原子力施設からの放射能の放出による健康への影響:過去と現在からの教訓


スティーブ・ウィング: カルディコット財団ニューヨーク・シンポジウム講演書き起こ
し和訳


スティーブ・ウィング

ノースカロライナ大学 ギリングス・グローバル公衆衛生学部 疫学科 准教授
放射線影響研究所 被爆二世臨床調査科学倫理委員会委員 http://www.rerf.or.jp/news/pdf/3rdfcs.pdf


講演詳細
ヘレン・カルディコット財団主催 ニューヨーク・シンポジウム
福島原発事故の医学的・生態学的影響
2013年3月11日・12日
アーカイブ動画
http://www.totalwebcasting.com/view/?id=hcf
 
スティーブ・ウィング 講演動画
1 http://www.youtube.com/watch?v=JTUbtcanzJM
2 http://www.youtube.com/watch?v=m1P61cZEAQQ
3 http://www.youtube.com/watch?v=094qx-CfyrI




私の講演タイトルは、このシンポジウム全体のどのスピーカーにも当てはまるのではないかと思います。柔軟性のあるタイトルを選んでみましたが、少し的を絞って、原子力施設から放出される放射能の健康への影響をどのように推定するか、と言う事をお話したいと思います。

ご存知のように、一般的には2つのアプローチがあります。その2つを、論理的基盤を含めて認識し、比較したいと思います。一つは、リスク評価によるアプローチです。ある推定線量を使って、その推定線量を線量反応カーブで掛けることにより、結果として、特定の線量に対しての影響の数、事象の数や疾病症例の数を推定することができるというもの。もうひとつの方法は、疫学で、これは病気に対して何らかの調査をすると言うことです。そして、被曝した集団と被曝をしなかった集団での疾病率の違いを見ます。

まず、リスク推定または予測からお話したいと思いますが、これは既に明らかなことかもしれません。しかし、私達、誰もが知っている「様々な種類の電離放射線への被ばくの長期的な結果を見るための無作為人体実験は不可能である」と言うことを再確認することは、価値あることです。実験はできません。人体実験はできないのです。ですから、細胞研究か動物研究から推測するか、無作為化人体調査、すなわち、疫学調査をするしかありません。このどちらの方法にも、バイアスと選択という問題があります。測定エラーと選択です。もちろん実験にもバイアスはありますが、今日はその話には言及しません。

つい最近、この文書がWHO(世界保健機関)から発表されました。



 
これは既に、一番最近でイアン・フェアーリーにより、このシンポジウムでも紹介されています。これはリスク評価またはリスク推定です。去年、福島について作成された線量推定に基づいています。


また、原爆生存者の寿命調査に基づいてもいますが、寿命調査については、お聞きになったことがあるでしょうし、今からもう少しお話もします。この線量推定について、イアン・フェアーリーも言及したいくつかの点を強調したいと思いますが、線量の要素で無視されたものが多くあります。委員会は、福島第一原発から20キロ圏内での被ばく線量を評価しないことにしました。キセノンなどの放射性ガスを評価しないことにしました。胎児の被ばく量を評価しませんでした。それから、ヴェルテレッキー博士がすでに十分に紹介されたと思いますが、胎児の被ばく量は考慮しなくてはいけないと思います。

まず最初にお話したいのは、寿命調査のことです。1970年代の出版物に載っているために長い間で回っている情報を少しと、この90日間の間に放射線影響研究所とノースカロライナ大学の私達の研究チームから出たごく最近の情報をお見せします。



これらのグラフでは、広島と長崎での即死者数が、原爆の爆発の爆心地からの距離に関連して示されています。そして、私達が用いているリスク評価の基礎となっている研究は、原爆投下後、5年以上経過するまで開始されなかった、すなわち、多くの人々が研究対象として生存しなかった、ということを、特に指摘しておきたいと思います。仮に、原爆投下の影響による死亡率に、脆弱さと、その後の数年という年月のリスクが、もしも関与しているとしたならば、この集団からは、最も放射能感受性の強い人達は除外された、ということになります。そして、これらの都市の物理的インフラの崩壊、食料供給、水の供給、病院、広島が台風に見舞われたということ、健康な人達が生き延びた多くの要因があるということは、特に覚えておくべき重要な点です。

