米国FDAサイトの、原子力緊急時用の液状ヨウ化カリウムの作り方


米国FDA(Food and Drug Administration, 米国食品医薬品局)サイトに、乳児・子供や、その他の錠剤を摂取できない人のために、安定ヨウ素剤の錠剤を液状にする方法が載っていたので、手順を和訳した。
http://www.fda.gov/Drugs/EmergencyPreparedness/BioterrorismandDrugPreparedness/ucm072261.htm(2019年1月10日追記:このリンクは現在デッドリンクになっているが、FDAサイトのこのページに、アーカイヴ記事のリンクが載っている。)
PDFリンクはこちら:http://www.fda.gov/downloads/Drugs/EmergencyPreparedness/BioterrorismandDrugPreparedness/UCM318791.pdf


材料
65 mgのヨウ化カリウム(KIまたはPotassium iodide)錠剤2つ
調理用小さじ(5 cc)
小さなボール
水 小さじ4
飲み物 小さじ4(牛乳、チョコレートミルク、オレンジジュース、コーラなどの炭酸飲料水、粉ミルク、ラズベリーシロップ、水など)

手順
1.ヨウ化カリウムの錠剤を柔らかくする。
 ヨウ化カリウム65 mgの錠剤を2つ、小さなボールに入れ、小さじ4の水を入れる。一分間、水に浸す。
2.柔らかくなったヨウ化カリウムの錠剤をつぶす。
 小さじの裏を使い、大きなかけらが残らないように、ヨウ化カリウムの錠剤を水の中でつぶす。これでヨウ化カリウムの錠剤と水のミックスができる。
3.飲み物を、ヨウ化カリウムの錠剤と水のミックスに加える。
 好みの飲み物を上記のリストから選び、小さじ4を手順2のヨウ化カリウムの錠剤と水のミックスと混ぜる。これで液状ヨウ化カリウムができる。
4.適切な分量を投与する。(日本での推奨服用量に換算した、下記の表の真ん中の赤字部分を参照)

ちなみに、この調合でできる液状ヨウ化カリウムは、小さじ1につきヨウ化カリウム量が16.25 mg(ヨウ素量が12.5 mg)。また、残りは冷蔵保管し、必要があれば7日以内に服用できる。



なお、安定ヨウ素剤予防服用についての詳細は、下記を参照のこと。

緊急被ばく医療研修 安定ヨウ素剤の予防服用





2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)1:避難当時に子供だった人達の健康状態、立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向


2011年ウクライナ政府報告書

ウクライナ政府が、チェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、  事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
 ●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
 ●呼吸器系疾患
 ●消化器系疾患
 ●血液疾患


*****  
1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向

このセクションは要点和訳した。


3.2.2. 避難当時に子供だった人達の健康状態(120ページ目)

 ●一番多いのは神経系、消化器系と循環器系の疾患である。

 ●網膜血管障害が感覚器官で一番良く見られる疾患であり、避難時に8−12歳だった人でリスクが高い。
 ●通常疾患の多くにおいて、血管障害は、網膜血管障害を含め、合併症というよりは病理過程に統合された一部分であり、他の症状が発現する前に確認できる 

避難時に4−12歳だった人達
  ●女性は皮膚と皮下組織の疾患のリスクが高い。
  ●男性では次の疾患のリスクが高い。
    ○心血管疾患
    ○皮膚と皮下組織の疾患

避難時に12歳以上だった人達
  ●女性では次の疾患のリスクが高い。
    ○精神疾患
    ○神経系と感覚器官の疾患
    ○呼吸器系疾患
    ○消化器系疾患
    ○泌尿生殖器系疾患
  ●男性では次の疾患のリスクが高い。
    ○神経系と感覚器官の疾患
    ○消化器系疾患
    ○泌尿器系疾患


3.2.3. チェルノブイリ事故により被ばくした色々なグループの子供達の健康被害 (121ページ目)

立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向

チェルノブイリ事故直後の時期(04/26/1986-09/01/1986)


 ●喉の痛みや違和感、金属の味(57.7%)

 ●頻繁な空咳(31.1%)

 ●疲労(50.1%)

 ●頭痛(39.3%)

 ●めまい(27.8%)

 ●睡眠障害(18.0%)

 ●気絶(9.8%)

 ●吐き気・嘔吐(8.0%)

 ●腸障害(6.9%)

 ●呼吸器系症候群(31.0%)

 ●リンパ組織過形成(32.2%)
 ●心血管系機能障害(18.0%)
 ●消化器系機能障害(9.4%)
 ●肝腫大(9.8%)
 ●脾腫大(3.2%)
 ●血算の数量的(34.2%)、そして質的 (92.2%)な変化

1986年から1991年の事故後の初期の頃

体内でのフリーラジカル反応が強くなり、T細胞の免疫が中程抑制され、免疫グロブリン異常血症が存在するという状態の中で、30キロ圏内からの避難者と汚染地居住者には器官や諸体系の機能障害が主にみられた。
 ●自律神経失調症(70.3%)
 ●心臓の機能的変化(40.0%)
 ●非呼吸性と呼吸性肺機能の抑制(53.5%)
 ●消化器系機能障害(82.4%
慢性疾患は稀であった。
多数の子供に甲状腺疾患、免疫系疾患、呼吸器系疾患や消化器系疾患がみられた。


1992年から1996年

機能障害が慢性身体疾患に移行。
30キロ圏内からの避難者と汚染地居住者両方において、健康な子供が減少し、慢性身体疾患を持つ子供が増加。
2.0 Gy以上の甲状腺被ばく量は最悪の健康状態と関連していた。



