2018年1月の「TM-NUC」メンバーと検討委員・評価部会員の意見交換会より



IARC国際専門家グループTM-NUCの報告・提言は、2018年9月末に公表され、2018年12月27日の第33回「県民健康調査」検討委員会(以下、検討委員会)で要旨が日本語で公表された。(TM-NUCについては、『科学』2018年1月号に掲載された記事をこちらに転載している。)2019年2月22日の第12回「県民健康調査」甲状腺検査評価部会(以下、評価部会)では、このTM-NUC提言を甲状腺検査のお知らせ改定案に盛り込もうとする部会員らと、TM-NUC報告書のエビデンスレベルを疑う部会員らの間での議論が白熱し、平行線のまま終わっている。実際のエビデンスレベルについては、今月末に出る『科学』6月号で説明しているが、2018年1月11日に福島市で開催されたTM-NUCメンバーと検討委員・評価部会員らとの意見交換会での情報が、報告書を作成したTM-NUCメンバーらの小児甲状腺がんと放射線被ばくについての知見についてのヒントとなると思われるので、ここで共有する。

以下は、岩波書店の雑誌『科学』2018年3月号に掲載された「福島県での甲状腺がんに関する議論の経過:201710月〜20181月」からの一部転載である。

IARC国際専門家グループTM-NUCによる発表文書は、こちらからアクセスできる。報告書1報告書2の日本語版は、現時点で、まだ未公表である。


*****
IARC国際専門家グループと検討委員および評価部会員の意見交換会について、英語と日本語の音声ファイルから得られる情報を記す。この意見交換会は、公開でありながら撮影は冒頭のあいさつに限定され、傍聴者への資料配布もなく、発表や議論の内容は、当事者である国民に詳しく知らされていない。音声ファイルの状態や同時通訳での通訳漏れなどの事情などもあったが、このIARC国際専門家グループの全体的な本質がわかると思われる質疑応答部分を重点的にまとめた。

*****
また、『科学』20181月号で紹介した、IARC国際専門家グループTM-NUCについて、この検討委員会(註:2017年12月25日に開催された第29回検討委員会)で初めて公式に説明がされた。参考資料6「WHO国際がん研究機関(IARC)国際専門家グループについて」によると、この専門家グループの正式名称は、International Expert Group on Long-term Strategies for Thyroid Monitoring after Nuclear Accident (原子力事故後の甲状腺モニタリングの長期戦略に関する国際専門家グループ)である。活動内容や目的は、TM-NUCウェブサイトから抜粋して和訳されている。さらに、第1回会合が20171023日~25日に開催されていること、20181月に福島での現地視察と、「県民健康調査」検討委員会委員および甲状腺検査評価部会部会員との意見交換が行われる予定であることが言及されている。そして、環境省の環境保健部放射線健康管理課の参事官により、次のような補足が口頭でされた。

「2017年4月にWHOの国際がん研究機関IARCから、今後原子力事故が起きた際の甲状腺モニタリングのありかたを検討する国際専門家グループを立ち上げるという相談が各国へ出された。環境省としても賛同し財政支援をしている。同専門家グループは、1月11日に福島県を訪問する予定である。その中で、国際専門家グループの専門家と、「県民健康調査」検討委員会および甲状腺評価部会の専門家らが、最新の国際的・科学的知見を相互に共有できる意見交換会を開催する予定である。その意見交換会で共有される科学的知見を的確に国民に伝えることも重要であると考えている。なお、この意見交換会は、福島の甲状腺検査の評価やありかたについて議論される場ではない。意見交換会についての詳細は、環境省が委託している原子力安全研究協会のホームページを見ること。」

 各国が相談を受けたのに日本が費用を全額出しているというのはおかしな話であるが、この補足説明により、同専門家グループの事業が原子力安全研究協会に委託されたということが判明した。