また、癌の発症率の調査は、このシンポジウムでも既に言及されましたが、1958年まで開始されませんでした。なので、放射線被ばく後の癌発症率の、寿命調査に基づいた推定のどれにも、被ばく後13年間に発症した全ての癌が含まれていません。そしてこれは、寿命調査からのリスク評価が福島県の集団と日本全体の集団を含むどの集団に適用されたとしても、除外されている、ということです。そして、短期の影響として特に大事なのは、胎内被ばくと、また、白血病や肺癌のような、潜伏期が短い癌です。

1970年代の書籍である「原子爆弾投下の物理的、医学的、社会的影響」からの情報を少しお見せします。これは、長崎の原子爆弾投下からの放射能の描写です。



震央または爆心地があり、ガンマ放射線と中性子放射線が爆発から発生し、数秒で全て消えました。しかし、爆発の下の地面から来ている矢印で示されているように、中性子放射化によって誘導されたγ線とβ線放射線などの他の放射線源があります。そしてここ、西山区では、特に放射能フォールアウトがありました。そして原爆調査に責任を持つ放影研は、誘導放射線かフォールアウトという2つの放射線源による残留放射線からの被ばく量を全く推定しないことに決めたのです。

フォールアウトはまた、広島でも問題でした。この地図では、広島のどこにフォールアウト、いわゆる黒い雨が降ったかが描写されています。


 
この両方の描写で、フォールアウトがあったのが主に爆心地ではないことに注意してください。それでは、誰がもっと影響を受けたことになるでしょうか?離れた距離に住む人達です。これは疫学調査では重要です。なぜかというと、ガンマ線と中性子の爆風からの直接の被爆量が最少の人達が、フォールアウトから不相当な影響を受けたからです。

爆発の後、何が起こったのでしょうか?誰がグラウンド・ゼロの近くに居たのでしょうか?

そこに行く前にまず、フォールアウト、すなわち黒い雨についての説明を終えましょう。実は12月に放影研からこういう報告が発表されました。

 

 
被爆生存者に黒い雨に遭ったかどうかを聞いたのです。そして、私達が使っているリスク評価の元となっている最初の分析では、86,671人の生存者のうち、大体12,000人が「遭った」と答えましたが、21,000人以上は遭ったかどうかが不明なのです。私が強調したいことは、データの欠損、データ欠如は、寿命調査の中の大問題であり、もっと調査されるべきなのに、半世紀の間無視されてきているのです。

放影研はまた、この12月に、左側の1950年から2003年の間の広島と長崎での死亡率と、右側の1962年から2003年の間の死亡率について発表しました。



 


そして、過剰相対リスクがゼロのグループは、フォールアウトに遭っていないグループであり、黒い雨に遭ったと報告しているグループは、広島と長崎両方で、どちらの期間であっても死亡率に違いがありません。しかし、黒い雨に遭ったかどうかが不明のグループでは、広島と長崎の両方で死亡率が過剰です。広島では27%で、長崎では46%です。そして、1950年から2003年の、(黒い雨に遭ったかグループと遭ったかどうかが不明なグループの間の)違いと比べると、1962年から2003年の間では違いがほとんどありません。これは、1950年から1962年の間に、黒い雨に遭ったかどうか不明な人達の間ので、非常に大きな過剰の死亡率があったと言うことです。そして、その時期は、後ほど説明しますが、大変重要な時期でもあります。


次に、早期入市者の話をしましょう。この人達は、爆心地の近くで誘導放射線に曝露された可能性がある人達です。この表は、放影研による、2日目と3日目に入市して12時間滞在した人達の被曝線量推定値です。1日目の被曝線量推定値はありませんが、誘導放射線が急激に減少したのは分かっています。



 
 
これは、ヨウスケ・ヤマハタによって長崎の爆撃の翌日に撮られた写真です。


 

注意して頂きたいのは、人々が実際にそこにいると言うことです。この人達は、爆心地で被爆した人達ではありません。他の場所から来た人達です。市内を歩いています。家族や親戚を捜している人もいます。私が長崎に行った時、被爆者の方と一緒に原爆記念館のツアーをする機会がありましたが、その人はこの写真の向かって右側の女性を知っていました。


 


その女性はまだ生存していると説明してくれました。5年程前の話です。この写真では、その女性は自分の母親を見つけた所でした。


でも、人々はそこに居たのです。そして、爆風に最も曝露された人達ではありませんでした。遠くから来た人達でした。それは、また、寿命検査で考慮されていないタイプの放射線への格差的な曝露なのです。


