Thyroid誌に投稿された、ウクライナと福島での小児甲状腺がん患者の年齢分布についてのエディターへの手紙の和訳


2014年10月発行のThyroid誌(米国甲状線学会の機関誌)に掲載されたエディターへの手紙には、山下俊一氏や鈴木眞一氏が共著者として名を連ねている。

この手紙のタイトルは、"Age Distribution of Childhood Thyroid Cancer Patients in Ukraine After Chernobyl and in Fukushima After the TEPCO-Fukushima Daiichi NPP Accident"「チェルノブイリ事故後のウクライナと東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島での小児甲状腺がん患者の年齢分布」で、1ページ足らずの本文と、棒グラフ2つを含む図ひとつにより構成されていた。有料記事ではあるが、共著者の1人がネット上で公表していた。以下は、手紙の日本語訳である。(追記:2016年7月現在は無料公開されている。)



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「チェルノブイリ事故後のウクライナと東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島での小児甲状腺がん患者の年齢分布」
マイコラ・D・トロンコ、ウラジミール・A・サエンコ、ヴィクトル・M・シュパック、テティアナ・I・ボグダノヴァ、鈴木眞一、山下俊一


放射線被ばくを受けた子どもでの甲状腺がんの多発は、1986年4月26日に起きたチェルノブイリ事故による健康影響として世界中で知られている。ウクライナでは1990年以降、甲状腺がんの罹患率の急激な増加が見られており、それ以前の時期は、ベースライン発生率の上昇が有意に見られなかった、いわゆる潜伏期間であった(1)。現時点では、チェルノブイリで潜伏期間中に診断された若年患者の症例は、放射線影響とはみなされていない。


2011年3月に、東京電力福島第一原子力発電所で大規模な原子力事故が発生した。福島県では、長期の低線量放射線の健康影響を調べるために、県民健康管理調査が開始された。その一部である甲状腺超音波検査プログラムは、2011年3月時点で18歳以下だった福島県民約36万人の頸部超音波検査を行なう目的で、2011年10月に始められた。このプログラムでは、2014年2月時点で対象者の約80%が受診し、75例の悪性ないし悪性疑い症例が報告された(2)。これらの症例は、先例のないマス・スクリーニングにおいて、高精度の超音波機器が使われたという、発生率の上昇が避けられない状況で検出された(3)。つまり、甲状腺スクリーニングは、この地理的地域で初めて、スクリーニングを受けたことがない集団において行なわれたのである。34例で手術が行なわれ、病理診断によると、1例が良性結節、1例が低分化甲状腺がん疑い、そして32例が甲状腺乳頭がんであった。これほど高い有病率は予測されていなかったため、専門家と公衆によって広く議論されており、放射線被ばくへの関連の可能性を懸念する声も時々ある。


図1に示されているのは、ウクライナで、潜伏期間中およびそれ以降の最初の数年間に診断された、事故当時18歳以下の甲状腺がん患者と、福島で診断された(事故当時18歳以下の)患者の、被ばく時年齢による分布を示した。チェルノブイリ後のウクライナの潜伏期間中に診断された患者と、福島で診断された患者のグラフの輪郭は、驚くほど似ている。その反面、潜伏期間後に放射線誘発性のがんが発現し始めてからウクライナで診断された患者の年齢分布は、主として異なっている。放射線誘発性の甲状腺がんに最も高いリスクを持つとされている、被ばく時に5歳以下だった多くの人たちが見られているのである。そのような患者は今の所、福島では診断されていない。


われわれの見解では、もしも福島での甲状腺がんが放射線によるものであるとすれば、被ばくした4−5歳の子どもでの症例がもっと予測されたはずである。さらに、福島での甲状腺被ばく線量は、チェルノブイリでよりもはるかに低い(4)。これから先、潜伏期間が過ぎてから現れるかもしれない甲状腺がん症例に関しては、さらなる分析が必要であろう。特に留意すべきことは、甲状腺被ばく線量再構築、被ばく時年齢と診断時年齢、腫瘍の形状(チェルノブイリでは、短い潜伏期間後に発達した小児甲状腺乳頭がんで頻繁に見られたのは、充実性成長パターンだった)、そして、スクリーニング導入後の症例数の上昇である「刈り取り効果」が見られるかどうかである。




図1.ウクライナでの潜伏期間(1986〜1989年)とその後の期間(1990〜1993年)に診断された甲状腺患者と、福島で2011〜2013年に悪性ないし悪性疑いと診断された患者の、被ばく時年齢による分布。棒グラフの上に表示された数字は、その被ばく時年齢における患者数である。異なる集団サイズ、そして異なるスクリーニング・プロトコル、特に福島における、より系統的なアプローチ、集団受診率の高さ、および高性能の超音波機器によるスクリーニングため、この2つの地域での放射能事故の症例数の絶対数を比較することは不適切である。

(和訳、ここまで。本文内文末の括弧内の数字は引用文献番号である。引用文献リストは、元論文を参照のこと。)

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解説:図1の、ウクライナと福島での小児甲状腺がん患者の年齢分布で比較されている部分を赤線で囲った。この手紙は実質、福島県での被ばく時年齢分布が5歳以下を含んでいれば、放射線影響であると言えるだろう、と述べている。事実、山下俊一氏や鈴木眞一氏らは、福島県の甲状腺検査で甲状腺がんが診断され始めてから、事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がんが診断されていないために放射線の影響であるとは考えにくい、と何度も述べている。このグラフを見ると、ウクライナで事故当時5歳以下だった人たちで甲状腺がん症例が急激に増加したのは、事故から5年経ってからだったことが明らかである。すなわち山下俊一氏や鈴木眞一氏らは、福島県の潜伏期間中とチェルノブイリでの潜伏期間後の症例の被ばく時年齢分布という、比較すべきでないことを比較していたという事実が、この図1を見ると明らかである。