*****
3. TM-NUCと「県民健康調査」検討委員会委員および甲状腺検査評価部会部会員との意見交換会について

 2018111日に福島市で開催された意見交換会の告知は、IARC国際専門家グループTM-NUC事業の委託先である原子力安全研究協会のウェブサイト20171225日付で掲載されたが、現在では削除されている。(アーカイブはこちらからアクセスできる。)この意見交換会は、名目上は公開されてはいたが、撮影は冒頭しか許可されず、傍聴者への資料配布もなかった。原子力安全研究協会の委託事業内容には、国際専門家グループによる現地視察(東京電力福島第一原子力発電所の視察、甲状腺検査会場および福島県立医大県民健康管理センターの視察、意見交換会)の概要報告書の作成が入ってはいるが、意見交換会の議事録作成および公開については言及がない。さいわい、音声ファイル(英語および同時通訳トラック)を入手し、聴くことができた。告知から3週間足らずの開催だったためか、検討委員会の委員18人と評価部会の部会員8人(1人重複)の一部の参加のみで、甲状腺外科医の清水一雄委員や吉田明部会員、病理医の加藤良平部会員は欠席のようであった。
 意見交換会は、第1部の「国際専門家グループ専門家より甲状腺に関する科学的知見の提供」と、第2部の「国際専門家グループと「県民健康調査」検討委員および甲状腺検査評価部会員との意見交換」から構成され、同時通訳で実施された。第1部では、4人の専門家(腫瘍外科医でWHO技官のAndré Ilbawi氏、インペリアル・カレッジ・ロンドンの分子病理学者でチェルノブイリ組織バンク事務局長のGeraldine Thomas氏、メイヨー・クリニックの内分泌専門医で共有意思決定リソースセンター所長のJuan P. Brito氏、ダートマウス大学の耳鼻咽頭外科医のLouise Davies氏)が、それぞれ30分ほどの発表を行った。
 Ilbawi氏は、がん検診での利益・不利益のバランスはデリケートなもので、感情的要因よりもエビデンスに基づいた決定が不可欠であり、がん検診の対象となるコミュニティも、利益・不利益について理解した上で意思決定に関与すべきであると述べた。さらに、不利益は、効果的なコミュニケーション、コミュニティの関与、そして利益・不利益についての議論により軽減できると発言した。
 Thomas氏は、この意見交換会では、ご自身の専門分野である分子病理学の知見を中心に、甲状腺がんの病理、組織型や遺伝子変異について、次のような内容を発表した。組織型の表現型と分子遺伝子型は成人と小児で異なる。甲状腺乳頭がんの組織型と放射線被ばくには強い関連が見られない。RET/PTC変異のような遺伝子融合は、被ばくの有無に関わらず充実型乳頭がんと低年齢でより多く見られる一方、BRAF変異は、古典型乳頭がんで(低年齢でさえ)よく見られる。福島ではほとんどの症例の組織型が古典型で、チェルノブイリでは充実型が多かった。充実型はいちばん年齢が低い集団で見つかるものだが、日本では見つかっていない。これは、食生活によるものかもしれない。遺伝子融合(遺伝子型)は、より低い年齢で多い。表現型は、診断時年齢や地理に関係してくる。分子生物学的な解析データからは、成人でよく見られる甲状腺がんが、スクリーニングを行ったために、より若い年齢で見つかっていることが示されており、これはスクリーニング効果である可能性が高い。スクリーニングにより、甲状腺がんの発症ピークがより低い年齢に移動している。全ゲノム解読では被ばく群と非被ばく群のゲノム配列に差がなかった。表現型を促すのは、放射線ではなく患者の生物的特性である。放射線は、チェルノブイリでのように集団で腫瘍が発生する頻度に影響するかもしれないが、腫瘍には、放射線による分子生物学的な変化は見られていない。
 Brito氏は、すぐに手術をせず経過観察するアクティブ・サーベイランスについて、メイヨークリニックでのプロトコルや経験について話し、患者をきちんとサポートできる体制が必要なことを強調した。また、甲状腺微小がんの経過観察の先駆者である神戸の隈病院でのアクティブ・サーベイランスの経緯について詳細に説明した。Davies氏は、過剰診断の問題を軽減するひとつの方法である経過観察への公衆の理解と参加を促すという研究に携わっており、2017910月にフルブライト・スカラーとして来日し、隈病院で、経過観察中の患者や経過観察に関わる医療スタッフと医師らへの聞き取り調査を行ったが、今回の発表は、その聞き取り調査の結果についてであった。この2人の発表からは、甲状腺微小がんのアクティブ・サーベイランスについての知見は、むしろ日本の方が最新かつ豊富であることが実感された。
 意見交換の前に、発表に対する質疑応答が行われたが、時間の関係もあり、最終的に、この質疑応答が実質、意見交換とみなされた。以下、質疑応答の一部を、おおまかなカテゴリーでまとめた。英語の部分は、音声が聞き取りにくい箇所は同時通訳を参考にしつつ、文脈に応じて和訳した。