次にお見せするいくつかのスライドは、ノースカロライナ大学の私達のグループからのものです。広島と長崎での3つのグループの人達の、爆心地からの距離です。最初のパネルは近距離生存者、次のパネルは遠距離生存者、最後のパネルは被曝線量推定値が不明の人達です。ご覧になると分かるように、近距離生存者だけが被曝線量推定値が不明で有り得ます。



 
 
それはなぜかというと、放影研は、遠距離生存者には被曝線量推定値を決める詳細面接調査を強いらなかったからです。この人達は全員、被曝線量推定値の最低値を割り当てられました。これは、欠損した被曝線量と曝露の間に関連性を強いることになります。曝露されていないと、欠損被曝線量がないということです。長崎でも同じ事が起こりました。
 
 

では、これは、寿命調査に関してどのような意味を持つのでしょうか?この表は、1950年代には、全ての癌と白血病による死亡率が、被曝線量が分かっている被爆者よりも被爆線量が不明の被爆者での方が高かった事を示しています。ということは、ここで、高線量に被爆したグループから、死亡率が高い人達が除外されたことになります。もしも死亡率が高い人達を高線量被曝を受けたグループから除外したら、それは線量反応推定にどのような影響を与えるでしょうか?明らかだと思います。



それでは、次に進みましょう。でもその前に、この1950年から1960年代初期にかけての期間について、もうひとつだけお話しなければいけないことがあります。1950年10月1日に、被爆生存者全員が追跡調査に登録されました。しかし、その時に、生存者全員が十分な面接調査を終えておらず、被爆線量推定値を与えられていませんでした。被曝線量推定値の割り当てに必要な面接調査は、1965年まで続きました。しかし、放影研は、世界中の集団に適応されるリスク係数を推定する分析全てにおいて、1950年10月1日に登録されたけど実際には後日まで調査に加わらなかった人達も考慮しました。これは疫学研究者が言う所の、「イモータル・パーソン・タイム」です。これがどう影響するかというと、近距離生存者における発癌率の分母を過大にするのです。故にこれは、近距離生存者における発癌率の過小評価に繋がる現象のひとつです。バイアスの原因のひとつになります。これがどこかで発表されているかは分かりませんが、私達が米国疫学雑誌(American Journal of Epidemiology)で発表した論文内で言及されています。

さて、寿命調査に関しては、あといくつかお話することがあります。胎内被爆の発癌影響についての情報がありませんが、これは明らかに大変重要です。胎芽と胎児は、おそらく子供よりももっと、放射線の発癌影響に敏感です。しかし、寿命調査ではそれに関連する情報が全くありません。それなので、その影響は、普通出回っている被曝線量推定値に全く考慮されていません。

では次に、4つの疫学調査について簡潔にお話したいと思います。私のここでのメッセージは、原爆被爆者の寿命調査に基づいて何が予想されているか、そして疫学調査では何が見られたかということです。

これは、昨日講演をしたデイヴィッド・ブレナーのグラフですが、寿命調査の線量反応推定に基づいて癌の死亡率の増加を見つけるために生涯追跡調査をしなければいけない人数の推定です。ご覧になると分かるように、この推定では、50mSv以下の低線量だと、何十万人から何百万人の人が必要になります。




私が最初にこれを知ったのは、1998年に放射能関連の研究に携わり始めた時ですが、その時、放射線被曝量が個人線量計でずっと初期からモニターされていた、オークリッジ国立研究所の作業員の死亡率の研究を割り当てられました。この写真では、作業員が自分の線量計を該当の場所に戻しているのが分かります。

そして、この集団のサイズが小さ過ぎるのと被曝量が少ないために、何の影響も見つからないだろうと言われました。なので、この分野での優位な知識との私の最初の出会いというのは、ほんの20年あまりの潜伏期の後に、線量反応関係が見つかっていた時でした。線量計の数値が高くなるにつれ、作業員の発癌率が高かったのです。しかし、それは不可能であると、最初に言われていました。

チェルノブイリについては、多くのことが既に語られました。事故から5年後にIAEA(国際原子力機関)によって発表された、この1991年の文書からの文章に注目して下さい。



「プロジェクト・チームによって推定された被曝線量と現在受け入れられている放射線リスク推定に基づいて、癌や遺伝的影響の自然発生率を超す将来の増加は、大規模で良くデザインされた長期の疫学調査においてさえも、認識するのが困難であろう。」