1997年から2001年

30キロ圏内からの避難者と汚染地居住者両方において、健康状態は着実に低下していた。

ナロディチ(Narodychi)地方の子供のサブグループの、集団線量2.6人Sv(サブグループ1)と9.4人Sv(サブグループ2)の比較において、サブグループ2で有意に高い発生率が次の疾患で見られた。
 ●呼吸器系疾患(2.0倍)
 ●自律神経失調症(1.52倍)
 ●肝線維症(2.3倍)
 ●血液疾患(2.5倍)

被ばく量によっては、体細胞で染色体の不安定性がみられた。


 ●身体疾患には次のような特徴があった。
   ○低年齢での発症
   ○多発体系性、多臓器性。
   ○経過にはぜん延性持続性、再発性が見られ、治療抵抗性も比較的ある。
 ●子供時代全般を通して健康状態が悪い。
 ●17歳−18歳では、76.6%の避難者と66.7%の汚染地居住者には多数の慢性疾患があり、その平均数は1人につき5.7疾患であった。
 ●この子供達は生殖可能年齢に入りつつあったので、その子供が影響を受けるのは避けられなかった。
 ●身長に比べて低体重であり、成長障害が頻繁であった。
 ●鉄欠乏性貧血が一般的であった。
 ●汚染地に居住する子供達には、単球増加が見られた。

初期登録グループの親から生まれた子供達の評価123ページ目

494,200人の子供が、初期登録グループ(Primary Registration Groupまたは PRG)1から3に所属する親から生まれた。この初期登録グループには4段階ある。

 ●PRG1は事故処理作業員
 ●PRG2は30キロ圏内からの避難者
 ●PRG3は汚染地の居住者
 ●PRG4はPRG1から3の親から生まれた子供達

この子供達のうち、毎年27-29%が血液疾患や造血器官疾患の診断を受ける。

 ●この中の18-22% は鉄欠乏性貧血である。
 ●事故以来、毎年20−30症例の白血病やリンパ腫の登録がある。
 ●これはウクライナの一般人口における発生率(10万人に5.2-5.4人)に匹敵する。

2009年には、1992年に比較して、急激に下記の疾患の登録数が増えた。 

 ●内分泌系疾患(子供全体に対して11.61倍)
 ●筋骨格系疾患(5.34倍)
 ●消化器系疾(5.00倍)
 ●精神疾患、行動障害(3.83倍)
 ●心血管疾患(3.75倍)
 ●泌尿生殖器系疾患(3.60倍)

健康な子供の比率は、1992年には24.1%で2008年には5.8%だった。
慢性疾患を持つ子供の比率は、1992年には21.1%で2008年には78.2%だった。



要約すると、被ばくの影響を受けた小児人口の健康状態は、持続的なマイナス傾向に特徴付けられる。

 ●着実な疾病率の増加と事実上健康な子供の減少。甲状腺被ばく量が多い子供において最悪の健康状態がみられた。
 ●慢性身体疾患の発症と自然経過の特徴は次のようである。    ○より低い年齢での発症。    ○多発体系性、多発器官性を持つ疾患。
   ○再発性のある経過で、治療抵抗性が比較的みられる。

 ●胎児発達中の被ばく量と次の事項には確実な相関関係があった。    ○全体的な健康状態    ○身体的発育    ○複数の小奇形の形質発現    ○体細胞での染色体異常の数の増加  ●被ばくした親に生まれた子供には次のような特徴を持つゲノム不安定性が見られた。    ○多因子的疾患の疾病素質    ○複数の小さな発育異常のある先天性奇形    ○体細胞における染色体異常の頻度の増加    ○マイクロサテライトに関係するDNAフラグメントの頻繁な突然変異


 

スティーブ・ウィングによる、マンガノ&シャーマン共著の福島原発事故後の先天性甲状腺機能低下症についての論文の批評


ノース・カロライナ大学の疫学研究者であるスティーブ・ウィングは、マンガノとシャーマン共著の研究論文「福島原発事故後の米国ハワイ州と西海岸4州での大気中のベータ線量増加と新生児における甲状腺機能低下症の傾向」が2013年1月29日に掲載をアクセプトされた後での批評を、第三者から依頼された。ウィングが批評したのは、このリンクhttp://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=28599で見られる、Open Journal of Pediatricsの2013年3月号に実際に掲載された最終バージョンではない。

2013年2月27日付けのウィングの批評は著者らにも送られたが、直接の返答はなかったようである。しかし、ウィングが批評で言及しているポイントのいくつかは最終バージョンに含まれていなかったため、何らかの修正は行なわれたと見える。

ちなみに、この論文を掲載した医学雑誌”Open Journal of Pediatrics”は、実は営利目的を持つ”(研究者を)食い物にする雑誌”として知られており、真剣な科学的ピアレビューの過程を持たないようである。読者の中には、この情報を興味深いと思う人達がいるかもしれない。

ウィングの許可を得たので、その批評の和訳を掲載する。

なお、関連記事の「アルフレッド・ケルプラインによる、マンガノ&シャーマン共著の先天性甲状腺機能低下症論文に対しての編集者への質問状 英語原文」はこちらである。
http://fukushimavoice2.blogspot.com/2013/05/blog-post_29.html

*****

ジョセフ・J・マンガノとジャネット・D・シャーマン共著「福島原発事故後の米国ハワイ州と西海岸4州での大気中のベータ線量増加と新生児における甲状腺機能低下症の傾向」についてのコメントと質問

スティーブ・ウィング

この記事は、米国西部5州と他の36州における先天性甲状腺機能低下症の症例数の割合を、2010年と2011年の一定期間において比較したものである。著者らは、米国西部5州においての福島由来のヨウ素131のフォールアウトが、他の州よりも多かったと提案している。そして、もしもこれが先天性甲状腺機能低下症の発症に影響があるとしたら、2011年と2010年の症例の割合が、これらの州にフォールアウトが蓄積した後の数ヶ月間は増加するだろうと主張している。この比較の原理は、空間的および時間的変動を用いて環境因子への曝露の影響を評価するという点では論理的であるように見えるが、データ収集および分析が不透明であり、内面的に矛盾している。