がん検診の利益・不利益について
 稲葉俊哉委員:がん検診による個人に対する不利益と医療システムに対する不利益が言及されたが、医療システムに対する不利益とはどういうものか?
 Ilbani:医療システムに対する不利益は、主に、(1)医療リソースの転用と、(2)患者と医療システムのインターフェイスへの影響の2つにわかれている。(1)は、医療サービスが、疾患があるという証拠が明白でそのサービスから最大の利益を得るであろう患者に提供されるのではなく、スクリーニングに回されてしまうということである。たとえば、病理医が不足している国では、スクリーニングプログラムの増大により、病理医への負担が10倍になる。(2)は、患者が偽陰性の診断を受けたり、過剰診断についての議論に関わることにより、医療システムに対する不信感が大きくなり、その後の公衆衛生の介入に大きな不利益をもたらすというようなことである。

 明石真言委員:スクリーニングについての利益と不利益についての専門家のお話があった。平時のスクリーニングと、有事象時に行うスクリーニングについて、ハイリスクというのも評価しなければいけないと思うが、何かあった時に開始するスクリーニングのリスクの考え方というのに、放射線の事故であれば線量や感受性、年齢などいろいろあるが、専門家の中でスクリーニングを開始するためのハイリスクの評価というものに、共通した考えはあるのか?

 質問に困惑したのか、専門家グループの間で大きな笑い声が起こり、Schüz氏と思われる人物の声で長々とした発言があった。端的にまとめると、「わからないから、今ある知見すべてから、原子力事故後にどのような甲状腺スクリーングをすべきかということを、ここで議論している」という要旨だった。

遺伝子変異について
 質疑応答では、遺伝子変異により福島の甲状腺がんの予後や放射線の影響の有無を判定することは可能なのか、また、細胞診の段階でどの腫瘍が高い侵襲性を持つかということを知るのは可能なのか、という質問が、髙野委員・部会員や鈴木元評価部会長から出された。

 Thomas:米国立衛生研究所(NIH)と米国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の共同研究であるThe Cancer Genome Analysis (TCGA) の未発表のデータによると、放射線影響を特定する遺伝子変異のような放射線シグネチャは存在しないことがわかっている。遺伝子変異の検査は、臨床でよりも研究で用いられるものである。遺伝子変異の研究については、小規模の分子シグネチャの研究結果はミスリードの可能性が非常に高いため、必ず、規模がより大きな研究で検証されなければならないが、甲状腺がんで大規模の研究を行うことは非常に困難である。
 Reiners:自分の経験では、小児甲状腺がんのアウトカムは良好で、ドイツの300人ほどの小児およびティーンエイジャーと、チェルノブイリで非常にアグレッシブな(侵襲性の高い)がんと診断された240人ほどの子どものアウトカムはまったく同じで、死亡率は1〜2%、再発率は10%未満だった。がんの侵襲性については、分子遺伝学的な情報は不必要で意味をなさない。

小児甲状腺がんについて
 祖父江友孝部会員:小児甲状腺がんの生存率を改善する余地はあるのか?
 Thomas:死亡率の改善に関しては、すでに1%と低い死亡率を改善するのは容易なことではないにしても、ひとつ改善できるとしたら、再発率(成人でも小児でも約3割が再発)を抑えることであると言える。その場合でも、過剰治療により手術の合併症などによるリスクを大きくしないように気をつけねばならない。
 (筆者注:しかしThomas氏は、Ph.D.を持つ分子病理学者ではあるが、医師ではないし、ましてや臨床に関わった経験があるとも思えない。この答えが間違っていないにしても、実際には、小児甲状腺がんの治療に多く関わったことのある甲状腺外科医が答えるべきではないかと思われる。)