そして、今日と昨日とで、多大な情報を学びましたが、これは実現しませんでした。このグラフは、あまり詳しくお話しませんが、甲状腺癌の調査からのもので、甲状腺エコー検査の情報を含んだ個人被曝線量推定値のグラフです。




発癌影響が有り得ないと言われた、また別の核事故は、1979年のスリーマイル島事故でした。1979年のスリーマイル付近の様子が分かるように、ボブ・デル・トレディチの著書、「スリーマイル島の人々」から、いくつか写真を紹介します。  

              
 
人々は、原発のかなり近くに住んでいました。多くの人々が、皮膚が赤くなったり、ペットや動物が死んだり、吐き気・嘔吐や脱毛ということを経験しましたが、これはストレスのせいだと言われました。

ストレスは大変重要であると思いますし、スリーマイル島の人達は大変なストレス下にあったと思います。しかし、医学文献を調べた所、住民の症状の報告は、ストレス誘発性の急性影響、いわゆる医学文献で言うところの集団ヒステリーのシナリオと符合しませんでした。だから、地元の病院から集めた、1975年から1985年の癌発症率のデータと調査員による被曝線量推定値を再分析しました。すると、見つかった事があります。ひとつ指摘したいのは、この調査は、良く知られている出来事では大きな懸念である問題の検出バイアスを避けるようにデザインされていました。人々は症状を早く報告し、診断検査も多く受けます。なので、このような出来事の後の疾病発症率には、検出バイアスの効果があると予期できます。この調査の対象者は全員、10マイル以内の住民でした。全員が、同じ検出バイアスに晒されました。このグラフに調査結果が示されています。



地域の放射能レベルは、緑がとても低い数値で、深い赤が高いレベルで表されています。棒は、事故から2〜7年後に起こった肺癌の相対率を示しています。何が大変明らかかというと、肺癌の発症率は、放出からのプルームが事故後最初の数日に向かうと予測されたプルームの方向に向かって劇的に増加しました。ここでも、リスク予想は、影響が見つからないだろうということでした。

次に、現在、国立科学アカデミーが現在興味を示しているトピックである、通常運転中の原子力発電所の調査のお話をしたいと思います。昨日講演をしたティム・ムソーは、そのパネルのメンバーです。これもまた、予想は通常運転中の原発の近くの人達で癌は見つからないだろうということでした。欧州での調査のような調査は、米国では行なわれた事がありません。例として、ドイツでの小児白血病の調査をお見せします。これは、16箇所の原発の周辺の調査地域です。



 
この表を見ると、0歳から5歳のグループで、0〜5km圏内でのレート比、相対リスク、またはオッズ比はここでは全部同じ意味ですが、それがこれらの地域を集合的に見ると、もっと遠い地域と比べて小児白血病発症率が2倍以上であると分かります。
 
 

どのケースでも、比較対照グループは別の場所からではありません。調査のケースもコントロール群もまた、同じ地域からです。著者達は、「ドイツの原子力発電所の近くでの放射線被曝は[医療被曝の年間平均値の]1,000分の1か100,000分の1なので、距離との関連の傾向が見られた理由は説明ができない。」という結論を出しました。

そして、私は、今朝ヴェルテレッキー博士からお聞きしたことを繰り返しているように思えますが、原爆被爆者の調査からの予測に適合しないために、これまでに行なわれた研究から何の結論も出す事ができません。昨日、ブレナー博士が、放射線リスクを、暴力による死や、福島の地震や津波による死と比較しました。そして、それは一理あると思います。しかし、私は敢えて質問します。放射線による死と、不慮の暴力、事故や災害による死との違いは何なのか。そして、エネルギー生産と医療被曝の違いは何なのか。エネルギー生産は、大変利益が高いです。そして、それは、多くの場合、核エネルギー産業を元々作った、核会社や核兵器請負業者と繋がりがある政治家による、公共の決断です。公衆の教育が議論されており、私は、はい、公衆の教育が必要であると議論します。放射能についてだけでなく、科学と市民生活についてもです。なぜなら、私達の科学というのは、政治システムに影響されているからです。福島では、疫学調査に関しては、今日ここで私がお話した他の疫学調査や、他の講演者に言及された調査と比較すると、さらにチャレンジがあるでしょう。これらのチャレンジのいくつかは、地震と津波があったという事実と関連しています。そして、生活の状況が多大に妨害されました。多くの避難移動がありました。人々は動き回っていました。疫学調査では重要で不可欠である個人の被曝線量推定は、もっと困難になります。イアン・フェアーリーがつい先ほど、乳児死亡率の傾向を見せましたが、他の経時動向を探すこともできます。放射能だけがこの出来事の後で異なっていた事象でないということを忘れないようにしましょう。人々は動き回っており、移住しており、食生活が影響され、医療サービスが影響され、亡くなった人もいました。何千人もの人達が亡くなりました。これが全て同時に発生しており、放射能の影響を他の影響から区別するのは困難になります。