序文
「序文」では、インディアン・ポイント原発近辺の4つの郡における先天性甲状腺機能低下症の症例数を全米の症例数と比較した結果が取り上げられている。2つの時期が比較されているが、この2つの時期を選んだ理由が、被ばく量に変化があったためかまた別の理由かは明らかでない。インディアン・ポイントでの、1970年から1993年の大気中へのヨウ素131の放出量が、米国の72基の原発の中で5番目に最大だったと述べられている。著者らがなぜ、先天性甲状腺機能低下症の分析時の4年〜13年前の放出データを提示したのかは明確でない。1997年から2007年に起こった先天性甲状腺機能低下症が、1970年から1993年の間にヨウ素131に被ばくしたせいでないのは明確である。原子炉からの放出が先天性甲状腺機能低下症を起こすということに興味があるのなら、著者らはなぜ、先天性甲状腺機能低下症が起こった時期にもっと近い時期からの推定放出量を用いなかったのか、そしてなぜ、全米で5番目ではなく、一番放出が多い原子力施設付近の記録を分析しなかったのかを説明するべきである。

方法
「表2」と表示された2つの表のうちの最初の表は、福島メルトダウン後の米国での雨水中のヨウ素131の77の測定値を示している。文献リストで指定されたURLからは情報ソースが見つからなかったが、EPAの別のURLでは雨水中のヨウ素131の157の測定値が見つかった。この表から省かれた数値は、未検出値だったのだろうか?もしも、州ごとの平均値に興味があるのなら、未検出値も、例えば、検出限界値の半分であるなどの仮定に基づいて、平均値の中に含まれるべきである。著者達は、最大の測定値のいくつかは、後の先天性甲状腺機能低下症の分析で「対照群」と分類されている州(実際は「フォールアウトが低い」と表現されるべき州)であるフロリダ州ものであり、そして、先天性甲状腺機能低下症の分析から省かれているマサチューセッツ州のものであると言及している。この理論的根拠は示されていない。

雨水中のヨウ素131は、牛乳の摂取を介したヨウ素の取り込みに関連しており、これが米国での集団の甲状腺被ばく量推定値の大半である。この先天性甲状腺機能低下症の分析においての被ばくグループは、なぜ、キセノンやクリプトンなどのベータ線放出ガスに影響されるであろう、大気中の総ベータに基づいているのか?キセノンやクリプトンなどのベータ線放出ガスは、福島からの放出だけでなく、米国の原子炉の通常運転からの放出に常に存在している。2番目の表2では、未検出値はどのように扱われているのか?検出限界値は何だったのか?

著者らは「月ごとの先天性甲状腺機能低下症の症例数」を電話調査で得たと言う。個別の症例での誕生日も得られなかったのであれば、その後の分析において、どのように誕生日ごとに分類できるであろうか?結果のセクションで、著者らは、個人情報保護守秘に関する懸念のため、人口が少ない州からのデータを得ることができなかったと言及している。3月の症例に対しての個人の誕生日が得られたものもあるが、そのような個人情報保護守秘に関する懸念は考慮されたのだろうか?また、データから省かれた州の中には、ニューヨーク州のように、小さくない州もいくつか含まれている。この部分のデータ収集は不透明であり、結果を分析する人達にとっては、フォールアウトが多かったまたは少なかったグループがどのようにして構成され、欠損しているデータがフォールアウトに関連しているのかということを明らかに知る事が重要である。

「州のプログラムに、2010年と2011年の間で、時間的比較にバイアスを与えるような、先天性甲状腺機能低下症の定義の変化がなかったことを確認するように依頼した。」という供述があるが、定義を変えた州はあったのか?もしあったのなら、どの州か?その次の文章で使われている”intra-state”(州内)は、正しくは”inter-state”(各州間)とするべきである。調査システムによる症例数は、その調査の締め切りの日までは仮の数字であることが多い。電話調査で報告された症例数は、最終版だったのか?もし最終版でないなら、その症例数は公式記録で報告される症例数と異なるかもしれず、現在の分析を最終データを用いて再生することができなくなる。

結果
この研究デザインのひとつの強みは、時間枠の使用である。それ故に、先天性甲状腺機能低下症の発症期間の選択が重要となってくる。2011年3月17日生まれの先天性甲状腺機能低下症の症例が、その日に到着した福島由来のヨウ素131によって、時間差なしに引き起こされたと言えるだろうか?牛乳を介した経路なら、ある一定の時間を過ぎないと被ばくを起こすとは考えられない。ひとつの疑問は、福島のフォールアウトによる先天性甲状腺機能低下症が最初の被ばく量によって起こされるのか、数日や数週間にわたる集積線量によって起こされるのか、ということである。どちらにしろ、3月17日(または、表3の中の一行においては3月15日)が被ばく期間で一番最初の日の可能性がある日なので、その日に誕生した症例を数のうちに入れるという選択は、議論の上で正当化される価値がある。

表3は主な結果を表しているが、ラベリングと数字が混乱している。最初の行で、なぜ3月17日の代わりに3月15日を使うのか?3月15日〜4月30日の症例数が、3月17日〜6月30日や3月17日〜12月31日よりも多いのはなぜか?ここでの2番目と3番目の期間での西部5州におけr症例数を足したら、最初の期間の症例数となるが、これはラベリングエラーだと示唆される。しかし、他の州での症例数を足しても同様の結果がみられない。表3の中のp値は、「議論」で言及されるものと合致せず、何に関連し、どのように得られたのかということの明白さが不十分である。

