福島県の小児甲状腺がん症例について現在わかっていること


福島県の県民健康調査の甲状腺検査により診断された甲状腺がん症例の詳細について、現時点で判明している情報をまとめた。
1)2014年11月11日に開催された第4回 甲状腺検査評価部会で鈴木眞一氏によって公表された手術の適応症例について。
2)2014年11月14日の日本甲状腺学会学術集会での鈴木眞一氏の発表「小児〜若年者における甲状腺がん発症関連遺伝子群の同定と発症機序の解明」の抄録テキストおよび口頭発表からの情報。学術集会の質疑応答時の長瀧重信氏の発言も。
3)2014年8月28日の日本癌治療学会学術集会での鈴木眞一氏の発表「福島における小児甲状腺癌治療」の抄録テキスト。

なお、同様の情報の英語版はこちら
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第4回 甲状腺検査評価部会 
資料3 手術の適応症例について

震災後 3 年を経過し、2014 年 6 月 30 日現在までの二次検査者 1,848 名からの細胞診実施者 485 名中、悪性ないし悪性疑いは 104 例であり、うち 58 例がすでに外科手術を施行されている。
58例中55例が福島医大甲状腺内分泌外科で実施され、3例は他施設であった。また、55 例中1例は術後良性結節と判明したため甲状腺癌 54 例につき検討した。
病理結果は 52 例が乳頭癌、2例が低分化癌であった。
術前診断では、腫瘍径 10 ㎜超は 42 例(78%)、10 ㎜以下は 12 例(22%)であった。また、10 ㎜以下 12 例のうちリンパ節転移、遠隔転移が疑われるものは 3 例(5%)、疑われないもの(cT1acN0cM0)は 9 例(17%)であった。
この9例のうち7例は気管や反回神経に近接もしくは甲状腺被膜外への進展が疑われ、残りの2例は非手術経過観察も勧めたが本人の希望で手術となった。
なお、リンパ節転移は 17 例(31%)が陽性であり、遠隔転移は 2 例(4%)に多発性肺転移を疑った。
術式は、甲状腺全摘 5 例(9%)、片葉切除 49 例(91%)、リンパ節郭清は全例に実施し、中央領域のみ実施が 67%、外側領域まで実施が 33%であった。出来る限り 3cm の小切開創にて行った。
術後病理診断では、腫瘍径 10 ㎜以下は 15 例(28%)かつリンパ節転移、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 M0)は 3 例(6%)であった。甲状腺外浸潤 pEX1は 37%に認め、リンパ節転移は 74%が陽性であった。術後合併症(術後出血、永続的反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症、片葉切除後の甲状腺機能低下)は認めていない。

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2014年11月14日 日本甲状腺学会学術集会

小児〜若年者における甲状腺がん発症関連遺伝子群の同定と発症機序の解明

鈴木 眞一、福島 俊彦、松瀬 美智子、平田 雄大、岡山 洋和1、大河内 千代1、門馬 智之2、水沼 廣1、鈴木 悟、光武 範吏3、山下 俊一3

福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座、福島県立医科大学器官制御外科学講座、長崎大学原爆後障害研究所社会医学部門放射線災害医療研究分野

超音波診断技術の進歩や小児甲状腺超音波健診の実施などで、小児・若年者甲状腺がんと診断される患者数が増加している。しかし、これらのがん発症・進展に関わるメカニズムは、未だ十分に解明されていない。今後、さらに症例数は増加するものと考えられ、これらのがんの生物学的特徴を明らかにするために癌発症関連遺伝子群の同定と発症機序の解明を行う。今回は、既知の甲状腺がん発症関連遺伝子につき検討した。

対象:小児〜若年者で手術が施行された24例(男女比、1:2、平均年齢17.9歳(9−22歳)である。23例は乳頭癌、1例は濾胞癌であった。(注:口頭発表では、1例は低分化癌だった。)

方法:切除された腫瘍組織から抽出したDNA・RNAからダイレクトシークエンスおよびRT−PCRにて、BRAF、K-、N-、H-RASの変異およびRET/PTC1、3のrearrangementにつき検討した。

結果:BRAFは67%に変異陽性であった。またRET/PTC1は12.5%にrearrangementを認めたが、RET/PTC3、K-、N-、H-RASの変異はすべて陰性であった。