 津金昌一郎委員:小児の甲状腺がんはリンパ節転移の頻度が多く、成人と同じように転移があっても、なぜ予後がいいのか?小児の甲状腺がんの自然史や病理的なことに違いがあるのか教えていただきたい。また、子どもにおいてのアクティブ・サーベイランスのデータはあるのか?
 Thomas:甲状腺がんは小児よりも成人でもっと多く見られるため、アクティブ・サーベイランスには成人のデータしかないが、もし自分の子どもだとしたら、アクティブ・サーベイランスを選ぶことに何の問題も感じないし、(甲状腺がんの治療のために?)ロンドンに来た義姉妹にも急いで手術をしないようにアドバイスした。
 (筆者注:どうやら同時通訳ではアクティブ・サーベイランスについての質問しか伝わっていなかったようであり、子どもでのアクティブ・サーベイランスについても、一般論に個人的見解を混ぜただけだった。)
 Davies氏と思われる女性:実際、小児の経過観察については、ここ福島で一番データが取れると思うので、ぜひ教えていただきたい。

アクティブ・サーベイランスについて
 鈴木元部会長:アクティブ・サーベイランスに関して、アグレッシブな乳頭がんは早く治療してもいいと思うが、細胞診の段階でアグレッシブかどうかは見極められるのか?アグレッシブであることを臨床的に判断する材料はあるのか?
 Davies:がんが甲状腺被膜外に進展している場合や、気管に隣接している場合は、アクティブ・サーベイランスの対象とならない。リンパ節転移陽性の場合は、過去にはアクティブ・サーベイランスの対象とならなかったが、現在では、公にされてはいないが、リンパ節転移がある場合でもアクティブ・サーベイランスをやり始めている。
 高野徹委員・部会員:心理学的な影響まで把握されているというのは、非常に興味深く聞かせていただいた。隈病院の状況と福島の状況で大きく違うのは、放射線の影響についての不安があるのが出発点であるということ。子どもであるというのと、放射線影響に不安がある人が甲状腺検査を受けているという2つの状況が、通常の臨床的で経験される状況と一番大きく違う所だと思うが、そのあたりはどう考えられているかをお聞きしたい。
 Davies:福島に関しては、これまでに発表された論文等を読んだ限りでは、福島医大はすでに社会や住民とコミニュケーションを取り、オープンなコミュニケーションを維持することに非常に熟練しつつあるので、これから、より大きなサポートが必要になるだろうが、いろいろと適応するにおいて、よい立ち位置にいらっしゃると思う。隈病院においてのわれわれの調査により、カウンセリングの仕方も変わってくるかもしれないが、(福島では)事故後に市民講演会や住民セミナーが行われ、電話支援のホットラインが設置され、細胞診前後のサポートや、検査の結果を待っている間のサポートが行われたと論文で読んだ。つまり、どうやって住民をサポートするかというツールボックスはすでに開発されている。患者のサポートグループや電話支援などのサポートが成功するということは、すでに示されており、こちらで発展されたことこそが、今後のサポートのモデルになると思う。
 (筆者注:英語論文で発表されている公式情報にしかアクセスできないと、さまざまな取り組みの現状、サポートから取り残されている人たちの存在や、「コミュニケーション」の内容などを知り得ないのだと実感された。)

 津金委員:子どもの場合は、アクティブ・サーベイランスを決めるのは親の意向がすごく入ってくると思うが、そういう場合の経験はあるのか?もしないなら、どういうことを想定しながら情報を与えていくべきかお聞きしたい。
 Davies:自分たちに答えはないが、どのような原子力事故でも、被災者の中にティーンエイジャーはいるはずだし、子どもが大きくなるにつれ、意思決定に参加できるようになるだろう。
 (筆者注:なんとも中身のない返答であったが、Davies氏には、たとえ子ども自身の問題であっても親が意思決定をすることが普通に受け入れられる日本の文化・風習に沿った質問に、どう答えて良いのかわからなかったのかもしれない。実際、Davies氏は、日本で気づいたことのひとつは、アクティブ・サーベイランスに参加する意思決定に関する医療倫理の原理が、日本と米国とはかなり違っていることであり、米国では患者の自主性が一番重んじられる、と後に補足した。)