しかしそもそも、「似ている」とされる年齢分布の輪郭にしても、ウクライナで事故後すぐに超音波検査によるスクリーニングが行なわれていたのではなく、「似ている」からこうである、という結論が出せるというわけではない。また、この手紙の中で4年間と設定された潜伏期間は実際はもっと短いのではないか、と潜伏期間自体の妥当性を疑問視する意見もある。

余談だが、この手紙は、山下俊一氏が所長をつとめる、長崎大学の原爆後障害医療研究所 放射線リスク制御部門 放射線災害医療学研究分野 の論文リストにも入っている。




福島民友紙面版「甲状腺検査 4人 2巡目がん疑い  1巡目異常なしの子ども」文字起こし


オンライン記事 
福島で甲状腺がん増加か 子ども4人、放射線影響か確認

 福島県の全ての子どもを対象に東京電力福島第1原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。25日に福島市で開かれる県の検討委員会で 報告される。

 甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。調査主体の福島県立医大は確定診断を急ぐとともに、放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4~5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。



2014年12月24日付けの福島民友紙
面版より




(画像提供:@info_Fukushimaさん


以下、紙面版の文字起こし。英訳はこちら

甲状腺検査 4人 2巡目がん疑い 1巡目異常なしの子ども


 本県の全ての子どもを対象に東京電力福島第一原発事故による放射線の影響を調べる甲状腺検査で、事故直後の1巡目の検査では「異常なし」とされた子ども4人が、4月から始まった2巡目の検査で甲状腺がんの疑いと診断されたことが23日、関係者への取材で分かった。25日に福島市で開かれる県の検討委員会で報告される。

 甲状腺がんと診断が確定すれば、原発事故後にがんの増加が確認された初のケースとなる。

 調査主体の福島医大は確定診断を急ぐとともに、放射線の影響かどうか慎重に見極める。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では4−5年後に子どもの甲状腺がんが急増した。このため医大は、事故から3年目までの1巡目の結果を、放射線の影響がない現状把握のための基礎データとしてとらえ、2巡目以降でがんが増えるかなどを比較し、放射線の影響を調べる計画。

 検査の対象は1度目が事故当時18歳以下の約37万人で、2度目は事故後1年間に生まれた子どもを加えた約38万5千人。それぞれ1次検査で超音波を使って甲状腺のしこりの大きさや形状などを調べ、程度の軽い方から「A1」「A2」「B」「C」と判定し、BとCが血液や細胞などを詳しく調べる2次検査を受ける。

 関係者によると、今回判明したがんの疑いの4人は震災当時6〜17歳の男女。1巡目の検査で2人が「A1」、残る2人も「A2」と判定され、「異常なし」とされていた。4人は、今年4月からの2巡目検査を受診し、1次検査で「B」と判定され、2次検査で細胞などを調べた結果「がんの疑い」と診断された。腫瘍の大きさは7〜17.3ミリ。

 4人のうち3人は、原発事故が起きた2011年3月11日から4ヶ月の外部被ばく線量が推計でき、最大2.1ミリシーベルトだった。4人はそれぞれ大熊町、福島市、伊達市、田村市に居住していた。

 また、1巡目でがんの診断が「確定」した子どもは8月公表時の57人から27人増え84人に、がんの「疑い」は24人に(8月時点で46人)になったことも新たに判明した。

和訳:イアン・フェアリー「原子力発電所近辺での小児がんを説明する仮説」


原子力発電所近辺での小児がんを説明する仮説  イアン・フェアリー

英語原文はこちら(有料)、英語原文PDFこちら
注:この和訳は、著者であるイアン・フェアリー氏の許可を得ている。



ハイライト

  •      原子力発電所近辺でのがんの増加について、世界中で60以上の調査が行われてきており、そのほとんどで白血病の増加をしめしている。
  •       ドイツ政府のKiKK調査研究は、非常に有力な証拠を提供している。
  •       本仮説は、がんは原発近辺に居住する妊婦への放射線被ばくによって発生すると提案する。
  •       燃料棒交換時の放射性核種の大気中への放出スパイク(急上昇)が被ばくの増加に繋がる可能性がある。
  •       公式の線量推計値とリスク増加との間の食い違いについての説明がされている。


アブストラクト

世界中の60以上の疫学研究により、原発近辺での小児がん発症率が調査されてきた。ほとんどの研究で白血病の増加が示されている。このうちのひとつ、ドイツ政府から委託された2008KiKK調査研究では、ドイツのすべての原発で、5 km以内に居住している乳幼児においての相対リスク(RR)が、全がんで1.6、白血病で2.2であることが判明した。KiKK調査研究は、これらのがんの増加の理由についての議論を再燃させた。本稿で提案されている仮説は、がんの増加は、原発近くに居住する妊婦への放射線被ばくにより引き起こされるとしている。しかし、どのような理論でも、原発からの放出物による公式線量推計値と観察されたリスク増加の間に1万倍以上の食い違いがあることを説明できねばならない。ひとつの説明としては、原発からの放射性核種の大気放出スパイクによる線量が、年間平均を用いることにより希釈されてしまっている公式モデルの線量推計値よりも、大幅に上回る可能性が考えられる。さらに、胎芽と胎児へのリスクは、成人へのリスクよりも大きく、造血組織の放射線感受性は、新生児よりも胎芽と胎児でもっと大きいと思われる。被ばく線量の増加の可能性と線量あたりのリスクの増加の可能性を掛け合わせた積が、説明となるかもしれない。