議論
このパラグラフでは、著者らは次のようないくつもの良いポイントを示しており、それは、論文原稿を改善するための基盤となり得る。「この報告内で使用されたデータを技術的に改善することができる。このうちのひとつは、福島事故後の米国においての、ヨウ素131を含む特定の放射性物質の環境レベルについての、もっと正確な時間的および地理的データを得るということである。さらに、フォールアウトの結果としての人間への特定の被ばく量の推定は、健康リスクの将来的な分析において役に立つだろうとも思える。また、この報告のデータに次のような技術的変化を加えることもできる。ベースラインとして2010年のみよりもっと多くの期間を用いること、2011年以降の先天性甲状腺機能低下症のデータを含むこと、そして、2010−2011年の州ごとと月ごとの生産数が公式発表されたら、症例数の傾向を発症数に換算すること、などである。」

シベリア化学工場(トムスク7)付近の放射性物質汚染区域の住民における、様々な細胞遺伝子学的な方法や電子スピン共鳴スペクトロメトリによるバイオドシメトリ(生物学的線量測定)の結果


"Biodosimetry results obtained by various cytogenetic methods and electron spin resonance spectrometry among inhabitants of a radionuclide contaminated area around the Siberian Chemical Plant (Tomsk-7)"
N.N. Ilyinskikh, I.N. Ilyinskikh, V.A. Porovsky, A.T. Natarajan, I.I. Suskov, L.N. Smirenniy and E.N. Ilyinskikh
Mutagenesis vol. 14 no. 5 pp. 473-478, 1999.
http://mutage.oxfordjournals.org/content/14/5/473.long
http://mutage.oxfordjournals.org/content/14/5/473.full.pdf 

トムスク事故
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=04-10-03-04

 

アブストラクト


1993年4月6日に、ロシアのトムスクという町の近くで、シベリア化学工場(シベリア化学工場)で事故が起こり、工場の北の250 km2という広範囲に渡って、プルトニウム239、セシウム137やストロンチウム90のような長期寿命放射性核種による汚染が起こった。細胞遺伝子学的な方法と歯エナメル質の電子スピン共鳴(ESR)スペクトロメトリを用いて、住民の放射線被ばく量を推定した。ESRシグナルの強さと、歯を提供した人のリンパ球の染色体異常の頻度に良い相関性が見られた。このデータから、サムシ村の住民の15%が90 cGy(90センチグレイ、900ミリグレイ、または900 mSv)以上の被ばくをしたのが示された。例外は、漁師のグループで、ESRによる推定被ばく量が高かった(80−210 cGy)が、染色体検査と細胞質分裂ブロック小核方法はどちらも推定被ばく量が低め(8–52 cGy)だった。1961年から1969年の間に生まれた人達の間で、染色体損傷の大きな増加が見られた。この期間中、シベリア化学工場でいくつかの大きな事故が起こり、付近に放射能汚染を引き起こしていたことが分かった。1980年以降からサムシ村に住み始めた住民では、染色体異常を持つ細胞の数が顕著に少なかった。住民では、カロテン摂取と二核白血球内の小核 (r = 0.68, P < 0.01) と染色分体異常 (r= 0.61, P < 0.01)の頻度の減少に良い相関性が見られた。また、サムシの住民で、オピストルキス(肝吸虫)感染の有無を調べた所、30%が陽性だった。オピストルキス属に感染しているサムシ住民では、二核白血球内の小核と染色分体異常のレベルの増加が、コントロール群に比べて顕著なのがわかった。


はじめに

1993年4月6日に、シベリア化学工場で事故があった。(図1) その結果、シベリア化学工場の北の250 km2に渡る区域が様々な放射性核種によって汚染された。最も重篤な汚染は、シベリア化学工場の核施設から12kmの地点の、トミ川の傍にあるサムシ村で起こった。工場の外の最大放射能レベルは、0.4 μSv/hに達した。プルトニウム239のフォールアウトは特に危険だったが、セシウム137とストロンチウム90も微量に含まれていた。シベリア化学工場がトミ川に放射性廃棄物を捨てていたことが証明されたので、住民の体内への放射性物質の吸収は、土壌と大気からのみならず、水と魚にも見受けられた。1995年に制定されたロシア連邦の法律により、50 mSv以上の被ばくをした人々は、ある程度の特典と補償を受ける事ができるようになった。トムスク地方生態学委員会は、シベリア化学工場事故のせいでサムシ村の住民が受けた被ばく量を推定しなければいけないという問題に直面した。環境に放出されたほとんどの放射性核種がその時点で崩壊してしまっており、バックグラウンド放射線レベルが自然放射線レベルとほとんど変わらなくなっていたために、この住民達の被ばく量を決める事ができないのは明らかだった。委員会は、ロシアと海外の独立した専門家に、 遡及的なバイオドシメトリ(生物学的線量測定)の方法で被ばく量を推定するように要請した。染色体異常の分析は、最も確証されており、パワーを持つ方法である。また、細胞質分裂ブロック小核方法と、歯エナメル質の電子スピン共鳴(ESR)スペクトロメトリも用いた。