 小児でのアクティブ・サーベイランスでの意思決定に関しては、福島県立医科大学の臨床検査医学講座主任教授の志村浩己氏が、実際にアクティブ・サーベイランスの説明をどのようにしているかについて以下のように説明したが、この説明がもっとも有益であり、このような場でないと聞くことができない情報だった。国際専門家グループの専門家らも、小児期・思春期でのアクティブ・サーベイランスの現状について学ぶことが多かったのではないだろうか。

 「まれに中学生もいるが、対象者のほとんどは10代後半。小児ではアクティブ・サーベイランスのエビデンスがないことを説明するのがもっとも重要で、それをしっかり説明する必要がある。その上で、アクティブ・サーベイランスの対象としていいだろうということを、医師の裁量として勧める。その場合でも本人の意思が非常に重要であり、本人がすべてを理解するまで、何時間かかっても説明する。それと同時に両親にも説明する。場合によっては、両親のみ、本人のみ、というシチュエーションを作り、お互いに意思が一致しない場合もあるので、その辺は注意深く説明するようにしている。アクティブ・サーベイランスと言っても、甲状腺がんの成長は遅いため、何年にもわたって経過観察するのか、半年〜1年で決定が変わるのかわからないので、長期の経過観察よりも、まずは短期の経過観察をするかどうかということを話し合う。半年や1年という短期の経過観察をしてみて、それで変化がもしなければ、また、長期の経過観察にするかという相談をしていくというのが実際のところではないか。いきなり長期の経過観察の話をするより、まずは短期の経過観察の話をした上で、その結果を受けてまた、長期の経過観察の方をしていくということで、あくまでエビデンスがないことなので、あまり当然のように話をするというのも問題かと思っている。実際は、そうやって注意深く話しをした上で意思決定をしてもらっている。」

 小児科医でもある南谷幹史部会員から志村氏に、アクティブ・サーベイランスの具体的なプロトコールはあるのか?年齢を何歳以上としているのか?外科医が関わるかどうかで受ける方のレスポンスも違うとも聞くが?という質問があった。志村氏の返答は、「明らかなプロトコールはない。ほとんどが若年成人か思春期の10代後半、場合によって10代前半が入る。10歳以下の子どもというのはほとんどいないので、大人に準じた判断基準でやっている。現在は、外科医に紹介し、外科医の外来に行かれる前に一応説明し、一旦、意思決定をしてもらう。その上で外科医の意見が聞きたいという場合は、それをアレンジし、会っていただいて、両方の意見を聞いていただいて判断をしていただく場合もある。内科医の意見だけを聞いていただく場合もある。」ということだった。