1.はじめに

1950年代初めに、Folleyら(1952により、原爆被爆者において白血病リスクの増加が観察された。1950年末には、Stewartら(1958が放射線被ばくにより白血病発症率が上昇するのを観察した。それ以来、多くの研究(BEIR, 1990; Preston, 1994; IARC, 1999)が、医療・職業・環境由来の放射線被ばくが白血病のリスク要因だと示してきた。さらに、それ以前のエコロジカル研究とケースコントロール研究(Forman, 1987; Gardner, 1991; Pobel and Viel, 1997)が、原子力発電所とその近辺での小児白血病との関連性を明らかにした。

1980年代後半から1990年代初期に、英国のいくつかの原子力施設近辺で小児白血病の発症率の増加が報告され、これに対して色々な説明が提示されたが、英国政府の「環境における放射線の医学的側面に関する委員会(COMARE)」は、一連の報告書(1986; 1988; 1989; 1996)で、理由は不明であるが、放射線被ばくが関連しているとは考えにくいと結論づけた。これは主に、これらの施設から放出された放射線量の公式推計値が、白血病増加の原因となるには桁違いに低過ぎたからである。実際、どの理論であっても、原発から放出される放射能からの線量の公式推計値と観察されたリスク増加の間の、10,000倍以上にもなる大きな食い違いを説明する必要がある。

世界中での疫学的証拠のパターンは、現在、明らかに、原子力発電所近辺での白血病リスクの増加を示している。LaurierBard1999と、Laurierら(2008は、世界中の原発近辺での小児白血病に関する文献を考察した。これらの2つの研究では、60以上の研究が確認された。これらの研究の独立したレビュー(FairlieKörblein, 2010)では、ほとんどの研究で、小児白血病のわずかな増加が明らかになったが、多くの場合は統計的に有為ではなかったことが示された。LaurierBardと、Laurierらのほとんどは、フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)に所属しており、 ほとんどの原発の近くで小児白血病のクラスターが存在したことを確認したが、それより広範な結論を出すことは避けた。FairlieKörblein2010のレビュー論文は、原子力施設近辺での、特に小さな子どもにおける白血病発症率増加を示す証拠は大量にあり、かなり説得力があるものだと結論づけた。

この結論は、各国の多施設研究のメタ分析2つにより裏付けられた。BakerHoel2007は、英国、カナダ、フランス、米国、ドイツ、日本とスペインの136の原子力施設を考慮した17の研究論文のデータを評価したが、9歳以下の子どもで、白血病死亡率が5−24%高く、白血病罹患率が14−21%高かった。しかし、この分析は、SpixBlettner2009に批判された。

Körblein2009による2つ目のメタ分析は、ドイツ、フランスと英国の原発を考慮し、原発近辺での小児白血病リスクと白血病死の相対リスク(RR = 1.33; 片側p = 0.0246)の統計的に有意な増加を見つけた。さらに他の研究(Guizard, 2001; Hoffman, 2007)が、フランスとドイツでの白血病発症率増加を示した。しかしCOMARE2005; 2006)は、この結論を支持しなかった。

後に、Bithellら(2008により英国の、Laurierら(2008によりフランスの原発近くでの小児白血病の増加が見つかったが、どちらのケースでも症例数は少なく、統計的有意さが見られなかった。すなわち、この増加が偶然であった可能性が5%以上あるということだった。しかし、これらの増加を報告するのではなく、研究は、ただ統計的有意さが欠けていたためだけの理由で、英国とフランスの原子炉近辺での白血病の増加は「証拠がない」(Bithell)や「示唆されない」(Laurier)というような誤った結論に達した。これらの結論は間違っていた。著者らは、観察された白血病増加を報告し、それが偶然起こった確率が5%より大きいと付け加えるべきだった。

さらに詳細に説明すると、p値(すなわち、観察された影響が偶然であるかもしれない確率)は、影響の大きさと研究サイズの大きさに影響される(WhitleyBall, 2002)。これが意味するところは、統計的有意さのカットオフ値(普通はp = 5%)を恣意的に設定することは、統計的に有意ではないというだけで帰無仮説(すなわち、影響なし)を間違って受け入れることになるために、統計的検定の際には注意が必要だということである(SterneSmith, 2001)。これは、第二種過誤の可能性を生む。これはしばしば小規模の研究で起こるが、その理由は、影響がないというよりも、サンプルサイズが小さいためである。(Everett, 1998)。Axelson2004は、多くの疫学研究で統計的に陰性の結果が見られる場合、実際に存在するリスクが隠されているかもしれないために、それらの研究の妥当性が疑問であると指摘している。

2. KiKK調査研究

KiKK調査研究では、ドイツのすべての原発から5 km以内に居住する乳児と5歳以下の子どもの中で、白血病で120%の増加、全がんで60%の増加が見つかった(Kaatsch, 2008b; Spix, 2008)。原発への近さに伴うリスク増加は、距離の逆数の傾向で検定された場合、全がん(p = 0.0034, 片側)でも白血病(P = 0.0044)でも統計的に有意だった。