この調査の目的は、シベリア化学工場から放出された放射性核種による環境汚染の結果生じた少量の放射線量に被ばくしていた、サムシ住民の被ばく量の生物学線量推定だった。

図1 調査エリアの地図と1993年4月6日のシベリア化学工場事故から2−3日後の放射線レベル

材料と方法

放射線被ばくした人達とコントロール群の人達

サムシ村の住民264人(男性150人と女性114人)が、(事故後3−5日の間に)検査を受けた。この中で、職業被ばくや医療被ばく歴がある人はいなかった。このグループには、造船所の職人や、季節労働者、漁師、農民、教師と中学生や専門学校の学生が含まれた。季節労働者はサムシ村の定住民ではなく、シベリアの別の非汚染地域から出稼ぎに来ていた。1−3歳の乳幼児のグループもまた検査を受けた。同時に、シベリア化学工場から南へ42kmに位置するロスクトヴォ村(図1)の86人の住民を、条件を合わせたコントロール群としてモニターした。
どちらの場合でも、住民は問診票の記入内容から、居住区域、誕生場所、性別、喫煙歴、誕生とし、病歴、家族内で障害を持つ子供の有無、死産、癌、レントゲン検査と村での居住期間によってグループに分けられた。

食生活とビタミン摂取
被験者はそれぞれ、問診票で食生活について説明をした。この研究では、ジオヴァヌッチその他の方法に基づいて、食事ひとつひとつの質的および量的評価が行なわれた。問診票内の90品目の食べ物や飲み物は、一般的に使われる単位や分量が指定され、被験者は、その前年に、平均的にどの位頻繁に、その品目を摂取したかを質問された。被験者は、「摂取なし」から、「一日に6回以上」までの9段階の解答から答えを選んだ。また、マルチビタミンや個々のビタミンサプリメントのブランド名と摂取期間と摂取頻度、そして良く使われる油の種類も質問の一部だった。問診票はまた、表に載っていない食品の書き込み欄も備えていた。

栄養素摂取量は、各単位の食品の摂取頻度を特定の分量の栄養素レベルで掛けることによって計算した。特定のブランドのシリアルとマルチビタミンが摂取量の計算に使用された。(ビタミンA含有量は、シリアルのブランドによって、RDAの0から100%と幅広い。)ビタミンAの抗変異原性は放射線由来の染色体異常を減少する可能性があるために、被験者のビタミンA摂取量を計算した。レチノール(既に形成されたビタミンA)の摂取量は、乳製品のビタミンA効力(単位はIU)ではその3分の2と、他の動物性食品のビタミンA効力ではその全体として計算した。また、α−カロテン、β−カロテン、ルテイン、リコピン、β−クリプトキサンチンなどの、食品に含まれる特定のカロテノイド含有量も栄養素データベースに加えた。これらの他のカロテノイド栄養素に関しては、各食品に含まれる特定のカロテノイドの量を推測し、各食品からの寄与を足してその特定のカロテノイドの摂取量を求めた。問診票には、果物、野菜と関連食品が24品目載っていた(書き込み可能の空白欄無しで)。また住民は、地元の常緑樹(シベリアマツ)の実とグミ科(Hippophae rhamnoides ヒッポファエ・ラムノイデス、またはシーバックソーン)の低木のベリーも摂取した。(訳者注1参照)特定のカロテノイドを主に含む食品は次のようであった。
β−カロテン:ニンジン、ジャガイモ、ミックス・ベジタブル、ヒッポファエ・ラムノイデスのベリー
α−カロテン:人参、ミックス・ベジタブル
ルテイン:ほうれん草、ヒッポファエ・ラムノイデスのベリー、シベリアマツの実、ケール、からし菜
リコピン:ヒッポファエ・ラムノイデスのベリー
β−クリプトキサンチン:オレンジ

地元の魚の消費と肝吸虫感染症の検査
1961年と1994年の間に、シベリア化学工場が放射性液体廃棄物をトミ川に放出した結果、地元の魚がストロンチウム90、セシウム137やプルトニウム239などの長期寿命放射性核種によってかなりの汚染を受けた。故に、地元の魚の消費は、住民の間での主な放射能汚染源かもしれない。被験者各々は、魚が取れた場所と魚の摂取量を問診票で示した。さらに、オビとトミ盆地は、オピストルキス属によって起こる蠕虫病が風土病である最大の地域である。ほとんどの地元のコイ科(中間宿主)の魚は、この吸虫に感染している。メタセルカリア、すなわち被包されたオピストルキスの幼虫は、魚の筋肉の中に存在する。人間は、吸虫を含む魚を生食として、もしくは加熱が不十分な状態で摂取する事によって、オピストルキスに感染する。固有宿主(人間か捕食性の哺乳類)では、オピストルキスは慢性胆道炎や胆嚢炎を引き起こし、胆道癌や肝臓癌を引き起こすこともある。この調査では、被験者における感染の有無を、検便で蠕虫の卵を検査することによって診断した。また、便における卵の数を数え、個人における感染虫体量を評価した。

細胞遺伝子学的方法
実効等価線量は、不安定な染色体異常、二核リンパ球の小核と歯エナメル質のESRスペクトロメトリから決められた。調査用の検体は、シベリア化学工場事故から2−3ヶ月後の、1993年6月6日から7月6日の間に採取された。医学的な理由から臼歯抜歯を受けた住民の場合、細胞遺伝子学的分析のために採血が行なわれた。抜歯された歯は、モスクワの宇宙船放射線安全研究所に送られた。その歯の持ち主である被験者の末梢血液から、フィトヘマグルチニン(Difco, USA)と15%ウシ胎児血清を含んだRPMI-1640培養液(Sigma, USA)を用いてリンパ球が培養された。52時間の培養の後、標準的な染色体検査用プレパレーションと、細胞質分裂ブロック小核方法の標本が準備された。標準的なギムザ染色液が用いられた。細胞質分裂ブロック小核方法の標本には、二核細胞の頻度とその中の小核のレベルを評価するために、最後の24時間の間にサイトカラシンBが加えられた。

