齢グループで高い。さらに、日本の粉ミルクはヨウ素未添加であることも合わせると、放射線への感受性が特に高い乳幼児での甲状腺がんリスクが懸念される。前述のとおり、県民の大多数で、事故後の安定ヨウ素剤投与が行われなかった。

福島医大の大平氏らによる研究[18]は、「個人の外部被ばく線量と甲状腺がんの有病率との間に有意な関連」は見られなかっために、がんの有病率に地域差はないと結論付けた。しかしこの研究には、不十分あるいは不適切な研究デザイン、不適切な地理的分類[xvii]、さらに、外部被ばく線量への誤解を招くような依存[xviii]という欠点を負っている。甲状腺がんリスクというのは、外部被ばく線量ではなく甲状腺被ばく線量で評価されるべきものである。外部被ばく線量による地理的分類の不適切さは、福島第一原発から南へ約40kmに位置するいわき市を最小線量グループに入れることの不適切さを際立たせている。いわき市は、放射能プルームに直撃はされたが、降水がほんの少ししかなかったために放射性物質があまり地面に沈着せず、甲状腺被ばく線量が外部線量と一致していないのである[72]。いわき市の甲状腺被ばく線量推計値は、線量が最も大きなグループの中の飯舘村や川俣町のと同じくらい高く、現に、1080人調査での甲状腺被ばく線量実測値の最大値は、いわき市の子どもで見つかっている[58]。

福島医大関係者らは、福島県全体を4つの地域(避難区域等13市町村、浜通り、中通り、会津地区)に分け、1巡目結果で悪性ないし悪性疑い者率に地域差がなかったと報告した(「先行検査」結果概要確定版[5]の表9を参照のこと)。しかし、この解析は、年齢補正をしておらず、地域区分と被ばく量との関係が弱いため、あまり意味がない。

一方、2巡目データの独立した解析では、被ばく線量が比較的少ない平成27年度市町村(いわき市以外)での年齢補正済み悪性率が、被ばく線量が比較的多い平成26年度市町村よりも統計的に有意に低いことが示されている[73]。実効線量推計値のあるがん症例の分析では、線量推計が1 mSv以上での悪性率が、1 mSv未満の2倍以上となり、有意差が示された。さらに、統計的検出力の弱い[74]公式の地域区分を用いたとしても、2巡目の悪性率に明らかな地域差が見られ、避難区域等13市町村で49.2(10万人あたり、以下同)、中通りで25.7、浜通りで19.6、会津地区で15.5だった[75]。地域差があるということは線量反応があるということで、甲状腺がんの高有病率と放射線被ばくの関係を否定する公式見解と矛盾することになる。(2018年2月8日追記:文献73〜75は、岩波書店『科学』に掲載されており、インターネット上では閲覧できないため、URLにリンクしていない。)

福島ではBRAF点変異がよく見られる一方、チェルノブイリではRET/PTC再配置が多いという、ドライバー変異パターンの違いは、必ずしも放射線影響を除外するわけではない。その理由は、公式見解の媒体とも言える前述の「甲状腺がんと核事故」の第12章[76]に、英国の分子病理学者ジェリー・トーマス氏により、はっきりと次のように述べられている。「RET再配置とBRAF変異は放射線被ばくに関連していないが、患者の手術時年齢と強い関わりがある。」つまり、チェルノブイリで頻繁に見られ、放射線被ばくのせいであると言われているRET再配置が実際に関連しているのは、放射線ではなく[77]、乳頭がんの形態とそれに関与している患者の年齢なのである[78]。RET再配置は、放射線誘発性の甲状腺がん特有ではない上、ヨウ素摂取状況に関連している可能性がある。BRAF V600E点変異は成人とアジア人種でよく見られるが[79]、これもヨウ素摂取状況に関連している[80]。事実、ウクライナ米国甲状腺研究コホートの甲状腺がん62例の4割で、RET/PTCやBRAFを含む既知の変異が見つからなかった[81]。同様に、福島はチェルノブイリと違うとする、唯一の病理学的特徴である充実性乳頭がんの福島での欠如(少なくとも公式報告で[xix])は単に、異なる年齢グループの不適切な比較を反映しているにすぎない可能性が強い。

福島とチェルノブイリは確かに異なる。しかし、その違いは単に、福島とチェルノブイリのデータはそもそも異なるデータであるということを、明確に示しているにすぎない。この、「違い」の強調によるミスリードは、論理破綻を浮き彫りにし、ブーメランと化しているのである。

12.最後に
甲状腺検査の今後は、論争を引き起こしているトピックである。福島医大で過剰診断を主張する研究者らは、がんの診断による心理社会的影響を軽減するという名目で、甲状腺検査の規模を縮小し、検査の受診を辞退すること(オプトアウト)を推進しようとしている[82]。EU傘下のSHAMISENプロジェクトは、つい最近、核事故後の健康調査についての提言を発表したが、システマティックな甲状腺がんスクリーニングは推奨していない[83]。福島医大の研究者もこのSHAMISENプロジェクトに参加しており、放射線医学県民健康センターの英語ウェブサイトにこの提言が掲載[84]されているのは、提言への賛同を暗に示していると言える。一方、福島医大の甲状腺外科医の鈴木氏は、甲状腺検査を長期にわたって行うことを勧めている。2巡目結果がきちんと解析さえされていない現状で甲状腺検査のあり方を変えてしまうのは、時期尚早であるとしか言えない。福島医大の透明性、科学的公正性およびデータ保全性が疑われている今、真の意味での独立した分析が、最新のエビデンスに基き、有資格の専門家によって行われることが、極めて重要である。(2018年2月8日追記:2017年9月末に、放射線医学県民健康センターの英語ウェブサイトがリニューアルされ、国際会議等の情報が見つけにくくなり、同年7月に提言が出されたばかりのSHAMISENプロジェクトに関連するページがアクセス不能となっていることが発覚した。ゆえに、文献84のリンクもアクセスできなくなっている。)