考察:既知の遺伝子変異の検討では、小児に多いとされるRET/PTC rearrangementの頻度は低く、むしろ成人と同様にBRAF遺伝子変異を高率に認めた。通常成人型の乳頭癌と同様のパターンを示したことは、若年者小児甲状腺癌発症のメカニズムを考察する際に極めて重要な結果といえる。


日本甲状腺学会学術集会の口頭発表からの情報

23例は乳頭癌、1例は低分化癌。
23例の乳頭癌のうち、典型的なclassical typeの乳頭癌が19名、follicular variant(濾胞性)の乳頭癌が1名、cribriform-morular variant(篩状モルレ型)、いわゆる家族性大腸腺腫症の合併症が認められる乳頭癌が3名。
福島県民健康調査での手術は23名 通常入院は1名(22歳女性)

遺伝子変異の分析結果。
RET/PTC13例(12.5%)で陽性(平均年齢17.8歳)
ETV6/NTRK31例(4.2%)で陽性(16歳女性)
成人に多いとされているBRAFは、18例(67%、3分の2)で陽性。(平均年齢18歳)
小児に多いとされているRET/PTC30、その他、K-N-H-RASTRK0
これらの遺伝子変異すべて陰性が5例(平均年齢16.7歳で全例女性)
通常入院の22歳女性はRET/PTC1陽性。

BRAFRET/PTC1ETV6/NTRK3すべて、典型的なclassical typeの乳頭癌。
すべて陰性の5例は、1例は濾胞性乳頭癌、1例は低分化癌、3例は篩状モルレ型乳頭癌。篩状モルレ型乳頭癌はAPC遺伝子変異によることが知られるため、現在検査中)。陰性5例は腫瘍径がやや大きく、この陰性5例のみ全摘。

篩状モルレ型乳頭癌の3例は、家族歴・本人歴あり。

BRAFaggressiveな症例と言われている。RET/PTC1は、非被ばくでやや年齢が高い人で見られ、RET/PTC3は、若年で見られ、放射線誘発性の乳頭癌の原因遺伝子とは言われていないが、チェルノブイリで良く見られたが、今回は検出されなかった。遺伝子再配置は小児で多く、点変異は成人で多いのが定説とされてきた。

結論として、通常成人型乳頭癌同様の変化であり、今回の症例が福島における原発事故後の小児超音波検診で発見されたものであり、通常であれば成人で発見された可能性のある癌が、検診によって小児あるいは若年の段階で発見された可能性が強い。

質問1BRAF変異は予後が悪いと言われていて、その根拠のひとつに、小児で検出率が低いからとずっと言われているが、この発表はそれを覆すものになるのか。

鈴木氏:これは発見動機がスクリーニングなので、前倒しなので、この人たちがスクリーニングされないで成人で発見されたとしたらどうだったか、というのをもう少し踏まえなければいけないけど、そこはもう少し見ないとわからない。

質問2BRAFが多かったということは、福島の放射線による影響というのはほとんど考えにくいのか?

鈴木氏:なんらかの原因で小児に甲状腺がんが発症してくるというメカニズムが、今まで知られているもののパターンよりも、むしろ成人型でよく見つかる変異を、こういう検診をするということで少し早めに見つかっている。決して早過ぎるというわけでもないが、きわめて予後が悪いというわけでもない。

学術集会の質疑応答時の長瀧重信氏の発言など

阪大・岩谷教授の質問:放射線で甲状腺癌が増えているというデータを持っておられる方がおられるのか?これまでの演題では目につかなかったが。

長瀧氏:ちょうど今、環境省会議をやっていて、会津地方との地域差があること、今までの罹患率とスクリーニングの罹患率が大きく違うことの2点を理由にエビデンスを提示して増加していると声高に発言されている方がいて、その方に同調する市民団体も存在している、と申し上げておく

岩谷教授?:それを信じるかどうかは別にして、そういう方がおられるということですね。では、鈴木先生に質問だが、RET/PTC3がないから放射線影響がないと言う印象を私は持っておりますが、それでよいのか。