放射線被曝量は、IAEAが推奨するとおりに、Tリンパ球内での二動原体染色体の頻度の分析によって決められた。二核リンパ球の小核分析を用いた実効等価線量の評価にあたって、フェネチとモーレイの提案を取り入れた。一般的に、染色体異常の評価には1人につき分裂中期染色体1000の、そして小核の評価には1人につき1000の二核リンパ球が検査された。我々の実験室で計算した標準校正カーブを用いて、小核と二動原体染色体検査に基づいた実効等価線量を決めた。データの統計学的分析には、スチューデントt検定と分散分析を用いた。結果の統計学的分析には、SAS統計学的パッケージの中の方法を用いた。

歯エナメル質のESRスペクトロメトリ
遡及的な線量再構築は、宇宙船放射線安全研究センター(ロシア)によって開発された、「歯エナメル質ESRスペクトロメトリを用いた個人被ばく線量推定」(Individual Radiation Dose Determination Using Tooth Enamel ESR Spectrometry )の中の推奨に従って実行された。

ESR分析は、放射線被ばくにより発生したラジカル(不対電子を持つ原子)を検知するが、歯エナメル質と骨は、この目的に非常に適している。しかし骨では常にリモデリングが起こっていて簡単にアクセスできないため、今までは主に歯がESR研究で使われて来た。
歯エナメル質は歯の表面を覆っており、主にヒドロキシアパタイト(リン酸カルシウムから成る結晶構造の化合物)で構成されていて、代謝活動が全くない。歯エナメル質は、独特の無機物である。ESRの実験研究は1960年代から発表されてきているが、過去10年の間に、ESRは新たに注目されている。日本では、現在(訳者注:1999年当時)、大阪大学に籍を置く池谷氏が、ESR研究を積極的に進めて来た。
エナメル質を分離するのに、ディスク形のダイアモンド・カッターが流水と共に使われた(訳者注2)。これは化学的処理を伴わない、完全に物理的な分離である。エナメル質は、めのう乳鉢で粒のサイズが均一化されるまで(直径0.5–1.4 mm)粉砕した。マイクロ波強度は5 mWで、交流磁場の変調は周波数100 kHzと幅0.32 mTを用い、時定数の0.1秒で、16分間で磁場を10 mTまで変えた。エナメル質検体と、内部にあるマンガンのマーカーを同時に測定した。
ESR測定は、Xバンド専用のESRスペクトロメータ、BRUKER-ER-420とRadiopan-SE/X-2544を用い、PCでESRスペクトル集積プログラムを実行した。調査検体の付加照射(訳者注3)は、Start γ線照射装置(137Cs)またはそれに似た装置で、一分間に30 radの線量で行なわれた。照射線量は、放射時間とγ線源と検体の距離の調整によって得られた。ESRスペクトロメータと照射装置は、ロシア連邦のGosstandardにより認定された。246の検体の測定は、コンピュータープログラムのSTATGRAPHICS v.2.6を用いた様々な統計学的方法によったシステム化とコンピューター処理を受けた。統計学的分析によると、確率的分布密度は、Weibulの法則によって説明される。

 
分布パラメータは、 α = 1.47、λ = 43, 最頻値 12 cGy, 中央値 38 cGy と、算術平均値 39 cGyだった。
カイ二乗テストによって、実験結果と選択された近似分布の相関性がテストされた。
サムシ村の住民の被ばく量評価には、この地域の自然放射線量である年間0.1 cGyを考慮した。


表1 サムシ村とロスクトヴォ村(コントロール群)の住民におけるバイオドシメトリと細胞遺伝子学的モニタリングの結果
 

結果と考察

表1の結果に基づいて、サムシ村の住民のほとんどがかなりの被ばく量を受けたことが結論づけられた。これは、二動原体染色体と環状染色体を持つ白血球の末梢血液内での異常に高い頻度と、歯エナメル質のESRスペクトロメトリの結果による結論だった。またこれは、末梢血液内の二核Tリンパ球における小核のレベルの上昇によって間接的に証明された。これらの方法によって記録された実効等価線量(EED)の指数の間の相関性は統計学的に有意であった(P < 0.01, r = 0.78–0.82)。コントロール群では、実効等価線量の値は、自然放射線由来のものと変わらなかった。表1のデータによると、検査を受けた264人のサムシ村の住民のうち222人が、生涯に渡って自然放射線(年間0.1 cGy)にだけ被ばくする人において予測される数値に比べて、実効等価線量に明らかな増加を見せた。1993年4月6日にサムシ村にいなかった季節労働者全員の実効等価線量は、コントロール群と似ていた。1990年から1992年の間に生まれた子供達のグループでは、染色体分析では線量が10−20 cGyであると推計できたが、ESRスペクトロメトリの結果と合致しなかった。恐らく、子供達の造血幹細胞への損傷が継続的に高レベルの染色体異常に繋がった反面、歯エナメル質の変化の蓄積にはもっと時間が必要なのだと思われる。ESRスペクトロメトリ法は、漁師において実効効果線量の最も大きな増加を記録したが、細胞遺伝子学的方法では同様の結果が示されなかった。