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[i]  被ばく集団でベースラインを確立することの科学的妥当性は不明である。
[ii]  2巡目と3巡目の二次検査も同時進行しているかもしれず、また、人手不足のような運営上の問題が二次検査の遅滞に繋がっている可能性もある。本来、2年(1巡目は3年)と定められたスクリーニング期間が、実質、それ以上に延びてしまい、次回スクリーニングと重なっている。この状況でスクリーニング各回の結果を厳密に分析することは、不可能に近いかもしれない。
[iii]  甲状腺検査は、20歳までは2年ごとに実施されるが、25歳からは5年ごとの節目健診に移行する。25歳節目健診に移行している県民が甲状腺検査を未受診の場合は、検査結果は2巡目結果に計上されるため、2巡目期間は2016年3月に終了していても、その受診者数は増加する見込みである。
[iv]  診断基準検討部会は、日本甲状腺学会、日本内分泌外科学会、日本甲状腺外科学会、日本超音波医学会、日本超音波検査学会、日本小児内分泌学会、日本乳腺甲状腺超音波会議(現在は日本乳腺甲状腺超音波学会に改名)の「甲状腺7学会」のメンバーで構成されている。部会の議事録によると、診断基準検討部会は定期的に開催され、甲状腺専門家らが、公表前の結果について議論を重ねてきている。会議も部会員の名前も非公開である。議事録は、こちらからアクセスできる。https://www.i-repository.net/il/meta_pub/ssearch
[v]  この甲状腺検査では、のう胞は悪性の可能性を持たないコロイドのう胞とされている。充実部を持つのう胞は、のう胞自体のサイズで「結節」と分類される。つまり、10.0 mmののう胞が充実部を持つ場合、10.0 mmの結節と診断され、B判定とされる。
[vi]  4歳児の症例は、いまだに公式結果に入っていない。
[vii]  日本の診療ガイドラインでは、甲状腺全摘が絶対的適応でない限りは、葉切除と予防的リンパ節郭清が推奨されている。
[viii]  日本の診療ガイドラインでは、実質、TNM分類と同じ分類が用いられているが、日本ではさらに、甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤を表すEx分類が加えられている。Ex1はT3と同等で、浸潤が甲状腺被膜をこえるが、胸骨甲状筋あるいは脂肪組織にとどまるもの、Ex2はT4と同等で、浸潤が甲状腺被膜をこえ、胸骨甲状筋や脂肪組織以外の組織あるいは臓器に明らかに波及しているもの、と定義されている。
[ix]  鈴木氏の発表動画によると、49例のpT3分類は、甲状腺に限局する4 cmを超える腫瘍だからではなく、甲状腺外への微少進展(pEx1)のためだった。
[x]  括弧内の数字は症例数だが、提示された手術適応条件を2つ以上満たす症例があるためか、合計は33にならない。
[xi]  男女合わせた年齢階級別の甲状腺がん発生率(100万人あたり)は、0〜4歳で0人、5〜9歳で0.6人、10〜14歳で3.1人、15〜19人で13.6人、20〜24歳で37.5人だった。
[xii]  福島の甲状腺結果が真のベースラインであり3県調査と違いが無いならば、日本全国で同様の小児甲状腺がん罹患率・進行度を示していることとなる。
[xiii]  この文書「福島県における甲状腺がん有病者数の推計」は日本語のみでしか存在しないが、筆者のブログに非公式英訳が掲載されている。http://fukushimavoice-eng2.blogspot.com/2015/08/the-estimated-number-of-prevalent-cases.html
[xiv]  放射線影響研究所の現所長である丹羽大貫氏でさえ、1995年に、「放射線は自然発がんプロセスを強化することによりがんを誘発する」「放射線発がんの最初のステップは、突然変異の直接的誘発ではないかもしれない」と述べている。(丹羽大貫 放射線発がんモデル 1995年 https://inis.iaea.org/search/search.aspx?orig_q=30007142
[xv]  公式見解では、牛乳や他の食品の規制が速やかに行われたことになっているが、暫定規制値が設定されたのは、事故から6日後の2011年3月17日だった。さらに、高濃度に汚染された原乳の検査結果は3月17日に出てはいるが、実際に公表されたのは3月19日だった。
[xvi]  2011年4月11日付の文書には、放射線医学研究所の理事長で、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の前議長(2015〜2017年)だった米倉義晴氏の、「追跡調査を実施しなくても問題はないと考えられる」という見解が示されている(引用文献62の74ページ目の添付資料23)。
[xvii]  この論文では、その一部か全体が20km圏内に入る市町村が、中程度の線量の地域に入れられている。UNSCEAR2013年報告書で示された20km圏内の甲状腺被ばく線量推計値は、この論文での中程度の線量の地域に入っている市町村の一部よりも高い。
[xviii]  外部被ばく線量推計値は、任意提出の問診票の情報に基づいているが、回答率は26.4%と低く、県民全体を代表しているとは言い難い。
[xix]  甲状腺癌取扱い規約第7版での変更により、福島で診断された低分化がん3例中2例が充実性乳頭がんと再分類されているはずである。

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