KiKK調査研究は、大規模かつ適切に実施された研究である。その調査結果は科学的に正確で、証拠は特に強力である。そして研究を委託したドイツ政府の連邦放射線防護庁は、その調査結果を確認している。連邦放射線防護庁に指名された専門家グループは、「本研究では、ドイツ国内で、診断時の居住地から最寄りの原発への距離と、5歳の誕生日の前にがん(特に白血病)を発症するリスクに相関性があることが確認された。本研究は、どの生物学的リスク要因がこの関係を説明できるかを述べることはできない。電離放射線への被ばくは、測定もモデリングもされなかった。この研究で以前の結果を再現はできるが、現在の放射線生物学的および疫学的知見は、ドイツの原発から通常運転中に放出される電離放射線が原因であると結論づけることを許容するものではない。本研究は、交絡因子、選択あるいは無作為さが、観察された距離傾向に影響を与えているのかを、確証的に明確にすることはできない」と述べた(BfS, 2008 [訳註:このリンクは削除されており、最新の専門家グループ報告書はこちらである]

ひとつの問題の可能性は、KiKK調査研究が、妊娠初期の居住地でなく、白血病診断時の居住地からの距離を考慮したということである。本仮説(下記参照)が正しいのであれば、これは結果に不確実性を加えることになる。これに対処する最善の方法は、妊娠初期時の居住地を把握する新研究である。

3. KiKK調査研究後の研究

KiKK調査研究は、小児白血病論争を再燃させ(Nussbaum, 2009)、その結果、英国(COMARE, 2011)、フランス(Sermage-Faure, 2012)とスイス(Spycher, 2011)での研究が行われた。KiKK調査研究の調査地域からのデータを用いたドイツでの地理的研究(Kaatsch, 2008a)を加えると、現在、デザインが似ており、エンドポイント、距離の定義と年齢カテゴリーが同じのデータセットが4組存在する。これらの4研究の結果は似ており、特に、原発から5 km圏内での白血病の増加は、表1Table 1)に示されているように、ほぼ同じである。

KörbleinFairlie2012は、これらの4研究から、原発から5 km以内に居住する5歳未満の子どもにおける急性白血病のデータを統合解析した。5 km圏内での標準化罹患比(SIR)は表1に示され、全体のSIRは、1.3790 CI: 1.13-1.66, p = 0.042, 片側)だった。


  
また、白血病リスクの距離依存性の形を調査するために、KörbleinFairlie2012は、4組のデータセットを合わせ、距離の逆数への線形および線形二次的依存性を用いてポアソン回帰分析を行った。図1Figure 1)で示されているように、線形二次モデルがデータにより適合した。



赤池情報量規準で最も適合したのは、5 km圏内での過剰発生率を >5 km圏での発生率と比較して推計したモデルだった。著者らは、距離がr 5 kmの場合のSIR0.950.90-1.00)であると発見した。この2つのSIRから、相対リスクの1.37/0.95 = 1.44p = 0.0018)が得られた。片側検定では、この結果は非常に有意であった(p = 0.0009)。この統合解析は、原発近辺での白血病増加の統計的に強力な証拠を提供し、これは、承前の著者らの統計的に有意でないという供述と矛盾した。

上記の証拠の優位を考慮すると、小児白血病発生率と原子力施設への近さとの関連性に関する異議はない。議論の残りは、その原因および、エネルギー政策への影響についてである。

4.原発近辺でのがんの増加の理由は何なのか?

KiKK調査研究の著者らは、「報告された結果は(中略)放射線生物学的および疫学的考察下では予期されるものではなかった」、そして、白血病の増加は「説明ができないままである」と述べた。そして、「小児がんと、特に小児白血病に関しては、この [KiKK調査研究の]結果に対する必要強度であるリスク要因がないことが知られている。」と付け加えた(Kaatsch, 2008b)。

原子力施設付近での白血病クラスターが、1984年に英国のセラフィールド原子力施設付近で初めて発見されて以来、これらのがんの増加の原因の可能性について多くの議論がなされてきた。しかし、1980年代よりも今の方が、原因を確かめることに少し近づいている。

人口混合によるウィルス仮説(Kinlen, 2004)、小児における感染症への異常な反応(Greaves, 2006)、がんへの遺伝的素因、あるいは複合要素などの、様々な案が提示されてきている。これらのどれも、KiKK調査研究の中心的な結果である、がんの増加が原発への近さと強く関連していたということに言及していない。また、Garderら(1990は、小児白血病とセラフィールドからの距離の有意な関連性は、父親が受けた職業被ばくの線量で説明できると示唆したが、白血病の発症率増加は、ひとつの村、シースケール、すなわち、母親ら全員が居住していた場所のみに限定されており、一方、父親らは広範囲に居住していた。

環境曝露間での相互作用で、まだ理解されていないものがあるかもしれないため、この増加は、複合要因により引き起こされている可能性がある。例えば、放射線と化学物質の相乗効果は、がんリスクを増加させる働きがあるかもしれない(Koppe, 2006; Wheldon, 1989)。この理由は、KiKK研究調査では探究されなかったが、原発からの微量の化学物質の放出によるリスクは非常に少ないと推定される。ほとんどの観察者は、原発から放出される化学物質の影響を気にしておらず、それを考察した研究はあるにしても多くはない。その一方で、放射線被ばくは白血病の増加をもたらす可能性があり、原発から放出される放射性物質は大量である。

Körblein2008は、また別の説明を提示した。線量−リスク関係は、線形ではなく、曲線(すなわち、超線形)であるというのだ。これは、なぜ影響が原発近辺の5 km以内に留められているのか、そしてなぜ、毎年燃料棒が交換される際に起こる放射性核種の大気放出スパイクが放射線リスクに矛盾した影響を持つか、の説明になる。後者のポイントは、下記で議論されている。