実効効果線量の数値と、サムシ村の住民の性別や国籍には、相関性は見られなかった。また、実効効果線量と、住民における喫煙習慣 (r = –0.17, P > 0.05)、脂肪の摂取 (r= 0.24, P > 0.05) 、あるいはカロテン摂取 (r = 0.33, P > 0.05)とも相関性が見られなかった。実効効果線量の数値が高い人達は、肥満度指数(BMI)と代謝当量が明らかに減少していたが、これは高線量被ばくをした人に典型的である。葉酸、ビタミンB12やカロテンの不足は、人間でゲノム不安定性を起こすことが知られている。コントロール群と被ばく者群では、これらのビタミンの摂取量はおおよそ同じだった。この調査では、両グループ共に、ビタミンB12のレベルか葉酸の摂取と、染色体損傷の頻度に相関性を示さなかった。また一方、カロテンの摂取量と、二核細胞内の小核 (r = 0.68, P < 0.01) の頻度と染色分体の異常 (r = 0.61,P < 0.01) の頻度に良い相関性が見られた。(訳者注:カロテン摂取量と、小核の頻度と染色分体の異常の頻度の『減少』に良い相関性が見られた、という意味にとれる。)
さらに、サムシ村の住民の中で、カロテン含有量が多いヒッポファエ・ラムノイデスのベリーを定期的に摂取した人達では、二核細胞内の小核と染色分体の異常のレベルが低かった。しかし、二動原体染色体と環状染色体の頻度とカロテン摂取 (P > 0.05) には相関性が見られなかった。タバコの喫煙習慣と二核細胞内の小核のレベルの増加には、良い相関性があった (r = 0.56, P < 0.05) (図2) 。

 
図2 サムシ村とロスクトヴォ村の住民における二核リンパ球内の小核の頻度と喫煙習慣の関係

表1のデータによると、地元の魚を定期的に摂取した人達、特に漁師において、実効等価線量の増加が見られた。染色体と小核の検査によると、実効等価線量のレベルは、漁師でない人達で最大14.2 ± 0.9 cGyで、漁師では最大24.9 ± 1.0 cGyだった(表3)。これと同時に歯エナメル質のESRスペクトロメトリによって再構築された線量は、136.0 ± 3.8 cGyだった。故に、サムシ村の住民が受けた被ばく量の大きな部分は、トミ川で釣られた魚の消費によるものだった。我々の以前のデータによると、トミ盆地の魚と軟体動物は、シベリア化学コンビナートから川に放出された放射性廃棄物によって、様々な放射性核種の汚染を受けている。リクヴァノフによると、地元の魚における主な放射性核種は、放射性リンである。 地元の魚の摂取は、歯エナメルの中で放射性リンの蓄積を起こし得ると推測される。その結果、歯エナメル質のERSスペクトロメトリは、漁師で実効等価線量の最大の増加を示した。

図3 サムシ村の漁師と漁師以外の住民において細胞質分裂ブロック小核方法、染色体検査と歯エナメル質ESRスペクトロメトリにより評価された実効等価線量平均
サムシ村とロスクトヴォ村の住民でオピストルキス感染症の検査をした結果、30%が陽性だった。オピストルキスに感染しているサムシ村の住民では、二核リンパ球内の小核や、染色分体の異常と二動原体染色体のレベルに顕著な増加が見られたが、ロスクトヴォ村の住民では、二核リンパ球内の小核やと染色分体の異常に、比較的わずかな増加しか見られなかった(図4)。
図4 サムシ村とロスクトヴォ村のオピストルキス感染症陽性と陰性の住民における遺伝子毒性効果[二核リンパ球の小核、二動原体染色体と染色分体異常の割合(%)]の頻度 
故に、バイオドシメトリの方法全てから導かれた結果によると、実効等価線量の最大の増加は、オピストルキスに感染しているサムシ住民で見つかった。このデータは、この村の住民による放射性核種で汚染された地元の魚の消費に関連しているかもしれないと推測される。放射性被ばくを受けた人々での免疫抑制は、寄生虫に体する免疫力の障害と、再感染への人間の抵抗力の減少に繋がる可能性がある。
表1によると、実効等価線量が最大 (>90 cGy)  だったサムシ村の住民では、家系内での癌の症例にかなりの増加が見られ、さらに、感染虫体量が最も多かった (38.3 ± 4.2%)。オピストルキスは胆道癌か肝臓癌を引き起こす可能性があるが、これらの癌の症例は、このような家族においての放射性核種で汚染された魚の定期的な消費と感染虫体量の多さと関連しているかもしれない。
染色体分析と歯エナメル質のESRスペクトロメトリは、実効等価線量の最大量が年齢が高い住民で記録されており、明らかな勾配を示した。年齢が低くなるにつれて、実効効果線量も低かった。シベリア化学工場での最初の放射能事故は、1961年と1963年に起こった。これと関連して、放射線の蓄積は1961年に始まった。細胞遺伝子学的なテクニックとESRスペクトロメトリの結果によると、1961年前に生まれた人達の実効等価線量は、実質、1961年と1963年の間に生まれた人達と同じだった。この結果から、胎内か生後間もなくの時期の被ばくでは、高レベルの小核を持つリンパ球が、被ばく後大変長期間、持続する可能性があると言える。このデータは、また単に、年齢が高い人達は、もっと最近の1993年に起こった被ばくへの感受性がもっと高いと解釈することもできる。
染色体異常のレベルの分析により、二動原体染色体が必ずしも断片を伴わないことが示された。これは原則として、被ばく後にかなりの年月が過ぎてしまった時に起きる。サムシ村の住民の被ばく量には、2つの要因が主に貢献していると示唆できるが、これは1961年と1963年のシベリア化学工場での事故および、住民による魚の摂取である。1993年の事故の遺伝子毒性の重要性は低かったが、それでも1990年から1992年の間に生まれた子供達の染色体と小核の検査によって発見された。乳児において再構築可能な線量を細胞遺伝子学的な方法を用いて再構築した結果、1993年の事故は、住民に約10–20 cGyの線量を貢献したと言える。
培養された末梢リンパ球での染色体異常の推定は、0.5 Gy以上の均一な被ばくをした場合に利用される、一般的に認識されている生物的線量測定法である。しかしながら、低線量や慢性被ばくの場合は、細胞遺伝子学的検査を用いても、生物学線量測定とはまた違う、不十分なデータしか得られない。線量が0.5 Gy以下の場合にどのようにして染色体異常が誘発されるのかは、一般的に同意がかわされていない。最初の見解は、(電離放射線による染色体異常の発生の一般的な直線・二次曲線関係の一部とした)閾値なし直線の関係に起因する。他の見解によると、線量反応関係は低線量の色んな範囲で異なり、結果として、低線量における真の反応値は、高線量反応からの推定によって決められないと言う。それにもかかわらず、染色体検査による被ばく線量再構築は、最後の大気での爆発が30年以上前にあったセミパラチンクス核実験場の近くの集団においてうまく適応された。再構築された線量の相関性は、中村らによって、50年前に原爆の爆発からによる被爆者において同時に行なわれた染色体検査とESRスペクトロメトリによって示された。
集団の線量モデルによって得られた結果と歯エナメル質ESRスペクトロメトリで直接得られた測定値との食い違いの主な原因は、予期される汚染濃度と集団被ばく線量の計算モデルで使用された必要条件の限界のせいであるというのが、我々の見解である。今日のデータから過去の出来事を再構築するのは簡単な事ではない。再構築の問題点は、下記のベイズの定理によって数学的に表される。