私が大変重要であると思う事のひとつは、研究を行うこと自体にリスクがあるということです。研究は、影響がそこにあるにも関わらず、影響を検知することができないようにデザインをすることが可能です。これは、被曝した集団が理解するべきことです。なぜかと言うと、もしも科学から助けを得ようとするのなら、科学は完璧ではなく、完璧な状況で行なわれることもない、と言う事を理解しなければいけないからです。

また、昨日と今日、科学におけるバイアスと客観性についてのコメントがありました。私は、ここに、主な脅威は批判的思考の欠如である、という考えを残したいと思いますが、これには、自己批判的思考も含まれます。このシンポジウムの興味の対象である分野において問題となる主軸のひとつは、権威に疑問を持たないということです。その良い例は、法的状況、労働者補償や、福島事故による健康影響の推定までに始終、毎日のように適応されている、寿命調査です。権威というのは、仕事へのアクセスや、研究費、プロフェッショナルな会合や雑誌をコントロールするため、大変大きな問題です。ティム・ムソーが昨日、この事について話しました。私達がやろうとしていることは、大変難しいことです。簡単ではありません。

そして、福島の影響の情報をさらに得、集団への影響をもっと学ぶほどに、心に留めておいてほしいことがあります。それは、狭い視点から構築された研究仮説、すなわち、被曝した集団で何かの状況の過剰な発生があるだろうという仮説ですが、それを、私達の別の興味の対象である、全体的な分析と間違えないようにするということです。

「原子力は良い政策か?」というようなことは、また別の質問です。

もしも原子力が悪い政策であるならば、どの研究も過剰な発癌を見つけなければいけないと言うわけではありません。

それはまた別の質問です。

これをもって、私の講演を終わらせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。




*****

訳者よりの追記

ニューヨークでの講演を聴いた時に、講演の最後の部分に衝撃を受けた。

『福島の影響の情報をさらに得、集団への影響をもっと学ぶほどに、心に留めておいてほしいことがあります。それは、狭い視点から構築された研究仮説、すなわ ち、被曝した集団で何かの状況の過剰な発生があるだろうという仮説ですが、それを、私達の別の興味の対象である、全体的な分析と間違えないようにするとい うことです。

「原子力は良い政策か?」というようなことは、また別の質問です。

もしも原子力が悪い政策であるならば、どの研究も過剰な発癌を見つけなければいけないと言うわけではありません。

それはまた別の質問です。』

ウィング氏は、疫学研究者として様々な放射線被ばくの状況を調査した立場からの意見を述べているが、こういう見方もあるのかと、目から鱗が落ちた感じだった。

ウィング氏が述べているのはこういうことなのだと思う。

「もっとフラットにニュートラルに見るべきだ。被ばくしたから癌であると初めから色眼鏡を使って近視眼的にものを見てはいけない。同時に、逆説的にそれが原子力はいい政策かと飛躍させることは違う。もっと様々な角度から研究しろ。」

疫学研究者としてスリーマイル島の住民の健康被害の調査も行なったウィング氏は、放射線被ばくによる健康影響が「科学的に」証明しにくいのは、その「科学的証明」となるものが「発癌の増加」であり、その元となっている原爆被爆者の寿命調査自体に不明な部分が多いためであると指摘している。

放射線被ばくと健康影響の因果関係を証明するのが困難なのは、現時点では発癌のみが健康影響として考慮されているからであり、それすらも、研究デザインによっては証明できないようにすることが可能である。そのようにして、人々は、原子力の使用は安全であると思い込まされて来た。

原発事故が起こってしまった日本のみならず、世界中の人々の健康を人工放射性核種から守るためには、被ばくによる健康影響を認識、証明していかなければいけない。それにはまず、その健康影響自体が原子力を推進する諸機関や各国の政府から認識すらされていないことが一般認識にならなければいけない。

そういう意味で、ウィング氏の講演は非常に大切だと思う。

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