5.仮説:環境放出からの胎内被ばく

がんの増加は、原発近辺に居住する妊婦の胎内の胎芽や胎児への、原発からの気体状および液体状の放射性放出物による放射線被ばくに起因する、という仮説が立てられる。この仮説は以前にも討論されているが(Fairlie, 2010)、この論考は、さらに理論を広げ、大気放出スパイクと統合解析結果に関する新たな情報も入れており、推定被ばく線量と観察されたリスクの間の約1万から10万倍にもなる隔たりの説明を試みている。

この理論は、KiKK調査研究では、増加した固形がんのほとんどが「胎児性」であった、すなわち、新生児が固形がん、あるいは生後に完全な腫瘍に発達した前がん組織を持って生まれてきたという観察に起因する。図4Figure 4)で示されているように、これは白血病でも起こる。

この理論はまた、KiKK調査研究の、乳児と子どもの白血病発症率の増加は原発の排気筒への近さと綿密に関連していたという知見にも起因している。

この仮説は、大体毎年起こる原発からの放出スパイクが、原発近辺に居住する妊婦による放射性核種の取り込みに繋がり、結果として胎内の胎芽や胎児がラベリングされるということである。これらの放射性核種濃度は、長期にわたって存在し、胎芽や胎児の放射線感受性を持つ組織への高線量の被ばくに寄与し、その後、がんをもたらす可能性がある。これは、30年以上前に、カナダのトロント近辺の原子力施設からのトリチウム[汚染水]の放出による健康影響の可能性を調査したオンタリオ水力問題特別委員会への証言(Provincial Government of Ontario, 1978)において、BEIR III委員会の前委員長の故・エドワード・ラッドフォード教授によって初めて提案された。

この仮説には5つの主な要素がある。まず1つ目は、がんの増加が原発からの大気放出物による放射線被ばくに由来するかもしれないということ。2つ目は、原発からの大気放出スパイクが、原発から5 km圏内に居住する住民への線量率を大きく増加させるかもしれないということ。3つ目は、観察されたがんが胎内で発生するかもしれないということ。4つ目は、胎芽と胎児への線量とリスクが現在理解されているよりも大きいかもしれないということ。そして5つ目は、胎児期の造血細胞の放射線感受性が非常に高いかもしれないということ。これらの5つの要素を合わせると、原発からの放出による放射線被ばく量推定値とKiKK研究調査で観察された影響との間の1万-10万倍の食い違いについて、可能な説明を提供することができる。

5.1 原発からの放射性放出物

原発からくる放射能の主なものは、その相対的に大きな放射性核種の放出である。これについては、表2Table 2)を参照のこと。KiKK調査研究の設定時に原発からの放出物が想定されていたのは、原発の排気筒からの距離が測定され、モニターされた地域は大多数が原発から風下だったことから分かる。



原子炉の炉心からの直接的なガンマ線や中性子、炉心の中性子からのスカイシャインの地面への反射、電線からの電磁波放射線、例えば作業員の作業服による自宅の放射能汚染なども考慮はされたが、どれも、原発からの比較的大きな放射性核種の放出と比べると、詳細に検証されていない。

原発からの放射能放出は、大気への放出と、ドイツでは川へ、他国では海洋への放出を通して起こる。 人への集団線量のほとんどは、大気への放出に起因する。原発の放出核種による放射線リスクは、ほとんど文献で議論されていない。Evrardら(2006は、フランスの原子力施設近辺での白血病発症率を、ガス状の放出物からの推定被ばく量に基づいた地理的区域を用いて推計した。この研究では、被ばく線量が最大のグループで白血病リスクの増加は見つからなかったが、年間μSvという非常に低線量の推定値に依存しており、これがどのように算出されたのかの説明がなく、大きな不確かさを含むかもしれない。

C14(炭素14)とH3(トリチウム)の大気への放出は比較的多く、原発付近の草木や食物での放射性核種濃度を高くする。トリチウム(H-3)の半減期は12.3年、炭素14の半減期は5730年である。原発付近の草木や食物の水分内でのトリチウム濃度のドイツのデータがないために、カナダのデータが示されている(図2Figure 2)。カナダの重水炉からのトリチウムの放出はPWR型やBWR型原子炉からよりもはるかに大きいが、どのタイプの原子炉の近くでも、草木や食物内の放射性核種濃度の上昇は同じパターンで起こると予期される。他のタイプの原子炉の近くでのトリチウム濃度は、英国政府の年次報告(RIFE, 2011)から入手できる。



1Figure 1)によると、リスク−近さの関係性は、1/r2に比例しており、傾き(10 kmまでの距離では)は約マイナス2である。観察されたトリチウム濃度−距離の関係性は、KiKK調査研究の回帰分析で示された、5 km圏内でのリスク−距離の関係性と似ている。

5.2 放射性核種の大気放出スパイク

原発での放射性核種の大気放出スパイクは、一年に一度ほど、使用済み核燃料を新しい核燃料と取り替えるために、原子炉が開けられ減圧された時に起こる。図3(Figure 3)では、201191925日の第38週間目のドイツのグンドレミンゲン原発C号機の排気筒内の30分ごとの希ガス濃度が示されている。トリチウムと炭素14とその他の放射性核種は、希ガスと同時に放出されると予期される。