過剰診断について
 津金委員:質疑でアクティブ・スクリーニングの話にずいぶん重点が置かれたが、臨床的にわかった腫瘍に関してはアクティブ・スクリーニングというオプションを考えるべきだが、その前に、スクリーニングを行うことによって症状もない子どもで甲状腺がんが検出されてしまう overdiagnosis を防ぐことが大事だと思う。当然、有効でないスクリーニングをしないということが大事だと思うが、その辺に関して何かコメントはあるか。日本の場合は、overdiagnosis に関してまだ十分に国民に浸透していないという背景があり、それはわれわれにも、いったん責任はあるとは思う。関連して、チェルノブイリでも実際に子どもたちにスクリーニングが行われたと思うが、チェルノブイリでスクリーニングで発見された甲状腺がんによって、どのくらい甲状腺がんの死亡とかQOLの低下が防げて、overdiagnosis はどのくらいあると推定されているのかを教えていただきたい。
 (筆者注:複数の専門家が答えたが、声だけでは誰なのかわからない場合もあったり、英語の音声ファイルの音が聴きとりにくかったり途中で切れたりしているため、拾える内容だけ拾い、同時通訳とつなぎ合わせた。回答者として最初にDavies氏が名指しされるが、他の専門家が答え始める。)
 男性の専門家:チェルノブイリでは状況が完全に異なった。チェルノブイリでは、腫瘍は、ただ患者の首を見るだけでもう明確だった。スクリーニングによっての発見ではなかった。本当に、完全にアグレッシブな腫瘍だった。60%が肺転移していた。全摘して放射性ヨウ素治療をした。ここではまったく状況が違う。また、欧州や米国での甲状腺がんの流行ともまったく違う。でもおっしゃるとおり、やはり過剰診断は減らさなければいけない。唯一の方法は、穿刺吸引細胞診をしないことだ。首に小さな結節があっても、それ以上の診断をしないことだ。結節があっても、がんと分かっていて切除しないよりも、それをがんだと知らない方がいいと個人的に思う。
 Thomas:(筆者注:チェルノブイリでは)研究目的のスクリーニングプログラムはいくつかあり、スクリーニングにより診断された甲状腺がんもあった。だが、この時のスクリーニングプログラムは、規模や仕組みからして、福島の甲状腺検査とは異なった。
 Davies?:ここで関連のある問いというのは、実際に深刻ながんを見つかるために、社会としてどれくらいの過剰診断を認容できるかということで、それはコミュニティによって異なる。事故が起こったあとに高リスク小児だけをスクリーニングしたとしても、それでも過剰診断は起こる。どのくらいのリスクをコミュニティが共有できるかということが重要である。
 Ahn: 韓国では甲状腺がんの発症率が高かった。日本と韓国には文化的な類似性がある。スクリーニングや過剰診断のコンセプトや意味というのは、一般市民だけでなく、自分のような医師や専門家にさえも、説明しにくいし、理解してもらうのも難しい。韓国には安全な原発がある。1015年前、原発地域でがんが1例見つかったことから、原発周辺の住民を安心させる目的で、甲状腺がんだけでなく多くのがん検診が始まり、研究資金が多く使われた。考え方を変えることが重要である。医療技術やスクリーニングプログラムが、場合によっては害になり得るということを教えることも重要である。
 男性の専門家:(筆者注:ほとんど聞き取れなかったので最後の方だけ)小児では60%がリンパ節に転移をするなど、またたとえば、20年くらい経って、アクティブな腫瘍が出てくるなら、それは過剰診断とは言えないので、これからもトレースしていく必要がある。
 Kesminiene: チェルノブイリの研究に深く関わってきた。また、福島の方たちへの情報伝達も担ってきた。福島で導入されているスクリーニングプログラムは、県民の不安を低減するためのもので、現在のアプローチが不安低減に最良のアプローチであるということを、県民にお伝えしたい。公開されている情報を市民に伝達すること。さらに、チェルノブイリの経験は福島と同じではなく、大きな違いがあるということを人々に伝えて判断をしてもらいたい。
 Tronko:(筆者注:英語を喋るのがあまりうまくないということで、Kesminiene氏がウクライナ語から英語に通訳)1986年にチェルノブイリ事故が起こった時、多くの放射線分野のトップの研究者や専門家らがウクライナに来て、これから何をすべきかということを考え始めた。最初に皆の注目をあびたのは、ベラルーシで小児甲状腺がんが著しく増えたことだった。しかしこれは観察ベースの発見だったので、科学的研究が必要だった。最初のスクリーニングはWHOによって行われ、2番目のスクリーニングは笹川記念財団、3番目のスクリーニングはドイツにより、ベラルーシとウクライナで行われた。エビデンスが集まるにつれ、小児甲状腺がんが実際に増えており、明らかに放射線被ばくの影響であることが示された。だが、世界的に有名な専門家でも、これらの小児甲状腺がんの増加が放射線によるものかどうかということに疑いを持っていた。ウクライナで米国の協力のもと行われたスクリーニングでも、福島のスクリーニングでも、治療は適切に行われた(筆者注:通訳されていたKesminiene氏の英語も同時通訳も非常にわかりにくかったが、このような意味合いだと思われる)。スクリーニングプログラムを計画する際に重要な要素は、放射能汚染の状況と甲状腺被ばく線量に関する情報である。この場で行われたような議論は、色々な問題の定義、たとえば微小がんのような用語の定義や理解のために、事故から30年後でも50年後でも大変有用だ。専門家の間でも微小がんの定義に関して異なる意見がある。外科医、オンコロジスト(腫瘍専門医)、内分泌医らなどのさまざまな分野の専門家が集まり議論することは、大変タイムリーで必要なことである。微小がんの定義についての合意が重要だ。微小がんの治療には個別化アプローチが重要だ。ウクライナでは、最初のスクリーニング以降の、患者の履歴や手術症例などのすべてのデータを見直している。微小がんへの外科的介入はどうあるべきか。微小がんには外科的切除は必要ではない。(後略)