鈴木眞一氏:RET/PTC3が放射線影響の証拠というわけではないが、今回見つかったのが通常成人型でよく見られるBRAFなので、スクリーニングによって前倒しで見つかっていると思われる。
(中略)
長瀧氏:甲状腺癌が増加していると発言されている方には専門家会議にも来ていただいたが、会津地方の検査結果が出ていない中で言われているので、全く根拠に欠ける。これだけの甲状腺の専門家が多く集まる中で増えたと言われてないことを大きく受け止めます。ありがとうございます。

長瀧氏:アメリカ甲状腺学会で、要請をされて、Meet-the-Professorというので、「福島原発事故と甲状腺がん」というタイトルで講演してきた。内容はオープンにされたもので、鈴木先生と相談してスライドを作った。これは30万人のスクリーニングという前代未聞のことで、それで結果は、結節の大きさが何ミリという話だけなのか、一体バセドウ病は何人いたんだ、自己免疫疾患の患者はどれくらいいたんだ、あるいはgoiter(甲状腺腫)はどうだったんだ、という質問をされた。これはプライバシー(個人情報保護)であると言ったが、プライバシーとは個人の名前などであって、何人のうち何人がバセドウ病ということは全然プライバシーと関係ないんだ、しかも、専門家がスクリーニングしたのなら、当然甲状腺疾患の見当はついたのだろうと、後でしつこく聞かれた。書いて返事をすると言ったが、そこはどう考えたらいいのか。志村先生?
志村氏:検診目的は結節を見つけることで、それよりさらに診るとなると保険診療をして診て行く場合もある。数は多くないがデータをまとめて発表していきたいと思っている。

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第52回 日本癌治療学会学術集会
2014年8月28−30日
8月28日 10:00〜12:00
臓器別シンポジウム03
「甲状腺がんの治療戦略のUp to Date −小児甲状腺がんの治療戦略−」(プログラムpp.127−128)


OS3-5「福島における小児甲状腺癌治療」
鈴木眞一
福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座

小児甲状腺癌は全甲状腺癌の約1−2%と稀なものとされてきた。発見時には肺転移や広範なリンパ節転移を認め、一見進行している様に見えても長期予後は極めて良好である。

2011年3月11日、東日本大震災後に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故後、福島県では長期にわたる放射線の健康影響と向き合わなければならなくなった。福島県では県民健康調査が開始され、その1つとして事故当時の小児甲状腺超音波検査が開始されている。すでに先行調査が終了し、甲状腺癌も発見されている。この、従来の有病状甲状腺癌とは異なり、超音波スクリーニングで発見された無症状の小児甲状腺癌に対する治療経験について報告する。

対象は2011年10月から2013年12月31日までに一次検査が施行された269,354名(受診率80.8%)である。そのなかで二次検査が必要とされた1796名のうち75名が穿刺吸引細胞診によって悪性ないし悪性疑いとなった。34名がすでに手術が施行され、33名に甲状腺癌が確定した。うち当科で手術を実施した31例につき報告する。

手術時平均年齢は16.4歳(9−20歳)、男女比14:17、23年度(国指定の避難地地域等の13市町村)施行例9例、24年度施行例22例である。

手術時平均腫瘍径14.9mm(6−31mm)である。術前診断でT1 22例(T1a7例、T1b15例)、T2 7例、T3 2例、N0 19例、N1 12例(N1a 4例、N1b 8例)、M0 29例、M1(肺)疑い2例であった。手術は片葉切除28例、全摘3例、リンパ節郭清は中央区域郭清19例、外側区域郭清12例であり、術後病理診断では、乳頭癌(通常型)24例、濾胞型乳頭癌3例、びまん性硬化型乳頭癌3例、低分化癌疑い1例であった。pT 21例(pT1a 9例、pT1b 12例)、pT2 3例、pT3(EX1)7例、pN0 7例、pN1 24例(pN1a 12例、pN1b 12例)であった。術前M1(肺)疑いが2例あり、全摘術後血中Tgが感度以下に低下したため、後日肺CTないし131Iシンチグラフィを予定している。

全例術中NIMによる反回神経モニタリングを行い、中央区域郭清では3cm、外側区域郭清では3−5cmの皮膚小切開にて実施した。反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症は認めていない。




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