このデータを入手した核戦争防止国際医師会議ドイツ支部(IPPNW, 2011)によると、1年の間の平時の希ガス濃度は、約3 kBq/m3である。2011922-23日の点検時および燃料棒交換時には、これが1470 kBq/m3、すなわち、平時の濃度の約500倍に上昇した。この週の間の希ガス放出量は、年間推定放出量のほぼ半分だった(Körblein, 2008)。

これらの大気放出スパイクが起こっている間の原子力発電所近辺と風下の住民らへの被ばく量は、年間の他の放出時より、もっと大きいかもしれず、その推計値は20倍から100倍の範囲である。その理由は、部分的には放出期間に関連している。短期の放出は、細いプルームを発生させるからである。もっと長期の放出の場合、プルームの幅が大きくなり(幅は、期間の分数冪として非線形的に異なる)、結果として、放出されたBqごとの個人線量が低下する。また理由の一部は、大気放出スパイクが環境物質と人体により高濃度の汚染をもたらし、体内での滞留時間が長くなり、特に有機結合型トリチウムと有機炭素からの被ばく線量が、結果として高くなるからである。

英国の全国線量評価ワーキンググループ(NDAWG, 2011)は、大気への短期放出に関する指針を発表した。これによると、年間放出量すべてが単一の短期間に起こったと注意深く仮定すると、「(前略)一度の現実的な短期放出の評価による線量は、継続した放出の評価による線量より20倍大きい」。それ以前の研究(Hinrichsen, 2001)では、線量は最大100倍かもしれないと示されている。実際の線量の増加は、原子炉への距離、プルームの幅、風速、風向きと地元住民の食生活や習慣などを含む多くの要因に依存する。ここでは、吸入被ばく量が経口摂取からの被ばく量よりも多いことは暗黙の了解である。原発近辺(2−3 km圏内)では、ほとんどの環境輸送モデルで吸入被ばく線量の方が経口摂取の被ばく線量よりも大きいと予測するが、もっと遠くではその反対が真実である。

現時点では、原発近辺の重要なグループへの線量は、いまだに継続放出評価法によって計算されている。

5.3 観察されたがんは胎内で発生するかもしれない

上記のように、この仮定は、KiKK調査研究で増加した固形がんが胎児性だった、すなわち、新生児ががんを持って生まれて来たという観察に起因している。RössigJürgens2008は、乳児白血病は胎内で発生し、出生後まで完全な白血病に発展しないと示唆しており、これは図4に示されている。



5.4 胎芽と胎児の胎内被ばくへの放射線感受性

胎内被ばくによる放射線リスク、すなわち、胎芽と胎児の放射線感受性に関する一番良いデータは、1950年代から1970年代にStewartら(1956によって行われた、英国オックスフォード小児がん調査(OSCC)である。もっと最近では、Wakeford2008が、オックスフォード小児がん調査および世界中の30以上の同様の研究のデータを包括的に再考した。後の研究では、スチュアートにより最初に発見された15歳未満の子どもにおける胎内被ばくのリスクの存在と規模が確認された。WakefordLittle2003は、その前に、OSCCと他のデータから、(母体の)X線への腹部照射に起因する、15歳未満の小児における白血病の相対リスク(RR)が1グレイあたり5295 CI: 28,76)であると推定していた。

このリスク推定値を提案された仮説に適用するには、3つの訂正をしなければいけない。まず最初に、白血病診断のピーク年齢は2−3歳なので、5歳未満(KiKK調査研究での設定)での白血病リスクは、15歳未満でよりも大きい。これにより、相対リスクの平均は約1.5倍大きくなる。

また、オックスフォード小児がん調査での被ばく例のほとんど(90%以上)が、妊娠後期に起こっており、妊娠初期での被ばくであれば、リスクはおそらく5倍ほど大きくなると推定されている(Stewart, 1958)。

さらに、これらのリスクはX線外部照射によるものだが、本仮説で論じているリスクは、内部被ばくに起因すると仮定されている。内部被ばくの推定値はあまり存在しないが、Fucicら(2008によると、体内の放射性核種からの胎内リスクは、ちなみにこれは白血病ではなくて自然流産の場合であるが、X線からのリスクの4−5倍であると提案されている。これらの因子を掛け合わせると、妊娠初期における放射性核種の内部被ばくからの、0−5歳での白血病の相対リスクは次のように計算される。

RR = 1グレイあたり52(オックスフォード小児がん調査)x 1.50−5歳児)
  x 5(妊娠初期)x 5(内部被ばく)
   = 1グレイあたり1,950 = 1ミリグレイあたり約2

これが正しければ、ヒトの胎芽と胎児の放射線感受性は、現在認識されているよりもはるかに高いことが示唆される。また、年間約1 mGyのガンマ線の平均自然放射線量(ラドンを除く)が、自然発生の小児白血病の大きな原因である可能性を持つことが示唆される。これは既に提案されている(Wakeford, 2009; Mobbs, 2009)。

興味深いことに、上記の相対リスク推計値の1 mGyあたり約2というのは、他の研究からのリスク推定値と似ている。Stevenson2001は、妊娠初期での胎内被ばく後の小児白血病の倍加線量が約2 mSvであると観察した。そして、Stewartら(1956は、英国オックスフォード小児がん調査での妊婦へのX線からの腹部照射量は2−3 mGyであると推定した。

KiKK調査研究が原発近辺の小児での白血病リスクがほぼ倍であった(RR = 2.19)という発見をしたことが思い起こされる。上記の議論から、この倍増は、KiKK調査研究での胎内被ばく線量が実際は数mSvだったかもしれないことを示唆するが、これはドイツ政府による1歳児の公式線量推計値(Deutscher Bundestag, 2007)であり、年間数μSvとは1000倍違うことになる。この線量推計における矛盾の説明を下記で試みる。