損害賠償訴訟でのエビデンスについて
 富田晢委員:専門は法律で民法を担当している。事故後、福島の線量は500倍になり、10日ほどすると下がったので、放射性ヨウ素がかなり飛んできたと考えている。法律の立場からすると、20年後に甲状腺がんに限らず、がんになった時に東京電力に対して損害賠償請求をすることになると思うが、公害事件などでは医師に鑑定等をお願いすることになる。日本では立証責任を原告が負うというのが原則だが、こういう時にどういうエビデンスを確保しておくべきか?
 Thomas:自分は、原発事故ではなく、核実験に関して専門家証人としてつとめた経験がある。確保すべき重要なことのひとつは甲状腺被ばく線量だ。福島で放出された放射能と放射性ヨウ素は、チェルノブイリよりずっと少なかったことがわかっている。なので、重要なことのひとつは被ばく線量である。被ばく線量が低ければ、がんが放射線によって引き起こされたとは非常に考えにくく、被ばく線量が高ければ、被ばくによるものである可能性が高くなる。甲状腺がんが放射線由来であることを証明するのは、他のがんよりも難しいと思う。加齢とともにがんの発生頻度が自然に高くなるからだ。
 (筆者注:あくまでも、英国政府側の専門家証人としてのアドバイスであり、原告側の鑑定人となるような専門家がどう答えるかは、また別の話のように思われる。)

 TM-NUCプロジェクトに5000万円近い国費を拠出している環境省によると、この意見交換会は、「国際専門家グループの専門家と、検討委員会および評価部会の専門家らが、最新の国際的・科学的知見を相互に共有できる」場であり、「その意見交換会で共有される科学的知見は的確に国民に伝えることも重要であると考えている」ということであった。だが蓋を開けてみると、IARC国際専門家グループ側の発表は、環境省内部でもできるような文献レビュー程度の内容で、成人における過剰診断の低減に終始し、目新しい知見はほとんどなく、小児に関してはわからないとまで明言する始末だった。しかも、半分は隈病院の研究報告が英語でされるというお粗末さで、福島について質問があると明解できず、「福島についてはまさに今、議論しているところで、得られた知見を今後の原発事故に役立てたい」と逃げ腰であった。チェルノブイリの知見も定量化さえできず、日本側が欲する知見は皆無だった。「共有される科学的知見を的確に国民に伝えること」を重要視しているにしては、配布資料なし、スライド撮影禁止、一般からの質疑応答なしという一方的な展開となった。もともと星北斗座長が提案した、“検討委員会をどう進めていくかについてのさまざまな国際機関からの意見を、県民にきちんとわかるようにひも解いて説明してもらうための、「第三者的、中立的、学問的、国際的、科学的、今日的」な専門家による検証プロセス”としての第三者機関とはかけ離れたものになったことが立証された。