 
この公式の左側は、徴候Aが観察される時に原因Hiが起こる確率である。 P(A/Hi) は、事象Hiと関連した徴候A が観察される確率であり、P(Hi) は原因Hiの事前確率である。
この定理のポイントは、今日見られる全ての観察にとって、P(A/Hi)は、原因P(Hi)の事前確率の値しか特定できないということである。この定理を使うと、再構築の多段階プロセスが調査されればされるほど、P(Hi/A)の事前確率の値のその存在自体への導入が増えると言える。相当の理由であるHi の数が増えると、P(Hi/A) の信頼度とその再現の正確さの両方が減少する。様々な方法での線量再構築の問題点に関しては、「放射能は1993年4月6日のシベリア化学工場での事故と関連している」(そして他に理由はない)という事前確率を共通に持つと言える。例えば、崩壊の娘核種の分析に基づいた線量再構築の方法は、フォールアウトの特徴、放射能雲の放射性物質の構成や崩壊系列などの導入が必要となり、いくつかの事前確率の導入が介入する。そのため、このような方法の信頼度が、直接的な線量測定と比べてかなり減少する。
ESRが化石の歯の年代測定に適応されることを考えると、歯エナメル質は非常に低線量で発せられた放射線量を蓄積するだろうと思われる。これは、人間の歯と言うのが、原爆の爆発のような急性被ばくだけでなく、放射線作業員や放射能汚染区域の住民のように繰り返された低線量や慢性的なγ線被ばくに対しての特徴のある自然の生物的線量計であると言えるかもしれない。歯のESRの不便さで重要なことは、歯が偶然抜けないと入手できないということである。反面、血液検体は誰からでも簡単に入手できるので、細胞遺伝子学的検査は個人の線量再構築にはもっと優れている。染色体異常のデータを慢性被ばくを受けている人達の線量再構築に用いることの欠点は、線量率係数についての情報が欠けていることである。理論上、直線・二次曲線モデルは、線量がとても低くなると二次曲線の部分が消えると予測している。故に、生体外で得られた染色体異常誘発の急性線量反応カーブの線形係数を使っても良い事になる。しかし、この論理を実証するためには、同じ被験者から、歯のESR測定値と染色体異常のデータを収集することが望ましい。また、このような問題もある。放射線被ばくから長い年月が経っても人体に残っている染色体異常は、安定型異常である。安定型染色体異常というのは、適切な検出にかなりの技術が必要なのが知られており、注意深くテクニックの標準化をしない限り検査機関同士での比較ができない。最近開発された、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH) テクニックは安定型染色体異常を検出するのに適しているが、この方法は高額である。最後に、普通の染色法(例えば標準的なギムザ染色法)は、FISH法に比べて70−80%の安定型染色体異常を検知できることを認識するべきである。しかし、普通の方法は、高額な試薬と蛍光顕微鏡を必要とせず、大規模調査には代用できる選択肢である。
様々な生体的線量測定法を同時に用いることにより、長期間に渡って人間において蓄積された微量の放射線の高精度な線量測定が、特に放射性核種が人体に取り込まれた場合に、可能になると提案する。

結論

このサムシ村の住民の実効等価線量の遡及的再構築は、不安定型染色体異常の測定、細胞質分裂ブロック小核法と歯エナメルのESRスペクトロメトリを用い、次のような結論を導き出すことができた。

*全ての調査結果によると、サムシ村の住民のほとんどが、自然放射線レベル以上の放射線量に被ばくした。
*最大の被ばく線量が見つかったのは漁師においてだったが、これは多分放射性核種で汚染された魚の消費によるものである。
*調査の結果得られたデータからは、1961年から1963年の間のシベリア化学工場での事故が、サムシ村の住民の被ばく量に大きく貢献していることが示唆される。
*オピストルキス感染症および喫煙習慣は、放射線被ばくをした住民としなかった住民両方のグループで、染色体損傷(小核を持つリンパ球と染色分体異常)を誘発し得る。
*カロテンを多く含む食品の定期的な摂取は、サムシ村の住民における染色体異常を減らしたかもしれない。

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訳者注  

1 ヒッポファエ・ラムノイデス
 




3 歯髄を除去して有機物の信号を減らし、既知の放射線量を付加照射して信号強度の増大から被ばく線量を求める。http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-01-05-12


メモ:2024年2月2日に公表された甲状腺検査結果の数字の整理、およびアンケート調査について

  *末尾の「前回検査の結果」は、特にA2判定の内訳(結節、のう胞)が、まとめて公式発表されておらず探しにくいため、有用かと思われる。  2024年2月22日に 第50回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会) が、 会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された。  ...