5.5 胎児期の造血細胞の放射線感受性の上昇

最後に、胎児の造血系、すなわち、骨髄とリンパ組織内の造血細胞の放射線感受性を考慮する必要がある。これらの組織には自己再生能力を持つ幹細胞が含まれる。細胞分裂の際に、娘細胞の一部は幹細胞のままであるために、幹細胞の数はほぼ同じに留まる。幹細胞の放射線誘発突然変異は、白血球の奇形率の増加をもたらす可能性がある。

骨髄には比較的多数の幹細胞が含まれており、胎芽と胎児の組織の中では放射線感受性が最も高い組織のひとつだと思われ、これは最低でも3度の機会に示唆されている。Gardnerら(1990)が父系性受胎前照射仮説を出版した後、BMJ誌はこの仮説の色々な側面を疑うレターをいくつも出版した。Morris1990からのレターでは、白血病発症率がガードナーらが観察したように10倍になった原因が突然変異だと仮定して、生殖細胞に影響をもたらすのであれば、放射線誘発性の突然変異率は100−1000倍に増加しなければいけないだろう、と述べた。これが胎内での初期の時期にリンパ球に影響をもたらすのであれば10倍、胎内期を通してリンパ球に影響するのであれば1.8倍のみの増加が必要となる。Morris1992も参照のこと。Morrisはその前(1989)に、被ばく経路は不明ではあるが、後者が一番もっともらしいメカニズムに思えると述べていた。

その2−3年後に、Lordら(1992が同じ事を示し、胎児期の造血細胞の放射線感受性が、出生後の造血細胞の最大1000倍まで高いかもしれないと示唆し、この損傷を誘発する様々なメカニズムは、胎芽・胎児期の様々な段階で起こると付け加えた。

もっと最近では、Ohtakiら(2004が、胎内被ばくした原爆被爆者の白血球における染色体転位の頻度の研究で同じ事を示唆し、胎児の造血系のリンパ球前駆細胞の放射線感受性は非常に高く、もしかして出生後のリンパ球の100倍ほどかもしれないことを発見した。この研究から、Wakeford2008は、放射線感受性を持ち突然変異により小児がんを引き起こす単細胞は、妊娠後期を含む妊娠期間中ずっと活発さを維持し、出生後は活発でなくなると推測したが、現在、なぜそうであるかという理由は明らかでない。

この、出生前の造血細胞の放射線感受性の明らかな上昇は、KiKK調査研究での公式推計線量と観察されたリスクレベルの間の矛盾を説明する大きな要因かもしれない。

6.線量とリスクの間の1万ー10万倍の食い違いは説明可能なのか?

原発からの放射性核種の放出物ががんの増加に至るかもしれないという説明は、「原子力発電所により起こる放射線追加被ばくは、KiKK調査研究で報告されたリスクを起こす放射線被ばくより1000倍以上低い。」とし、ドイツの放射線防護委員会(SSK)(2008により却下された。KiKK調査研究の著者らは、「ドイツでの自然バックグラウンド放射線量は年間1.4 mSvで、医療検査からの被ばく量は年間約1.8 mSvであるが、ドイツの原子力発電所近辺での放射線被ばく量は、その1000倍から100,000倍低い。」と述べた。

これは、どのような説明がなされるにしても、4-5桁の違いを説明せねばならないことを意味する。公式線量とリスク推定がそんなに大きく異なることがあるだろうか?最初は、これは有り得ないと思われたが、上記のKiKK研究調査の線量とリスクは、胎芽と胎児ではなく、小児に対してのものである。すなわち、この2つのグループの間には、線量や放射線感受性に関して大きな違いがある。

原発由来の推定被ばく線量とKiKK調査研究で観察されたリスクとの間の食い違いを説明するには、推定されたリスク(1 mSvあたりのがん死数)を推定被ばく線量(mSv)で掛け合わせる必要がある。これは、線量とリスクを別々に考察しなければいけないということである。まず最初に、線量推計値を考察する。

6.1 不正確な線量推計値

現在の線量推計値は、下記の理由のために不正確な可能性がある。

(i) 放射性核種の放出スパイクが、原発から風下の住民の線量を、年間平均線量と比べて20倍(NDAWG, 2011)から100倍(Hinrichsen, 2001)に増加させるかもしれない。
(ii) Statherら(2002は、妊娠中のトリチウム摂取後の胎児のトリチウム濃度は、母親のトリチウム濃度より60%多いと推定した。トリチウムは、主にトリチウム水蒸気(HTO)として、どの原発からも大量に放出される。トリチウムは、近辺の住民の放射線量に大きく寄与するだろうと予期されている。英国健康防護機関(HPA, 2008)は、トリチウム水蒸気の大気への放出後の被ばくによる胎芽と胎児の組織への線量は、成人の組織へと比較して、1.5−2倍増えると推定した。これらの研究では、炭素14に対しても同様の結果が見られた。
(iii) 残念ながら、公式なトリチウム線量測定は、筆者が過去に示した(Fairlie, 2008)ように、問題と誤解だらけである。国際放射線防護委員会(ICRP)によって用いられているトリチウムの放射線荷重係数(WR)は、かなりの放射線生物学的証拠がその2倍(AGIR, 2007)か3倍(Fairlie, 2007)であるべきだとしているのに、いまだに1である。その上、ICRPの公式トリチウムモデルは、有機結合トリチウム(OBT)からの線量を過小評価し続けている。トリチウムへの慢性被ばくを受けている人たちでは平衡状態での有機結合トリチウム(OBT)の線量は、トリチウム水蒸気(HTO)の線量の約4倍である。慢性的だが被ばく量が一定でない原発近辺の住民集団の場合、平衡状態まで達しないかもしれないため、有機結合トリチウム(OBT)の線量を推定するのが難しい。有機結合トリチウム(OBT)の発生を考慮するためには、トリチウム水蒸気(HTO)の線量を倍にするのが保守的な推定となる。