 意見交換会後、国際専門家グループ事務局長でIARCの環境・放射線部門長であるJoachim Schüz氏のインタビューが行われ、20177月に公表されたSHAMISENプロジェクト(註2)の集団検診についての勧告「R-25」(系統的な甲状腺がんスクリーニングを非推奨)との関連に質問が集中した。Schüz氏によると、TM-NUCプロジェクトは、SHAMISENプロジェクトとは専門家と目的が重複してはいるが、甲状腺がんスクリーニングについて、より深く臨床的な視点から考えるものである。福島のデータベースを含むさまざまなエビデンスを評価した上で、最終的にSHAMISEN勧告を強化する可能性はあるが、そもそも甲状腺がんスクリーニングを推奨する・しないの二者択一ではなく、希望者に提供するという中間点もあり得ると話した。だが、検査の利益・不利益を説明した上で希望者に提供するという提案(註3)は、すでに「R-25」に盛り込まれており、TM-NUC」報告書がSHAMISEN勧告から大きく逸脱するとは思えない。
 環境省もSchüz氏も、TM-NUCプロジェクトは、福島での甲状腺検査の評価をするものではないと繰り返しているが、そもそも、事故当時18歳以下だった福島県民における甲状腺検査というのは、小児とAYA(Adolescents and Young Adults, 思春期・若年成人)世代での甲状腺がんの大規模スクリーニングという貴重なデータであり、それがTM-NUCの報告書に反映されないことは到底考えられず、甲状腺検査自体についての評価はされないまでも、TM-NUCが出す結論が甲状腺検査とまったく無関係なものになるとは言い難い。環境省がTM-NUCの5000万円近い経費を全額支援していることは、その結論にそれなりの期待と用途があるのだろうと思わせる。
 TM-NUCプロジェクトは、英語発信されている公式情報を参考にしていると思われるが、そのほとんどは「別枠」データも含まない1巡目だけのデータで、チェルノブイリの経験から被ばくの影響が見られ始めるはずの時期に開始された二巡目検査のデータが無視された、偏向データである。それを踏まえた結論というのは、これまでの日本での甲状腺検査に関する議論に何の新知見ももたらさないであろう。この国際専門家チームの知見の不十分さを考えると、201822123日にリヨンで開催される第2回会合で最終報告案ができるというのは、絶句ものである。

結びに
 2巡目の検査結果の解析を行う目的で2年半ぶりに再開された甲状腺検査評価部会では、部会員改選と部会長選出の結果が、出だしから部会の方向性を案じさせるものとなった。男女比についての議論は実質、始まる前から終わってしまった印象である。検討委員会では、こころのケアの不十分さや「枠外」データの問題が具体例を通して明るみになった。福島医大によるデータ提供は相変わらず完全性・透明性に欠けている一方、スクリーニング効果や過剰診断という自らの主張を支持する論文や報告などは、惜しみなく提供されている。日本甲状腺学会の推薦で委員・部会員にダブル就任した高野徹氏は、回を追うごとに学校検査の廃止を強く要求し、人権問題であるとまで主張し始めている。「健診」という位置づけの甲状腺検査が「検診」と誤認され、過剰診断であるという解釈が強化されている。国際専門家グループTM-NUCの専門家らは、評価の材料となるデータや英語論文を鵜呑みにしてしまっているようだが、それらの情報が「別枠」および「枠外」データを無視する偏向したものであるだけでなく、「放射線の影響がない」とされている1巡目結果がベースであり、論理的には、この段階でのいかなる評価も時期尚早であることに気づいているのだろうか。まさか「検診」でなく「健診」であるとは夢にも思っていないであろう。

*****
註1:同時通訳者の能力に敬意を払いつつも、肝心な箇所が逆の意味になってしまっていたり、飛ばされた箇所があるなど、伝えられるべき「知見」が、伝えられるべき形で完全に伝わっていない部分があるのは明らかで、同時通訳会議での意思の疎通と理解の限界を感じた。
註2:201512月~20176月の期間の各国との共同研究であるSHAMISENプロジェクトで出された勧告については、福島医大においても非公開会議となっている「第21回 甲状腺検査専門委員会診断基準()検討部会(2017/08/20開催)」でも部会員にのみ、初めて共有されたものである。また、プロジェクトをまとめるスペインの研究機関のElisabeth Cardisによる来日、その研究機関に福島医大から派遣されていた大葉隆氏(情報窓口・和訳担当)およびIARC「TM-NUC」Scientific CoordinatorであるKayo Togawa氏らにより、国内においても専門家向けの講演会等でのみSHAMISENが明されたままである。このように検討委員会・甲状腺検査検討部会のみならず、県民に対してもSHAMISENの存在そのものがいまだに伏されているのが現状(20181月末現在)であり、福島医大を含む日本の関係機関が2年も前から深く関与してきたこのプロジェクトに対し非常に違和感が残ることになるだろう。一連の流れからSchüz氏自らが言うように、本来の目的とは異なり、SHAMISEN勧告の「R25(甲状腺がんスクリーニング)で弱かったエビデンスを強化する目的で「TM-NUC」が位置付けられたと思ってよいだろう。
註3:ただし、まず触診してから、どうしても必要な例に限り超音波検査を行うという、現在の医療水準からは考えられないような前時代的な提案である。