(iv) Richardson2009は、様々な代謝的な理由のために(ICRPモデルが人体の成長を考慮していないことを含めて)、乳児における放射性核種の線量係数(BqあたりのSv)は、成人のおよそ10倍以上であると付け加えた。

上記の線量因子(放射性核種放出スパイクからの20 x 胎児内トリチウム濃度からの2 x 生物学的効果比(RBE)からの2 x 有機結合トリチウムからの2 x 人体の成長からの10 = 1600)を掛け合わせると、承前の食い違いを部分的に説明することができる。もちろん、これは非常に大雑把な推計であり、正確だというわけではないが、上記の因子は、公式線量推計値が不正確かもしれないという可能性を示している。

実際、原発からの放出物の取り込みによる内部被ばく線量の推計には、大きな不確かさが存在しているかもしれない(Fairlie, 2005)。これは、英国政府の内部被ばくリスクに関するCERRIE委員会(2004の報告書の主な結論であった。ほとんどの線量推計においては無条件に不確かさが存在する。特に矛盾した証拠(たとえば白血病の多発など)が存在する際には、これらの不確かさが線量推計値を信頼できないものにしているかもしれない。

言い換えると、非常に少ない線量推計値と観察された高リスクの間の大きな隔たりの理由を理解しようとする時、線量推計値が小さいからと言って、放射線が原因である可能性を却下すべきではない。残念ながら、線量の不確かさは、ほとんど考察されておらず、上記のKiKK調査研究に関するドイツ、英国とフランスの研究、あるいはKiKK調査研究そのものでも考察されていない。

6.2 不正確なリスク推定

胎芽と胎児への放射線リスク、特に胎芽と胎児による放射性核種の取り込みによるリスクは、あまり良く特徴づけられていない。Richardson2009は、内部被ばくによる危険は、年齢が若い人で著しく増加すると観察した。原爆被爆者のデータから、乳児における線量単位あたりの放射線リスクは成人の約10倍であると推定された。さらに、Ohtakiら(2004は、胎児の造血系のリンパ球前駆細胞の放射線感受性が、乳児のリンパ球よりはるかに高く、おそらく100倍にもなるかもしれないことを発見した。

総括すると、上記で述べられたように、後述の約100倍のリスク増加を、線量の不確かさによる因子の約1000で掛け合わせる必要がある。その積は、原発からの推定被ばく線量とKiKK調査研究で観察されたリスクとの間の1−10万の違いに達し得る。再度繰り返すが、これが正確だと言うわけではないが、説明となる可能性が提示されたことになる。例えばチェルノブイリ、テチャ川、そして1950年代と1960年代の大気圏内核実験からの被ばくの研究では、小児白血病がそんなに増加しているわけではないことを認めねばならない。しかし、小児白血病が見つかっていないことは、これらの研究ですべての白血病症例が見つけられたのかという確認バイアスを含む、いくつかの要因による可能性がある。

さらに、最近の環境レビューによる証拠は、動物(そしておそらくヒト)の放射線感受性についての現在の推定が低過ぎると示唆している(Garnier, 2012)。このレビューでは、自然界で自由に暮らす動物の放射線感受性が、実験動物を用いた従来のモデルで予測されるよりも10倍高いことが示された。

7.結論

KiKK調査研究の観察を説明できるかもしれない生物学的メカニズムは、原発からの大気放出スパイクにより、近辺に居住する妊婦の胎内の胎芽や胎児の組織が放射性核種によるラベリングをされるということである。そのような放射性核種の濃度は、胎芽と胎児の造血組織を高線量に被ばくさせるかもしれない。妊娠期の放射性核種取り込みによる胎芽と胎児の特定の臓器や組織への累積被ばく線量およびリスクは、ICRP文書で特に考察されていない。

KiKK研究調査や他の研究で観察された白血病の増加は、取り込まれた放射性核種への胎児期での被ばくの結果、胎内で発生するのかもしれない。新生児が前白血病状態で生まれ、出生後に初めて白血病と診断されるということが示唆されている。放射能スパイクは、前白血病状態のクローンを生じるかもしれなく、出生後の2度目の放射線の直撃で、これらのクローンの中のいくつかが完全に白血病細胞化するのかもしれない。

これらの懸念を考慮し、原発に関して下記の情報が公表されるべきであると推奨する。

・間欠的な原発からの放出物、つまり大気放出スパイクによる放射線被ばく
・その結果としての、発達中の胎芽の骨髄への放射線被ばく量の推計値
・それに伴う、乳児や幼児への白血病リスクの推定
・これらの線量とリスク推定の信頼区間

さらに、欧州の原発近辺での白血病のより広範囲のケースコントロール研究が、できる限りKiKK調査研究と同じ方法、特に白血病症例と原発排気筒の間の正確な距離の測定を用いて設定されることが推奨される。


和訳:@YuriHiranuma
和訳校正:@iPatrioticmom@wtr000

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